窓の外
三浦洸一は窓の外を眺めていた。窓の外には何もなかった。ただ学校のグラウンドが見下ろせるだけだった。グラウンドは誰もいなかった。
三浦は頬杖をついてグラウンドを見ていた。彼の頭にあったのは昨日見た映画のシーンだった。映画は不良少年二人が挫折するドラマだった。二人は映画の冒頭で、グラウンドを自転車で二人乗りする。その姿は、落ちこぼれの象徴になっていた。授業も受けず、自転車に乗って駄弁っている。そんな二人。
三浦はグラウンドを見ながら、二人が見えてこないものかと考えていた。二人…制服でもジャージでもいい、二人の不良少年がグラウンドを自転車で走る姿が見えてこないだろうか。視界の端から出てこないだろうか。
映画のシーンでは、二人を見下ろす普通の学生も映し出されていた。そう、丁度今の三浦のように、学生は頬杖をついて外を見ていた。そうしてその学生は教師に怒られて…
「おい、三浦」
そう、丁度、こんな風に教師から呼び出されて怒られる。丁度こんな風に…
「三浦!」
三浦洸一はビクッと体を震わせて前を見た。英語の黒田がこっちを睨みつけていた。声にならない静かな笑いがクラスに満ちた。三浦は教室を見渡し、みんなが彼を嘲笑しているのを確認した。
「おい、三浦」
「はい」
三浦は体勢を直して黒田に向かった。黒田は怒っていた。
「何、外を見てるんだ? 外に何かいいものでも見えるのか?」
三浦はチラとグラウンドを見た。誰もいなかった。何もない。
「いいえ」
「じゃあ、どうしてずっと外を眺めてるんだ?」
三浦は、何か言おうかと思った。選択肢は三つ。
A「授業が退屈なので」
B「二人乗りの自転車が見えるかと思って」
C「『空』を見るという禅の修行のために」
…三浦はどの答えも取らなかった。反抗する気はなかった。
「いえ、すいませんでした」
「集中しろよ!」
黒田は大きな声を出した。三浦は耐えて、黒田の顔を凝視していた。
「試験は近いんだからな。たるんでんじゃねえ!」
黒田は叫ぶように言った。三浦は「すいません」と言い、頭を下げた。彼はできるだけ申し訳なさそうにやった。黒田はその動作に満足したらしく、教科書に戻った。授業再開。黒田は生徒の一人に英文の続きを朗読させた。三浦はほっとした。この程度の叱責で済んで、助かったと思った。
授業が終わった。三浦は、黒田が教室から出たのを確かめると、再び窓の外を見た。やはり誰もいなかった。グラウンドには誰もいない。いるはずがなかった。視線を戻すと、友人の田村が席にやってきた。
「お前、何やってんだよ」
田村はニヤニヤしていた。三浦は田村とは視線を合わせず「何が」と聞いた。
「何って…黒田に怒られただろ? お前…みんな黒田を警戒してんだから。あんな風に外を見てたら注意されるのは当たり前だろ? 馬鹿だなー」
三浦は窓の外をさっと指さした。田村は(何?)という表情をした。
「窓の外に何があるか知ってる?」
三浦は聞いた。田村は「わからない」と答えた。
「希望。希望だよ。希望があるんだ。いつか外に出れるんじゃないかって希望が…ほら…あのあそこにいる二人みたいに…ほら…あそこ…二人乗りの自転車見えるだろう?」
三浦は窓の外を見た。グラウンドで制服姿の不良二人が自転車を漕いでいた。二人乗り。彼らはこれから挫折の道のりを歩んでいくのだ、と三浦にはわかっていた。
「何言ってんだよ…何も見えないぞ…」
「ほら、あそこだよ。走ってる…あれ…見えないか? ほら、今、曲がってる。あれ…映画の通りだろ? …こんな事ってあるんだなあ。ほら、あそこだよ。あそこ。見える? ほら今、あ、あぶない、あんな運転じゃ、危ないよな。ほら今また曲がって、ほら二人がさ…」
三浦は振り返って田村を見た……が、田村はいなかった。見回したら、田村の後ろ姿がすぐ見つかった。彼は自分の席に帰ろうとしていた。呆れかえってしまったらしい。三浦はふっと微笑んだ。
「やりすぎたかな」
彼は笑ってみた。彼には、寂しい微笑は自分にあっているような気がした。
「変な事をやりすぎたかな…」
三浦は再び窓の外を見た。そこには誰もいなかった。いつもの、無人のグラウンドがあるだけだった。
三浦は次の授業が始まるまでにトイレを済ませておこうと考えて、立ち上がった。