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小さな布  作者: 文月 仁
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廃校の話

初夏の頃、大学に通いながら遊び惚けていた私に一通の連絡が届いた。それは、地元の小学校が廃校になるという知らせだった。私が通っていたころにはすでに全校生徒が100人を切るほどになっており、さらに年々少なくなっているということは聞いていた。そのためそのうち廃校になるだろうとは思っていたが、そんなに気にもしていなかった。それが存外早く来たようであった。ほんの少し驚きはしたが、かといって何か感慨深くなることもなかった。その程度の思い出しかなかったのだ。


期末テストが終わり夏休みに入った。我が家ではお盆のころに親戚で集まる習慣があり、その年もいつものように帰省することとなった。私の大学は地元から少ししか離れていないので、帰省は気軽にできる。しかし地元の中の良い友人たちはそういうわけにもいかず、私が帰った時に地元にいたのは私一人だけだった。実家に帰っても遊ぶ相手がおらず、私は部屋でだらだらと本を読んだり携帯をいじって文字通り時間を食いつぶしていた。


気が付くとすでに夕方になっていた。開けっ放しの窓から差し込む夕日にこらえきれずカーテンを閉めようと窓に近づいたとき、窓の外に小学校が見えた。私の家は小学校の目と鼻の先にある。そのため家から学校まで数分とかからなかった。少し家から見た小学校は通っていた時と何ら変わることなくそこに立っていた。

ふと思い立ち、小学校を見に行くことにした。廃校になると聞いたときは特に何も感じなかったが、実物を見てみると何かしら思うところがあったのかもしれない。


6時を過ぎていたこともあり、グラウンドには誰もいなかった。そもそもこのグラウンドはまだ使って大丈夫なんだろうかという疑問が浮かんだが、私はもうすでに敷地内をぶらぶらと歩いていた。いくつかの遊具がなくなっており、よく遊んでいたものがなくなっていたのは少し寂しかった。


校舎に近づいて中を覗いてまわった。掲示物や机などは片付けられてしまっていたが、当時から変わらない部屋の装飾は残っており、ここにきて懐かしさというものを感じるようになっていた。あんなこともあったな、そういえばこんなこともあったな、そういうものをぽこぽこと思い出しているうちにあることを思い出した。


一階の廊下の図書館側、裏庭側の窓はカギが閉まらない。


そんな噂があったのだ。誰から聞いたかは覚えていないが、当時確認しに行ったところ実際に鍵が閉まらなかった。先生には内緒だぜ。小学生というのは須らく心に悪ガキがいるのかもしれない。果たして今もそのままなのだろうか、いや、さすがに直されているんじゃないだろうか。膨れ上がる好奇心は抑えきれず裏庭へと回った。この窓だったはず。少し高い位置にある窓枠に手をかけ力を籠める。


なんと、窓が開いてしまったのだ。この秘密は代々受け継がれ(実際のところ忘れられている可能性もあったが)ついに大人にばれることがなかった。秘密基地だとかそういう子供だけの特別なものが今なお残っていた。それは何とも言えないしてやった感を味わせてくれた。一人高揚したテンションのままに任せた次の行動は誰もが想像できるだろう。私はその窓から校舎の中へと入っていった。むしろここで入らない理由がない。後から考えればとんでもないことをしでかしていることもわかるだろうが、その瞬間の私がそれを考えることはできなかったのだ。


そのまま私は一人だけの廃校探索ツアーを行った。携帯で写真を撮ったりして、後で友人に見せてやろう。そんなことを考えながら各階の要所要所と自分が過ごした教室の写真を撮って回った。さすがに特殊教室は鍵がかかっており入ることはできなかったので外からの写真のみであった。仮にカギがかかってなかったとしても理科室や音楽室は入ることはなかったと思う。


さて、そんなことをして回り、最後に残ったのは屋上だった。正確に言えば屋上に通じる階段である。私の学校は屋上に入ることができなかった。なので学校で一番高い場所はこの屋上に通じる階段である。3階から屋上に向かう階段自体も立ち入り禁止であり、こっそり忍び込んで秘密基地気分を味わったりしたこともあった。当時は紐に立ち入り禁止の板がぶら下がっていたが、今はもう取り外されているようだった。普通に階段を上り、屋上の扉の前に立つと、ちょうどその窓から沈みかけの夕日が見えた。もしかしたらここも開いているんじゃないかと思いドアノブを回したが、しっかりと鍵がかかっていた。結局、小学校の屋上は一度も入ることなく終わってしまったのだった。


ふと、そこまでドアに近づいて外を眺めたことであるものに気が付いた。窓に手跡がついていたのだ。くっきりと手の平を窓に押し広げた、楓の形をした跡である。自分以外にも誰か忍び込んで押していったのだろうか。そう思い自分もその手の平に手を重ねてみた。その手跡は自分の手の平より一回りも二回りも小さく、自分の手の平が完全に覆い隠してしまった。いたずら心も沸いた。これでここに残る手の平は私のものだけになるのだ。悔しかろう、と。少し力を込めてから手を離した。少し汗ばんだ私の手の平の跡がしっかりと窓に残っていた。


小さな手の跡も残っていた。私が触れるより前と変わらず、くっきりと残っていた。


意外としっかりと跡が残ってるのかな、最初はそう考えた。窓に指を置いて手の平を上書きするようになぞった。私の手の跡はそれに上書きされ、大きな手跡に一本の線が入った。しかし、小さな手の平は何も変わらずそこにあった。そこで気が付いた。


小さな手跡は外側からつけられている。


屋上に入るにはここを通るしかない。しかしこの扉には鍵がかかっている。では外から?3階建ての建物だ。外側から入り込む余地はない。ではかなり前からつけられている手跡なのではないか。野外にある窓に付けられた手跡が、長期間残るものか?そもそも雨や土埃でかなり汚れていた窓だ。あれだけきれいな手跡は最近どころか。


今日。


今。


扉の向こう側に?


そこが限界だった。それ以上考えられなかったし、考えていたら叫んでいたかもしれない。叫びたくはなかった。なにかに聞かれるような気がしたのだ。懐かしかった学校が、自分の通っていた学校が、僕のいた世界が、一瞬で何か得体の知れない場所に変わってしまった。階段を転がるように降りて、廊下をただひたすらに走った。まだかろうじて残っていた夕日が窓を照らす。来るときにはなかった、いや、来る時には気が付かなかったのだろう小さな手跡が、沢山窓に残っていた。


入ってきた窓から飛び出て、そのまま振り向くことなく家へと走った。自分の部屋は学校側に窓が面しているので、その日は弟の部屋にお邪魔して夜を過ごした。一人ではとても寝られる気がしなかったのだ。


次の日、弟に窓を閉めに行ってもらった。内容は伏せて正直に怖い思いをして行きたくないと言った。弟はニヨニヨ笑いながら窓を閉めに行ってくれた。恥ずかしいが私は二度とあの学校に近づきたくなかった。背に腹は代えられないのだ・・・。昨日撮った写真も全部確認せずに消した。これですべて私の気のせいであった。それで終わらせることができる。そのはずだった。

しばらくして弟が帰ってきた。帰ってきた弟は私にこう言った。


「兄ちゃんの言ってた窓、空いてなかったよ。そもそも鍵も閉まってたし。」


私はその日から実家を離れるまで弟の部屋で寝泊まりをした。

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