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小さな布  作者: 文月 仁
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案山子の話

大学に入ってちょっと色んな物に興味を持って手を伸ばす経験は誰しもあるのではないかと思う。私も半年ほどカメラを片手に走り回ったものだが、今では棚のインテリアの一つである。




ある時エセカメラ趣味数人でどこかに写真を撮りに行こうという話になった。しかしエセカメラ趣味の原動力はそんなに強くないので、日帰りできる範囲でどこかという話になり、見つけてきたのが車で数時間の廃村だった。わりと知名度があるようで、複数のサイトで紹介されており交通の便も悪くなく、まさににわかの私達にはピッタリの場所だった。




当日は一度大学に集まり、コンビニで飯を買いながら向かうこととなかった。道中はスマホでおすすめスポットを確認しながら遠足気分で向かっていった。車で行けるところまで行き、30分ほど歩いたところに廃村はあった。放置された道具や半壊した家屋など、ノスタルジックな雰囲気は我々を魅了し、集合時間を決めた私達は思い思いに写真を取りに向かった。




私は一枚誰にも負けないようなものを撮ろうと厳選に厳選をし一枚も取れずに集合時間が近づいてきたのだが、少し離れた位置にある荒れた田んぼに刺さった一本の案山子に目が止まった。十字に組まれた棒に服が着せられ手の先には手袋、布で作られた頭にまじっくか何かで顔を描かれ藁帽子をかぶったシンプルなものだ。村に向かって腕を広げるその姿にいいようのない哀愁のようなものを感じ取った私はそれを被写体に一枚の写真をとった。満足の行くものを撮れた私はその後適当に数枚とった後、集合場所へと向かった。




帰路につき、再びコンビニで晩御飯とお酒を買い学校近くに下宿している友人の家へと向かった。成果発表を兼ねた飲み会で、次の日の月曜にそのまま学校へ行く完璧な計画だ。


晩御飯を食べ終わり、お酒を飲みながら発表会を行った。ノートPCをテレビに繋ぎ、順番に一番よい写真を発表していくというものだ。


一人目は一番目立つ位置にあった廃屋の写真、二人目は置き捨てられた農具の写真、二人目は村全体を撮った写真だった。4人目は私であり、前述のとおり荒れた田んぼと一本のカカシの写真である。広い荒れた田んぼの隅っこに、此方を向いて立ち続ける一本のカカシ。


これが案外受けがよく、村の最後を看取った孤独な案山子などと無駄な力説を行った私の努力も実り優勝となった。優勝賞品は余ったポテチ一袋であった。




その後はそのままそれぞれが撮った写真を一枚ずつスライドショーにして順番に流していった。全員が素人の集団であり、写真の善し悪しなど分かるはずもなく全体的にいいんじゃない?という雰囲気で時間が流れていった。被写体が同じで別の人がとった写真が数枚有り、取り方や場所で変わるものだなぁと適当な事を考えながら写真を眺めていた。案山子を撮ったのは自分だけではなかったようで、俺も案山子にしておけばというぼやきを聞きながら楽しく過ごしていた。


大体全体の写真の7割ぐらいを見終わった頃、急に一人がスライドショーを止め、数枚の写真を別ファイルに移しながら何かを比べ始めた。何事かと思ったが、なにか面白いことでも見つけたのかと思い何だ何だとやじを入れつつも止めずにテレビを見続けた。テレビにはPCのディスプレイが出力され続けており、そいつが選ぶ写真のサムネイルが表示されていく。その多くが村全体を色々な方向から写したものであった。しかし、私の写真が選ばれた時にようやくそれがわかった。すべての写真には両腕を広げ此方を向いた案山子が写っている。




分かるか?




何かに気づいた一人は、そう言いながらカカシの入った写真を順番に写していく。1枚1枚切り替わっていく写真を見続けていると確かに何か違和感を感じるのだが、それが何かわからなかったし、どちらかと言うとわかりたくないという気持ちがあった。しかし、わかってしまった。その瞬間の感覚は非常に形容しがたいもので、内側から寒さが湧き上がって来たような、そんな感覚だったことは残念ながら鮮明に覚えている。


すべての写真に、此方を向いた案山子が写っているのだ。あの村に案山子は1本しかなかった。つまり、私の撮った写真の案山子である。田んぼは村の端の方に立っており、村の方を、つまり内側に顔を向けているはずなのだ。それなのにすべての写真において、案山子の視線は撮影者を見つめている。




その後しばらく誰も口を開くことがなかった。しばらくして、そういえば錯覚を利用した恐竜のペーパークラフトがあり、窪んだ面に顔を描くことでどの角度から見ても此方を見ているようにみえるものがあることを思い出し、村の端っこにあることから、偶然そういう作用の範疇に収まってしまったのだろうという意見が出た。実際、田んぼの反対側はすぐ川になっており、逆方向からの写真がないこと、またそう思い始めてしまったからそう思ってしまうのだと強引に結論付け、その日は日が変わって早々であったが、全員が近くに集まって2重の意味で寝苦しい夜を過ごすことになった。




写真の趣味はそこから急速に収まり、旅行好きの一人が使い続けるぐらいとなった。その後特に何かあるということもなく、不気味な思い出話として苦笑いできるようにはなったぐらいである。




さて、その後の話。


妹が夢の国へ友人と遊びに行くということでカメラを貸してほしいとのこと、データ整理のために久しぶりにカメラの電源を入れデータを整理しようとした。時系列に並べられた写真の最後は私は廃村から帰路につき、名残惜しやと適当にとったものである。


斜めに写った廃村の端の田んぼにはやはり此方を向いたカカシが写っていた。


此方に向かい手を伸ばし、肩越しに此方を見据えるカカシの姿が。




その写真はすぐに他の写真とともに削除した。現物がなくなれば気のせいで済ますことができるから。


その日は案山子の夢を見るはめになったが、夢の中の案山子は幸いにも此方を見ていなかった。


そんな夢を見た不安と、此方を見ていなかった安堵と、あの案山子は今一体何を見ているのかという疑問は、その日学校を休むには十分すぎる理由であった。

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