其ノ六 合宿②
其ノ六
さーて!山を登る。ただただ登る。
登り始めなだけあってまだみんな元気だ。うんうん、最初は楽しいよね。分かるよ。でもね、あと30分もしたら辛くなってくる。楽しいけど。
最初の道は少し泥道だ。うっかり脚を滑らせたら結構まずいことになりそうだ。しかし右には山肌、左には低木。そう簡単には落ちるまいよ。だいいちそんな隙間もないし僕みたいに細くなきゃこんなとこ……………。いや考えるのはよそう。
しっかり踏み締めてくてく登って行く。周りは結構ガヤガヤしてる。まぁそりゃそうか。珍しいもんね。
ん?まてなんだあの植物。初めて見る物だ…ここらの低木一帯それらしい。
目を引くのはその実だ。赤黒く熟れた実がなっている。
「愛鬼、この低木なんの木なの?」
「あん?そりゃイチジクだな。シンゾウイチジクって名前だ。」
「はへー…よく知ってるね…てか見たことないなぁ…」
「ま、だろうな。この世界特有の物だ。」
「なるほどなぁ…てかホントよく知ってるなぁ…」
「へへっ!ちょいとばかししらべて来たんでね」
「ほぉ…熱心なんだねぇ…そんなに楽しみだったの?」
「そりゃあもちろん!!…ここだけの話毒草とか探そうと思ってんだよな」
「えっ!?毒草!?(小声)」
「そ、カラストリカブトとかベニイロキツネメダケとか」
「ほへぇ…ベニイロキツネメダケ…何となく興味ある…」
「んーでも残念なことにこいつらはこの山にゃ自生してねぇんだよなぁ…地獄にある封炎山にならあんだけどよ」
「ほへぇ…って地獄!?地獄ってあの閻魔様とかが居る地獄?!」
「そ。その地獄。俺は毎年行ってるけどな。だがあんな山なんざ行きたくねーよ。楽しくねぇし。やっぱ登山はこうでなきゃなぁ…」
「毎年…?なのに山飽きないんだ…」
「だって危ねぇもん。あの山。鬼とか結構いるし」
「え、怖っ。」
「小2から毎年、な。夏休みの強化合宿ってやつ。今年のは1人で行ったぜ」
「しょ、小2!?危なっ!!!だからそんな強いのかぁ…場数踏んでる感あるもんなぁ」
素直に尊敬。一気にかっこよく見えてきた。こんなに可愛いのにかっこいい。惚れそう。
「んなべつにんな別に大したもんじゃねーよ。生まれつき神覚者だったし。ま、その分手加減のないトレーニングだったけどな。」
「うわぁ…強いと強いでやっぱ大変なんだね…」
「まぁそれなりに。てかお前も早く目覚めろよ。なんのためにこっち飛ばしたと思ってんだ。今んとこ異世界ライフ楽しんでんの俺だけだぞ。」
「うぐっ…わ、わかってるっ…分かってるよ…でもね、このままゆんわり生きてくのもいいかなって。」
「……まぁな。あんな前世の後なんだ。今世はゆっくりしてもバチは当たんねぇと思うぜ。俺も少しはのんびりしたいし。」
あんな前世…?
僕の前世に一体何があったんだ…
「覚えてねぇのか…?いやいいんだ。覚えてないならないでいい。あんな過去思い出すな。」
「そ、そう…?な、なら分かった。詮索しないでおく。」
「おう。あんなもん俺の口から言いたかねぇし。」
割ときになる…でもまぁいいや。愛鬼がそこまで嫌悪するならかなり酷いのだろう。…マジで前世どんな奴だったんだ…
おっと!少し霧の中に入ったせいで足元が見にくい。てか二、三歩歩くとすぐ石踏むんだけど。運悪いのかな。
おっと、危ない。うわっと、落ち着け。
「のわぁっ!?」
ふざけんな、なんで枝が横から飛び出して来るんだ。おかげで低木の隙間にすっぽりしてる。
「お、おい!?大丈夫か!?ほら、手ぇ出せ!」
「う、うん!」
何とか片手で踏ん張りつつもう片方の手を前に伸ばす。
ポキッ
「は?」
軽やかな音とともに僕が掴んでいた枝が折れた。当然僕の体は下に下がる。
まってまって。この下崖だよ。ズルズル行ったあと落ちて死ぬよ。
「希華!!!」
愛鬼に何とか手を掴んで貰う。
「く、黒瀧くん!?桐島くん!?」
先生がかけつけた。あ、黒瀧ってのは愛鬼の偽名。ってこんなこと言ってる場合じゃない。
「引き上げるぞ!枝に引っかからねぇよう気を付けろ!!」
「う、うん!」
流石愛鬼、片手で易々と僕を引き上げてくれる。
「ふう…助かったよ。ありがとう!」
「いやいいんだよ。怪我はないか?」
「うーんと…うん!どこも怪我してない!」
何故か傷一つない。何なのだろう。ま、いっか。別にいい事なんだし。
「うっし、じゃ戻ろうぜ。ってもだいぶ遅れちまったけどな…」
「あっははー…まぁいいじゃない。のんびり行こうよ」
「おう、そうだな!」
そしてまた歩き始める。
「しっかしお前運悪いなぁ…」
「はっははー…石踏むわ枝にぶん殴られるわ…中々にアンラッキー…」
「お前のことこれからアンラッカーって呼ぼうかな…」
「やめて。それで呼ばれる度に傷付くし悲しくなるから。」
「わ、分かったって!そんなしょんぼりすんな!罪悪感に駆られる。」
「うん…いいんだよ…転生してウハウハかと思ったら落ちこぼれだったり体育の時間にめちゃくちゃ狙われたりしたけど別にいいんだよ…」
「うっ…!ご、ごめん…」
「いやいやいやいいんだよ…気にしてないから…」
我ながら性格悪いことしてるな〜…ちなみに別になんとも思ってないし傷付いてすらいない。ただただ遊んでるだけ。戯れである。戯言の戯れである。洒落たことも言えずに戯れたことを言っているのである。
しっかし結構高いな。どれくらい歩いたんだろう…
「まだそんなだぞ?40分くらい。」
「げ…まだそんなもん…?」
「おいおい…この程度で音を上げてたんじゃこの先持たないぜ?」
「どちらかと言えば変わり映えしない景色に飽きた…かな」
「ほう?その辺の植物でも採取してみたらどうだ?」
「残念ながら僕は生物学者でもベジタリアンでもないんだよね…」
「うっせ、ならグダグダ言うな」
「むー…いじわるー…」
「お前もな…」
………どれくらいか経ってやっと頂上が見えてきた。
「やっとだー!ついにだー!わーい!」
「ふいー!おつかれー!さて、あとは飯だな。飯。そう飯だ。」
「ふっふっふ…楽しみじゃのう…」
「なんで楽しみで怪しくなってんだよ。いいから行くぞ。残りの班メン探さなきゃ」
「ほーい」
ま、さすがにすぐ見つかる。
「おーい!田中さーん!零奈ー!」
「あ、愛鬼くんに希華くん!」
「黒瀧ー!桐島ー!」
「うっし、全員揃ったな!」
「じゃ、お湯沸かそっか!」
うちの学校では頂上でおにぎりとカップラーメンを食べるのだ。カロリーすっごい。
よし。沸いた。お湯を注いで…あとは3分待つだけ。
うーん…この3分…何だかすごく長く感じる…
・
・
・
出来た!!!
「よしっ!じゃぁ…」
『いただきまーすっ!』
うんっ!美味いっ!
「はー…やっぱ外でみんなで食べると美味しいねぇ…」
「だなぁ…もうこれだけで来てよかったって思うぜ…」
本当に満喫してるみたいだ。
食べ終わってからは下山。同じ道でも登る時と降りる時でかなり変わってくる。
またさっきみたいにならないように気を付けて進む。落ちかけるなんてもうごめんさ。
「行きと帰りで中々に違う景色が楽しめるんだなぁ…」
「ふふっ、そうだね!」
にこやかに返してはいるものの気を張って周りに注意している。気を張るってのは結構疲れるものだ。過酷な下山になりそうだな…
それはそうと今のところは何事もない。平和だ。これでこそ林間学校に来たかいがあるというものだ。
あ、そう言えば
「ずっと思ってたんだけどさ。愛鬼の服そ―」
「いうな」
ピシャリと止められた。
「えっと…」
「触れてくれるな」
その服装はジーンズのホットパンツにレギンス。上は黒で真ん中にデフォルメされた鬼の顔が白で描いてあるトレーナーでその上にこれまた黒のパーカーを着ている。黒鬼だからね。イメージカラーを守らないと。ちなみに黒が結構似合ってる。普通にカッコイイ。
「…………」
「っ………」
「…………」
「そんなに見るんじゃねぇよ!!」
「ひぅっ…ご、ごめん…」
ちなみに愛鬼はキャップも被っている。これまた黒色で小さな角が2つついている。似合っていてかわいい。
「…ん?」
「ん?どうしたの?」
「いや…一瞬気配を感じたような…」
「うん?そうなの?」
「うーん…流石に気の所為だとは思うんだが…」
「動物とかじゃない?」
「かもな」
「うん!きっとそうだよ!」
気配、か。
集中力を上げれば僕にも掴めるのかな…ま、遠い話か。それに別に要らないし。
ま、何やかんやで下山は終わった。結局その気配ってのが何かもわかんないままだ。
さ、あとは宿に戻ってへっやっぎっめっだっ