其ノ十四 手合わせ
其ノ十四
かくかくしかじかうんたらかんたら。
サクッと説明を終わらせた希華。
それに対し、サクッと説明を聞いた琴音。
「…あー…うん…え、うん…状況は理解できないけど分かった。え、待って、つまり、それ、お父さんからの誕生日プレゼント、ってことでいいんだよね?」
「うん、多分。ついに僕も妖狐として認められたってことだねっ!」
「あー…なーるーほーどー…ね?」
「まぁよく分からないのも無理はないさ。僕だってよくわかってない。ま、いいんだけどね」
「い、いいのか…まぁ…うん…そういうことなら…うん…」
「まぁいいんだよ!じゃ、僕はお父さんの遺品整理があるから」
「あ、うん、じゃ、またね」
「おうよー」
それからサクッと遺品整理を終わらせた。
何故なら愛鬼の元に行くからだ。
愛鬼の屋敷は、騎狐の屋敷と同じくらいの大きな屋敷で、鬼王―愛鬼の父―の弟子達が日々鍛錬を積んでいる。
もちろん警備も固く、アナログ、デジタル、共に防犯力は中々のものだった。
「…どうやって入った?」
「警備の人の目を盗んで。あ、窓開いてたよ」
希華にはあまり関係なかったようだ。
窓枠に座り、飲み物を取ってきてたであろう愛鬼を希華が出迎えた。愛鬼の部屋で。
「……おう」
愛鬼は机の上にトン、とお茶を置いた。
「ふぅー…っすーっ…」
「ん?どしたの?」
驚きと呆れと戸惑いが混ざった表情で天を仰ぐ愛鬼に対し、希華はキョトンとしていた。
「俺ん家の警備が如何に万全か、分かってるか?」
「うん、あれを掻い潜るのは中々に骨が折れたよ」
「なかなかに、ねぇ…不可能なはずなんだけどな…特にここ数日で能力に目覚めたばかりの神覚者には…」
ふぅっと息をつき、気だるそうに頭を手を当て希華を呆れ顔で見つめる。
「お前、自分が何したか分かってるのか?」
「不法侵入」
「いや、まぁそうなんだけど…そんなことがどうでも良くなるくらいの事をしたんだよ…お前…」
「えっ…!?僕、そんな大罪を…!?」
「はん…わざとらしい…分かってんだろ?」
「あっ…ははー…バレてるか…」
「そりゃあな…で、どうなんだよ」
「うん…黒堂屋敷の警備を突破しました…」
「おう、なんでそんなこと出来たんだ…?」
「んー…わかんないけど…どうやったら突破できるのかビビっとわかるって言うか…」
「ほーう?ビビっとねぇ…」
「いやぁほら、なんて言うか、警備の人に見つかりそうになったら頭がキーンてしてきて世界がゆっくりに見えるんだよ。あとは監視カメラ。監視カメラの視界に入りそうになったら頭がキーンてしてきて一瞬で死角に入ってるんだよ」
「…ワイルドセンス」
「え?」
「お前のその力だよ。野生の勘、ってやつだな。ちょっと目瞑ってみろ」
「うん」
パチッと目を瞑る希華。
「これ何本だ?」
背中の後ろで4本指を立てて、手を希華の顔の前にかざしもせずに愛鬼はそう言った。
「…何本か聞くならせめて顔の前にかざせよ…背中の後ろで4本」
「…お前、目瞑ってるよな?」
「え?あ…そう言えばそうね」
「それがワイルドセンスだ。まぁもっとも、ここまでの精度で発揮された例なんて殆ど…つか一回しか見たことねぇ」
「え、マジ?」
「おう、マジだぜ」
「おぉ…喜んでいいのかな…?」
「そりゃあな。このレベルなんてそうそう手に入るもんじゃねぇ」
「そうなの?え、じゃあ逆にさ、そのもう1人って誰なの?」
「あー…お前の爺さん、だ。名前は―」
「騎狐 妖介」
愛鬼の言葉を遮り、希華は続ける。
「十八代目妖狐にして妖狐を超えた妖狐、九尾。さすがに知ってるよ」
「…そうか、ならいいんだ。んで、その人が、お前と同等かそれ以上のワイルドセンスを持っていた。噂ではあの人のつける狐面には前を見るための機能がついてなかったとかなんとか…」
「はは、そりゃさすがに嘘だろう。常にこのワイルドセンスを使っていたのなら頭がパンクしちゃうよ。えげつない程の情報量なんだ」
「ほう?そうなのか?」
「うん、ここから半径20m以内の全てを把握出来る。愛鬼がベッドの下に黒龍刀を隠しているのも分かる」
「チッ」
「純粋な舌打ち!?」
普通に驚いているようだった。
「余計なとこまで気が付きやがって…ぶった切ってやろうか…」
「あはは、お手合わせというのなら是非ともお願いしたいね」
「ほーう?まぁたしかに…何やかんや手合わせしたこと無かったな…」
「うん、僕はもう覚醒したからね。それなりには戦えるはずだよ?」
「ふむ…そうだな…いい機会だ。いっちょ手合わせすっか!」
「うんっ!あ、そうだ、愛鬼の戦闘着見せてよ!あれ好きなんだよね」
「お、マジか。いいぜ!ちょっと待ってな…」
腕につけた時計を操作し、押し入れをガラッと開ける。そしてまた時計を操作する。
ウィーンと、機械的な音を立てて押し入れが上に移動し、下からは黒鬼の甲冑やら刀やらの武具が登ってきた。
「相変わらずカッコイイ仕様だよなぁ…」
「はは、気分は大事だからな。やるきが出るってもんだぜ」
そう言いながら甲冑に背を向けて立ち、両手を横に広げた、いわばTポーズで甲冑に近づく。腕時計が甲冑にかざされると同時に甲冑が開き、その中に愛鬼の体躯が仕舞われる。
ガシャン、と甲冑が閉じ、黒鬼の戦闘着として愛鬼の身に纏われた。
最後に、般若の下半分のような形をした半仮面を口元に装着し、完成。
最少年ゴッドヒーロー、小さき黒鬼、デーモン。
西洋風の甲冑を身にまとった愛鬼の放つ威圧感は半端なものではなかった。これまで纏っていた可愛らしい雰囲気は一変して鋭いそれとなり、希華を見るその目は対戦相手を値踏みするそれであった。
ゴクリ、と希華は生唾を飲み込む。
「はは…やっぱすげぇや…鎧を着ただけでここまで警戒心を抱かせるなんて…」
「まぁな。で、どうするよ?うちのまた別の鎧でも使うか?」
「え?僕?僕はいいよ」
「あん?それじゃあ不公平だろ?俺だけ戦闘モードなんて」
「心配ご無用。僕の分はもうある」
「あ?」
希華はポケットからリストバンドを取り出しその両手首に装着する。
「お前…!それって…」
「うん、僕の戦闘服だよ」
初めての変身と同じ手順で狐のマークに触り(今度は左右を間違えなかった)、その身を光で包む。
顔の前に出現した狐面を右手で掴み、顔に装着する。愛鬼のとは違い、顔を完全に覆うタイプだ。
《システムオールグリーン。AI:フォクシー、起動済み。おはようございます、希華、そして愛鬼さん》
狐面の目の中に光が灯り、そんな音声が流れた。
「…うおぉ…マジか…」
「うふふっ、マジだよ」
希華がクスクスと笑い、狐面の目を楽しそうに細める。
「表情がリンクしてるのか…すげぇハイテクだな…」
「ふふふ!そーでしょそーでしょ!」
腰に手を当て、ドヤっと胸を張る。些か子どもじみた真似だが、それがどうも様になる。
「てか、そんな精密機器、顔に付けてて大丈夫なのか?」
「あー…それは確かに…」
《大丈夫です。電子的な回路は組み込まれていませんので。全て妖力回路ですから》
「へぇーじゃあこの仮面自体はただの仮面なんだ」
希華は自分の仮面をコンコンと人差し指でつつきそう言った。
「え?そうなのか?」
《はい!飛び切り丈夫な魔界樹で作られていることと妖力回路が組み込まれていることを除けば、ただの木製狐面です》
「ただのって…魔界樹で作られてることを除いちまったらダメだろうがよ…」
少し呆れたように愛鬼には溜息をついた。
「そんなことよりさ!早く手合わせしようよ!こいつの性能を試して見たくてうずうずしてるんだ!」
「へーいへい。場所は中庭でいいか?」
「うん、あそこならいい感じ」
黒堂屋敷の中庭は、門下生達が日々鍛錬に励めるよう、戦いとしての場が整えられている。そこを使って、手合わせをしようという魂胆なのだ。
二人が中庭に行くと、黒鬼の門下生達が今日も今日とて鍛錬に励んでいた。
「おーっすお前ら、元気にやってるかー」
『押っ忍っ!』
愛鬼の一声に対し、野太い声達が返ってきた。
すると愛鬼の父である鬼王こと隆鬼が訝しげな顔をしながら2人に近づいた。
「おう愛鬼、って…もしかして希華か?その服装は…?っていつ来たんだ…?」
黒堂屋敷の玄関にまで行くには門をくぐり、中庭の前を通らなければならない。
しかし、希華は窓から入ったのでその姿を確認できなかったのだ。
「あ、お邪魔してます!さっき来ました!」
「あぁ…さっき"窓から"だけどな」
愛鬼は窓からの部分を強調してそう述べた。
「窓から…って窓から!?どうやってそこまで…いや、そもそもどうやって敷地内に入った…?」
「えっと…警備の目をくぐってスルスルと…」
「スルスルつったって、監視も居ただろう?それに、高感度センサー付き監視カメラもあった。それを通り抜けたってのか…?」
「はい!そういう事になります!」
元気いっぱい胸を逸らして得意顔を作って見せる。狐面の目を得意げに薄め、狐面の鼻が高くなっている。
「いや、全然得意がることじゃねーんだけどな」
と、冷静に突っ込む愛鬼。
不法侵入の技術を自慢したとてどうしようもない。
「にしてもすごいな…うちの警備をそんな遊び感覚で切り抜けられるなんて…もしやワイルドセンスか?」
「そうですそうです!やっぱ分かるんですね〜」
「そりゃあな。しっかしそのレベルとなると…九尾と同等までは行かなくとも近しい物を持ってるんじゃないのか?」
「おぉ…そこまで分かるんですね…」
「まぁ多分、近しいと思うぜ。俺の見立てでもそうだ」
愛鬼がチラリと希華を一瞥する。
「ま、とにかくやろうぜ?親父、ここ使っていいか?」
「おう。まぁいいけど…ん?もしかしてお前ら、戦うのか?」
「おう!こいつも目覚めたしやってみるか〜ってなったんだ」
「そういうことですっ!それにこの戦闘服も試してみたいなーと!」
「おぉ!なるほどな!いや〜…よく似合ってるぜ!」
隆鬼は希華を上から下まで観察しそう呟いた。その目線には何処か哀愁が漂っていた。
「ん?どうかしましたか?」
その哀愁を敏感に感じ取り希華は狐面の目の中に?を浮かべた。
「いや…なんつーかその…お前の父ちゃんが子どもだった頃にいやに似ていてな…」
「あぁ…なるほど。そういう事でしたか。それは…変な事を聞いてすみません」
「いやいや!むしろ…変な事言って悪かった」
「いえいえそんなっ!嬉しいです、父に似てるって言われるの…ま、そんな父を僕は超えるんですけどね!」
目の中に^を浮かべにっこり笑う。
「ま、何はともあれ!愛鬼、さっさとやろうよ!」
「お、おう!そうだな!」
キッと隆鬼を睨みつけていた視線を外し、にこやかに応える愛鬼。
黒鬼門下生達が場所を開け、程よい空間の空いた中庭の中ほどへと2人は進む。
「いや〜…しっかしお前と拳を交える時が来るとはなぁ…なんだか感慨深いぜ…」
「ははは、まぁ確かに…ぶっちゃけ愛鬼と手合わせできる日が来るとは思ってなかったからね」
「ほほーん…本当は?」
「…まぁいつか来るだろうとは思ってた。でもこんなに早くとは思ってなかったよ?」
「くっくっく、同感だ。さ、さっさとやろうぜ」
「うん!喧嘩スタイルで行く?それとも大会スタイル?」
「あー…まぁ手合わせっつーことだから大会だろ。親父、審判頼む」
「おう、任せな」
程よく距離を取り、向き合う希華と愛鬼。
希華は腰を落とし左手肘をぐいと持ち上げ顔の前へ、そして左手は胸の前に置く。右腕は肩の位置まで引き、右手を顔の前に置いて構える。左足に体重を乗せ、後ろに引いた右足は地面をしっかり捉えている。
対する愛鬼は、両脇と胸を開き、自分のおでこ辺りに拳を置いて左前で構えた。
黒鬼門下生の内の1人が銅鑼を用意し、ぐっと構える。
「よぉい…開始っっ!」
どぉんと銅鑼が鳴り響くとほぼ同時に、希華は愛鬼の目の前に来ていた。後ろに引いた拳を軽く握り、愛鬼の眼前まで迫らせる。
愛鬼も防御の姿勢を取ろうとするが、腕で顔の前を塞ぐ前に希華の拳が滑り込んで顔を捉えた。
「ぐっ…!」
その拳は下から捻りあげるように愛鬼の顎を打ち、脳みそを揺らした。
希華は素早く腕をもどし、またも素早く左ジャブをまた顎目掛けて打つ。
今度こそ愛鬼は向かってくる拳を払い除け、自身の左拳を希華の右頬めがけて打ち込むべく突き出した。
その瞬間。希華の体が揺らいだ。
黒い影のようなものを愛鬼の視界に残し、希華はするりと自分の右手側に回り込みをかけた。
背後を取り愛鬼の膝を、後ろ側から蹴ってバランスを崩させる。
そのまま首に腕を巻き付け、的確に動脈を絞めあげた。
「っぐっ……!」
キリキリと締め上げられ、流石の愛鬼も苦痛の声を漏らす。
だが、絞められて終わるような愛鬼では無い。肘を希華の脇腹に思い切り叩きつけた。
「っくっ……!」
希華からも苦痛の声が漏れるがそれでもなお絞め続ける。
愛鬼は再度肘を希華の脇腹に叩き込んだ。
「ぐっがっ……!」
首を絞める腕が緩んだ瞬間、愛鬼は力任せに腕を引き剥がし、希華の右頬に肘打ちを入れる。
「ぐはっ……!」
軽く吹っ飛ばされるも、空中で姿勢を立て直し何とか着地した。
「いやぁ〜……流石に重いなぁ……」
おでこを押え、軽く頭を振りながら希華は言った。
「そりゃあな。そもそも妖狐自体そんなに防御力は高くねぇ。そこに黒鬼の一撃が入ったんだ。そりゃあ効くだろうよ」
「はっはっ、そりゃそうか」
希華は軽く笑って尻尾を1本だした。
「じゃ、もう食らわずに行こう」
愛鬼も希華も再度それぞれの構えをとる。
希華は先程と同じ体勢でダッシュし、愛鬼の2m程手前で尻尾を突き出した。
すかさず顔の前で腕を寄せ、防御の構えを取る。尻尾が当たると同時に受け流し左手で尻尾を掴んで、右側に思い切り引っ張った。
「うわっ!?」
素っ頓狂な声を上げ、引き寄せられる希華。 そこに、容赦なく愛鬼が拳を突き出しだ。
その時だった。希華を世界が遠のくような感覚が包んだ。突き出される拳がゆっくりに感じられ、それでいて自分の体はいつも通りの速さで動く。
突き出された拳の上に自分の左手を乗せ、そこを力を込め思い切り身体を跳ね上げる。
当然尻尾を掴まれているので、そこを起点にぐるりと上から後ろに回り込む形になる。
ストンと愛鬼の後ろに着地し、右拳を振りかぶって愛鬼の後頭部目掛けて突き出した。
しかし
「っ!?」
その拳は、愛鬼に右手で受け止められていた。
受け止めた拳をぐいと引き寄せ、勢いをつけた左ストレートを希華の顔面に放った。
「ぐがっ!」
右拳から右前腕に持ち替えまた同じように引き寄せて左ストレートを叩き込む。
「うぐっ!」
さらに引き寄せ同じように左ストレート。
「ぐはっ!」
最後に大きく勢いをつけて頭突きをかました。
「ぐごはぁっ!」
希華はよたよたと後ろに下がり、ガクッと片膝をついた。
「いってって……ちょっとぉ!さすがにやり過ぎじゃないっ?!」
狐面のおでこを抑え、目の中にばってんを作って抗議した。
スクッと立ち上がり、狐面のおでこをキュッキュッと撫でる。
「いってぇ……いきなりこれだもんなぁ……キツいよ!ほんと」
「はん。大して効いてもねぇだろ」
気だるそうな雰囲気で呆れ気味に愛鬼は言った。
「その仮面。結構な硬さのはずだぜ。この打撃でそんなに効くはずねぇだろ」
「何を言うか!結構なかなか痛かったんだぞっ!」
嘘っぱちである。
その実、希華にはほとんどダメージが入っていない。この狐面、妖力で固定されており、詰まる所顔に触れずに浮いている状態なのだ。
それ故に、いくら仮面を攻撃しようとも顔を押されるくらいの感覚でしかないのだ。
ただ衝撃はちゃんと伝わるので、首をしっかり持っておかねば骨をやられる事はある。
いくら痛くないとは言え、根本をやられてしまっては元も子もない。
今、希華は身をもってそれを感じた。
しかし危険を学び、やられてばかりでは無いのが希華である。すぐさま愛鬼に肉薄し左拳を突きだす。
その時、希華は違和感を覚えた。自分の拳がさっきよりも遅く見えたのだ。しかもそれだけではない。自分の拳が遅いだけでなく、愛鬼の防御も遅い。
こんな拳ではいけないとさらに力を込め速度をあげた。
「ぐがっ…!」
先程よりも速度を増した拳は愛鬼の守りをすり抜け顔面にヒットした。
「チッ…速さに慣れてきやがったか……」
愛鬼はそう毒づいて気を引き締め直した。先程よりも隙のない構えを取り、希華と対峙した。
今度は愛鬼から肉薄し、迫る勢いそのままに左膝を突き出した。
希華は当たる寸前で横に回避し、すれ違いざまにボディーブローを叩き込んだ。
しかし愛鬼の鎧は硬く、あまり効いた様子はなかった。
愛鬼は右脚で体を支えつつ方向を変え、希華の腹部に左脚で蹴りを叩き込んだ。
「ぐふっ…!」
ジャブの如き素早い蹴りに、さすがの希華と言えど対抗出来ずに食らってしまった。
妖狐は元々防御力の高い種族ではない。そこに黒鬼の蹴りが入ったのだ。その被害が甚大であることは言うまでもない。
愛鬼はさらに2発、腹部と仮面に左脚で蹴りを入れた。黒鬼にしては軽いその攻撃も、妖狐にしたら充分警戒に値する代物なのだ。
希華は少し焦っていた。何せワイルドセンスよりも速く攻撃が来てしまうのだ。
で、あるならば、希華はどうするか。簡単だ、ワイルドセンスをさらに速く、己の動きをさらに速く、皆にとっての1秒を己にとっての3秒にしてしまえばいい。
愛鬼がぐいっと左脚を胴体に引き寄せ、タメのある速い蹴りを放った。希華はそれを外側にするりと避け、愛鬼がもう一度蹴りを放つより先に画面に左ストレートを叩き込んだ。
「ぐがっ…!」
防御力が低い反面、素早い上にパワーがあるのが妖狐である。黒鬼ほどのパワーでこそないものの、素早く重いその一撃達は黒鬼にも充分脅威になりうるのだ。
素早く左腕を引っ込め、右ストレートを愛鬼の顔目掛けて放つ。愛鬼は首をそらすことによりそれを避け、倒れかけた体勢のまま左脚で蹴りを放った。
希華は右腕でそれを外側に受け流し、左ボディストレートを愛鬼に叩き込んだ。
「ぐっ…!」
先程よりもしっかりとした手応えではあったが、やはり腹部の装甲は厚く大した痛手にはならないようだ。
ならばと希華は空中でしゃがんだような姿勢を取り、ドロップキックを愛鬼に見舞った。
しかしそれも腕で防がれてしまった。だが妖狐の脚力には勝てず、愛鬼は後ろに押されてしまった。
素早く着地し、体勢を立て直した希華が愛鬼に向かって再度肉薄した。が、その時。愛鬼の体が一瞬で姿を消した。
「っ!?」
「こっちだ」
背後の声に慌てて振り返る希華。しかし、振り返ると同時に飛んできた拳に意識を飛ばされた。
「勝負ありっ!!」
薄れゆく意識の中、希華は妖狐として初めての敗北を経験したのだった。