其ノ十二 死と覚醒
「で、どうすんだ?ガキ捕まえたけどよぉ…殺していいか?」
「バカ、そいつが材料なんだろ。まぁことが終わったら殺していんじゃない?知らんけど」
「へーいへい…はぁーどーしよっかなー…」
黒い仮面に白の髪をした男女の2人組に捕えられている。
……わーい、人生初の人質だー。
ってはぁ?おいおいおいおいおい。ちょっと待てちょっと待て。
捕まえるならまだしもあまつさえ人質に?
勘弁してくれ…
「んー!んーー!!ん"ー"ー"ー"」
「……おい、猿ぐつわ取ってやれ」
「ほいよ」
「ぷはぁ!!ちょっと縄キツいよ?人縛るの初めて?」
「この状況でもジョークかよ…」
「いや、マジで。そんなにキツくしなくても逃げないっての。逃げれる気もしないし」
嘘である。少しでも緩まったらこの辺を焼き払う。
「絶対に緩めるなよ。なんせ騎狐だ。ガキとはいえ油断ならない」
「そんなに警戒しなくてもいいよ?なんせほら…神妖者になれないから…」
「ッ!!」
「零牙琉!!」
「……チッ」
…こっわ。何て冷たい殺気なんだ。
「なるほど。お前、19代目妖狐の息子か」
「よくわかったねー!ひょっとして僕のファン?」
「いや、アンチ、だろうな。しかし妖狐の息子を人質に取れたか…ラッキーラッキー」
「くっくっく…残念だったなぁ…僕には隠された力があるんだ…」
「なにっ!?」
「落ち着け。どうせハッタリだ」
「ちぇ…つれないなー…それに比べてお兄さんからかいがいがあるね〜!」
「こいつぶん殴っていいか?」
「かまわん」
「僕がかまうからやめろ」
ぶん殴られた。痛い。
ついでに言うと気絶もした。
…………………………………………
「―せ!―めろ!」
なんだ?嫌に騒がしいな…
顔を上げるとそこは庭だった。更に言うと僕は例の男に捕まえられており僕の8m先には狐面を着けた父さんがいた。
「と、父さん!!」
「希華!!」
「おっとうごくなよぉ?こいつの首が飛ぶぜ?」
在り来りな脅し文句を口にしているのは零牙琉と呼ばれた黒仮面の男。
僕の首にとても良く切れそうなナイフを当てている。
何をしてるんだろう?父さんならこのナイフが僕の首に傷をつけるより早く動けるはずだ。
「貴様ら…何が目的だっ!?」
「騎狐の排除、駆逐、だな」
「おい、勝手に喋るな」
「あ、いけね…」
「はぁ…まぁいい。そういう事だ。このガキを殺されたくなかったら大人しく殺されろ」
「くっ…」
なんでだ?全員が一丸となればこの程度のヤツら倒せるだろう?
見ると父さん達の周りにこいつらの仲間と思しき仮面の集団が姿を現していた。
「僕のことなんていいよ!だからこいつら倒してよ!!」
「希華…」
「そーゆーわけにもいかねぇんだよなぁ?」
「……」
「父さん…なんで…僕一人の命より皆の方が大事でしょ!?何を躊躇ってるのさ!!」
「違うんだ…」
「え?」
「俺達全員を合わせても…希華の価値には及ばない…言っただろ?希華は…俺達の希望の華だって…」
「意味が…わからないよ…僕にそんな価値なんてない!!僕にみんなの命を背負わせるな!!」
クソ、クソクソクソ!僕がつよければ…僕にこいつらを圧倒できる力があれば…!!
「くっくっく〜!やっとお前らも状況がわかったようだな!」
「それを言うなら立場だ。まぁとにかく死んでくれ」
そういうや否や。皆の周りにいた奴らがどこからともなく剣を取り出した。
「やれ」
「やめろぉぉぉぉぉ!!!!」
精一杯暴れるもビクともしない。
一瞬だった。
ドス黒い妖気をまとった剣による蹂躙。
1太刀で切り裂かれるとうさん、かあさん、おじさん、おばさん、いとこ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!ふざけるな!!!やめろ!!ぶっ殺す!てめぇら全員ぶっ殺す!!この俺がぶっ殺してやる!!」
「威勢がいいなぁ…でも見てみろよ。もう、全員死んだぜ?」
「はっ…?」
嘘だ、辺り一帯が血の海になっている、ウソだ、服が赤く染まり狐面も赤くなっている、うそだ、中には狐面が割れ生気のない瞳を晒している者もいる、ウソダ、嘘だ…
「嘘じゃない。ホントのことだぜ?お前が弱いから引き起こされたホントのことだ。これが、これこそが真実なんだよぉ!」
「おい、その辺にしとけ。趣味が悪いぞ」
「はん、ガキの目の前で親殺して趣味もクソもねぇだろ」
「確かに。もう手遅れか…」
「とうさん…?かあさん…?そんな…そんな…そんな…」
「はん、壊れちまってるよ。どうする?殺していいか?」
「ころ、す?ぼくを?」
「おう、お前だよ。ってなんだよまだ壊れてねぇのか」
僕が、殺される?おとうさんやおかあさんと一緒みたいになるの?
いやだ、死にたくない、みんなの命を背負ってるんだ。
死んで―溜まるか。
ブチン、と、音がしたような気がした。仮面の男に肘鉄を食らわし、振り向きと同時にハイキックで吹っ飛ばす。
「なっ…!?」「っ…!?」
「殺させない…僕のことは、殺させない…みんながくれた命だ!貴様らなんぞに殺させて溜まるかっ!」
「チッ、覚醒しやがったか…!どうする、零刺琉?」
「くっそ…殺るしかねぇだろバカ兄!」
「殺られるのは、テメェらだ。ゴミ共」
僕から見て零牙琉が左、零刺琉が右になる形で対峙する。
腰を落とし素早く動けるよう構える。大丈夫、戦い方は心得てる。負けるわけが無い。
「やめておけ」
二人の間に青黒い空間の裂け目が出来、その中から背の高い仮面の男が出てきた。
「た、大将!?」
「どうしてここに…」
「なんとなく、な。そんなことより狐の子よ。覚醒したようだな」
「お前は、誰だ」
「誰でも良いだろう?あぁ、そうか。復讐したいのだな。ならば名前は名乗るべきかな…いいだろう。我の名は滑瓢だ。覚えておけ。貴様の家族を殺した男だ」
「滑瓢…妖怪の、総大将…?」
「ああ。まぁそれは誤伝、というか俗説なんだけどもな…まぁいい。実際大将になったのだから」
「貴様が…みんなを…!」
何か言いかけた滑瓢を無視して1歩で肉薄する。
そして独特な髪型をした顔目がけて拳を放つ。
「っ!?」
「まぁ落ち着け。復讐がしたいのならもっと強くならなきゃ」
僕の拳は呆気なく取られていた。
そして軽く僕を投げる。
「もっともっと強くなれ。そうだなぁ…我を追いかけて調べたりしてるうちに強くなるだろう。ま、我まで辿り着けたのなら…歓迎し、迎撃しよう」
「ふざっ、けるな!!」
再度肉薄する。が、それよりも早く滑瓢がこちらに近づきボディブローを食らう。
「ぐっふっ…」
「だから言ったろう?まだ早い。青い果実を踏み潰しても楽しくないんだよ」
「ふざっ……けるなぁっ!」
僕の腰の位置、尾骶骨を挟むように2本の大きな―僕の半分ほどの大きさをした―尻尾が現れた。
尻尾だ!妖狐の、尻尾だ!
「はぁぁぁ!!」
さっきとは比べ物にならない速度で肉薄する。
「っ!!」
僕の拳を取ろうとする手を掴みそこを軸に倒立前転のような動きで回り込み体を横に回し回転蹴りを放つ。
「おおっ…」
腕で防がれたが吹っ飛ばすことは出来た。
「こんの!」「おらぁ!」
後ろから零牙琉と零刺琉が攻撃を仕掛けてくる。
しかしどうということは無い。尻尾を使いそれぞれをぶん殴る。
どうやら命中したようでうめき声が聞こえる。
滑瓢と向き直り肉薄しようとする。
と、その時。上空から黒い塊が落下してきた。
「!!!」
「おいてめぇ!何してんだごらぁっ!」
漆黒の甲冑を身にまとい、そう言った男子か女子か区別が付きにくいその声は僕の幼馴染にして黒鬼の神覚者の愛鬼だった。
「ほーう…デーモンか…」
「チッ…滑瓢かよ…おい、希華、怪我ないか?」
「ああ、もちろん。どいてくれ、僕がやる」
「いや、お前には無理だ。確かにお前は強い。だがこいつにはかなわん」
「え…?」
「はっはっは、よく分かってるじゃないか。確かに、その狐の子では我には勝てない。では君なら、勝てると?」
「俺でも無理だろうな…でも、こいつならどうだ?」
突如、滑瓢の後ろから愛鬼のお父さんにして最強の黒鬼、鬼王があらわれた。
「オラァ!」
「ぐっ…!」
滑瓢の大柄である体が宙を舞った。
「ったく。自分の父親をこいつ呼ばわりかよ」
「はん、そんくらいで丁度いいってもんだ。いいからやるぞ」
「おうよ!」
鬼王と滑瓢、僕と零牙琉、愛鬼と零刺琉がそれぞれ向き合う。
「さて…どうしたもんかねぇ?」
そういったのは滑瓢だ。すると零牙琉と零刺琉の方を向き
「おい、そこの2人、帰るぞ」
といった。
「え?」「か、帰るぅ?」
「ああ、時期尚早ってやつだろう」
「で、でも…」
「でもじゃない」
「っ…」
「さ、帰ろう」
そう言って鬼王を警戒しつつ2人に近付いていく。
「…待てよ」
「あん?どうした狐の子よ。いや、もう20代目妖狐か」
「っ…逃がすわけ…ないだろう」
「ま、そーゆーこったな」
「鬼王まで…勘弁してくれ…今日は挨拶に来ただけなんだ」
「はん、ならこちらからも、挨拶させてもらうぜ!」
鬼王が滑瓢に肉薄し右拳を放つ。
滑瓢はそれを右手で受け流し後ろに回り込む。それとほぼ同時に鬼王も腕を引っ込め後ろに肘を放つ。それは滑瓢を捉えたように見えたが、滑瓢は零牙琉と零刺琉を抱えて少し遠くに跳んでいた。
「ふうっ…危ない危ない」
「ちっ…すばしっこい野郎だ…」
「ではこれでほんとに失礼する。では、また会おう」
滑瓢の背後に来た時とおなじ青黒い空間の裂け目ができ、滑瓢達はそこに入っていこうとする。
「逃がすかぁ!!」
そうだ。逃がしはしない。絶対に、絶対に。父さんごめん。もう使うなって言われたけど、使うね。
拳を強くにぎりしめその中に意識を集中させる。今までの怒り憎しみ全てを込めて力を注ぎ込む。
赤黒かった。初めて出した時は黒紫だったのに。
「おい希華…マジかよ…!」
「そんな…嘘だろ…」
「禍津狐火か!狐の子よ!」
「うっそだろ…」「そりゃウチらじゃ勝てないわ…」
許さない。こいつらだけは許さない。
この炎に見とれている今だ。
既に僕は滑瓢の目の前に来ていた。
「そこまでだよ」
「っ!?」
僕の手首を掴む真っ黒な手袋。
真っ黒なハットに真っ黒なコート、じっくり見ないと男とわからない顔に声、そして真っ黒な目隠し。
こいつが…死神…
死神は僕をひょいと投げ、滑瓢の方を向いた。
「滑瓢さん…ちょっと油断し過ぎじゃないですかね…?」
「いやあ悪い悪い。くらってみたくなってな」
「ちょ、それウチらも巻き込まれるやつじゃん!」
「はぁ…まったく、楽しむのはいいことですけど仲間を危険に晒すようなことは辞めてくださいね!」
「死神ぃぃぃ!!」
拳を構えた愛鬼が死神に突っ込む。
「うわぁっ!?」
死神は咄嗟に地面を転がって避ける。しかしそこには愛鬼の蹴りが待っていた。
「ぐはっ…」
「ここであったが100年目…てめぇをぜってぇぶっ殺す!」
「くっ…なんで…あの時殺そうとしたから…?それはごめんよ…そこの狐の子を殺したくて…」
「うるせぇ!」
そう言ってまた死神の顔を殴る。が、その手はガインという音を立て、簡単に受け止められた。
「てめぇのせいで…てめぇのせいで…!」
「僕のせい…?僕と君に面識は…ああ、そういう事か…」
愛鬼がもう片方の手で死神を殴ろうとしたがそれよりも早く死神が愛鬼を突き飛ばしていた。
「久しぶりだね。でも…まだ早い。今はまだ時じゃないよ」
「黙れ!」
声を荒らげ更に殴り掛かる愛鬼。しかしそれら全ての攻撃は死神によって簡単にいなされてしまった。
「落ち着くんだ。せっかくの技術が台無しになっている。力任せでは僕は倒せない。分かっているだろう?」
「うるっせぇ!!」
大きく振りかぶり死神の胸目がけて拳を放つ。
「無理だよ」
しかしその拳はまたも簡単に止められてしまった。
「まず腕力が違う。これは…やっぱり成長するしかないね…時間が解決してくれる。その歳の肉体では限界があるだろう?」
「こんのっ…!離せっ!」
すると死神はひょいと愛鬼を投げて寄こした。
「うわっと!」
僕がキャッチした。
「死神…お前、何者だ?」
「うーん…君と因縁のある相手、かな。狐くん」
「僕と…因縁…?」
「うん。まぁまだ知らなくて良いみたいだけどね。じゃ僕はこれで、またね」
そう言って滑瓢達と共に青黒い裂け目の中に入っていった。
取り敢えず、終わった?みたいだ。
「愛鬼、ごめんよ。愛鬼のお願い、聞き届けられなかった」
愛鬼に向き直りつつそう言った。
「お願い…?なんの事だ?」
「ほら…合宿の時言っていた、今度こそ幸せになってくれってやつ」
「ああ…それか」
照れくさそうに愛鬼は言った。
「まぁいいさ、こっから幸せに…なればいいんだから…」
「うん…そう、だね…」
少しだけ気まずい空気が流れる。
うーむ…どうしたものか…と、その時。何かを感じ取り振り返る。
「父さん!」
急いで父さんの元に駆け寄る。
やはり、まだ息はある。
「よう、希華…はぁ、つよく、なったな…」
「あぁそんな…い、今すぐ手当っ…」
「もういい…手遅れだ…」
「そんな、そんな…」
「そんな顔、するな…お前はもう、十分強いんだから…お前なら…二十代目妖狐を任せられる…」
「無理だよ…僕はまだ弱い…アイツらを、倒せなかった…」
「そりゃあ…まだ、若いからな…生き残ってくれて良かったよ…おい、そこのデカいの」
「あん?どうしたよ。つかこんな時くらい名前で呼べよ…」
「名前…なんだっけかな…呼ばなさ過ぎて忘れちまった…ああ、そうそう。んででかいの、ウチの自慢の息子、こいつの面倒を見てやって、くれないか?」
「おうよ、まぁ…俺に妖狐を鍛えられるかわかんねぇけど…まぁいい!任せとけ!」
「はは…助かるよ、隆鬼…あ、名前思い出せた…んでそうそう、戦闘なら大丈夫…狐の戦い方はもう教えこんであるから…」
「ほーそりゃ助かる」
「えっ…僕なんてまだまだだよ…」
「そうか…なら、俺達の戦い方でも教えてやろうか?」
「え?」
「黒鬼の…はは、そりゃあいい…ふぅ…さて、じゃあ、そろそろ、俺は寝るよ…永眠ってやつだなぁ…はぁ…」
「と、父さん!やだ!ダメだよ!」
「大丈夫…また逢えるよ…200年後くらいに…」
「それっ…僕が死ぬ時じゃん!」
「ありゃ、バレたか…ゲッホッ…」
「っ!父さん!」
「あー…そろそろ限界だなぁ……あ、そうだ…俺の右ポケット漁ってくれ…」
そう言われ僕から見て左側のポケットを探った。何も無かった。
「あ、間違えた…左だ、左」
ポケットから手を出し、僕から見て右側のポケットを探ってみた。
すると小さな鍵がひとつ出てきた。
「俺の部屋に小箱があってな…それの鍵だ…」
「小箱…?開ければいいんだよね…?」
「そりゃぁ…なぁ…食べるものでも無いし…あー…ねっむ…そろそろ限界だなぁ…じゃあ…おやすみぃ…」
ゆっくり目を閉じ永遠を感じさせる静けさが辺りに充満する。
「と、父さん…?」
今、命が終わった。そうはっきりと感じさせる絶命。
それはさながら花火のごとく一瞬にして消えた。
胸のあたりを締め付ける酸っぱい痛み。溢れそうになる感情に門を閉ざし、必死で押さえ付ける。
「……取り敢えず。みんなを中に運ぼうか」
「あ、ああ…そうだな…」
押し黙った愛鬼の代わりに鬼王―隆鬼さんが応えてくれ、少し離れたところにいた妖司を運びにいった。
さっきから喋らないのを見ると、どうやら愛鬼この件に関して責任を感じているようだ。
「愛鬼」
「お、おう。ど、どした」
「大丈夫。愛鬼のせいじゃないし、気にすることも無い」
「…っ、で、でも―」
「でもじゃない」
遮るように僕は続け、愛鬼を振り返る。
「あんま悲しそうな顔されるといざって時に責められなくなるからね」
ニヤッといたずらっぽい笑みでそう声をかける。
「希華…はぁ…逆だよなぁ…本来…なんで俺が慰められてんだか…」
「まぁそんなもんさ。じゃ、父さん連れてくの手伝って。僕一人じゃ上手く運べないから」
「あ、ああ。分かった」
僕が父さんの脇の下に両手を付け、愛鬼が両足を持って運んだ。
「うわぁ…父さんの体が軽く感じる…ってそっか…既に二十代目襲名したもんな…」
こんな風には実感したくなかったけど、とは口に出さなかった。
それから程なくして全員を中に運び込んだ。具体的には、家の中にある、大きめの部屋に。
そこでふと、思い出した。琴姉と琴葉。
廊下を歩き、1つの部屋の前で足を止め、引き戸を一気に開く。
「南無三っ!!」
「うわっと、ストップストップ!」
マジかよ。年頃の女の子が南無三って言いながら拳付きだして不意打ちしてきた。あと3センチ止めるのが遅かったら僕の顎は砕けていただろう。
「って…あれ?希華…?」
「うん!ってか隠れるならもっと分かりにくいとこにしなきゃさ…」
何を隠そうここは琴姉の部屋である。
よく見ると押し入れの中には真っ青な顔をした琴葉がいた。
そして、琴姉の顔も負けず劣らず真っ青で涙を浮かべている。
「怪我はない?二人とも」
「うん…希華、その…生きてて良かった…」
「うん!まぁね!僕は…僕だけは…」
「っ…」
最後の一言で察したらしく青かった顔がさらに青白くなり、瞳孔が開かれる。
すると今度はガバッと僕を抱き締めてきた。
「ごめん…琴姉…」
「ううん…良かった…希華が無事で…」
すると押し入れの中にいた琴葉がトテトテと駆け寄ってきて僕をぎゅっと抱きしめた。
僕もぎゅっと2人を抱き締め返す。力を込めた腕とは裏腹に僕の中の門を押さえ付ける力は無くなった。門が開き、感情が一気に流れ込み、涙として溢れた。
そのあとは…泣いたね。僕と琴姉と琴葉で。一晩中くらい泣いた。泣いているのか寝ているのかも分からないくらいに泣いた。
これが僕の12歳の誕生日だった。