なだらかな傾斜に
「ここが鶇村だよ!」
なだらかな傾斜に重なり合うように建物が集まった村がそこに在った。
俺から見れば奇妙な、楕円を重ねたような不思議な家がいくつも並んでいる。
傾いて来た陽を浴び白からオレンジに輝く家々を俺は美しいと思った。
「おぅ」
小さく感嘆をあげた俺を二人が見上げて得意そうに笑う。
いわく、近くに採石場が有りその白い石で家を建てるとあの輝きになる。
昔採石場で働く者が見つけた温泉地がツグミ村の始まりであり、今も村の大半が西側の採石場で働く。
残りの半分は先程通り過ぎた南側の果樹園で働いている。
東側は人を寄せ付けない深い山々が続きその先には隣国が有るそうだ。ちなみにフォス国ではない。
北側は崖や天然の洞窟が所々穴を空けており、子供たちは近付かない様にと言われているらしい。
北西側へ下った場所には昔の採石場の跡が幾つかの池になっている。
その先を更に下って行くと他の町がいくつか有り、最終的に海へ辿りつくそうだ。
曲がりくねった道を進み村へ入ると白い家々はほぼ同じ造りで2階建だ。楕円に見えた横長い一階部分とそれよりひとまわり小さな2階が少し奥まってちょこんと乗っている。
1階屋根の手前側は庭になっているようで、色々な花や緑が家を彩っていた。通りに面してアーチ型の黄色い窓がついている。木製の両開き窓でほとんどの家は窓を大きく開け放してある。
村の人達は皆知り合いの様で二人に声をかけつつ見慣れない俺に視線を向けてくる。少し訝しげな顔をした大人に、サワが何かを説明すると笑顔でゆっくりと休んでいくと良い等と声をかけてくれているらしい。
「僕たちの家はこっちなんだ。」
大きな道を外れ坂道を下っていく。
まずサワの家に今日集めた薬草を持っていく。
家の前で待っていると家から母親らしき人物が出てくる。
黒髪を丸く結い上げ、すらっと細身の体型だ。
黒い瞳がくっきりとしている。サワに似ているなと思った。俺より頭ひとつ分くらい小さい。
「沙葉ちゃんのお母さんだよ。」
ホウジが言う。
俺は手をさしだし挨拶をする。やはり言葉は通じない様だが、俺の手をとり軽く膝を曲げ挨拶を返してくれた。
サワの母親は薬師、父親は果樹園で働いているとのこと。
サワとはそこで別れ、数件先のホウジの家に向かう。
「父さんは、採石場で働いているんだ。」
ホウジが玄関を開けると何か煮炊きの香りがしてくる。俺は外で待とうかと思うがホウジに促され家に入る。
家の中は外から見るよりもはるかに広い。戸惑っていると、料理をしていた女性へホウジが声をかけた。
ホウジの母親であろう、振り返ってこちらへ近づいてくる。ホウジとは余り似ていない、黒髪でホウジより少しだけ背が高く優しげな丸顔だ。
ホウジに話しかけ、俺に向かって膝を少し曲げてサワの母親と同じ挨拶をしてくる。俺も挨拶を返す。
俺の言葉に不思議そうな顔をし、ホウジに目を向ける。
じっくり話しを聞くべきと思ったのだろう。荷物を置き、飲み物を出して貰う。
ホウジが事情を説明すると母親は一瞬暗い表情を浮かべ何か考え込んでいた。
少しして我に返ったようにこちらを見てくる。微笑みながら話しかけて来た。
「ヒダッカ様、大変でしたね?
詳しいお話しは主人が帰ってきてから致しましょう。
今日は家でゆっくりして行って下さい。」
ホウジと同じ、少したどたどしい発音で話しかけられた。
「話せるのか?」
返事になってはいない、だがつい聞いてしまった。
「主人に教わったのです。
村でこの言葉が話せるのは私達一家だけです。
峰司とヒダッカさんが出会えたのは私達皆に幸運かもしれません。
お疲れでしょうし、もしお嫌でなければ温泉に行って見てはどうでしょうか?
村の名物なのですよ。
もしかしたら仕事帰りの主人に出会えるかもしれません。」
何故話せるのだ?それと幸運とはなんだ?
と思ったがそれは後でと言うことだろう。
「ありがたい、世話になる。
それに温泉は好きだ。ちょっと汚れているしな。」
先程、手を洗わせてもらったがウルフとの戦いのあと服も洗っていないし、足元も汚れている。
お互いに笑いつつ母親とホウジで温泉に行く準備を手早くしてくれる。
「行ってきます。」
母親に声をかけ坂道を更に下る。
村の男達は仕事帰りに温泉に入り、汚れを落としてから帰るのが普通なのだそうだ。
女性や子供は朝温泉に入るらしい。
「ホウジは朝入ったのか?」
「僕は父さん達と入る。」
と、ちょっと顔を赤らめた。
「変なことを聞いて悪かったな。」
「いいえ、僕はヒダッカさんに比べたら小さいし。ねぇ着いたよ。」
ホウジについて建物に入っていくとなかなか賑わっている。脱衣場があり奥に洞窟をくりぬいた様な半露天の風呂があった。
ホウジに教わり、身体を洗い湯船に浸かるとホウジと同時に声が出る。
「ふうぅ」
「ほうぅ」
「暖まるね?」
「そうだな、疲れてないか?
ホウジには世話になったのにお礼も言ってなかったな。ありがとう。」
「そんな……べつに良いよ。」
ホウジは、はにかんだ笑みを浮かべる。
ゆっくりと温泉を堪能した。
この先どうなるのかと浮かんでくる心配を打ち消し頭を空っぽにして疲れを取る。
芯まで暖まってから風呂を出て、父親の物らしき服を借りる。
布で出来たゆったりしたガウンのような物を前合わせに重ね腰ひもを巻く。
「父さんとは、どこかですれ違ちゃったみたい。もう帰ろうよ。」
「そうか、もちろん良いぞ。」
帰りは俺が先に歩くと言うとホウジは心配そうな顔をしたが、1度通れば道は覚える。
俺はただ迷子になったんじゃないと大人げない意地を見せつつ帰路に着く。
同じような作りの家や路地に惑わされず、暗くなった道を帰る。もちろん家に辿り着いた。
「帰れたね。」
「まあな。」
ホウジのちょっと驚いた顔に自信を取り戻した。
俺は森で道を見付けられず少し自信を失っていた。だが帰れた、俺がおかしくなったんじゃない。やっぱり何か不思議な現象がおこり迷子になったのだ。
そこまで考えて改めて帰るのが大変なことだと気付いてしまった……
「はぁ……」
俺の元気のない様子に心配そうな顔を向けてくるが気を遣ってくれたのだろう何も言わずに玄関の扉を開け迎え入れてくれた。