普段は森の奥
普段は森の奥深くにいるはずのウルフに気付いた時は周囲を囲まれて居た。木々の隙間から見える目がギラギラと光り相当の数がいるようだ。群れの唸り声に逃がしてくれそうに無いなと目配せしつつ、お互いに背を預け合い襲撃に備える。
「ノアタ頼む!」
「ヒュンッ」
遠巻きにしている群れの中へ矢が打ち込まれた。
「ギャウンッ」
致命傷とまでは行かなかったようだが、先ずは一匹戦力外となっただろう。
ノアタは俺達の中で一番弓の命中率が有る。
「次は俺が行くぜ!ストーンバレット!」
続けてヒボラが拳大の石礫を群れに向かって飛ばす。
避けようと群れの囲いが乱れるがすぐに包囲が閉じる。それでも三匹程は避けられず石礫に当たったようで、ふらふらしながら後ずさって行った。
これで戦意を失ってくれれば良いのだが……
ウルフは群れで行動する。鋭い牙と爪を持ち後ろ足で立てば人の背丈を超す。走る速度も早い、人間の速度など比べるまでもない。
だが頭の良いウルフは人を襲うことは滅多に無い。武器を持った人間に傷つけられれば致命傷でなくとも自然界で淘汰されてしまう。それよりも安全な餌が森にはたくさんあるのだ。
しかし全く被害が無い訳でもない。森に近づき過ぎた幼子や、うっかり森の奥まで入り込んでしまった町人が運悪く出会ってしまった場合もある。そう多くはないが。
冷夏が続き森で餌が獲れない年は腹を空かせて人里近くまで出て来ることも有るが……その場合でも人を襲うと言うより家畜を狙っているのだ。近年家畜を襲うなどの被害もない。
ここ数年森は豊かで餌となる動植物も多い。まして武器を携えた狩人三人を襲うなど聞いたことがない。
「これでも、やる気か?」
木立の間から見えるウルフの群れの全体を眺め、リーダーを探しながら呟く。
「ヴッウォーン」
怒ったように一匹が吠えそれに続けて四方から吠えたてられる。
ウルフが今の攻撃で退いてくれるのが一番だったが……向こうも必死か。敵意を緩める様子は無い。
「ヒダッカどうする?」
ノアタに聞かれ考える。
俺達もそれなりに攻撃力が有るが多勢に無勢だ、体力が有るうちに包囲を突破したい。
「突破しよう。
ヒボラ、土魔法をあっちの大きなやつに撃ち込めるか?」
リーダーだと思われる先程大きく吠えた個体を視線で指し示す。
「派手なやつをかましてやるぜ。」
ヒボラがにやりと笑う。
「逃げる体力は残しておいてよ。」
ノアタが少し心配そうに言う。
俺達の中で唯一攻撃魔法が使えるヒボラ。魔力を使いきると動けなくなってしまうのが弱点だ。苦笑してヒボラは頭を掻きつつ魔力を練りあげる。
作戦を伝え、俺達は覚悟を決める。
「頼むぞ。」
言って俺は真っ直ぐにリーダーへ向けて走り出す。それを見て数匹が包囲から飛び出して牙を向けて来るが無視して進む。
俺の狙いはただひとつ。
群れのリーダーがやられれば統率を失い俺達も逃げることが容易くなるだろう。
「ヒュンッヒュンッ」
風を斬る音が続けざまに聞こえて来た。
ノアタが援護の矢を放ってくれる。
リーダーまであと数メートル。
その前にはウルフ数匹がこちらを睨み壁を作っている。
「アースランサー」
ヒボラの声が辺りに響く。
リーダーの周囲5メートル程だろうか、突如土槍が姿を表す。
足元からの攻撃にウルフの陣形が一気に崩れる。
傷つき逃げ惑うウルフの間を一気に詰めて俺はリーダーへ向けて剣を振るう。他の個体よりも大きな体で逃げもせずこちらをキッと睨んでくる。土槍のお陰だろう、足を怪我したのか大きく動くことが出来ないようだ。それでも長い爪で剣を防ごうとする。防ごうとした速度を上回り剣はズブリとからだに突き刺さる。
眼の光りが消えたのを確認し素早く剣を引き抜く。
振り返ろうとすると。
「そのまま奥に進んでっ」
ノアタの叫び声が直ぐ後ろから聞こえる。
ヒボラが詠唱し終わったあと二人でこちらへ走ってきたのだ。
未だ動けずにいるウルフが多い、この隙に包囲を抜けてしまいたい。