森に対して違和感を
森に対して違和感を感じつつも歩く。
停まっていても帰れないのだから。日が登りそろそろ頭の上に位置する頃だが、直接太陽は見えない。森に繁る木々の隙間から時々空が明るく見えるのみだ。
森で生きる者には時間や方角を知る術が幾つも有る。けれどこの森は全ての感覚が否定されるように思われた。
「何だここは……」
微かな香りを感じて辿ってみると、開けた空間に出た。辺りは良く日が差し込む場所なのだろう、スプリング・エフェメラルが群生している。白や青の可憐な花が木々の間に咲いている。
初秋のこの時期に春の花が満開なのは何故だ?
「はぁ……」
考えてもしょうがない。
周辺よりも少し高台にあたるのか乾いた場所を見つけられた。
とりあえず先程の獲物を料理しよう。近くに動物の気配は無い。湿った枯枝が多く少し苦労したが火を起こし、鍋に肉を入れ煮込む。すぐに食べない分の肉も焼いて置く。しっかり水分を抜いて保存食用に確保するためだ。
鍋から湯気がたちのぼり焼けた肉の香ばしい匂いが食欲を刺激する。
久しぶりの温かい食事だ。
「ゴクリ 」
冷めるのを待てずスープを口に含む、火傷したかも知れないが旨い。続けてスープに沈む肉を掬い上げ噛み締める。塩だけのシンプルな味付けだが近くで見つけたいくつかの葉を一緒に煮ているので臭みはない。
体の奥から力が湧いてくるようだった。
「俺も単純だな。」
先程まで訳のわからない現状に心が折れそうだった。しかし腹から温まるとなんとかやっていけそうな気がしてくる。
改めて周りを見回す。
見慣れた草木に混じって全く見た覚えの無い植物も有る。どこまで来てしまったのだろうか?隣国で採れた珍しい果物を売る行商人の丸い顔を思い出す。
「まさか」
嫌な事を思い出す。
俺の町は王都から離れた辺境に位置する、国境でも有る。
西に隣接するプロス国とは長く友好関係を築いている。懸念が有るのは南に隣接するロブド国。村を出る少し前から普段見かけない騎士達がロブド国との境に有る砦へ往き来していた。
数百年の平和に皹が入ったのだろうか?いざ戦となれば住民は町を捨てて逃げる事になる。
比較的のんびりとした性格の者が多い町だが不安げな様子でそこここで噂しあっていた。
もしそんな情勢のロブド国へ不法に侵入していたとしたら。
諜報員と疑われ捕まる事も考えられる。
「迷子です、じゃすまないかもな……」
何故こんな見覚えの無い場所まで来てしまったのか。そもそも依頼は3日も有れば充分に町へ戻って来られる予定だった。
俺は染料を取りに森へ入った。
冬の寒さが厳しい間、多くの町人は家に隠って布を織る。素朴であるが独特の柄が入り他では見られない品らしい。市場で評価も受けており、貴重な収入源だ。
その糸に使う染料だ。
森で採れるイェローツリーの赤い実を集めていた。
三人で、だ。
森の中は何が起こるか分からないし野宿の際に交代で警戒、休憩が出来る。依頼された必要量も多く広い森の中でもそこにしか生えてい無い木だ。パーティーを組み採り行くのが高率が良い。
「無事だろうか……」
状況が特殊だったとは言え二人とははぐれてしまったのが辛い。狩人は独自の技術や採取場所などを持ち秘密にしている。
新人と呼ばれる時期を過ぎ、ある程度の技術を持つ頃には個人で依頼を受ける事が多い。しかし人嫌いな訳では無い。
三人は同じ師匠へつき、同じ釜の飯を食った仲だ。それぞれ気心も知れている。中堅と呼ばれるくらいの実力はついた。
依頼を受けるために集まって近況等を話し森の中へ分け入った。穏やかに晴れた日、久しぶりのパーティーに浮き足だっていたのだろうか?
途中野宿をし、朝には目的地に着いた。
「おおっ」
「わぁっ」
「すげぇ」
見たことの無いくらい豊作だった。
イェローツリーの濃い緑の葉の隙間から採ってくれと言わんばかりに赤い実が鈴なりになって顔をのぞかせている。俺達は幸運を喜び収穫に夢中になった。
気付いた時には周囲をかなりの数で囲まれて居た。
「何でウルフが?」