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オークとエルフのラプソディ  作者: なすーん
2/2

オークはじめました!?その1

 仕事を失ってこれで15日目

この小説の主人公であるミクスの生活は,なんというか,目に見えて困窮していた


 もちろん,財政面では,曲がりなりにもこれまでの蓄えってものがあるから,後しばらくは生活の工面はできるだろう.しかし,問題はそうした物質的な条件でなく,精神的な余裕にあった.


 職や学歴,あるいは配偶者の有り無しといったステイタス.これは,ファンタジー世界においても現代と変わらずに,人々の間に深くその根を這わせているものの一つだ.これが無いと,人はたちどころに不安になり,弱り果ててしまう.要は社会の仕組みが,ひいては己と他者の弱さが,彼らにそうさせてしまうのだが,ここではそのことについて詳しくは触れないでおこう.


 話を主人公であるミクスという男に戻そう.彼は,何も別にやる気のない,どうしようもない人間ではなかった.


 まず,仕事を失って最初の数日,彼はとにかく,死に物狂いで次に雇ってくれるところを探した.ただこのご時世,あるのは条件の悪い働き口ばかり.要するに,現代でいうブラック企業のような所しか,彼に門戸を開いてくれる所は無いのだった.剣と魔法の世界といえども,現実は実に厳しいものだった.夢もへったくれも無いのだ.


 そのほかにも,仕事の募集はあるにはあった.だがそれらは全て,専門的な経験を必要とする所ばかり.見るからにひ弱で,仕事もできそうにないミクスを雇ってくれる所など,一つもないのだった.


 その週の休日,彼はとにかく寝て過ごした.もとの仕事でたまった疲れと,この数日間足を棒にして仕事を探し回った疲れが,一気にやってきたのだ.それはもう,泥のような見事な眠りっぷりであった.


 さて,休日全て使って眠ってしまったら,起きたときにはもう,全てのやる気はなくなっている.そこからの彼は,日中に人気のない広場を散歩しては眠るだけの日々を繰り返した.もちろんご飯は三食レトルト・スゥプ(この世界の携帯食)ですませる.


 その間,仕事をしていない手持無沙汰さと焦りだけは,どんどん彼の中に募ってゆく.

だが,取り立ててどうすることもできず,ミクスはこうして今日もお気に入りの人気の無い広場に来ては,たまに通りかかる鳩さんや猫さんとの交信のために時間を割いているのだった.

 

 職や学籍がある皆さんにおきましては,このような,急に動物とコンタクトを取り始めるという主人公の行動に,まったく共感ができないかもしれない.しかし,人間というのは得てして,時間を持て余すとこのような奇行にどうしても出てしまうのだ.


 そしてまもなく事件は起こる.それは,彼が実にその日4匹目となる鳩さんとの交信を試み,ついに警戒心を抱かせずに自分の足元におびき寄せることができそうな……できなさそうな…そんな時だった


「おい,そこの君」


 若い女の声がした.すかさず,驚いた鳩が「邪魔したかい?」と逃げていく.

ミクスは,「ああっ」といった情けない顔をした後,しょんぼりしながら声の主を探した


 しかし,いつまでたっても声の主は見つからない.と,すかさず先ほどの声が彼をもう一度呼び止めた


「ここだ,ここ」


 それはミクスの真後ろから声をかけてきていた.

振り向くと,人間でいえば10歳くらいの女の子の姿をしたエルフが立っている.


 エルフ族.たいていのファンタジー世界では,優れた魔法を操り,勇敢に魔王やらなにやらと戦ったりする,言うなればお話のエース的存在であろう.だが,この世界ではそうは問屋が卸さなかった.彼らエルフ族は,魔法の得意ではない人間をとにかく舐め腐っていたし,人間は人間でそうした彼らに対して劣等感を抱いていた.モンスターと人間が共存する今日日,エルフ族だけが独自に孤立した集落を作り,そこで暮らしているのは,そういうわけだった


 そういう訳で,正直に言えば,ミクスはエルフとはあまり関わりたくないのであった.

しかし他にどうしようもないので,仕方なく彼女に聞いてやる.


「どうかされましたか?」

「王城に行きたい.ここから東で間違いないか?」


 王城.


 それは読んで字のごとく,町の中心部にある,王様の住んでいる巨大な城であった.

しかしこの世界では,王様と言っても,現代で言う市長のような権限しか持っていないものが大多数であった.そもそもミクスが住む国は,狭いながら王様を200人くらい抱えているような所であったので,なおさら彼らの持つ権力というのは幅が効かない,小さいものであった.


 そのくせ王様たちは,まるで皆さんが想像するところの王様のように偉そげに振舞うのである.ファンタジーの虚構と,現実との乖離が生み出す哀愁が,ここに詰め込まれていた.


 話を道案内に戻すが,正確には,ここから東に進むだけでは城門には行けない.一度桟橋のほうから大回りして,上の道に出る必要がある.ミクスは,それを懇切丁寧に説明してやった.すると


エルフ「ふむ.よくわからんな.君,ついてきてくれないかね」


丁寧に説明してやったのに,この答えっぷり.まさしくエルフ族といったところだろうか,流石のミクスも,げんなりした非難の顔を彼女に向ける.しかし彼女はまったく気にしないといった風に


エルフ「どうせ暇なのだろう?さ,行った行った」


と,道案内を促してくる.とほほ,ミクスはこういった押しの強い女が苦手なのだ



 王城のへの岐路にかかる桟橋に行くには,工場地帯(機械製ではなく,手製のものを指す)をまっすぐ抜けていくとよい.ミクスお気に入りの「無職散歩コース」(自分の散歩ルートを,彼は自虐を込めてこう呼ぶ)でもあるこの道は見事なまでに人が少なく,それが工場の中の労働の活気と合わさって,妙なハルモニを生んでいた.


 道すがら,何もしないのもあれなので,形だけの自己紹介などをする.

彼女の名前は「セーラ」といった.歳は数え月で120.エルフにしては若いほうだろう.

仕事は薬売りをしているといっていた.なんでも,「政府の密命を帯びながら,合間合間にこの仕事をしている」そうだ.なんとも胡散臭い.




 さて,彼女は自己紹介をしようとするミクスを制し,「私が君について当てて見せよう」と言った

その後,彼女はまあ,不躾なまでにズバズバとミクスの経緯(いきさつ)について当てて見せた.


 職がないこと,仕事ができなくて首にされたこと,親方と良い信頼関係を築けなかったこと,仕事が見つからず焦っていること…ミクスは,歩く途中でだんだん涙目になってきた.それぐらいにしておいてください


「なに,焦ることはないさ.仕事なら,私が紹介してやってもいいぞ」


 彼女はそういってニッカリと笑った.

ミクスは,藁にも縋る思いで「ほんとですかぁ!」といった顔をしてしまい,すかさず首を横に振る.

そして,そんなうまい話があるものか,といった顔に,無理やりにでも作り替えた.


「なに,本当さ.君みたいなひ弱で仕事のできない男に,ぴったりの働き口がある.コレだ」


 彼女は,すかさず懐からニュッと,ドス黒い球を取り出した.それは彼女の薄笑いと相まって,妙な妖気を放っていた.


「こ,これ,なんですか?」

「ん?丸薬だよ」


 薬屋なのだから,それはそうだろう.なんの薬かを聞いているのだ.そういったニュアンスを察してか,彼女はすぐに答えを言った.


「心配しなくても,ただの強壮剤さ.その辺の虫を煮詰めて作ったんだよ.栄養たっぷりだぞ」


 聞けば,彼女は新薬を開発するのが趣味であり,その実験台となる治験のアルバイトを探しているのだという.


「どうだ,君.うちの薬は効くぞ?」


 彼女がミクスに,ずい,と丸薬を差し出す.よく見れば,それは表面に甲虫の殻や足が埋まっていた.

遠慮します,ーも二もなく,ミクスは断った.




 しかし,流石というかなんというか,セーラは持ち前のエルフ特有の図々しさを発揮して,食い下がった


「遠慮するな.ほら,私と君の仲だろう」

「今さっき知り合ったばっかりでしょう!やめてくださいその丸薬顔に近づけるの!」


 ミクスはすかさずツッコむ.そうでもしないと,本当に治験をやらされてしまいそうだからだ.

だが,彼女は「ホレ,ホレ」とこちらの顔に丸薬を擦り付けてくる.どうやら,ミクスが嫌がっているのを楽しんでいるようだ.


 結局,工場の最端部が見えてくるまで,治験のアルバイトをする,しないという議論は続いた.途中,彼女が「じゃあこの丸薬を試しに飲んでみろ,金ならいらん」という恐ろしいことを言いだしたが,ミクスも涙目になって全力で拒絶したせいで話はうやむやになり,結局ミクスが丸薬を半分に割って飲む,ということで話が落ち着いた.


 ミクスは道すがら,渋々水筒からお茶を口に含み,なるべく味わわないように丸薬を飲み込んだ.喉につかえ,ゴホゴホと咳をする.しかも,丸薬は水溶性がつよく,喉に虫たちの香りがつーっとたちこめた.ミクスはさらに咳き込む.


 そうして深刻なダメージを受けたミクスに,セーラが追い打ちをかけるように治験のアルバイトの概要についての説明を始めるのであった.





 さて,そろそろ工場再端部に着くという所で,ふいに眼前に3,4ほどの人が現れた.

珍しいな.工場労働者だろうか.ミクスはふいに思う.

だが,近づいてくるにしたがって,彼らがどうやら3人連れの男であり,さらにどうやら不良(ならず)者らしいこともわかってきた.ミクスは,嫌だなあ,という面持ちで,工場のまわりに迂回路をさがした.


 不良者.

貴方のご近所にも,通ってきた学校にも居たように,どこの世界にも同じように,彼らは存在した.

肩をいからせ,眼光鋭く,かける迷惑なんのその.彼らはファンタジーにおいても,ある種無敵の存在であった.


 すると,ふいに3人がこちらの顔を見るや,つかつかと肩をいからせて歩み寄ってくるではないか.

ミクスは,しまった.早く逃げなければ.と思ったが,獲物を定めた彼らから逃げることは,既に不可能だった.


 不良者たちが口をひらく.


「おおう!さっきのエルフの嬢ちゃんじゃねえか!」

「さっきはよくもコケにしてくれたな!ええ!」

「ちょっとツラ貸せや?オゥ?」


 ほっ…,と,ミクスは思う.その時の彼は,「よかった.どうやら,この人たちは自分に絡んできたんじゃないみたいだぞ」という安堵と,「セーラさん,あなた,何したんですか」という呆れが半々.


 試しに「お知り合いですか」ときいてみたところ,セーラは「知らん.誰だあいつら」と返した


「おい嬢ちゃん!聞こえてんぞオゥ!」

「そりゃあねえだろ!オイ!」


 不良たちがが返す.セーラさん,聞こえてたみたいですよ.

しかしセーラは相変わらず無関心といった表情を崩さず,ともするとあくびなんかをしている.

このままだと埒が明かなそうなので,そのうちに不良の一人がこちらににじりより,お決まりのセリフを吐いてきた


「さっきはよくも俺たちにぶつかっといてシカトこいてくれたなオウ!」


 ああなるほど.ミクスは納得する.それで因縁つけられちゃったってわけか.

よくあるお決まり.いかにも不良者達らしい常套句といったところか.

しかし,それだけでわざわざ,こんな辺鄙(へんぴ)な工場地帯まで追いかけてくるものだろうか

そう思っていると,次に彼らから発されるのは意外な言葉だった.


「しかも,今みたいに因縁つけた俺たちに『すまなかったな.コレはお詫びの品だ』とか言って変な薬をよこしたな!」

「あれ虫が練りこんであっただろ!スゲー味したぞオイ!」

「一つ丸ごと飲んじまったじゃねえか!!」


 ミクスはずっこける.何,あんたアレを手当たり次第に人に飲ませてんの!?

そして,思わず不良たちに「あなたたちも飲まされたんですか…?」と話しかけてしまう.

その瞬間,ミクスと不良たちの間には,妙な相互理解,あるいは一体感のようなものが生まれた


「え?お前もぉ? あれヤベーよな…まだおれ喉に味残ってるもん…」

「俺なんか噛み砕いちゃったよぉ…」

「歯に虫の足が挟まってさ…うぇー…」


 次々に,例の丸薬がいかに激マズだったかの話について花が咲いていく.

彼らは,こんな状況でなければ,今すぐに友達になれたであろう.

そして,ひとしきり尽きない話をしたあと,セーラに向かって,四人一斉に振り向いて彼女を睨む.


 セーラが,「ええっと…」と小声でその場を取り繕おうとする.

流石の厚顔無恥も,これだけの人数にすごまれると焦ったのか.


「なんだ,君たち.私が全部悪いみたいな雰囲気を出してきちゃってさ.はは」


 などと彼女は笑っている.すかさず四人は,


「「「「お前が全部悪いんだよ!!!!」」」」

と大合唱した.そうして,ひとしきりセーラに対して4人で悪口を言ったり,彼女を睨んだりしたのでした


To be continued


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