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――…。


ミーンミーンミーン、ジリジリジリジリ。

肌を刺すような暑さと、蝉の声。

右腕にはいつものバッグの重みを感じる。


気が付くと、亜樹は墓地からほとんど一本道のコンビニエンスストアの目の前に居た。

視線を落とせば、そこにあるのは運動靴ではない、黒い革靴。

視界も元に戻っている。


亜樹はコンビニエンスストアに入ると、お手洗いに直行して、備え付けの洗面所の鏡を見た。

…明るめの茶に染まったショートカットの髪、ちょっぴりスタイルを気にして幅を細く作った眼鏡、夏用の涼しげな花模様のチュニック。下を見れば、はいているのはオフホワイトのスラックスで。

お墓参りに行った時と、何ら変わりはなかった。


「――戻って、きちゃったんだね…」


亜樹は小さく呟くと、髪を整えるふりをして手を洗った後、涼しいコンビニ店内を少しの間ふらついた。

時計を見ればいつの間にか次のバスの時間が迫っていて。

運のいいことに、コンビニのすぐそばにも看板の小さなバス停があった。

きっと間もなくここにもバスが到着するだろう。


亜樹はコンビニでお茶を一本だけ買うと、外に出て少しだけバスを待ち、行き場所が自宅近くなのを確認してから、乗った。


――ゆっくりと、ゆっくりと、所々で人を乗せ、下ろしながら、バスは田舎道から離れて…

車線の多い広い道路を少し早く走った後、亜樹の見慣れた市街地に着いた。


バスを降り、少し歩いて自宅前まで来た亜樹は、それが建て替え後であることを改めて確認すると、深呼吸して玄関を開けた。


「ただいまっ」


明るい声で玄関脇の茶の間兼客間に顔を出した亜樹を、亜樹より十センチ以上も背が高くなった沙耶と美結が出迎える。


「待ちくたびれたよー、お留守番中にお客さん何人も来たんだからっ!全く遅いよ亜樹ー、何道草してたの」


「ごめん、バス一本乗り過ごしちゃってさ」


「なーにやってんのー! んもーうっ、アホ子!」


沙耶も美結ももう成人した。

沙耶は立派に保育士として働いている。

美結も沙耶の影響か、幼児教育に携わっている。

二人とも成長するごとにどんどん美人になって、姉である亜樹をも魅了する、困ったものだ。


沙耶と美結の二人は普段は地元を離れている。

今はちょうどお盆休みで、皆が揃っていた。

亜樹の家は本家のこともあり、何かにつけて人が集まるため、お盆も例外ではなかった。

近い親戚から遠縁まで、一同が会してそれまでの積もる話をする。

亜樹たち姉妹は、その接待をする習わしだった。


今日は八月十三日、盆の入りの日。

亜樹は沙耶と美結に少しの時間をもらって、四月に亡くなった母の墓参りに代表で行っていたのだった。


母、多恵の葬儀は多恵の姉が施主となり遠い寺院で内々で行ったため、この本家の親戚たちで多恵の死を知る者は少なかった。

『離婚して子供を置いて出ていった嫁』、そういった認識があるせいか、この家での多恵の存在はまるで、元からいなかった人物のように――。

…数年前に亡くなった伯母と祖父の遺影は仏壇に飾られているのに、亜樹がとある日にそっと隣に置いた多恵の遺影はいつの間にか隠されてしまっていた。


亜樹は「もう少しだけお願い」と沙耶と美結に引き続き接待を頼むと、亜樹の部屋――…家が建て替わってからようやくもらえた一人部屋のドアを開け、木のテーブルに置いた多恵のミニチュアの遺影を眺めた。

そこには、つい四ヶ月少し前まで元気に笑っていた多恵の笑顔があって。

亜樹はごめんねとありがとうの気持ちをこめて、両手をそっと合わせた。


――ふ、と、テーブルの遺影の側に、何か違和感を感じて近づくと、そこには見慣れない、真っ白な封筒が置かれており――。


『亜樹へ』


見慣れない封筒には、見慣れたちょっとだけ右上がりの流暢な文字が綴られていた。

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