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「…ねえ、亜樹、未来の私はどんなかな?」
ぽつりと、多恵の口からもれた言葉に、亜樹は亡くなる前の多恵と過ごした時間を思い出しながら、ゆっくりと答える。
「未来のお母さんはね、大人になった私と喫茶店でコーヒー飲んでおしゃべりしたり、一緒にドライブ行ったり、春には桜の花を見に行ったり…。…私にいつも、たくさんの笑顔をくれるんだよ。私はそんなお母さんが大好きで――」
「亜樹っ」
「何?」
「なれるかな、私、そんなお母さんになれるのかな…?」
不安そうに小さく言った多恵に、亜樹は柔らかく微笑んだ。
「なれるよ、だってお母さん、今だって十分素敵なお母さんじゃない? 『十歳の亜樹』も、お母さんが大好きだったんだよ?」
――そう、それは本当のことだった。
どんなに罵詈雑言を浴びせられようと、暴力を振るわれようと、当時の亜樹は心のどこかで多恵を慕っていた。
もっとも、恐怖が勝ってしまってそれどころではなかったのだけれど。
酷いテストの点数を見ても「いい子ねえ、亜樹、だあいすき」と微笑む天使のような笑顔と、百点のテストを見せてもそれを破り捨て「おまえなんか生まれなきゃよかったんだ」と罵る鬼のような形相の合間に、『お母さん』という表情があることを願っていた。
「――さ、これで拭いて」
亜樹はポケットからハンカチを取り出し手渡すと、多恵が立ち上がるのをそっと支えて、一緒に朝食の支度に取り掛かった。
その、包丁さばきを見て。
「あんたは大人になっても不器用なのね」
くすくすと、多恵は面白そうに…当時の多恵にとっては珍しい表情で微笑んでいた。