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「――ねえ、お母さん? 私、もう三十歳になるんだよ。今のお母さんと五つしか変わらない、不思議だね」
多恵は視線を泳がせて、それから亜樹に真剣な眼差しを向けた。
「あ、亜樹は、本当の亜樹をどこへやったの!? 亜樹を返して、私の大切な娘を返してよ!」
…それは、娘を案ずる母親の眼差しそのもので。
亜樹は幾度か瞬きをした後、安心させるようにゆっくりと低音で言葉を繋ぐ。
「――大丈夫。私はただ迷いこんだだけ。これは時のいたずらなんだよ、きっとね。大丈夫、私が消えれば、すぐにお母さんの『亜樹』が戻るよ」
穏やかな発声にいくらか落ち着きを取り戻したのか、多恵は意外なことを吐き出した。
「…亜樹、今から二十年後の亜樹、でいいのよね? ねえ、私、だめなお母さんだよね。皆の前ではいいお母さんしてるのに、亜樹に酷いこと… むしゃくしゃして、ね、本当は、本当はあんなことするつもりなくて、だから」
「確かにね、いつもの八つ当たりは度が過ぎるかな。力技は痛いからほどほどにね。辞典とか灰皿投げるのも危ないからストップね。正当な理由で怒ってあげれば、子供って納得するから。それ以外の時は思い切り抱きしめて、大好きだよって言ってあげて?」
「亜樹…なんだか大人みたい」
「あはは、少しは頼りになれるかな? 母上様?」
二人の頭上では星が煌めいている。
目を凝らすと、たくさんの綺羅星に瞳を奪われた。
ふと、空を見上げた多恵が、きれいだねえ、と感嘆のため息をもらして。
亜樹はそっと、同意した。
――私が三十になった年の四月に、あなたは逝ってしまうのです。
その言葉をごくりと呑み込んで、いつの間にか繋がれた手のひらのぬくもりを感じていた。