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自らの腕の先にあるのは細く幾らか小さな、けれど成長期にある子供の手。

目の前でひらひらと振ってみたら、すんなりと馴染んだ。


いつの間にか黒い革靴から、それより小さめの白い運動靴に変化していた履き物をこじんまりした玄関にちょん、と揃える。

目の前の茶の間への障子を開けずにそっと通り過ぎ、ぎし、と軋む板張りの廊下を急ぎ足で歩いて二階を目指した。


二階への階段は、ちょっと奥まった所にあり、段差は駅なんかにある階段よりずっと急だった。

大人でも手こずるその階段を、亜樹は慣れた足取りで手すりを掴んで上がっていく。

上がりきった所には正面に洗面所とトイレがあり、左方向はリビングや布団がしいてある小さな畳の部屋、ベッドが二つある、これまた小さめの洋室へと続いていた。


亜樹は洗面台によじ登ると、備え付けの鏡で改めて自分の容姿を確認した。


所々ぴょんと跳ねている癖のある真っ黒な髪。耳元辺りはくるくるうねっている。

長さはやはり短かったけれど、なんて言うのか…ショートヘア、というよりきのこみたいなマッシュルームヘアだった。

髪の量が多いから、ちょっと重たく感じる。

そうだ、この頃はまだ、削ぐことをしたことがなくて…。

かけている眼鏡もずしっと重たく感じたけれど、それもそのはず。今流行の細いスタイル重視な眼鏡には程遠い、幅も厚みもかなりある当時の眼鏡だった。


そして、じいっと自分の顔を覗き込んでみる。

今もこの頃もあまり変わりはない顔。

『顔って大切だよね~』

『可哀想~』

『あはは、不細工~』

きらきらした声ではしゃぐ女の子たちにずっと言われ続けた、言われても仕方ない言葉たち。

ああ、この頃は学校でいつもうつむいていたっけ。


目立たないようにといつも着ていた地味な服…他諸々。容姿をあらかた確認すると、軽くジャンプして洗面台から下りた。


「――参ったな、そういえばちょっぴり虎と馬な時代だったか」


ふふ、と笑うと、頬っぺたを思い切りつねる。

――やっぱり、夢じゃない。




「…あきちゃん?」

「あきちゃんおかえり!」


リビングの椅子に座って頬杖をついていると、隣の畳の部屋へのふすまが内側からそーっと開いて、亜樹の背丈よりさらにさらに小さな二人の女の子が亜樹のズボンをきゅっと握った。


沙耶(さや)美結(みゆ)…」


記憶が正しければ、彼女たちは亜樹の年の離れた二人の妹…

一月生まれの亜樹が今十歳だとしたら、沙耶が三歳、美結が二歳で間違いないはずだ。


「あきちゃんがはやくかえってこないから、さやたちたいへんだったんだよ?」

「だよ!」


大きな瞳を潤ませてたどたどしく語る沙耶と美結の頭を撫でながら、亜樹は小学生っぽく、でもお姉さんっぽく口を開いた。


「ん? どした? 怒られたの?」


「んーん。でも、おかあさんとなりのおへやでコップね、ガンガンってなんかいもつくえにぶつけて、おかおもこわくて、だからさやたちおかあさんしたにいくまでしーってしずかにいたの」


「そか。ごめんね、沙耶、美結」


――亜樹は思い出した。

そうだ、亜樹自身がいない間はこの子たちに脅威がゆくのだった。


困ったようににっこりと笑いながら、ゆっくりと沙耶と美結から離れた亜樹は、当時の自分の寝室…洋間のベッドの片方の隅に、四肢を縮めてそっと横になると、瞳を閉じて回想する。


『あんたがいじめられるのはあんたが弱いからよ! 馬鹿亜樹! どうしてあんたみたいな子がいるんだろうね!?』


給食に振りかけられた大量の消しゴムのカス。

机に置かれた仏花。死ねだとか、気持ち悪いとか書きなぐられたノート。

椅子に置かれた画ビョウ、修正液で全て塗りつぶされた提出前のワークブック…。

雨でないのに頭上から降ってきた泥水、隠された上履き。


――どうしてだろうか、この時代の亜樹は全てに耐えることができていた。

けど、それはきっと、いじめより怖い…家という空間、もしくは母親、多恵の存在そのものがあったから…かもしれない。



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