カメラマン天童
大人になって誰かを「好き」と声に出したことがあっただろうか。天童の胸がきゅっと痛んだ。
自宅付近の月極め駐車場から歩く。
(ああ、1日が終わった)
天童は高野の言葉で高鳴る胸を落ち着けようとパタパタと手で顔を仰ぐ。
「亜依子っ」
男性の声に振り替える。
「あぁ、洋介っ」
幼馴染の川手洋介がこちらに駆け寄る。ふたり並んで歩く。
親の建設会社を手伝う洋介はよく日に焼け、夜道では歯だけが白く浮いているように見てる。お互いの近況を報告し合う。
「お疲れー、亜依子、今日は帰るの早いなぁ。早い言うても遅いけど、大変やな亜依子は」
「別に大変というわけではないけどな、今日は何か疲れてしもたわ」
「なんかあったん?」
「いや、何か色んな人の様子とか見たり、話聞いたりしとったら私って女としてどないなんやろって思って」
「女としてか」
「そう、どう?女として私、魅力的?」
天童はモデルのようにポーズを決めてみる。
「亜依子、ピンスポずれてるわ」
「え?」
洋介は天童の上の街灯を指差した。
「ははっ!」
予想外の反応を示してくる洋介との会話は面白い。
「もうちょい右、右!あかん、ちゃっとモデル交替!」
今度は洋介がモデルのようにポーズをする。天童はカメラマンのように写真を撮る真似をする。
「どうどう?亜依子カメラマン、私、綺麗ですか?」
「おお、イイネイイネ洋ちゃん、最高最高!」
「亜依子っ、大のおとなが何やっとるんやろ?って思った方が敗けやからな。ここで気持ち切らすのは裏切り行為やぞ」
「わかったわかった、洋介声でかい!近所迷惑」
天童は想像の重たいカメラを構えながら、
(私、やっぱり恋とか愛とか無縁やわ)
と、ひとつの邪念を必死で吹き飛ばして笑った。