いらっしゃいませ!ようこそ「キンキンモール」へ
大型ショッピングセンター ーーーー「キンキンモール」ーーーーー
そのゼネラルマネジャーの藤原喜太郎が店内BGMに自分の声をか細く乗せる。声とは裏腹に足どりは悠々と。
藤原は今日もモール内を闊歩する。
ーーー死ぬまで働くさーー死ぬまで働こうーー死ぬまで働く、さぁ金!SO!金!金を稼ぐんだーーーーー
藤原は拳を握り、こう歌い上げた。
店内のBGMは1991年にリリースされたジャズの名曲[ワーク・ソング]で藤原の大のお気に入りだ。それに合わせて藤原が歌う通称「ゼネマネの唄」は同じくキンキンモールで働くスタッフの間でも有名になっている。藤原がモール内を見回るときは勿論のこと、それ以外の座っての事務所内で作業のときでさえ、同様に口ずさむため、特に藤原と共に過ごす機会の多いにショッピングセンター事務所に在籍する面々も気がつけばこの歌を口ずさむようになっていた。
「お疲れ様です三木さん」
藤原が一人の女性に声をかけた。二階専門店街フロアのお客が入る前の早朝清掃を担当する清掃員だ。
「お疲れ様です藤原さん今日も朝早いのね」
「何だか早くに目が覚めますね最近」
「あら、それ私の前じゃ嫌味になるわよ」
女性はハンディの掃除機を止め、愛想よく微笑んだ。
「いやいや、僕実は定年なんですよ」
「あらーそう!びっくり藤原さん私と同い年だったのね若く見えるわね」
「そうですかね」
藤原が照れたように頭をかく。こういう仕草が彼を実年齢より若く見せる。しばらく談笑したあと
「では」
と、藤原が三木に頭を下げる。
「じゃあね藤原さんお元気で」
「はい、三木さんも。後、<今日も、元気に>」
「あら」
この<今日も>
天童亜依子がキンキンモール裏口、入って1階の従業員出入口で従業員証お忙しいときに失礼致します!
診察して貰ってきまし
提示し警備室の前を足早に通りすぎる。天童は少し寝坊したのだった。今年流行りの明るいショッキングピンク色のスカートが汗でペタペタと太ももにまとわりついてくるのを煩わしくおもいながらそのまま進み、モールに入っている全テナントの売上金をおさめる数十台もの入金機がずらりと並ぶ薄暗い金庫室を覗く。
「よっしゃ」
まだ誰も来ていない。天童は小さくガッツポーズをした。
天童が籍をおくショッピングセンター(sc)の事務員は早く出勤した者が昨日の入金データをまとめた売上報告書を各テナントに与えられたポストに投函しなければならず、<誰がやっても良い>この作業がどうも皆をギクシャクさせているところがあった。名指しで担当です。と誰が上の人から言ってもらえればどれだけ楽になるだろうか。実際、天童もそう思っている。月に一度行われる月例ミーティングでも、毎回ではないものの忘れた頃にポッとこの朝のポスティングシステムについては話題になり、当番制案も必ず出てくる。天童も当番になったらなったで楽でよいと思うところである。しかし、この案件が通るかと思われたところで決まって、ゼネラルマネジャーの藤原喜太郎が口を開く。
「皆さん、働くってどういう意味かご存じですか?」
と、言うのだ。そして毎回同じ話をする。
「端が楽になるから、働くと言うのです。当番制では駄目。気持ちです、気持ち。」
気持ちは二極化する。新人スタッフなんかは「理想的」と感激して瞳を潤ませる。濁った心を持つ慣れたスタッフは、「ただの理想」さらに「出たよ。ゼネマネ!オヤジかよ」とでも言いたげだ。
天童亜依子は前者だ。一応は。そして朝のポスティングは端のために私の仕事にした。
金庫室の隣の部屋、sc事務所の扉を開けロッカーの中の売上報告書の束を引っ付かんで金庫室に戻って早速ポスティングを始めた。
まだ開店前、クーラーのかかっていないキンキンモール内。天童は汗をにじませ、黙々とひとり、ポスティング作業をしながら、「ゼネマネの唄」を口ずさむ。
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「嫌だ!卑しいわ、金、金なんて言って。もう!ゼネマネのせいで、歌っちゃった!ゼネマネの唄もう消えて!!!もう集中できんやん」
広報担当の加東三春がマウスを無闇にカチカチ言わせ、あからさまに不機嫌をアピールする。
「私はお金より愛よ!愛がほしいのよ」
さらに加東がぼやく。ショッピングセンター事務所の他のメンバーも頭の片隅でも「ゼネマネの唄」がリピート再生を繰返しで