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足裏に伝わる硬い感触を感じ取りながら、ギリーズは地下への階段を進む。時折床がない部分で、無重力に身を委ねる。等間隔に設置されたLEDの青白い光が、そんな彼の姿を仄かに照らし出す。
そうして、複雑な螺旋を描く階段を足早に下って行くと、固く閉ざされた鉄の扉がギリーズの前に現れる。無重力の中、器用に宙返りをすることで扉との衝突を避けた青年は、ここ宙塵城において異様な雰囲気を放つそれを前に、小さく口笛を吹いた。
「おお、こりゃあすごい。旧式のロックを使った扉か。驚いたな、セキュリティの予備電源はまだ生きているのか」
扉全体をくまなく観察しつつ、ギリーズは感嘆の言葉をもらす。彼の眼前にある高さ四メートルほどの鉄扉は、四隅に赤い輝きを放つ小さなライト、そして中央には小型のモニターだけが取り付けられていた。ギリーズは、白い光を出し続けているモニターの画面へ目を向ける。そこで、彼は画面の上部で明滅を繰り返す英語の一文に目を通す。
What is the name of Queen dominating the Space?
そう表示されている英文の下には、アルファベットのみで構成されたデジタル式のキーボードが映し出されていた。それを一瞥したギリーズは、画面に映し出された質問を今度は声に出して読む。
「『宇宙を支配する女王の名前は何か』――こいつを解けばこの先に進める、ということか。なかなか大した質問だぜ」
そう直感したギリーズは、一度自分の唇をぺろりと舐め回すと、自分の右手を身体の前へ伸ばす。そのままモニターに表示されている小さなキーボードを操作しようとするも、身に纏う宇宙服により大きくなった手指は、目的のキーと隣接するキーも同時に押した。すぐに入力内容を修正するも、また同じことを繰り返してしまう。なかなか思い通りにキーボードを操ることができず、ギリーズは眉間に深い皺を少しずつ刻んでいった。
そして、ようやく『EURYA』まで入力し、次に『L』のキーを打とうとしたところで、ギリーズの手がふと止まった。彼がよく目を凝らして見ると、モニターの最下部には四角形の枠が五つあり、そのすぐ右側にはエンターキーが設置されている。枠内には白い丸が一個置かれているが、さっき入力する前にはこの丸はなかったはず――そのことに気付いたギリーズは、程なくして一つの考えに行き当たる。それと同時に、彼の口角が歪に吊り上がった。
「パスワード、五文字だったのかよ。ヒントって言うには、なかなかよく出来てるぜ。畜生が」
そう言って、ギリーズは左手を自分の顔の前に持っていく。本来ならこめかみに流れる汗を拭ってくれる筈のそれは、己が身に着けた宇宙ヘルメットにより遮られた。ギリーズは小さく舌打ちする。
『EURYALE』――そう答えるには、七文字必要だ。五文字では足りない。ギリーズは先ほど押そうとした『L』のキーに指を乗せる。しかし、許容された数以上の文字を拒絶するかのようにモニターの画面は一切反応しない。二、三度同じことを繰り返したところで、ギリーズは諦めたように小さく息を吐き、エンターキーを打った。その瞬間、モニターの画面中央に『ERROR』の文字が大きく踊り出す。血のように赤いその文字を前に、ギリーズは大きく息を吐いた。
やっぱ違うか。心の内でそう吐き捨てると、彼はその場でゆっくりと思考を巡らせる。パスワードについて、ソネヴァたち統括軍の人間は誰も口にしていなかった。パスワードの存在を知らなかったのか? こんなことなら、このミッションを鼻から引き受けるべきではなかったかもしれない。
そこまで考えたところで、ギリーズはゆっくりと息を吸い込んだ。宇宙服に内蔵された小型のボンベから送られてくる酸素が、彼の肺を少しずつ満たしていく。冷たい空気を目いっぱい含んだところで、ギリーズは思い切り息を吐き出した。
ここまで来て、手詰まりのまま帰るのはごめんだ。
こうなったら、とことんまで宝探しに付き合ってやる。一軍曹の自分がエウリュアレを持ち帰り、軍の上層部をあっと驚かせてやれば、大きな手柄や報酬が得られるに違いない。あるいは、クラードと同様尉官への昇進も有り得る。
湧き上がる野心を静かに滾らせながら、ギリーズは、再びモニターへと目を向けた。いずれにせよ、これは自分をアムネジアックと見下してきた軍の人間たちを見返すチャンスだ。引き返す必要はどこにもない。
「よし。とりあえずは、こいつを何とかするか」
そう息巻きながら、ギリーズはキーボードの画面を凝視する。彼に唯一残っているここ一年の記憶は、男性が多数を占める軍の施設と、男性寮ぐらいだ。外に出て女性と接した経験が少ないギリーズにとって、パスワードに指定されるほどの女性の名前は皆目見当がつかなかった。
「女王の名前、ねえ。宇宙戦争の頃は、そんなに名の知れた女王がいたとは聞かなかったが。まあ、どうせダメ元だ」
そして、ギリーズは再びキーボードを操る。頭の中で直感的に浮かんだ女性の名前を、一文字ずつゆっくりと入力する。やがて、キーボードから手を放したギリーズは、アルファベット五文字で構成されたそれをあらためて見直した。
ASUKA
直感で入力したとはいえ、なぜこの名前が最初に浮かんだのか、ギリーズ自身も分からななかった。それでも、外したら外したで他の名前を探るだけだ。意を決したギリーズは、エンターキーのボタンへと指を近づけ、静かに押す。
ADMISSION
エンターキーを押すと同時に、『承認』を意味する単語が画面中央に躍り出る。まじかよ。モニターに目線を向けていたギリーズは、思わず素っ頓狂な声を上げる。まさかこうもあっさりパスワードを当てるとは思わなかったため、思わず当初の目的すらも忘れてしまいそうになった。
高揚する気持ちをどうにか抑えるギリーズの眼前で、鉄扉の隅で赤い輝きを放っていたライトは四つすべてが緑色に変わる。やがて、鉄の扉は重低音を轟かせながら、数百キロはあるだろう巨体をゆっくりと横にスライドさせた。
ギリーズの眼前に、扉の向こうの景色が少しずつ広がっていく。扉が彼の右手へと移動する一方で、青白い明かりが仄かに現れる。程なく鉄扉がすべて収納されると、ギリーズは足早に部屋の中へと入っていった。
堅い床の上で、時折無重力に身を預けながらもギリーズは部屋の内部を観察する。天井に据えられた青白いLEDのうち、その大半が既に消えていた。残っている照明も、短い明滅を繰り返しており、いつ真っ暗闇になるとも知れない状態だ。どうやら、ここの予備電源もそろそろ限界らしい。ギリーズはそう直感する。
ふと、ギリーズの視界の端に水色の光を発する円柱の物体が映った。限りなく暗闇に近い殺風景な部屋で、唯一そうとは感じさせないそれ目掛けて、ギリーズは床を蹴る。近づけば近づくほど、円柱の像はより鮮明に映る。よく目を凝らして見ると、それは直径二メートルほどのカプセルだった。カプセルの上下に何本も接続された細長いコードは、床や天井に複雑な網を張り巡らせている。
やがて、腕を伸ばせばカプセルに指先が触れるところまでやって来たギリーズは、その場で足を止めた。
「な、何だよ。『こいつ』は……!」
カプセルの中にいる人物を前に、青年は思わず目を瞠る。水色の光を発する液体で満たされたそこには、少女がいた。
全身を液体の中に沈めた彼女は、外見的にはおよそ十歳ぐらいといったところだろう。長い黒髪、整った目鼻立ちが印象的な少女は、一糸まとわぬ姿で静かに瞼を閉じていた。
「おいおい、冗談キツイぜ……どうしてこの宙塵城に、こんなガキがいやがんだよ」
ギリーズは、落ち着きなく目線を泳がせる。すると、プラスチック製の分厚い本が部屋の中を漂っているのが目に入った。冷静さを取り戻すべく、ギリーズはその本に近寄り、そっと手に取る。長い年月を経てもなお、奇跡的に原形を留めていた本の表紙には、所々掠れた文字が浮かんでいた。
Euryale,Asuka=Remys
「『エウリュアレ、アスカ・レミース』……」
どうにか判別できるその文字を、ギリーズはゆっくりと読み上げる。そのまま、彼はカプセルの中の少女へと目を向けた。
エウリュアレ――アスカ・レミース。その名前の主は、自分の目前にいる少女でまず間違いないだろう。ギリーズはそう直感する。
「まさか、このガキがエウリュアレだってのかよ。軍のお偉い連中はこのガキにどんな用があるってんだ。下らねえ」
独り言を早口で呟きつつ、ギリーズは少女――アスカの元へと歩み寄る。眠っているのか、それとも……。カプセルの中で瞼を閉じている彼女の姿を前に、ギリーズは小さく舌打ちする。そして、何気なくアスカの入っているカプセルに手を触れた。
その時、一瞬にして白い光が辺りを包み込んだ。眩い閃光を前に、ギリーズは短い悲鳴を上げ、目を伏せる。光の中、うっすらと瞼を開いたギリーズがカプセルに目を向けると、カプセルの下部に設置された小さなモニターが無数の数字と英単語をひっきりなしに映し出していた。数式と思しきものが次々に画面に現れては、一瞬のうちに別の文字列でかき消されていく。
ギリーズが固唾を呑んでその様子を見守っていると、突如としてカプセルから発せられた光が収まった。それと同時に、モニターの画面もシャットダウンされ、仄暗い闇が辺りを支配する。ギリーズは、やや足早にモニターの前へと進む。画面の近くにあるボタンをいくつか適当に押してみるものの、強制的にシャットダウンしたカプセルは何も反応を示さない。
「どうなってるんだ、くそっ」
苛立ち混じりにそう口走る青年の指先が、一つの青いボタンに触れた。刹那、ガラスの割れる音と、水の漏れ出す音が歪に響く。ギリーズが驚いて音のした方角を見ると、アスカの周囲を囲んでいた分厚いガラスに巨大な亀裂が入っていた。さらに、カプセル内を満たしていた液体も外部に排出され、一瞬のうちに蒸発する。
大小さまざまに砕けたガラスの破片は、たちまち漂う塵と一体化し、アスカの生身の身体も真空の世界に投げ出される。しかし、彼女の身体はカプセルに入っていた時と変わらない姿を保ち続けていた。そんな少女を前に、ギリーズは自分が宇宙空間の真っ只中にあるスペースコロニーの跡地にいることを、思わず忘れそうになる。
ギリーズの眼前にいる少女は、しばし無重力を漂っていた。やがて、彼女の瞼がゆっくりと開かれる。
ギリーズが驚く間もなく、彼と少女の目線がぶつかった。少女の大きな黒茶色の瞳が、ギリーズの青い瞳を静かに見つめる。彼の口が動くよりも先に、アスカのピンク色の唇がぱくぱくと動く。
「ト……リ、トン」
不器用に、ところどころ掠れた声で口にする少女の言葉を、ギリーズはそのままオウム返しする。
「トリトン?」
いったい何のことだ? そう思ったギリーズは、辺りをきょろきょろと見渡す。だがアスカが口にした『トリトン』と思しきものは見当たらない。そんな彼に構わず、アスカは感情を表さないまま無重力の中で手足を大きくかき、ゆっくりと泳ぎ出した。ギリーズとの距離を少しずつ縮めるたび、彼女は『トリトン』の言葉を幾度も繰り返す。
やがて、自分だけを視界に捉えながら近寄ってくる少女を前に、ギリーズは一つの考えに至る。
「もしかして、おれのことか? おれの名前はギリーズ・エンドラインだ。トリトンなんてダセエ名前じゃねえ」
ギリーズの言葉にも構わず、アスカは真っ直ぐに彼の元へ向かおうとする。おい、聞いてるのか。ギリーズが不満げに口にするも、少女はそれに答えることなく、代わりに『トリトン』の言葉だけを淡々と口走っていた。
しばしその様子を見ていたギリーズは、一度小さく舌打ちすると、少しずつ前進するアスカへと近づく。無重力の中で手足を動かし続けるアスカの身体を左手で難なく捕まえた彼は、右手で彼女の柔らかい髪を乱暴に掴んだ。青年から手荒な扱いを受けた少女は何ら言葉を発することなく、ただ無表情だった。そんな彼女の顔の前に、ギリーズは自らの顔を近づける。
「質問に答えろ。お前は、何だ? 『エウリュアレ』か? それとも『アスカ・レミース』か?」
ギリーズが低い声で問う。だが、彼が眉間を顰めてもアスカの表情は虚ろなまま変わらない。しばしの間を置いて、少女がゆっくりと唇を動かす。
「あー、うー」
「あーうー、じゃねえよ。ちゃんと質問に答えろ、クソガキ」
ギリーズが威圧するも、アスカは顔色一つ変えなかった。二人の押し問答は幾度も繰り返されたが、いずれも同じ平行線を辿るばかりだった。やがて、しびれを切らしたギリーズが大きな溜息を漏らす。
「付き合いきれねえ。お前がエウリュアレだか、アスカ・レミースだか、もうどうでもいい。とりあえず、おれが呼びやすい名前で呼ばせてもらうぜ。アスカ」
そう言って、ギリーズはアスカの姿を一瞥した。カプセルから出てから今に至るまで、何も身に纏っていない彼女を前に、ギリーズは思案する。
アスカがカプセルから出てきて既にニ十分近く経っている。だが、彼女は平然と無重力空間を漂っていた。空気が存在しない宇宙空間において、生身の人間がこうして平気でいられるのはまず不可能だ。目の前にいる少女は、仮にエウリュアレでなかったとしても、普通の存在でないことは明らかだ。このまま放っておいて良いものだろうか――そこまで考えたところで、青年の眼前にアスカの顔が現れる。
「ト、リトン?」
アスカがギリーズの顔を覗き込みながら、そう口にする。そんな彼女を前に、ギリーズは溜息交じりに応じる。
「だから、おれの名前はギリーズだ。ギ、リ、イ、ズ。いい加減覚えろ」
「ト、リ、トン?」
「……言うだけ無駄か。ああもう、分かんねえことを考えてもしょうがねえ。お前の宇宙服を探してやる。これ以上そんな恰好でうろちょろされたら、気が散る」
言うが早いか、ギリーズはすぐさま踵を返して室内を散策した。彼が床を蹴って無重力を移動すると、アスカもまた彼の真後ろにぴったりとくっ付いて移動する。
「トリトン、トリトン」
「ああもう、ついて来るな! 鬱陶しいっ」
時折こうしたやり取りをしながら、二人は部屋の隅々を見て回る。そうしているうちに、ロッカーと思しき建具の前に行き着いた。『EMERGENGY』――うっすらとそう書かれたプレートを一瞥し、ギリーズは建具の間の僅かな隙間を観察する。すると、灰色の宇宙服がぼんやり見て取れた。
「あったあった、ようやく見つけたぞ」
どうやらこのロッカーは、緊急時に宇宙へ脱出する場合に備えて準備されていたのだろう――ギリーズは頭の中で邪推しながら、力任せに建具の扉を外した。そうして、中に入っていた宇宙服のうち最も小さいサイズのものを掴むと、背後にいるアスカに着させようとする。ところが、先程までついて来ていたのと打って変わって、アスカはギリーズから背を向けた。そのまま逃げるように、部屋の中を移動する。
「んーうー、んーうー」
「こらっ、逃げるな! 大人しく着ろってんだ、まったく」
ギリーズは苛立ち混じりに声を上げると、しぶしぶ少女を追いかけた。対するアスカは、どこか楽しげにハミングをしながら、彼から逃げていく。
室内を縦横無尽に動き回るアスカを追いながら、ギリーズは小さく溜息を吐く。ふと酸素ボンベのメーターを確認すると、ボンベ内に残っている酸素の量は、残り半分に達しようとしていた。
これ以上の追跡は酸素を無駄にするだけだ――そう察したギリーズは、その場で足を止めた。無重力空間をふわふわと漂いながら、逃げ回るアスカの姿を観察する。すると、アスカの方からギリーズへと近寄ってきた。
「うー、んー。うー?」
アスカが不満とも疑問ともつかない声を上げながら、どこか訝しげな面持ちでギリーズに近づく。程なく、少女はギリーズの真前にやって来た。その瞬間、アスカの背後に両腕が伸びてきたかと思うと、彼女の身体は瞬く間に青年の腕の中に絡め取られる。
「やっと捕まえたぞ。ホラ、鬼ごっこは終わりだ。さっさと着ろっ」
ギリーズはアスカが抵抗するより先に、手に持った宇宙服を着せていく。彼女の細い腕と足を服に通したところで、背中のファスナーを一気に引き上げた。宇宙服の大きさはやや大きめではあったが、ギリーズは構わずアスカに着せていく。時折アスカが手足をばたつかせて抵抗するも、ギリーズは怯むことなく彼女の身体を宇宙服で包み込んだ。空気を含んでいないため多少不格好ではあったが、自分としては上出来な方だ――心の内で自画自賛しながら、彼はヘルメットを着けていない少女の顔を見つめる。
「ヘルメットは見つけられなかったが、まあいいだろ。どうやらお前には、酸素ボンベとかは必要なさそうだしな……とりあえず、戻るぞ。これ以上ここに居てもしょうがねえ」
ギリーズはそう言って、アスカから背を向ける。そのまま部屋の出入口へ進もうとしたところで、背後から少女の高い声が届いた。
「トリトン」
ギリーズが振り向くと、アスカが彼に向けて両腕を伸ばす。顔に触れる寸前のところで、拳を軽く握ったり開いたりを繰り返す少女の瞳は、ギリーズの顔だけを見つめていた。
「トリトン、あー、うー」
アスカは瞼を細め、あどけない笑顔をギリーズへと向ける。刹那、彼の中で懐かしい気持ちが一瞬だけ芽生え、すぐに消えた。
ギリーズは、不意に高鳴った胸を軽く押さえた。おれはどうして、懐かしいと感じたんだ? アスカはついさっきまでカプセルの中で眠っていた。それは恐らく、リートルーバーがスペースコロニーとして機能していた頃からだろう。自分が生まれるよりずっと前のことだ。
ギリーズはしばし呆然としながらも、湧き起こった気持ちを否定するかのように、強くかぶりを振った。
「ああ、これからどこへ行くか、ってか? ポセイドン……おれの艇だ。どんな艇かは、まあ、来てみれば分かる。とりあえずは――」
そこまで言いかけたところで、突如青白い光が部屋全体を覆い、足元が激しく震えた。宙塵城全体が鈍い音を立てて揺れ、軋む。眩い光の中、アスカが悲鳴を上げ、ギリーズもまた反射的に瞼を強く閉じた。
何かが宙塵城にぶつかって来たのか? それにしては、この光はいったい――冷静さを欠くことなく考えるギリーズの耳に、危険を知らせるアラートの電子音が響いた。宇宙ヘルメットから鳴り響くそれをぴたと止めるとともに、青白い閃光が徐々に弱まっていくのが瞼越しに伝わる。
少しずつ目を開きながら、ギリーズはアスカの姿を探し出す。視界に映る彼女は、パニックを起こしたのか、幾度も絶叫を繰り返していた。そんなアスカに近寄るべく、ギリーズは無重力空間を移動する。ガラス片や鉄屑が身体に触れないように注意しながら、彼はアスカの小さな身体を抱きかかえた。少女は未だ、叫び声を上げ続けている。
「落ち着け! お前もおれも無事だ! 大丈夫だ、いいから落ち着け!」
ギリーズはアスカに言い聞かせながら、宇宙ヘルメットに内蔵されたマップデータを操作する。宙塵城周辺の宙域が表示されたマップを眼前に映し出すと同時に、ギリーズはマップの端にある『それ』に気付いた。
「一体どういうことだ、こいつは……!」
宇宙ヘルメットを介して表示された小さな文字を、ギリーズは目で追っていく。それは間違いなく、宇宙統括軍の所有する超弩級戦艦『ゼウス』の機体コードそのものであった。