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 漂う宇宙塵を避けながら、ギリーズは少しずつ宙塵城の外縁軌道に近づいていく。あらためて間近で目視すると、長い年月を経て劣化した有機物とも無機物ともつかない砂粒ほどの塵が、うっすらと小さな環を描き出していた。かつてリートルーバーが生み出していた疑似重力の影響か、あるいは何らかの磁場の影響を受けたのか。ギリーズには分からなかったが、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた楕円形のそれを前に、薄い唇を引きしめた。そのまま、白い環の内側にある崩れたドーナツ型の鉄塊を凝視する。

 数十年前のある日、突如戦禍の舞台となり、わずか二時間で崩壊したといわれるスペースコロニー・リートルーバー。長い年月が経過した現在でも復興の兆しが見られない無人のそれは、いつしか『宙塵城』と呼ばれ、さまざまな噂が飛び交うようになった――今回のミッションに出発する前に、クラードから伝え聞いたことを、ギリーズはぼんやりと思い返す。

 彼の眼前にある巨大な黒いコロニーには、かつて都市型として造られたそれに恥じない最先端の科学都市が広がっていたという。そこでは富裕層や政府高官、優秀な研究員が大勢暮らしており、高級ホテルや最新セキュリティーを備えたマンションがあちこちに点在していた。加えて、新型コロニーの開発を進めていた巨大な研究施設も存在していたらしい。

 それゆえに、技術の粋を欲した人間たちから狙われ、ついにリートルーバーは戦場となった。長く続いていた宇宙戦争の時代の中で、比較的平和を保っていたコロニーが襲撃されたと知った人々は恐怖に(おのの)き、みな我先にと脱出を図った。また、彼らと同様平和を謳歌していた防衛軍も、一方的な苦戦を強いられた末に、敵対勢力の執拗な集中砲火を浴びて全滅した。その際コロニーに巨大な亀裂が発生したことにより、逃げ遅れた一般住民は真空の空間に放り出され、そのまま宇宙の藻屑(もくず)と消えたという。

 最先端の都市型コロニーにしてはあまりにもお粗末な話だ、とギリーズは内心で溜息を吐く。親友の語ったスペースコロニーの過去の栄光と、それに見合わない突然の終焉。ギリーズ自身どうにも腑に落ちない話だったが、そう感じたのはクラードも同じだったらしい。もっとも、スペースコロニー・リートルーバーの崩壊は、百五十年に亘り続いた宇宙戦争の歴史の、ほんの氷山の一角にすぎなかった。

 戦争末期になり、銀河系の恒星をはじめ宇宙全体に散らばった有力国家が宇宙統括軍を組織すると、彼らは破竹の勢いで敵対勢力を追い込んでいき、見る間に戦争を終結させた。だが、その頃から統括軍の内外で根も葉もない噂がいくつも飛び交っては、瞬く間に消えていった。それらのほとんどは突拍子もない陰謀説であり、統括軍上層部はなかなか重い腰を上げなかった。ところが、戦後二年目に入り混乱が落ち着きつつあったある日、上層部は突如『エウリュアレ』の回収をギリーズに命じたのだ。

「エウリュアレ、か」

 ギリーズは、ポセイドンのスクリーン越しに拡がる宙塵城の姿を眺めながら、溜息交じりにその言葉を呟く。宇宙統括軍の上層部は、ギリーズに一方的に命令を出してから今日まで、エウリュアレの正体を具体的に示さないままだ。その正体についてギリーズをはじめ、彼より上の階級のクラードも知らなかった。

 そして、当のエウリュアレがあると指示されてやって来たクレンジャ小惑星群は、半ば無法地帯と化し、法の穴を掻い潜るトレジャーハンターや宇宙海賊の溜まり場となっていた。彼らの目的は、おおかた巨大な宇宙塵に暮らしていた富裕層の遺した資産などといったところだろう。あるいは――。

 そこまで考えたところで、ギリーズは短い叫び声を上げ、苛立ち紛れに右手を顔へと持って行った。自身の髪と同じ色をした眉を歪めながら、長い爪の先を眉間から頬にかけて幾度も荒々しくはらっていく。

「まったく、軍の上層部も小難しいミッションを出しやがって。こんなぼろっちい鉄クズの中に、そんなわけの分からないものがあるわけねえだろうが」

『失言だな、ギリーズ・エンドライン』

 ふいに、コクピット内に若い男性の声が響く。ひときわ低いその声を耳にしたギリーズは、顔の前で踊らせていた右手を慌てて腰の上に戻すと、操縦桿の前にあるモニターへと顔を向けた。

 モニターの先には、彼の上官であるソネヴァ・ジル・イルフェルムが立っていた。黒いトレンチコートを纏った彼は、線の細い左手の甲を、自身の右手の指先で幾度も叩いている。その様子を前に、ソネヴァが自分に抱いている感情を察したギリーズは、いやな気持ちを抑えながらも、モニターの先にいる上官へ凛々しい顔を向ける。

「失礼いたしました。おはようございます、イルフェルム中佐。朝早くから、お疲れ様です」

『今更取り繕ったって無駄だ。お前の髪型は正直だぞ』

 銀色の瞳で見据え、冷静な口調でそう言ったソネヴァの言葉に、ギリーズは一瞬表情を強張らせると、手を頭元へと持って行った。彼が自分の頭の感覚を探るより先に、モニターの先の上官の口が歪に動き出す。

『統括軍の曹長にしてはずいぶんと滑稽な姿だな。さて、エウリュアレの回収について、進捗状況はどうなっている』

 ソネヴァが投げやりに問いかけるのに対し、ギリーズは眉間に深く皺が寄らないように自制しながら、先ほどの口調を崩さずに応じる。

「はい、たった今目的の宙域に到達したところです。これよりリートルーバー内の探索に入ります」

『そうか、なるほど。流石はパイロットとしての腕が優れているだけあるな。並大抵の腕の奴が入ろうものなら、すぐそこらの小惑星にぶつかって終わるところだが。お前を回収にあたらせたのは正解だったようだ』

「恐れ入ります」

 ギリーズが(うやうや)しく頭を下げるのを前に、ソネヴァは意に介さないかのように小さく鼻で笑う。それに合わせて、彼の銀髪が小さく揺れる。

『その爆発した頭さえなければ、文句なしに優秀なパイロットだったろうにな。記憶喪失者(アムネジアック)の割によく働くのは結構だが、軍人としての基本的な身だしなみまでも忘れてもらっては困る』

 アムネジアック。差別的な意味を含む言葉を耳にしたギリーズの眉間が、わずかに動く。対するソネヴァは、そんな部下の顔色を気にすることなく、小さく溜息を吐いてなお言葉を続けた。そんな彼の口元には、微かに笑みが浮かんでいる。

『まあいい。それでは、良い報告を期待しているぞ、ギリーズ・エンドライン』

「お待ちください、中佐。そもそもエウリュアレとは一体……」

 ギリーズがそこまで言いかけたところで、ソネヴァの手が通信を強制的に切った。それとともに、ポセイドンの中を一瞬だけ静寂が包む。静寂の空気を数秒ほど体感したところで、ギリーズがぽつりと口火を切る。

「くそっ、あの中佐殿ときたら。朝っぱらからいつもの嫌味な態度を取りやがって。親の七光りで中佐になったくせして、偉そうに」

 そう口走るギリーズの額には、青い血管が幾つも浮き上がっていた。レーダーマップだけが広がるモニターを鋭く睨みつけながら、ギリーズはソネヴァの顔を思い浮かべる。二十八歳にして中佐の地位に立ち、軍の中でも異例の出世を誇るのは、彼の父にして統括軍総司令でもあるガロヴェイア・ヘル・イルフェルムの影響が大きいのは誰の目から見ても明らかだ。それはソネヴァ自身も自覚しているのだろう。ところが、彼はそのことを隠す雰囲気も見せずに、いつも口元に不敵な笑みを浮かべる男だった。そんなソネヴァの顔を目の当たりにするのは、ギリーズにとって不快極まりなかった。

 加えて、ソネヴァはこの期に及んでエウリュアレの正体を言おうともしない。まさか中佐殿も、正体を知らないのか――そう思ったギリーズは、苦虫を噛み潰したような面持ちになる。ばかばかしい。誰も知らないものを回収するためにはるばる未知の宙域にやって来たというのに、これではソネヴァの余興に付き合わされたようなものだ。そう考えたところで、ギリーズはゆっくり息を吸うと、深い溜息を吐く。

「まあ、ここまで来たからには、適当にやるか」

 自分に言い聞かせるように呟くと、ギリーズは再び宇宙ヘルメットを頭に被った。もうこうなれば、適当に辺りを散策する程度でも良いだろう。完全に荒廃しきったコロニーで、エウリュアレが見つかるもよし、見つからずともよし。もしも価値の高い宝が見つかれば、ソネヴァには黙って独り占めしてもいいかもしれない。そんな考えを抱きながら、ギリーズは自身の駆るポセイドンを、宙塵城の内部へと通じる大穴の前へ音もなく静止させた。



 ポセイドンのコクピットから宇宙空間に出たギリーズは、無重力の中ゆっくりと弧を描きながら宙塵城に一歩足を踏み下ろす。そのまま、ギリーズはポセイドンの中からではよく見えなかった宙塵城――リートルーバーの内部をじっと一望する。

 そこには、数十年前まで人間が住んでいた痕跡はまったくと言っていいほどなかった。空と地面の境界も判然としない城の中では、高層ビルの一部ともコロニーの破片ともつかない塵があちこちに漂っている。かつて存在していただろうアスファルトや土はすべて宇宙の塵に消え、黒く変色した巨大な無機物だけが辺り一面に広がっていた。背中に背負った酸素ボンベの空気をゆっくりと吸い込み、吐き出しながら、ギリーズが呟く。

「これはこれは、予想以上に大したことで。先の戦争が生み出した惨禍の象徴と言うには、これ以上ないってぐらいだな」

 刹那、ギリーズの暗視スコープ越しに、陽光反射壁の一部と思しき鏡の姿が映る。わずかに太陽の光を捉えるそれをしばし眺めたところで、彼は再び宙塵城の中へと進んでいった。

 疑似重力が存在しない、静止したコロニーを進むギリーズは、にわかに湧き上がってくる好奇心に操られるように、進む速度を徐々に速めていく。無重力空間で数メートルの距離を飛んでは、また飛ぶ。時折外へと通じる小さな穴や、鉄ともチタンともつかない大小さまざまな塵が漂うのも構わず、さらに足を進めた。時折小さく反射する陽光により、コロニー内部は完全な闇に覆われていなかったが、それでも一メートル先の状況をはっきりと見て取ることはできない。それは、ギリーズの暗視スコープをもってしても同様であった。

 もしスコープを身に着けずにここに来たら、大変なことになってたな。心の内でそうぼやくギリーズの前で、ふいに白い灯りが短く点滅した。不規則な明滅を繰り返すそれを前に、ギリーズはとっさに後退し、二メートル近くある鉄の壁へと身を隠す。そのままの体勢で、顔だけをそっと壁の外へ出し、耳に神経を集中させた。そうしているうちに、揺れる光に合わせて数体の人影が浮かび上がってきた。

「あーあ、こっちも駄目みたいですぜ。お嬢」

「どこを探しても、まるで価値のない鉄クズばかり。ほんっとにウンザリですよ」

 宇宙ヘルメットに内蔵された通信傍受システムを介して、二人の男のやり取りがギリーズの耳に入る。声質からして、年齢的にはおそらくどちらも三十代ぐらいだろう。彼らの会話を耳に挟みながら、ギリーズはそのままの体勢で呼吸を止め、気配を悟られないように努めた。

「こんなところに、本当にあるんでしょうかねえ。先の戦争の資産家が持ってたっていう……黄金の延べ棒の山だなんて」

「下手したらこの塵に紛れちまってるかも」

「そんなことないわ!」

 男たちが不安の声を上げるのを制するように、若い女の凛とした声が響く。それに混じって、プロペラの重低音がギリーズの耳に入ってきたかと思うと、彼の眼前で大量の小さな塵が辺りを舞った。

 宇宙ヘルメットと暗視スコープに守られたギリーズの両目は、舞い散る粉塵を凝視する。そこには、砂粒ほどの塵が数多く飛翔するのに紛れて、四隅に取り付けられたジェット噴射器で宙に浮かぶ小型のオーニソプターがあった。あたかも翼竜を思わせるその機体には、宇宙服を着た一人の少女が乗っている。機体の左右にある、プロペラの付いた赤い両翼がゆっくりと動く中、少女は響き渡る重低音をかき消さんばかりの大声で続ける。

「いい、あんたたち。ここは、私たちが統括軍の包囲網を掻い潜ってようやく見つけた宙塵城の跡地なのよ。金持ちが大勢暮らしていたぐらいだし、めぼしいお宝の一つや二つ、見つからないわけがないわ! ほら、分かったら作業を再開する!」

 少女の言葉を受けて、男たちははい、と一言威勢よく口にすると、その場に屈み込んだ。どうやら連中は、宙塵城の宝が目的の宇宙海賊らしい。そう察したギリーズは、オーニソプターに乗る少女の姿に注目した。

 男二人を束ねるリーダー格と思しき赤い宇宙服の少女は、両目をスコープで覆い隠してはいるが、体格からして十六、七歳のようだった。宇宙服と同じ色をした宇宙ヘルメットの隙間から見て取れる肌の色は、黄色系のそれだ。人種的には、おそらく東亜人かその系統だろう。ギリーズは頭の中で直感する。

 すると、少女の乗る機体の前方から甲高い電子音が上がった。短い間隔をおいて電子音が二回鳴り響いたところで、彼女は赤い翼竜の首根っこから小さな無線機を掴み取り、半ば叫び声に近い調子で応じる。

「はい、こちらキャロラ! 何です、キャプテン!」

 自らをキャロラと名乗る少女の顔が、今に無線機と接触せんばかりに近づく。コロニー内で作業をしていた男たちの目線も、すぐに彼女――キャロラへと集中する。

「えっ、チャンが撃墜された? それで、撃ち落としたのは……統括軍の機体。はい。分かりました、キャプテン。見つけ次第、こちらでも対処します! フリーゲート、グッドラック!」

 最後にひときわ声を張り上げて、キャロラは無線の通信を切る。持っていた無線機を元の場所へ戻すと、眼下にいる男たちに向かって再び大声で指示を出す。

「アイン、ツヴァイ、聞きなさい! 今までさんざん私たちの邪魔をしてきたチャン・ローハンが、統括軍の機体にやられて死んだそうよ!」

 キャロラの言葉を受けた男たち――アインとツヴァイの二人は、一瞬呆然とした面持ちでその場に立ち尽くす。そんな中、アインが口元に笑みを湛えながら応じる。

「へえ、あの小生意気なトレジャーハンター、死んだんですかい。姑息なやり方で何度も俺たちの宝探しを妨害してきたんだ、いい気味ですぜ」

「そうも言ってられねえだろ、アイン。能天気な奴だ」

 得意げに喋るアインに対し、彼より一回りほど背の高いツヴァイが小声で窘める。そして、ツヴァイはすぐにキャロラへと顔を向け、身振り手振りを交えて尋ねた。

「チャンが死んだということはですよ、お嬢。統括軍の手がもうこの城に入ってるってことですよね。まずいですぜ、こいつは」

 ツヴァイの言葉を聞きながら、キャロラは小さく溜息を吐くと、わずかにオーニソプターの高度を下げた。それに合わせてプロペラ音もやや小さくなり、ギリーズの耳にも話し声が伝わりやすくなる。

「落ち着きなさい! 統括軍といっても、たかだか一機だけよ。そんなの、私たち『自由門(じゆうもん)』の相手じゃないわ。それに――」

 キャロラは、ギリーズの隠れていた鉄の壁に顔を向けると、右手で宇宙服に忍ばせていた小型のバズーカ銃を取り出した。手早く照準を壁のやや下側に合わせたところで、彼女の声が辺り一帯に響く。

「さっきからそこに隠れてるのは分かってたわよ、軍人さん! 身体に大穴を開けられたくなければ、両手を上げて、大人しく出てきなさい!」

 ヘルメット越しに聞こえてきたキャロラの呼びかけを受け、ギリーズはしばし考え込む。そして、意を決したように立ち上がると、指示通りに彼らの前へ姿を見せた。頭上に両手を掲げながら、ギリーズはゆっくりとキャロラの前に歩み寄る。

「なかなか勘のいいお嬢さんだ。どうしておれが分かったのか、ぜひ伺いたいところだね」

 溜息交じりにギリーズが告げる。そんな彼の青い瞳は、自分と年が近いと思しきキャロラを前に、不敵な輝きを放っていた。

「あんたの気配の隠し方よ。一見完璧なように見えて、実はちょっとした癖がある。私には、そういうのが『におい』ですぐ分かる」

「へえ、流石だな。おれもまだまだ訓練不足ってことか。できれば捕まる前に、その隙の正体ってのを聞いておきたいぜ、キュートな宇宙海賊さん」

「だーめ。それはゼッタイに教えられないわ。せいぜい自分で考えることね」

 程なく、ギリーズの足が止まる。彼はそのまま、頭上に浮かぶオーニソプターの姿を見上げた。小さな機体に付けられたプロペラが放つ重低音や、ジェット噴射器によって巻き上げられる細かな塵に構うことなく、彼の瞳は赤いオーニソプターを駆る少女の顔を見つめる。そんな彼を前に、アインとツヴァイは懐に持っていたバズーカ銃を取り出すべく、両手を宇宙服の中へ入れた。

「待ちな、あんたら!」

 二人の挙動は、キャロラの鶴の一声により制される。しかしお嬢、そいつは。アインとツヴァイが小声で呼びかけるのを聞き流しながら、キャロラは眼下にいる若い兵士を凝視した。整った容貌の奥から覗くワインルビーの瞳が、嘗め回すかのように彼の姿を観察する。対する男は、特に怯える様子もなく、彼女の姿をじっと見つめ返していた。

 そうして、十秒ほどそのままの体勢でいたところで、キャロラが小さく微笑を浮かべた。

「あんた、こんな状況でもなかなか余裕こいてるわね。統括軍の人間にしては、結構肝が据わってることで。それとも、私たちを上手く煙に巻いてみせる自信があるのかしら」

「お褒めの言葉、感謝しますぜ。お嬢さん」

 こいつ、さっきから聞いてれば。お嬢の前で、何て口の利き方だ。側にいる男たちが色めき立つのにも構わず、ギリーズは開いたままの両手を頭上で固定する。口の端から白い歯を見せながら、ギリーズは再びキャロラの顔を仰ぎ見ると、小さくかぶりを振った。

「だが正直、このおれが見つかるとは思ってなかったんでね。逃げ出す策なんざ考えてねえよ。手詰まりだ」

「あらそう、残念ね」

 一言だけ告げながら、キャロラは機体の操縦桿を握ったままの左手をわずかに緩めた。手のひらで操縦桿を固定しつつ、それを人差し指で何度も軽く叩く。そんな彼女の動作に構わず、眼下の男がさらに続けた。

「それで、おれを人質に取ったところでどうするつもりだ。統括軍(うえ)とカネの交渉をするつもりだろうが、そう上手くはいかねえぜ」

「分かってるわよ、そんなこと。それで、私たちのキャプテンからさっき連絡があったわ。あんたと手を組もうってね」

 ギリーズがキャロラの言葉の意味を呑み込むより前に、アインとツヴァイが声を張り上げながら彼女へ抗議する。

「そそ、そんな! あいつと手を組もうだなんて!」

「いけませんぜ、お嬢! こんな軍の回し者、後でいったいどんな目に遭うか……」

「さっきからうるさいわね、あんたたち! これはキャプテンからの命令なのよ! 少し黙ってなさいっ」

 キャロラに一喝され、三十代の男二人はその場で棒立ちになった。彼らの姿を脇目に、ギリーズは唇の端から小さく笑みをこぼす。

「へえ、なかなか面白いことを言うんだな。お前も、そのキャプテンとやらも。最近の宇宙海賊はいったい何を考えてるのやら」

「どうってことないわ、単なる休戦協定よ。戦争が終わって、あんたたち統括軍の軍事力は、どの国家やコロニーも及ばないほど強大になってる。そんな連中とみすみす正面から喧嘩するほど、私たちも馬鹿じゃないわ。だから、今この場では事を起こさずに、自由門(こっち)にとっての最善策を採る。それがキャプテンの考え。さっき私が言ったのも、キャプテンの言葉そのままよ」

「休戦協定、ねえ。つまりこの場は互いに手を出さない、ってか。統括軍であるこのおれが、そんな安っぽい講和をおいそれと受け入れると思っているのか」

 ギリーズの問いかけを耳にしたキャロラは、自らが乗る(ふね)を徐々に降下させていく。バズーカ銃を右手で構えたまま、彼女は淡々と応じる。

「言っとくけど、今ここにいるのは私たち三人だけじゃないわ。仲間が大勢、あんたの周りを包囲済みよ。数の上では圧倒的に不利なこの状況で、ノーとは言えないでしょう」

 キャロラの言葉を受け、ギリーズは青い瞳だけを左右に動かす。周囲には、所どころがひび割れた高さ一、二メートルの壁がいくつも点在していた。自分を含めた大の男が一人隠れるには、十分なスペースだ。

 連中の規模も分からない以上、女の言葉を信じるほかないようだ――考えながら、ギリーズは心の内で小さく溜息を吐く。やがて、キャロラの乗ったオーニソプターが、比較的塵の少ない無機物の床に着陸した。小さな翼が完全に静止し、噴射器から漏れていた重低音が止む。

 束の間訪れた静寂を打ち払うように、キャロラは翼竜の胴を軽く蹴る。自らの小柄な身体を器用に翻した彼女は、バズーカ銃の銃口をギリーズの胸へと向けた。灰色の床にそっと足を着けながら、キャロラは穏やかな口調で告げる。

「私たちはただ、この宙塵城で自分たちの利益、お宝が欲しいだけ。あんたもあんたで、こんな辺鄙(へんぴ)なところに来た目的があるんでしょ? そこで互いに干渉しあわずに、互いの目的を達成する。それなりに利害は一致してると思うけど」

「へえ。それならおれが一生遊んで暮らせるだけの宝を手に入れたら、おれはおれで独り占めしていいってわけだ」

「そうね。もっとも、生きてここから出られるかどうかは別問題だけど」

 バズーカ銃を握るキャロラの右腕がゆっくりと伸びる。その銃口は、ギリーズの宇宙服に接するところまで迫っていた。

「そうかい。それじゃあ、交渉決裂、だなッ!」

 刹那、ギリーズは自らの左手を素早く宇宙服へと持って行った。キャロラがバズーカ銃の引き金を引くよりも早く、ギリーズの身体を白煙が包み込む。乾いた銃声が無重力の空間に空しく吸い込まれると共に、彼女たちの視界は一瞬にして白に染まる。

「くそっ、あの野郎! とんだ目くらましをっ」

 大声でそう叫ぶと、アインは身体を勢いよく翻した。対するツヴァイは、白い煙を前に右往左往する。

「ああっ、俺の暗視スコープが……真っ暗だ。気を付けてくださ……お嬢。このガス、通信機器を破損……特殊ガス……ままじゃ、ヤバい……」

「ツヴァイ、しっかりしろ。お嬢、このままじゃ俺たちの無線や艇がやられちまいますっ、早くここから離れないと……」

 アインとツヴァイの通信を聞きながら、キャロラはすぐ後方のオーニソプターへと乗り込み、素早く浮上する。白いガスの漂う空間から脱出すると、彼女は宇宙ヘルメットの脇に据えられた小さなボタンを介して、暗視スコープから見える景色の解像度を最大まで上げた。そのままギリーズがいた場所を覗き込むも、人影はまったく見当たらない。

「逃げられた、か。折角私たちの手元に良いカードが手に入るチャンスだったのに……仕方ない、撤収よ! アインはツヴァイを自分の艇に乗せて。急ぐ!」

 キャロラの指示を受け、アインはツヴァイの腕を自身の肩に抱え込むと、すぐさま近くに置いてある自身のオーニソプターへ向かって歩き出す。白い煙越しに垣間見えるその様子を眺めながら、キャロラは誰に向けるわけでもなく、小さく舌打ちした。



 宙塵城のあちこちに点在する鉄や鉛の凹凸の中を、ギリーズは足早に進む。かつての人の営みの痕跡をすっかり失った無機物の一つをしっかり踏みしめると、そのまま無重力の世界へと翔ける。なるべく長い距離を移動し、再び手近にある鉄の突起へと片足を預け、再び全身を無重力の海へ預けることを繰り返し、彼は宙塵城のさらに奥へと進んでいく。

「とりあえずこれで、あいつらも当分追っては来ないだろう」

 黒く堅い壁に背を預けながら、ギリーズは後方を振り返る。細かな大小の粒が浮かんでいるだけで、人影は見当たらない。どうやらあの連中を巻くことには成功したらしい。そう悟ったギリーズは、小さく溜息を吐いた。電子機器類を破壊する粉塵を含んだガスを出す特殊装置を隠し持っていたため、先程は難を逃れることができた。しかし、またどこで宇宙海賊の仲間と遭遇するか分からない。これから先、目標を達成するためには慎重を期する必要があった。

 もっとも、連中を巻いた時に派手な追撃が無かったことから、相手はあの三人だけで間違いないだろう。仲間が隠れ潜んでいるとリーダー格の少女――キャロラは言っていたが、十中八九ハッタリだ。現時点では、警戒すべきはあの三人だろう。頭の中で冷静に状況を分析しつつ、ギリーズは周囲を幾度も見渡す。その中で、青白い光が微かに見え隠れする箇所があった。暗視スコープ越しにそれを見据えたギリーズは、素早く光を反射する場所へと向かう。

 そこには、大小様々なコンクリートの塊が幾重にも積まれ、所々が歪に崩れていた。先程彼が目にした青白い光は、その下から漏れている。ギリーズは分厚い手袋でコンクリートの山の頂を掴むと、それを乱暴に黒く変色した床へと投げ捨てた。腐敗が進んでいたコンクリートの塊は、未だ堅さを残す床に接すると同時に、大小細かな塵へと変わり果てた。

 先ほどまでの原形を一切留めていないそれが無重力の海に漂うのを眺めながら、ギリーズはふとリートルーバーの内外で漂っていた無数の塵を思い出す。外から見えていた楕円形の環や、内部に浮かぶ塵のほとんどは、コンクリートや鉄などの無機物が崩れ落ちた際に生まれた賜物なのだろう。それが自然の流れによるものか、戦争の因果が引き起こした必然なのか、ギリーズには分からない。だが、自分の目的はそんな些末なものではない。頭の中で小さくかぶりを振ると、彼は再びコンクリートの山を崩す作業を再開した。

 それから数分ほどの時間をかけて、ギリーズは積み上げられていたコンクリートの塊を全て除去した。彼の周りには大小さまざまな塵が漂っていたが、ギリーズは構うことなく青白い光の光源を凝視する。その正体は、分厚いガラスで覆われていたLEDの照明だった。それは一つだけではなく、一定の間隔を置いて同じものが据えられており、地下へと続く階段を照らし出していた。

「驚いた。まさか隠し階段があったとはな」

 眼下に見えるそれを前に、ギリーズは短く口笛を鳴らし、興奮した口調で呟く。階段の先で待つのは、中佐殿が最後まで正体を明かさなかったエウリュアレか、さっきの宇宙海賊が血眼で探していたお宝か。無意識に膨れ上がる想像を存分に働かせながら、ギリーズはゆっくりと地下への階段を下って行った。

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