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地球と同じく、回転楕円形をした惑星の外縁軌道上に、ゼウスをはじめとした統括軍の大型戦艦が三隻、音もなく浮かんでいた。そんなゼウスのコントロールルームで、ソネヴァは右手の人差し指で左手の甲を幾度も叩く。巨大なスクリーンに映し出された惑星の周りでは、五角形をした巨大な衛星が飛び、陽光とほとんど同じ性質を持った光を惑星へ放射している。光を受け、ブルーサファイアのごとき美しさを帯びる星を前にしながら、統括軍の中佐は苛立ち混じりに呟いた。
「くそっ、キュリオテテスからの増援部隊はどうしてるんだ。折角こうして、デュナミスの外縁軌道まで来たというのに」
コントロールルームの中央に立ったまま、ソネヴァは苦々しい面持ちで舌打ちする。ギリーズたちがいる黒いフリゲートを発見して以来、彼の部隊はフリゲートの足取りを追い続けた。やがて、彼らの目指す場所を予測して突き当たった場所が、ソネヴァの目の前にある惑星『デュナミス』だった。ミダス宙域をはじめ、一般の航路から外れた遠回りなルートではあったが、間違いない。
発見から四週間を経た今、このデュナミスの外縁軌道付近まで近づいているはず。そう確信したソネヴァは、宇宙海賊のフリゲートを殲滅すべく、事前に外部からの増援部隊を要請していた。これにより、三隻の大型戦艦が昨日までにゼウスと合流する手筈だったが、唯一キュリオテテスからの戦艦が未だ合流しないままだ。四番目に発見された人類の生活惑星『キュリオテテス』は、眼前にあるデュナミスからそう遠い位置にあるわけではない。いったい何をやっているんだ――心の内で毒づくソネヴァへ、若い部下の男が駆けてきた。やや息を切らし気味に、男は上官へ報告する。
「報告します。先ほど『アウズンブラ』の姿を捕捉しました。あと一時間もすれば、我々の部隊と合流するかと」
待ちくたびれた一言を耳にしたソネヴァは、深い溜息を吐く。同じ宇宙統括軍とは思えない行動に、ソネヴァは苛立ちを抑えながらも、唯一姿を見せない戦艦『アウズンブラ』との通信を図る。
「こちらゼウス、統括軍中佐のソネヴァ・ジル・イルフェルムである。アウズンブラ、応答せよ。繰り返す、応答せよ」
ソネヴァは、スクリーンの端にある灰色の小さな画面を注視する。しばらくして、アウズンブラとの通信が繋がったかと思うと、黒い肌をした若い女性の顔が現れた。
『こちらアウズンブラ、統括軍少尉のアンジェラ・カーレンである。ゼウス、応答せよ』
女性――アンジェラは、どこか不機嫌そうに瞼を細めながら応じる。彼女の表情を前にしたソネヴァは、一瞬眉間に皺を寄せ、すぐ元に戻した。
「キュリオテテスからの航行、ご苦労だった。早速だが、合流予定日時を過ぎた理由を教えてもらおう。艦長と繋げ」
棘のあるソネヴァの命令を前にしても、アンジェラは怯むことなく淡々と応じる。
『申し訳ありませんでした。ですが、イルフェルム中佐。そもそも我らがキュリオテテスの統括軍は、本来あなた方の指揮系統とは異なる部門にあります。我々の最優先業務は戦後処理で、常日頃多忙を極めているところですが、そんな時に戦艦を合流させよとは、どういう了見でしょうか。ご説明ください』
瞬き一つせずに尋ねるアンジェラを前に、ソネヴァは激高するのを堪えながらも答える。
「緊急発令を見ただろう。我々が現在追っている、ギリーズ・エンドラインとアスカの両名を処分するために、軍備の増強が急務だったからだ。先の条約の都合上、作戦本拠地のデュナミスに統括軍は配置されていない。そこで、そこから近い惑星や都市型コロニーの連中を呼び寄せたまでだ。何より、総司令直々の発令だ」
『総司令』という言葉を強調し、ソネヴァは映像越しにいる女へ顔を向ける。彼の言葉を聞いたアンジェラは、相変わらず無表情のまま応じた。
「分かりました。そういうことなら、仕方ありませんね。我々は我々で、できる範囲で協力させていただきます」
アンジェラはそう言うと、座ったまま深々と頭を下げた。親の名前を出せば何でも言うこと聞くと思って、クズが――小声でそう吐き捨てると、彼女は通信を切断した。そして、再び灰色に戻ったスクリーンを前に、ソネヴァは硬い床を思い切り踏み付けた。鈍い音が辺りに響いた瞬間、周囲にいた彼の部下が、一斉に上官へと顔を向け、すぐさま顔を逸らす。
口の利き方も知らない黒人女が、偉そうに。そう漏らすソネヴァの顔は紅潮し、吐き出される鼻息は熱を帯びていた。やがて彼は、ゼウスの周囲にいる二隻の戦艦と通信を繋いだ。自分より階級の低い二人の艦長の顔が、スクリーンに表示される。
「全戦闘機、出撃しろ。目標を捕捉したら、迷わず撃ち墜とせ。戦艦四隻は、当初の予定通りデュナミスの外縁および周辺宙域の哨戒に当たるように」
了解。一言だけそう言って、彼らは通信を切った。あの女も、こうして素直に応じればいいものを、何故できないんだ。心の内で不満を漏らしながらも、ソネヴァはすぐに踵を返し、すたすたと歩き出した。そんな彼の耳に、聞き慣れた男の声が響く。
「君も前線に出るのかい?」
ソネヴァが顔を見回すと、コントロールルームの出入口の脇にアッジャが立っていた。彼の問いに、ソネヴァはこくん、と力強く頷く。
「勿論です。先日の不始末、今回は必ず片付けて帰ってきます」
「それはいいが、どうして君までわざわざ戦闘機で出るんだ? 君は君で、ゼウスの指揮を務めた方がいいと思うが」
アッジャが首を傾げるのを前に、ソネヴァは口元に笑みを浮かべてみせた。トレンチコートのポケットに両手を入れて、会長の顔を見つめる。
「コントロールルームの連中には、戦艦の操縦から指揮管理まで、あらゆることができるように叩き込んでいます。問題ありませんよ。むしろ、戦闘機の方が人材的に苦労するぐらいです。改良を加えたフォルセティで、連中に目に物見せてやりますよ」
そう言って、ソネヴァはコントロールルームを後にした。そんな彼の背を黙って見つめながら、アッジャはふう、と小さく溜息を吐き、アッジャは小声で呟く。
「まあ、期待してるよ」
ソネヴァの性格からして、自身の汚名を晴らすのが何よりの目的だろう。だが、そんな私情に駆られているからこそ、行動力は極限まで研ぎ澄まされるのかもしれない。アッジャはぼんやりとそう考えながら、コントロールルームへ入り、近くにいた若い女性へ声をかけた。
「すまないが、君」
アッジャの呼びかけに、女性ははい、と上ずった声で応じた。そんな彼女を前に、アッジャは威圧感を感じさせないよう、なるべく穏やかな口調で告げる。
「お願いしたいことがあるんだけど、いいかな」
◇
金剛の内部に広がる廊下を、ギリーズは歩いていた。久々に来た白い宇宙服は、どこか動きづらさと暑苦しさが感じられ、彼の背には汗が大量に付着していた。
「向こうは、戦艦を四隻も出してきてる。デュナミスまであとちょっとのところだったのに、やられたわ」
彼の隣を歩くキャロラが、不満を口走りながらもアスカの右手をしっかりと繋いでいた。彼女のもう一方の手を握りながら、ギリーズは艦内に響くリナの声に耳を傾ける。
『――繰り返す。艦の前方、千五百五十八コンマ四キロメートル地点に、統括軍の敵影確認。戦艦四、戦闘機八十余り。敵艦はデュナミスの外縁軌道上、敵機はその周辺を哨戒中。総員警戒に当たるとともに、戦闘機の哨戒準備を急げ。敵艦よりビーム砲が発射される可能性もあるので、十分に注意せよ』
普段の口調とは打って変わって、緊迫感を増したリナの低い声に、ギリーズは口内の唾を呑みこんだ。まだ十歳ぐらいの子どもだと思っていたが、まさかこれほどとは。海賊のメインオペレーターを務めるだけのことはある。
心の中で感心しながら、ギリーズはキャロラと共に格納庫の扉を開く。格納庫内部では、既に大勢の人間が忙しなく動き回っており、それぞれの持ち場につく者や、黒い戦闘機に乗り込もうとする者もいた。
「おい、ギリーズ! こっちだ!」
廊下の奥、螺旋階段の近くに立っていたクラードが、友人たちに向けて左腕を大きく左右に振る。やがて彼は、螺旋階段を下り、自らの青い戦闘機へと駆け出していった。ギリーズたちもまた、螺旋階段を下り、それぞれの機体を目指す。やがて目に入った白い機体の側には、ケインが立っていた。
「ギリーズ、お待たせ。少し細部の調整に手間取ったが、バッチリ動くようになった」
ケインはそう言って、ポセイドンに目線を動かす。ギリーズも彼に続いて、白一色で塗装された機体の姿を観察する。オーバーホールを終えて間もない機体は、最初の頃よりやや大きくなり、付属していなかった発射管やミサイルが据えられている。より細くなった楕円状の曲線を眺めるギリーズの耳に、ケインの言葉が響く。
「武装を追加した関係で少し大きくなったけど、スピードはなるべく落ちないようにしてある。最初からあったスペースカノン砲に加えて、僕たち自由門の魚雷や、ミサイルが使える。状況に応じて使い分けてくれ。あと、アスカを安全に乗せられるよう、コクピット席を複座式に変えてあるぞ」
最後のそれはいらねえだろ。ギリーズはぽつりと呟くと、コクピットへと足を動かし、ハッチを開いた。彼がコクピットに入ると、キャロラもそれに続き、アスカを後部座席に座らせた。うーうー、と不満げな声を上げる彼女に構わず、キャロラは器用にシートベルトを締める。
「サンキュー、キャロラ」
ギリーズは、暗視スコープを装着しながら礼を言う。どういたしまして。キャロラは一言そう告げ、隣に置いてある神威へと移動した。
彼の視界の端に、クラードの乗るアイネアースが移動しているのが見て取れた。コクピットに転がっていた宇宙ヘルメットを被り、ギリーズはちらと真後ろに乗る少女へ顔を向ける。アスカは、自身の動きを制限するシートベルトを外そうと試みるが、上手くいかずに苦戦しているようだった。そんなアスカを宥めるように、ギリーズは彼女の頭の上にそっと手を置き、艶のある頭髪を少し乱す。
「んーう」
「大人しくしてろ。ちょっとの辛抱だ……それじゃ、おれたちも行くか。アスカ」
ギリーズはそう言うと、機体のエンジンを動かした。機体と同じ白い推進剤が、粒子状に散っていく。
眼前で次々に展開されていくモニターやスクリーンを前に、ギリーズは手元の操縦桿を握りしめた。操縦桿の感覚が前と変わらないことに安堵し、青年は機体をゆっくりと移動させる。
外部へと通じるシャッターが、重低音を上げながら動き出す。それとともに、わずかな隙間から茶褐色の宇宙戦闘機が、外へ勢いよく飛び出していく。その中には、クラードの乗るアイネアースの姿もあった。
あいつらに負けていられないな。そう思ったギリーズは、外部へと通じる滑走路まで白い機体を動かすと、徐々にその速度を上げた。大きく開かれた口を抜け、二人は約一ヶ月ぶりに広大な宇宙へ出る。久しぶりに踏み入れた宇宙には、大小さまざまな塵が音もなく漂っており、遠くには小さな星座がいくつも見えた。そして、スクリーンの中央に、青く光る小さな惑星――デュナミスの姿が現れた。ギリーズは、よく目を凝らしてその姿形を眺める。
「あれが、そうか」
既に宇宙へ出たアイネアースをはじめ自由門の戦闘機は、金剛の周りを飛び回り、統括軍の機体を探していた。ギリーズは、金剛の前方へポセイドンを移動させる。その時、コクピット内に通信を知らせる電子音が入った。
「どうだ若造、お前たちが暮らす星の姿は」
スクリーンの脇に、モルドアの姿が映し出される。扶桑に乗り込んでいるのか、彼の後方にはコクピット独特の狭く無機質な空間が広がっていた。モルドアの問いに、ギリーズは小さく首を振って応える。
「その前に、あの統括軍の連中を何とかしねえと。今のところは、最悪としか言いようがねえ」
「そうか、それは残念だったな。こうも先回りされるとは、向こうも大したものだ……で、どうするつもりだ。ここは諦めて、またしばらく逃亡生活を続けるか」
「んなわけねえだろ、ここまで来て」
ギリーズはそう言うと、モルドアへ笑んで見せる。そして、遠くにいる統括軍の戦艦や戦闘機の姿を見て、力強く告げた。
「強行突破だ!」
ふいに、ギリーズはポセイドンを上昇させた。眼下には、緑色の宇宙戦闘機の姿がはっきりと映っている。奴らの機体だ――そう確信するより先に、緑色の機体はポセイドン目掛けてスペースカノン砲を発射した。ギリーズは砲撃を躱しながら、徐々に緑色の機体との距離を縮めていく。操縦桿を握る彼の青い瞳は、獲物を狙う猫のように鋭く輝いていた。
「いいね、オッサン。この新しいポセイドン。良く知ってる機体のはずなのに、何だかスゲー使い勝手が良くて、全く別の機体みてえだ」
ギリーズは少し興奮しながら、通信先のモルドアへ告げる。それはどうも。自由門のキャプテンが冷静に受け流すのを聞きながら、ギリーズは赤いボタンを押した。白い機体の前部にある砲口から、翠色のビームが発射され、先ほどの敵機を直撃した。その光景を前に、ギリーズはひゅう、と小さく口笛を鳴らす。
「流石だ。こんな立派な機体になったからには、それに相応しい新しい名前をつけてやらねえとな」
すると、コクピット内に警報音が鳴り響く。ギリーズがモニター上のレーダーマップを確認すると、左側から統括軍の戦闘機が三機、彼の元へ迫って来ていた。遠くからスペースカノン砲を放ちながらやって来る彼らを前に、ギリーズは素早く旋回する。
ビームを躱しつつ、青年はコクピットに新たに付けられた茶褐色のボタンを押した。すると、ポセイドンの下部に据えられた魚雷発射管から、黒い魚雷が三発放たれる。魚雷が迫って来るのを前に、緑色の戦闘機は三方へ展開する。しかし、魚雷は機体のスピードに負けることなく追尾を続け、ほとんど同時に目標と接触、爆散した。
「『オーガ・ポセイドン』……」
ギリーズは、ゆっくりとそう口にした。彼の唇から漏れた言葉に、モルドアは何のことだ、と告げる。
「ポセイドンの、新しい名前だ。鬼神のごとき強さを手に入れたこいつには、丁度良い」
そう言って、ギリーズは白い機体――オーガ・ポセイドンを駆り、統括軍の戦闘機が多数跋扈する宙域を目指した。
◇
オーガ・ポセイドンは、迫り来る統括軍の戦闘機を次々に撃墜しながら、デュナミスを目指して一直線に進んでいた。そんな白い宇宙戦闘機に追随する形で、アイネアースや神威、そして扶桑が続く。灰色の戦闘機を操るモルドアの後方で、翠色の閃光が一筋煌めいた。自由門と統括軍の戦闘機が、互いに交戦を開始した合図だろう。そう察したモルドアは、前方を進む三機のパイロットへ通信を要請すると、早口で告げる。
「いいか、お前ら。あらためて確認しておくぞ。今回の目的は、ギリーズたちを無事デュナミスまで送り届けることだ。チャンスは、後にも先にも今回一度きりだろう……それから俺とキャロラは、目的が達成したかどうか関係なく、十五分後に金剛まで後退する。後ろで、思いのほか派手に始まったみてえだからな」
モルドアの言葉に、スクリーンに映る二人の男は頷き、了解、と答えた。キャロラもまた、彼らから少し遅れて了解、と口にする。三人の返答を聞いたモルドアは、一呼吸おいて声を張り上げた。
「んじゃ、決まりだ! キャロラとクラードは俺と来い、ギリーズをサポートする! 全員の無事を祈って、グッドラック!」
「グッドラック!」
それを合図に、オーガ・ポセイドンは機体の速度を上げる。その後ろで、二機の戦闘機は灰色の戦闘機に合わせて横一列に並ぶ。そんな彼らの前に、統括軍の機体が続々と接近してきた。
「来たぞ!」
ギリーズが叫ぶや否や、眼前にある緑色の機体は次々にスペースカノン砲を発射する。ギリーズたちはそれを避けながらも、反撃を開始する。スペースカノン砲や魚雷が、次々に相手の機体に命中しては、爆発する。
「うーい、あーっ」
アスカが後方で、無邪気に歓声を上げる。ギリーズはそれを聞きながら、赤いボタンを押し続けた。
「遊びじゃねえんだ、騒ぐなっ」
「むー」
やや声を荒げるギリーズに、アスカは頬を膨らませる。そんな彼女の目の前で、緑色の戦闘機が爆発し、塵に還っていく。機体の破片が舞い散る中、ギリーズは白い戦闘機を前へ前へと進ませる。
その時、コクピット内に通信を知らせる電子音が鳴り響いた。ギリーズが通信に応じると、スクリーンの端に、顎に白髭を蓄えた男の顔が現れた。笑顔で手を振る男を前に、ギリーズは眉間に皺を寄せる。
「久しぶりだね、ギリーズ、アスカ。私のこと、覚えてるかね?」
男――アッジャが呑気に唇を動かす。通信元は、ゼウスのコントロールルームだ。
「何だよ、ジジイ。お前なんかどうでもいい、今すぐそこから退きやがれ」
ギリーズが声を低くして威圧するも、アッジャは調子を崩すことなく返す。
「そうはいかないなあ。君たちにデュナミスへ逃げられてしまっては、軍も我が社も、迂闊に手が出せなくなってしまう。そうなれば、世論の反発は必至だ……困るなあ」
「良いじゃねえか。お前らがどうなろうが、おれたちには関係ねえ。せいぜいどっか別の星で、下らねえお喋りを垂れ流してろ」
青年の言葉に、アッジャは右手を自身の額へ持って行った。乾いた肌を二回掻いた後、彼はギリーズへ向き直り、歪な笑みを浮かべた。ギリーズはふと、心の奥底で言い知れぬ恐怖感を感じた。
「流石に、口の利き方が悪いね。そう思わないか、アスカ?」
アッジャは笑みを崩さないまま、アスカへと顔を向ける。その瞬間、ギリーズの中で苛立ちとも恐怖ともつかない気持ちが芽生える。操縦桿を握る手指も、わずかに震えていた。
「ジジイ……何でてめえは、アスカを『エウリュアレ』にしたんだ。アスカは、お前らの都合の良い駒じゃねえんだぞ」
ギリーズの問いに、アッジャは首を傾げる。質問の意味が伝わっていないのか、とぼけているのか。アッジャはしばし考え込んだ後に、唇を動かした。
「なぜ? ギリーズ、君はもう知っているだろう。我がレミース社の技術で不死の力を手に入れたエウリュアレ……アスカは、唯一無二の最強の兵士になるはずだった。残念ながら計画は頓挫したが、それでも彼女は『ステンノー』に続いて、不死身の力を受け入れられる適合性は高かった」
「ステンノー? そいつは」
アッジャの口から洩れた『ステンノー』という言葉を聞き、ギリーズは顔を顰める。青年の表情を前にしたアッジャはああ、と合点したように声を上げ、手を小さく叩いた。
「ああ、そうだったね。ステンノーは、エウリュアレの前に我々が開発していた不死身の少女だよ。同じ不死の人間として創られた、という意味で考えれば、彼女はアスカの姉に当たるね」
アッジャはすらすらと言葉を吐き出す。ギリーズはそんな彼に嫌悪感を抱きながらも、さらに質問を続けた。
「そいつは……ステンノーとかいう奴は、どうしたんだ」
「死んださ」
淡々としたアッジャの回答に、ギリーズははっとしたように顔を上げる。
「初めは彼女も、どんな致命傷を受けてもすぐに再生できたんだけどね。けど、生まれてから二十年を過ぎたある日、突然傷の再生ができなくなってね。それから先は、単純なドミノ倒しだよ。傷を受けたところから、ステンノーはたちまち溶け出して、死んだよ。ご先祖が残した日記によれば、その場に残っていたのは、血肉と骨と、髪の毛ぐらいだったらしい」
笑顔で平然と語ってみせたアッジャを前に、ギリーズは強い怒りを感じた。こいつは、この男は狂っている。これ以上聞けば、気が変になってしまいそうだ。そう直感したギリーズの手が、固く握られる。対するアッジャは、身振り手振りを交えながらさらに続けた。
「ステンノーが死んで、我々も途方に暮れていたが。そんな時、不死に対する適合性を持った少女が現れたんだよ。それがアスカ、エウリュアレだ」
「……だまれ」
ギリーズは、どうにか言葉を絞り出す。しかし、スクリーンの先にいる男の言葉は、衰えることなく続く。
「私はね、ギリーズ。当時の世論を受けて、人類の希望、不死という概念を実際に生み出した先祖を誇りに思うよ。だが今、宇宙全体の平和を求める世論から、君たちは絶対に相容れない位置にある。それを決して忘れてはいけない。ギリーズ・エンドライン、君も――」
「黙れ!」
ギリーズは感情のまま、アッジャとの通信を強引に切断した。彼の額には、うっすらと玉状の汗が浮かび上がり、息も荒くなっている。アスカが、青年の肩にそっと手をかける。その瞬間、彼の手がアスカの手を握り返した。
「トリ、トン?」
「悪いな、取り乱して。つまらねえお喋りに、ついマジになっちまった。行くぞ」
ギリーズが穏やかな口調でそう言うと、再び操縦桿を握り直した。その瞬間、今度は耳をつんざくような警報音が響き渡る。
ギリーズがモニターとスクリーンとを、交互に確認する。機体コードから確認できるそれは、ソネヴァの駆るフォルセティであった。しかし、スクリーン越しに目視で確認すると、最後に確認した機体の姿とほとんど異なっている。銀色の機体は金一色に塗り替えられ、機体の隅々に多数の武装が追加されていた。
「見つけたぞ、ギリーズ・エンドライン!」
軍事用通信機器から、ソネヴァの声が漏れる。欲に駆られた獣のごとく響いたそれを聞いたギリーズは、徐々に距離を縮めるフォルセティを前に、回避行動を取ろうとする。
「避けられると思うな、馬鹿が!」
フォルセティの左右に据えられた砲門から、ミサイルが次々に放たれる。オーガ・ポセイドンを追い続けるそれを、ギリーズは躱し続けるが、ついにその中の一発がオーガ・ポセイドンの機体に命中した。コクピットが激しく振動し、アスカも悲鳴を上げる。
「どうだ、見たか……今度は勝つぞ。勝って、貴様たちを人類の歴史から永久に駆逐してやる! 輝ける正義の力を以てして、なああ!」
徐々に距離を狭める金色の機体を前に、ギリーズは黙って息を呑んだ。