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男装ベーシスト*上*  作者: 五十嵐緋音
4/4

07月13日

 ……カランカランとベルが鳴り、俺の入場を歓迎でもしてくれているのであろうか。

今日は作曲でもしようかと思って一人ファミレスにやってきた。作曲というと、ほとんどの人がレコーディングスタジオとかでギターやキーボード片手にするかもしれないが、俺の場合、歌詞が決まらなければ作れない。歌詞がなくても作れなきゃいけないのは自覚しているが、それをやる気にもならなかった。

この作曲はバンド用に作るわけではなく、自分自身の作曲向上とある人へのプレゼントのためである。だから、作詞も一から自分でやることにしている。

一般的であちらこちらに建っているこのファミリーレストランにはよく来る。しかしこの店舗にしか来ない。メニュー票は開けなくても半分ぐらい暗記しているし、食べるものは珈琲と期間限定スイーツのみなので、食べるときにメニューを開くことはめったにない。

「お決まりになりましたらそのボタンでお呼びくださいませ。」

いつもと違う言葉がかけられる。いつものですか?と聞いてこない限り、彼女が俺のことを知らないと推測する。

「決まってます。いいですか?」

「え……あ、はいどうぞ。」

 え、といったのが思いっきり耳に入ってきた。顔をあげる。このウェイトレスはバイトなのであろうか。服が違う。

少しだけ疑問を持ちながら俺は外のポスターに書いてあった新作を暗記したままに読んだ。

「チョコマンゴーモナカアイスクリームパフェ期間限定版一つ、アイスのモカエスプレッソで……」

「あの、モカに細かく注文することはできませんが……」

 俺の言葉は途中でかき消された。そんなことは忘れていたのだ。試作品であることなど。

これは店長の試作品だから店長いないと無理なのだろうか。なんて考えていたら厨房から一人の若い男性が出ていた。店長の息子兼、俺の通っていた高校の先輩だ。生徒会長をやっていた彼と、バンドのスケジュールや会計総てやっていた俺はよく会話していた。 男装している俺の事情はいつのまにか知っていたので、年代が近いよき理解者ともいえる。

だからここに通っているというのも一つの理由である。

「安井ちゃん、もういいよ。その人が入った時点で、メニューは決まってるし、もうすぐ出来上がるから」

「ぇえ?!」

クールに女の子に声をかける先輩と、リアクションのよい女子高校生。

「いつもお世話になってます。ここのおいしいんで。」

俺はそのほほえましい光景の後ろから小さく挨拶をした。

同じ店舗なのにここは他とは違う。カフェ感があふれ出ている。社長もよく許したなって思ってはいたけど、店長と親友だから関係ないらしい。聞いた話では中学から大学まで同じだとか。

「こちらこそお世話になってるからね。父の試作試してくれるし、奏してくれるし。あ、父が来たら今日もよろしく。」

 カフェ感があふれているこのよくわからない店はピアノが置いてあって、小さいころから弾きに来た覚えがある。ピアノは、親が離婚するときに父親が持っていったせいで弾けなくなってしまったから。

 ややこしい関係なのだが、前に住んでたアパートの大家さん__親が亡くなってからの俺をずっと世話してくれた人__がこの店長と幼馴染で、一時期は社長と付き合っていたらしい……というのを聞いたことがある。事実かはわからないが、息子さんも知っている話だから有力視されている情報ではある。

「んー、今日は遅いね、もうすぐ出来上がると思うんだけど……」

「で、できました……!」

 急いで厨房から出てくる人。この人は正規の社員である。よく顔を見るし、店長の右腕なのか、店長不在の時はいつもこの人が料理を作ってくれる。

「やっぱりジャストで作ってくれたね、ありがとう高村。よし、じゃあ、瀧音、どうぞ。」

 差し出されたチョコマンゴーモナカアイスクリームパフェ期間限定版、とモカ。すごく期待しながらその場にあるスプーンに手を出す。初めて食べる期間限定の味に俺は声をうならした。

「ん、んん……おいしい」

「それは光栄。俺の考えた新作だからすごく嬉しいよ。」

 嬉しそうな顔をする。こんな笑顔が見られれば、一段とこのパフェはおいしくなるだろう。

案の定、二口目は甘かった。

「さぁ、安井ちゃんも仕事戻ろっか。」

「は、はい……」

 なにかと不思議そうな顔をする新人アルバイターと店長息子は歩いて仕事へと去っていった。俺は温かい目線を送り、隣のカバンに目を移す。そろそろ作曲を始めようかと五線譜と鉛筆を手に取った。

 口に甘い香りを残しながら考えてみる。

 最近……俺は急にいろいろなことがあったと思う。高校卒業して、まだ、数か月。卒業してから始めた路上ライブで、そのたった数か月だけでバンドメンバーに出会った。そして、なんかいろいろあった気分だが、出会ってから四日しかたっていないという事実。俺には信じがたい。出会いなんてこんな簡単にあるはずもないし、そんな簡単な出会いはすぐ終わるっていう自分が心の隅っこにいるのがわかる。でも、今までと違うのはそんなネガティブな感情が心の隅っこにいるということ。俺にしては珍しい。いつもならば、きっとぶつぶつ呟くほど心の真ん中にある感情だからだ。きっと、運命的な出会いなのだろうな。

「詞……どんな歌にしようかな。」

 たくさんのことがありすぎて、自分の感情を詞にするのは難しい。こういう時は何といえばいいんだろうか。

 時間がたつ。パフェもあと一口となってしまった。その一口も温そうにしている。それだけ考えていたということであろうか。

 カランカランと再び入口のベルが鳴った。

「よぉ、瀧音のねぇちゃん、今日もよろしくねぇ」

 入ってきたのは左手で持った手提げかばんを肩にあげて、右手であごひげを触る中年男性。黒いあごひげで、長すぎもしない、ちくちくした触り心地のその場所を手で撫でるのが癖になっているのであろうその人は、そこから右手を放し、僕に向かってにこやかな笑顔で手を振った。

 俺は、客いること忘れているのじゃないかと思った。その人はまるで俺しか見えてなかったかのようだ。

「うっす!仕事お疲れさん。お、アルバイター……安井か。よろしくな新入りさんよ。」

厨房に行くや否やアルバイターに声をかける男性。改めて思うが、この人の口調はなんて独特なのであろうか。聞いてて飽きないというか、何故か若々しく感じてしまうというか。そんな印象をもつしゃべり方だ。

 このテンションの高い男がこの店の店長で、その人の頼みを受けるため俺は席を立った。そして向かうはピアノ。

と向かっていくと、店長が俺の方に向かってやってきた。

「そうそう思い出した。今日はな、哲弥の誕生日だから、こいつの好きな曲にしてやってくれな。」

 そう一言だけ捨て台詞のように吐く店長。因みに哲弥とは店長息子の名前。先ほどアルバイター安井にもうメニューは決まってるよといった人である。

 俺はピアノに手をおいた。ちなみに彼の好きな曲はベートーヴェンの「エリーゼのために」。なぜ好きなのか聞いたら照れながらこう答えていたのを思い出す。「じ、実はですね、僕の彼女の名前、エリーゼなんですよ。」と。なんか、自分が彼女に捧げてる感じが好きだとも言っていた。

 この曲は毎年この時期に弾いてるからいつも練習はしてある。単純構成で作られた曲だから、弾きやすいし、覚えやすい。

「やっぱ瀧音のねぇちゃんのピアノ、いいなぁ。な、哲弥もそう思うだろ?」

「そうだね、父さん。」

 話し声が聞こえてくる。よく聞くやり取りなのだが、今日はその続きがあるみたいである。

「ねぇ父さん、あのさ。」

 哲弥が話を進めている。気になるので耳を済ませながら、俺も曲を進めていった。

「毎年誕生日の日にこの曲弾いてって言ってるの父さん?」

 素朴な疑問だった。当人でなくても、これが素朴だと言うことは目に見えている。

「あぁ、そうだけど悪いか?」

 苦笑しながら答える姿が見える。もしかしたらもうこの曲は悲しい曲になってしまったのか__?

「もう婚約もして、結婚間近なんだよ?恥ずかしいってのわかんないのかな」

 そんな心配も杞憂なもので終わった。逆におめでたいことである。途中でこの曲を止めなくて良かったと安堵した。

「ははっ、そんなことで恥ずかしいのか。我が息子よ、おめでたいことには胸を張るんだ。」

 笑いをこらえるのも諦め、なんだよそんなことか見たいな感じで応える父親。息子も了解したみたいだ。仲、いいんだな。

 曲が終わった。

 後ろの客からも、手前の方にある厨房からも喝采。気分がいいわけではないが、今までで一番大きい拍手かもしれない。……客が多いだけかもしれないけれど。

 せっかく客も多い。誕生日の歌を弾けばきっと歌ってくれそうな勢いだ。なんて考えて俺は弾きはじめた。そして、すぐに歌いはじめた。

 それにのって歌い始める店長さん。徐々に男性の声が重なる。恥ずかしがった女性の声は小さいながらも聞こえてきた。

「えっ、えぇ!」

 慌てる息子さん。しかし、その声は隣の店長と、耳を済ましている俺、厨房のアルバイターと数人の従業員だけで、お客には聞こえてない。だんだんと声が盛り上がっていく。

 曲が終わると拍手する人、なにもなかったかのように目の前の食事に戻る人、様々だった。動きが止まっていたのは息子さん、ただ一人。あまりの驚きで、口が閉じていない。その上、俺には見えた。彼の涙が__。

「哲弥ぁ、なにメソメソしてるんだ?」

 泣いている息子をいじる父親、そんな姿を見ると微笑ましくなる。当たり前かもしれないが、でもそんな会話を父親としたことがない俺にとって人よりも深く感じることは当然だった。

 俺はピアノの前で一礼し、その場を離れた。息子さんは涙目で俺の一礼に返すかのように一礼する。

「おーい、瀧音!」

「あ、ほんとに瀧音がいる。」

「さっきのピアノ弾いてたのも瀧音だったぞ?」

 聞き覚えのある声が会話している。俺に話しかけているとは信じかたいが、瀧音という名字はこの辺で俺ぐらいだろう、声のした方へ向く。

「こんにちは」

 俺は彼らに挨拶をした。彼らとは、知り合いで、大学の軽音サークルの人たちである。最近行ってなかったので、今日ここに来るという行動予定も知らなかった。

「お前さぁ、こんなところでピアノなんか弾いてないでサークル来いよ。……まぁ、上手かったけどよ。」

 俺に話しかけてきたのはこのサークルに誘って一緒に加入した、同じ歳の青年。この間のドイツ語の授業のときは思い出せなかったが、彼の名は清川敦士。誰かから「きよちゃん」という可愛らしい名前で呼ばれているのを聞いて思い出した。

 しかし、なぜ小学生に呼ばれるような呼び名なのだろう。

 俺がすまんな、そういうと「別に謝る必要ないけどな」なんて笑われた。そこで笑われるなんて俺の立場が恥ずかしい。

「瀧音、今からどうだ?せっかく会ったし、一緒に行動しないか?」

 軽音サークルをいつもしきっている大学三年の先輩。優等生なようで、遊び呆けているこのサークルでは珍しい留年ゼロ。俺ら一年生がこれを聞いたとき、一人以外、みんな留年するのかとこのサークルに不安を覚える人は、少なからず俺だけではなかったであろう。基本不安になったり怖くなったりすることがない俺がそう感じたんだから、確信した事実だ。

「構わない」

 俺がそういうと、またかよ、みたいな顔をした清川が声を出す。

「構わない。ってそれ以外の肯定の返事はないのかよ。」

 苦笑された。俺だって心外だ。構わないしか言わない奴だと思われているようじゃないか。

 でも、よく考えれば「構わない」と口癖のごとく発しているのも事実だった。

「清川、笑ってないでそこ座れよ。ほら、瀧音もさ。」

 先程の先輩とは違い、俺らと学年がひとつ違いの先輩が俺らに座るように促す。しかし俺はその指示に逆らった。

「すみません、さきに荷物とってきます。」

 荷物を先程までいた席に置いてきてしまっているためだった。

「あ、そうだな。とってこい。」

 後ろを向いた瞬間に聞こえた許可の声。誰かはわからなかったが、きっと先輩の誰かであろう。

 そして俺はその場を離れた。



*****



 昼過ぎた。昼ともなると蝉もうるさくなってくる。蝉だけじゃない、外からの暑いと言う声もうるさくなってきた。

 俺がこの店に入って三時間、軽音サークルの人たちが来てからは一時間半ぐらい経つだろう。何をしたか、なんて大きなこともしていなく、ただただ会話をするだけ。音楽経験者が集まるから話す内容が濃厚で楽しい。のだが、正直いうと時間の無駄なので、ここから抜けたいなんて思ってしまっている自分もいる。

「__ーい、おーい瀧音!」

「なんだ?」

「なんだ?じゃなくてなぁ。ぼうっとしてたぞ?」

「瀧音はどうだ?」

 清川が俺の目の前で手を振って、俺の意識をサークルの方に戻される。そしてすぐに先輩が俺に疑問を投げつける。先程まで話していたバンドの話だ。

「俺は遠慮します。」

 俺は遠慮した。サークル内でバンドを組もうという話だったのだが、俺が敢えてバンドを掛け持ちする必要はどこにもない。俺が所属するバンドは入ったばかりのバンドだし、そんなすぐに掛け持ちなどしたら失礼きまわりない。俺はそこまで礼儀知らずではないと自分でも自覚している。

「えぇ、瀧音やらねぇの?」

「あぁ。ベース担当は先輩だろう?俺の出番じゃない。」

 清川の純粋な質問に、俺はある意味現実で、本当の理由ではないものを応えとして、返す。

「俺のせいで瀧音は参加しねぇのか?」

 慌ててつけた理由に少しトーンが低めで反応する先輩。俺はやっぱり正直に話すべきだと思い、話すことにした。

「俺、数日前にバンド組み始めた。それを機に引っ越しまでしたし、正直いうと今は色々忙しい。組んでもよかったが、ベースがいるんだったらそこをどかしてまで俺が参加する必要あると思わない。」

 先程の先輩に負けないぐらいの声の低さになってしまった。一応俺は女だし、声帯は高いまま声変わりなどしていない。だからたまに調節が狂うのだが、そのせいで微妙な雰囲気になってしまった。

「んんっあーあー」

 俺はなんとなく咳払いをし、そのあと自然に声を調節した。それ機に話しかけてくる清川。

「瀧音、機嫌悪い?」

「別にそんなんじゃない。声の調子が悪くて今日はやけに低い声になる。」

 機嫌が悪い、というのは事実だが、ここであぁ、と肯定したらいけない気がした。

 俺がそういうと安心したかのように先輩が話す。

「驚いた。俺、何かしたのかと。んー、わかった。瀧音は参加しない、でいいな?」

「はい。」

 気まずい空気が続きすぎて気にならなかったが、唇が乾いていた。目の前にあるマンゴージュースを口に含むことにした。

「ところで瀧音くん、それはなに?」

 今まで一言も話さなかったこの中唯一__いや、唯一といったら嘘になるな__の女性が俺に質問する。

「俺も気になってた。皆が話してると中に急に何始めてるんだよ。」

 先程から時間が無駄だと思った俺は作詞の続きを始めていた。ぼうっとしていたよと言われ、なんだ?……と答えながらそれを出していた。

「瀧音見せろよ。」

 清川が俺の作詞した紙を奪った。

 ……三十秒経っても、一分経っても返事がない。なかなか紙も返ってこないなと考えて清川をみると、清川はその紙を持ってはいなかった。先輩たちに黙って回している。

「黙ってないで、それ返してもらいません?」

 無垢な空気に耐えられなくなって俺は歌詞の返却を求めた。

 すると、一番しっかりしている先輩が声を出した。

「これはもらう。瀧音」

「………はい?」

「だから、これはもらう。これをどうしても返してほしければバンドに入ってもらおうか。キーボードでもできるだろう?」

 作詞しただけの紙__一応コードのメモがとってあるけど__をどうしてそんなに欲しがるのかはわからない。俺にとってはこれは練習であり、未完全作なのだ。それも、もらうと言う先輩の言葉を皆同意してるとなると、いよいよ理解できない。

「だからな、この曲もらうぞってことだ。いいよな?」

「それ、まだ曲ですらないけど……」

 歌詞だけで曲といっていたことに気づく先輩。はっとなっている。

「……それもそうだな。では、完成してからならどうだ?」

 粘る先輩。ほかの視線も気になる。だが、うまくできた曲だったらその曲は……

「それは困る。そのあとにも用があるからな。……でも、これなら__」

 今のところ一番うまくできた曲を抜いて、今まで作った曲が挟まれたファイルを開いた。前に数えたときは十二だったので、たぶん今なら十五はあると思われる。鞄に突っ込まれていた没作品なのだが手を抜いていたわけではない。

「これなら全部いい。」

 没になった=最優秀傑作ではない。だからそのうちゴミ箱行きだったからちょうど良い。

 俺はこれを渡して、左腕につけていたアナログの時計を見た。今は14:00。夕飯の調達とか何もやっていないからそろそろ帰るべきだろうか。

「そろそろ帰ります。お金はおいていくので。」

 野口英世のかかれたお札を三枚だして席を立った。後ろに残る視線が幾つか突き刺さって痛いが、あの雰囲気は俺は苦手だから即ささと逃げ去る。もちろんファイルは置いていく。

 ファイルの中身を見たであろうサークルの人たちが声をあげる頃には俺は外に出ていた。どんな反応をしたか、何となく予想はつく。

「んー、夕飯何にするか」

 一人になったのがよかったのか、気が楽になって伸びをする。伸びをしながら今日の夕飯について考えていた。一昨日鍋を食べ、昨日はしょうが焼き。今日は……何にしようかな、と。今日は何となく魚の気分ではある。

 夏の昼間は騒がしい。都会の煩さと、セミの鳴き声が小玉して耳が少しも休めないな、なんて考える。歩いているとあるものを見つけた。

 これなんだろ……

 デパートに行く途中のコンビニの張り紙。内容はこんなことが書いてあった。

〈バンドライブスタジアム!初心者から親父バンドや、プロまで集まるライブハウス!詳しくは当店内チラシ(無料配布)より〉

 興味を持った俺は中に入って、そのチラシを探した。

 意外と広いこのコンビニから探すのは困難だった。普段通っていたコンビニの一・五倍ほど。それだけも置き方とかで二倍ほど広くできるのかと感心中である。

 しばらく歩いていると見つけた。最後の一枚だから少し躊躇したが、どうしても気になるチラシだからとらないというわけにもいかない。早速見てみる。

 一番に目がついたのは賞金百万の文字。お金がほしいって訳でもないが、ただのライブではないということを暗示する文字。それは目についてもおかしくはない。そこの下には

〈オリジナル曲を発表して都内一のバンドになっちゃおう!もちろん一番のバンドグループには賞金百万に、当社との契約無料!デビュー済みのバンドの皆様には賞金百万に五十万足した百五十万を贈呈!〉

 もちろん俺らはデビューしているわけではないから、企画会社とただで契約できるのは嬉しいことだ。

 どんなやり方なのかはわからないけれど、興味をそそられる。折角だ。チラシを持ち帰ろう。

 俺はコンビニを出て、デパートに向かった。



****



「ただいま戻りました。」

 かちゃりと合鍵で家の鍵を開け、リビングに入ると琉羽がソファーの上で寝ていた。雑誌を読んでいたらしい、顔の上に雑誌が被っている。俺は今手に持っている買い物袋と鞄をその入り口に置いて、毛布を取りに行った。

 琉羽に毛布をかけ終わると、荷物を再び手にとって、台所に移動する。

 冷蔵庫に具材をしまい、夕飯の下準備も進めようと思ったら、台所のシンクが散らかっていた。

 プラスチックの容器とかコップとかがぐしゃぐしゃに入れ混ざる。多分琉羽の昼御飯だったのだろう。帰るつもりだったのに外食で済ましてしまった自分を少し反省しながら片付けた。

 下準備も終わった今、短い針は四の数字を指していた。あれからまだ、二時間半しか経っていないようだ。少し時間もあるので、先程作った歌詞とコードで歌にして見ようかと思い、部屋に戻ろうとすると少し玄関よ辺りが騒がしくなった。

「ただいま」

 悠の声だ。バイト終わったのだろうか、にしては早い。

「龍、帰っていたのか。琉羽は?」

「寝てる」

 俺は琉羽が寝ているソファーの方を指差しながら答えた。そして気になったことを率直に聞いた。

「バイトのわりには早くないか?」

「バイトは休みの日だ。ちょっと魁斗と喫茶店行って作詞したり、音楽の話をしていた。魁斗は友達と出掛けていったから俺一人で帰ってきたってかんじだ。ほら、これが作詞のやつ。……メロディーつけられるか?」

 俺と同じようなことを二人で違うところでやっていたということだった。俺もついていけば時間の無駄にならなかったと少し反省する。

 差し出された歌詞がかかれたルーズリーフを見ると、ささっとかかれた大人の字で文字が書いてある。少しなれなきゃ読みにくい字ではあるものの、大人になったら書いてみたいと思っていた字体で、少し尊敬した。

 行間は離れていて、コードとかメモをするのに適した書き方である。

 見ていて俺は思いだす。先ほどのチラシの「都内一」と書かれた文字を。

「あれといいこれといい__このタイミングで運命か何かか?すぐやろう。」

 苦笑しながら俺はつい、そんなことを口走っていた。まるでチラシのライブに参加しろと言われてる気分だ。

「いや、すぐじゃなくて良いんだぞ?」

 悠はなだめるように俺に小さく声をかけた。

「理由は後で話す、これはすぐじゃないといけない。」

 首をかしげる悠。背が高いということもあって首をかしげるという行為をする悠は純粋にかわいく見える。

 そんな悠を残して、俺は悠が来る前の自分がしようとしていた行動に戻る。

 部屋にはいるとすぐ右にアコースティックギターが二つかかっていて、それの一つを手に取る。この1つは俺のギターで、もう一つは同室のそれだった。

 目の前にあるローテーブルの上に先程もらった作詞の紙を置いて、ギターのチューニングを始めた。俺の本職はベースということだけあって、あまりギター__特にアコースティック__は触らないので音が全音分ぐらいずれていた。全音というのはドとレの差である。音感がある俺は簡単にチューニングを終えた。早速慣らす。

「音はちゃんと鳴るな。」

 確認したので次は歌詞の確認に移る。

 この歌詞を見て俺は正直独特すぎて理解不能だ。意味がわからない。例えばここ、「雲外蒼天、ダーツの矢先はただ一つ」。雲外蒼天とは、曇り空広がるものでも乗り越えたら明るい空がある、みたいな感じのはずだ。なのになぜ、ダーツと関わるのか。

 すべて読んでみたら案外面白かった。物語性もなく、ただ感じることを比喩的にのべている。ダーツはよくわからないけど、たぶん、一直線に進むって言う点での比喩なのだろう。

 何となく口ずさんでみる。これならいい曲ができそうだ。

 一時間ぐらいで何となくしたい形が決まったけど、今までこんな早く出来たことがないから自分でも驚きが隠せない。後はパソコンなどを使ってドラムとか入れてみてデモ音源を完成させる。このままの調子だと後二時間あれば出来るだろうか。

 きりがついたので顔をあげると部屋の外が騒がしくなっていた。琉羽も起きて、魁斗も帰ってきたのだろうか。

 俺もそろそろ食事の準備をしよう。



****



「いただきます」

 食卓に揃った俺らの挨拶。揃うと気持ち良いななんて思いながら箸をとる。

 今日のメニューは洋食だった。魚のムニエル、トマトスープとバターロール。下ごしらえがいったのは魚のムニエル、バターロールは買ってきたものだ。少し買いすぎたかななんても思ったのだが……。

「ちょっと魁斗、それは俺のものだ。勝手にとるな。パンでも食べておけ。」

「パンは後三つしかねぇだろ。琉羽は二つ、龍は一つしか食べてないんだからもう食べたらこいつら痩せこけて死ぬだろ?」

「だからといえども俺のムニエルをとる必要はないだろう?」

 悠のムニエルを取る魁斗。買いすぎじゃなくて、足りないみたいだ。仕方ないので俺が一つ魁斗の皿に渡す。

 しかし、数秒としないうちにすると返ってきた。

「俺は二つでいい。なぜ返す?」

「龍はもっと食べろ。琉羽もな。」

「僕は普通だって。三つ食べたら普通の人なら十分になるって。二人は六個ずつも食べてまだ足りないの?」

「鍛えてりゃいくら食べてもお腹すくんだよ。」

 いつみてもすごい食欲。前日のしょうが焼きのときも驚いたのだが、今日の争いもまたすごい。呆れ返ってしまう。これは儲けなければ……ん、あれ。

「忘れてた」

 食事の用意のことばかりですっかり忘れていた、チラシのことを。儲けなければならないって思うことで思い出した。

「何をだ?」

 声を出した悠を中心に残りの二人も頭にはてなを浮かべている。

「実はな……」

 俺はポケットからチラシを出し、説明した。途中で魁斗にチラシをとられたが、言いたいことはすべてインプットしていたので問題は何もなく説明しきった。

「それでさっき、歌詞をもってすぐにメロディーつけてたのか。」

「あぁ。」

 チラシを持っているのは魁斗で、魁斗は自分の前で食べている琉羽にチラシを見ながら、このベースかっこいいとか、こんな服着てぇな、なんて口々にいっていた。

 俺はその言葉を小耳にはさんで、小さな笑みを浮かべながら言う。

「早とちりなのはわかってはいるが、全員のことが知りたいし、ライブという形で実力も知りたい。たった数日しか……仲間にいない俺がいるが、それでも出たいって思う人はいるか?」

 仲間、の前で少しつまったのには誰も機に止めず賛成の声だけが響いた。

 俺はまだ彼らを信用している訳じゃない。つまり、現時点で「仲間」とは呼べないわけである。しかし、そこで信用することができて、ここで本当の「仲間」になれれば


__俺は昔の「私」に戻れる。


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