07月08日
__太陽がいつも以上に輝る夏の日、俺は歌っていた。
「あいつすげぇな。」
「ベースボーカルのソロか。あれは売れるぞ。」
そんな声が聞こえてくる。俺にとって歌うことだけが俺の楽しみ。誰のために歌うこともなく、誰かに届けるためでもない。なのに俺の歌は人が好評を残していく。なぜだろうか。
ここは俺の住んでいるマンションから少しだけ離れた場所にある都会の中心。人の通りが多いのだが、いろんな人が路上ライブをするスポットとなっていて、ここで路上ライブをするとデビューできるともいわれている。俺がこの路上で歌っている理由は俺を入れてくれるベース募集のバンドを探すためであった。
ここにいるとスカウトはほんとに多い。だが、俺の容姿を見て決めてくる俺の大っ嫌いな女グループとか、モテるために始めたようなちゃらちゃらしてかっこづけているような男グループ、それに明らかに初心者のやつが俺について語ってきたりもして、多い割にいい奴は来ない。かれこれここに来るのも3回目。今日も来ないかと考えながら曲の終盤を迎えていた時だった。
「__この張り紙は……ベース募集バンドへ?」
ピリピリしている三人組だった。声を出したのは一番背が高い金髪の男性。
「うめぇな、このベース。ちょうどいい、いれねぇか。」
「でもさっき抜けるって言ったばかりだよ。戻ってくる可能性とかは考えなくていいの?」
「そんなのいいだろ。この際、ぱっと忘れてぱっといれてやろうぜ?」
言い合いをしているみたいだ。でも、技量とかもそこそこありそうな体つきをしている。
曲を終えて、シールドを巻き始めたとき、一番初めに声を出した長身の少年が声をかけてきた。
「ねぇ君、バンド探してるんだろ?良かったら一緒にやらないか?」
「構わない。」
俺にとって彼らを断る理由も見つからなかった。彼らのところに行けば自分の技量も高まっていく__そんな気がした。
「っ冷てぇなあ。いれてやるんだからもうちょっとましな言い方はできないのかよ。」
「まぁまぁ、落ち着いてよ、魁斗。えっと、はじめまして、僕は八草琉羽。ドラム担当だよ。よろしく。」
「あぁ」
魁斗というやつは機嫌が悪そうである。そんな彼をなだめた琉羽って人が手を差し出してきた。俺は握り返す。
「俺はここのバンドのリーダーを務めている、麻場悠志だ。二人からは悠って呼ばれている。よければ君もそう呼んでくれないか?」
知的な人だ__一瞬でそう思った。金髪の長身っていうぐらいだからちょっと頭が高そうな性格を予想していたのだが、まったくもって違うみたいである。
「悠……よろしく。俺は……」
俺は__さて、どんな名前にするか。偽名を考えるのを忘れていた。とっさにかっこよさそうだけどどこにでもいそうな名前を考え出す。
「俺は……龍。見ての通り、ベース担当だ。」
ふっ、そうか。龍、よろしくな__。彼もまた手を差し出してくる。礼儀もかなっていて、俺の向上も夢ではないかもしれない。
「俺は黒木魁斗だ。リードギターサイドやってる。せっかく入れてやるんだ。期待外れなことするなよ?」
「わかった。」
「さぁって、と。みんなおなかすかない?丁度ラーメン屋があるんだよね、あっちに。どう?行かない?」
一番ちいさいくせして琉羽はムードメーカーみたいだ。このムードに変われることがいいよな。
ここに住み着いたらどこまで上に行けるかな。あいつらを見返せるかな__
****
「っらっしゃーい」
ラーメン屋は開店したばかりなのかすごく内装も外装もきれいだ。しかも少し並んで、やっと中に入ることとなった。俺は椅子を引くとベースを隣に立てて腰を掛けた。
「なぜ、俺を誘った?なんか訳ありなんだろ?」
場の雰囲気が悪くなる。それに気づいてないわけではないが、続ける。
「言い合いしている内容をちょっと聞いていたんだ。俺が……入ってもよかったのか?」
俺はあまり声に出して伝えるのを好まない。それでも、そんな俺がここまでして聞いたのは後悔したくないからだ。また、追い出されたりなんかしたら__
解答をしたのは悠、だった。
「まぁ、聞いてしまったら気になるよな。」
苦笑しながら頭をかく。仕方のないことだと言って話してくれた。
「俺らはな、さっき小さなライブをしてきたんだ。まぁ、金を稼ぐために小さなバーにいってな。そのバーに行ってもあいつだけは来なかった。__あいつっていうのは俺らのバンドのベーシストだったやつだ__」
苦い思い出のように語ってくれた内容はこうだった。
大学のサークルで仲間になった彼らは3年間、ずっとバンド活動をしていた。ただし、ベーシストのある人はいつも女を連れて歩くようなたらし。ほかの三人は頭を悩ませていたそう。そんなある日__といっても今日だが、バーでのライブを断って女と遊びに行くといった。キレた魁斗がおまえ、やる気あるのか?尋ねたところ、そろそろやめるつもりだったんだよねぇーと軽い返事をされ、しまいにはここまで本気で組んでるとは思わなかったんだよ、そういって電話を切ってしまったそうだ。
「ありがと‥‥話してくれて。辛かっただろ?」
「別に終わったことだ。くよくよしねーし気にしねぇよ、な。」
「そうだね、魁斗の言う通り。」
琉羽が魁斗に同意する。続けて悠が声を出す。
「それよりも食べないか?」
四人の目の前には伸びかけてきているまだ湯気のたったラーメンがおかれていた。悠がとってくれた箸を三人は受け取り、鋭い音を慣らして割り箸を割ると挨拶もしないで食べ始めた。挨拶とかしないらしい。
俺にはそれが信じられなかった。
「……いただきます。」
「龍は丁寧なんだな。俺もじゃあ……いただきます。」
なんか雰囲気で、後の二人も続けてやり始めた。三人を見ているとズルズルって音が聞こえてくる。でも、数秒で止まった。
「なんだよ、龍は食べねぇのか?」
「……食べる」
眺めすぎていたせいで俺は手を進めていなかったみたいだ。慌てて動かす。
この人たちと少し会話して思ったことがある。こいつらとは運命というかなんというか縁があって出会った気がする。特に、黒木魁斗、どっかで名前を聞いたことがあって懐かしい感じがするんだ。雑誌とかそういう類で見たわけでもない、なんか故郷が同じような__
考えながらゆっくり食べているとかれこれ二分ぐらいしかたっていないのにこんな声が聞こえた。
「おっさん!塩、おかわり頼む!」
塩を塩ラーメンと認識するのに3秒かかった。そしてその声を発したのが魁斗だということにも。
俺があっけらかんとした顔をしていると隣に座っていた琉羽が俺の顔の前で手を振る。
「おーい、龍?大丈夫?」
「ぁ、あぁ。」
驚きすぎて声がうまく出ない。
「龍は魁斗の食べる速さに驚いてるんだろう。俺らだって初めて見たときは驚いたさ。」
いやいや、量もだよ、そう突っ込みを入れたいぐらいであった。初めて見てこれに驚かないものなんかいるのか……?
「お前、龍さ、もっと食べろよ。お腹すかねぇのか?」
なぜか心配されたが、魁斗が食べすぎなだけではないのか?
「店員さん、俺にも一つください。」
「あいよー。」
え?今の声って__。
「もー、悠もさ、もうちょっとよく噛んで食べたらどう?よくそんなに食べれるよねぇ。ね、龍?……ってまた固まってるよー!大丈夫?」
悠のおかわりを頼む声が聞こえて、俺はまたフリーズした。
「琉羽も龍ももっと食べないと貧血になるぞ?」
もう、こいつらに関わるのはやめておこうかな、って勢いなんだけど、俺のこの心境はどうすればいいんだ?もっとゆっくり食べたいんですけど。
その前に俺の体は女物です__そういってやりたくなった。
****
「ぷはっ、食った食ったぁ!」
「そこそこ金がとんでしまったな。」
「だから二人とも食べすぎなんだって。あの後また替え玉頼む必要あったの?」
そう、あの後二人は替え玉まで頼んでいた。この細身の体はどこから来ているのか。不思議でたまらない。
時は夕暮れ時。人々は賑やかだった。もうすぐ夜に入るというのに彼らはそれを望んでいたかのよう。人間の夜型化というのはこういうもののことを言うのであろう。
「なぁ、龍。俺らのアジトに、行くか?」
夕日を後ろに二カッと笑う魁斗は何やら考えているようだった。
「そうだね。僕たちの住処、入ってもらう?ベッドも空いていたよね?」
俺には家があるが、そろそろ家賃を払う頃だったし悪くはない、そう思った。払うだけ払えばあの賃貸を空き家にすればいい。
それを伝えると、納得してくれるのをわかっているかのように琉羽も魁斗も嬉しそうな笑顔を見せる。20歳はいってそうだが、まだ子どもなのだろう。
悠の許可も下りたので俺はとりあえずついていく。すると、路地裏に入っていった。
もうとっくに日は地平線から消えていて、あたりは真っ暗である。そんな時間に路地裏に入ったところで暗闇なのはわかっている。こんな暗いところでどこが入り口かわかるのであろうか。
「ほら、ここだよ。」
琉羽が指さすは__。
「……ごみ箱?」
緑色のごみ箱だった。周りにおいてあるやつより少し大きく、新しそうであった。
「ごみ箱ってひでぇな。この裏だよ。」
魁斗がそう言いながらその緑の四角いものをどけると階段が出てきた。ペンキの落書きとかが目立つが。
「土地代は?」
どう考えても怪しい。大通りからこの建物を見ると二階からは有名なお店がいくつも入っている。
「実はね、この魁斗、すっげぇ大企業の息子でさぁ、お父さんに行ったらこの地下と、一階を使えって言われたんでしょ?だから地下は音響もいいし、ライブハウスにしちゃって、一階は生活スペースにしたんだ。ね、すごいでしょ?」
「中に入れば龍もさぞ気に入るだろうな。」
琉羽の説明に照れる魁斗と、早く見せたいのか入りなよと背中を押す悠。でも俺はそれどころじゃなかった。大企業の息子__?
実は俺の父親も大企業の社長だったらしい。母親は小さいころに亡くなっているし、離婚した父親を探すにはそこしかない気がする。今度聞いてみよう。
「なんだ、龍。考え事か?ほら、そんなぼーっとしてないで入れよ。他のみんなも君が入るのを待ってるぞ。」
「……わかった。」
しぶしぶ了承するとより暗い場所に入った。もうほとんど何も見えない。するとカチッと音が鳴った。目の前が急に黄色に染まるので俺は目を細める。
「ふっ、驚いたか。ここに電気があるのを覚えておけ。」
後ろを向くと電気をつけたり切ったりするスイッチが。
しかし__。これは一体いくらかけているのだろうか。見渡せばすべて音響の壁。赤やら白やら黒やらですごくオシャレである。それだけではない。俺にとってここは天地、そう呼んでもいいぐらいだ。
ワインレッド色のドラム。ハイハットとかその辺金属類はメタル色なのかと問いたくなるぐらい光っている。上の電気に反射して目が痛いぐらいだ。そしてアンプはというと、野外ライブとかに使われるようなおっきくてすっごく高いやつ、のはず。前に楽器屋さんで見たのであると、100万いっていたような__?
「すっげぇ……」
「だから悠も、龍は気にいるって言ったろ?」
いつの間にか呟いいていたようだ。だが、こんなきれいなライブハウスを使ったことがない俺には呟かないわけにはいかなかった。
「さて、と。ここの場所はみんながお風呂入ったりいろいろ準備してから使おう、ね。まだ龍の寝るところとかも説明してないし。」
本当に琉羽は仕切り屋なんだな。こんなに仕切ることができるのは羨ましいし、もう今の俺には無理であろう。昔は仕切っていた気もするが……。
引きつられてやってきた部屋はモダン風の広い部屋。右を見ればキッチンにテレビ。窓から指す日光は窓ガラスの色によってアンティークな光となってリビングを照らす。前を向けば部屋への扉が三つある。一つ大きな両方に開く扉があって、それを挟むかのように小さな扉が設置してあるようだ。
そして__。左はというと水回りが偏っておいてあるようで、シルクづくりの床が並ぶ。
「龍、龍ってさ、料理とかってできたりする?」
琉羽からの急な質問に俺ははてなを浮かべる。琉羽が言うにはこういうことらしい。
「誰も料理ができなくてさ、まだあのキッチンで作った料理は食べたことがないんだよねー。」
琉羽は自分で言いながら苦笑する。そういうことなら仕方がない。
「……俺が作る。」
すると、みんな口をそろえてほんとか?!と俺の肩に手を乗せる。
「自分の料理が出てこないのが嫌だから、そのついでに作るだけだ。」
「ほ、ほんとに龍、作ってくれるのか?」
「やっとコンビニ食卒業だな。」
まさかとは思ったがずっとコンビニのご飯食べていたのか……。あり得ない。あんなにおいしくないものを食べていたのか、こいつらは。
「龍、龍はね、悠と同じ部屋になるんだけどいいよね?」
「……あぁ。」
リーダーか、悪くはない。それに隠していたわけではないが女であることを言ったとき、一番慌てなさそうである。
魁斗が早くお風呂に入りたいというので、琉羽と魁斗を先にお風呂に入らせ、俺らはベッドメイキングに移った。
「悠、話がある。」
そういうと頭を俺の方に向けて、喋り出した。
「なんだ?男装してる理由でも教えてくれるのか?」
「えっ‥‥」
俺が男装していることを知っている?いや、男といった覚えがないし、わかってくれるのはありがたいが、初めて俺を女として見ているやつを見つけた。
「女独特の動きが少ないお前は、俺も迷ったんだが、のどを見てみろ。男ほど喉仏がないだろ?」
手で触れてみて気づく。確かにいわれてみればそうだ。男と女の体つきはほとんど違うんだから隠し切れないのはあたりまえである。それも喉なんて、隠すには難しすぎる。冬でもない限り。
「で、理由教えてはくれないか?生憎、女が嫌いでね。」
きっと悠にもなにかあったのだろう。俺はすぐに返答した。
「俺も女が嫌いだ。それで、女の格好をしている自分が恥ずかしくなった。だから俺はこんな格好をしている。別に隠していたわけじゃないし、今から言うつもりだった。」
するとふっと笑って悠は俺の肩に手を置いた。
「じゃあ、俺や琉羽の顔狙いとか、魁斗の遺産狙いとかじゃないんだな。」
「あぁ。」
笑いあった後、悠は次の難題を口にする。
「部屋、とかは俺と一緒でいいのか?女の体って‥‥その、着替えとか‥‥」
俺は一瞬フリーズした。ちゃんと自分のことを男としても女としても見てくれるようだ。そんなふうに見てくれると思ったらなぜか笑えてきた。
「龍、なぜ笑う……」
少し照れながら悠は俺に問う。俺は答えなかった。そのかわり、というのもなんなんだが、悠に向かって優しく微笑んだ。理解してくれてありがとう。という気持ちを込めて__。
「名前は?名前はなんていうんだ?」
本名のことであろうか。知ってなんになるのであろう……。だが言わない理由もないからな。正直に言う。
「華恋、瀧音華恋。苗字は母親のもので父親のものは知らない。」
「そうか。龍の家系も複雑なんだな。俺のところも母子家庭だ。お袋は、今、田舎で弟と暮らしていると聞いた。」
悠には三つ下の妹と、十個下の弟がいて、妹はネイルサロン店で働くため、上京し、弟はまだ高校生のため実家にいるそうだ。
俺には実は兄がいた。3歳ごろ、遊んだ覚えがある。声変わりのしていない、甲高い声で、よく遊んでくれていた。顔も名前も全くというほど浮かんでこないのだが、けがした時にはおぶってくれたり、いじめられた時には守ってくれた。だが、記憶にはそのころのしかのこってない。ちょうどそのころ離婚したからであろう。
すると部屋の外がガタガタとし始めた。
「おぉーい、悠と龍、風呂いいぞ?」
魁斗と琉羽がお風呂から出てきたようだ。俺らは顔を見合わす。
「龍、お前、先入りな。」
「先、いいのか?」
「あぁ。俺も今まで一人で入っていたし、あいつらが二人一気に入っているだけだ。構わない。」
そうか__。そういって俺は着替えをもって風呂場へ向かった。
「あれ?龍、悠と入らないのー?」
「一人ずつという話になった。」
「そっかぁ。」
つまらなさそうに言う琉羽。その姿を後にして俺はお風呂場に向かった。
お風呂場に入ると白いシルク、洗濯機、そしてトイレが全て光っている。棚が三段あって、一番下が一番広いスペースになっている。そこには籠があって洗濯干しやハンガーが入ってる。一番上は蓋つきの箱がおいてあって、洗剤とかが入っていた。真ん中は空いている。俺はそこに部屋から持ってきた着替えを入れた籠を置いておいた。
バスタオルを敷物の上においてスライド式のドアを開けると中は中ですごく整頓されていた。俺は足を進める。
人浴びした俺の姿を目の前の鏡で見ると女としか言いようがなかった。この姿はすごくうっとうしく思う。いつもはさらしで押さえつけている胸回り。丸みを帯びた腰。男性よりもつかない筋肉。見ているだけでイラついてしまう。
湯船につかる。そして俺は今日の考えを整理し始めた。
まず、ベースが抜けた『FLOWER DRAGONS』の新しいベーシストとして俺は所属することになった。まずそこで思ったのは、FLOWERは華、DRAGONSは龍、俺の本名と活動するのにつけた名前が入っていて、まったくもって、まぐれとは思えなかった。
リーダーの悠こと、麻場悠志は冷静でみんなのことをよく考えている人だと分かった。俺が女だというとき、自分が嫌いってだけではなく、魁斗の遺産や、琉羽の容姿狙いじゃないか、ちゃんといっていたから。何があったかは分からないが、彼らを思っていることはすごく伝わった。
魁斗こと、黒木魁斗はリードギターパートを担当するロックを愛した青年、ってイメージ。言葉遣いは少しばかり乱暴な気もするが、そんな喋り方があえて雰囲気を出している。お金持ちらしい。そして、なぜか懐かしいにおいがする。
琉羽は漢字を教えてもらったときは驚いた。「るうは」そう聞いたとき、漢字が思いつかなかった。琉羽って教えてもらったときは、確かに「羽」は「う」とも「は」とも読むが、両方とは思いもつかなかった。そして、バンド内のムードメーカーであることがわかった。小さいくせに仕切り屋で、すごく頼りがいのあるやつだ、たぶん。
一人ずつ考えていると声がした。悠の声だ。
「龍、案外長いな。のぼせて気絶とかしてないか?」
「考え事していた。すぐに出る。」
返答するとお風呂から上がった。そしてスピードを上げて体を拭き、さらしを巻いて下のズボンをはくと悠に声をかけた。
「悠、入ってもいいぞ。」
声をかけた通りに悠が扉を開けたのだが、直ちに閉められてしまった。俺は髪を乾かしながら尋ねた。
「なぜ戻る。入れよ。」
俺が指摘すると、悠はしばらく戸惑って入ってきた。
「龍、お前な。お前が女であることは黙ってやるから、もう少し自覚しろ。……俺らは男なんだぞ?」
「今、入れているだろ?それに別に隠しているつもりはない。」
「あのなぁ‥‥」
呆れた顔をする悠。構わず、髪を乾かし始めた。
俺も女であることは極力理解しているつもりだ。さらしを巻いて、長ズボンのジャージをはいているんだから隠すところは隠しているし、それに芸能人とかモデルはこんな格好をよくするはずだ。それでも無理なのか。やはり男も理解不能のようだ。
「はぁ、龍。」
ため息をつきながら悠は俺の名前を呼んだ。
「なんだ?」
「あいつら二人はお前が女だとわかると絶対焦るし、信用も失うだろう。なんせ知り合ったばかりだ。だから当分は女であることは俺らだけの秘密にする。いいな?くれぐれもバレるような行動はするな」
二人にはばらしたくないようだ。確かに信用を失えばまた、このバンドは崩壊へと導かれていくだろう。俺は、一応了解した。
でも、そうすればそうするほど、ダメな気がする。ずっと隠すことになるとすれば、時間が経ったとき、なぜ教えなかったのかと、喧嘩になるのではないか、ということを悠に伝えた。
「それはそうだが……。だが、今言ったところで同じだろう。」
「それは違う。今言えば、悠への被害が少なくなる。違うか?」
「龍、俺は気づいたのに、言わなかった。それだけで同罪だ。……そろそろ脱ぎたいんだが、出てってくれないか……」
「あぁ、続きは後にする。」
そう言われたので、黄色のタオルを首にかけてその部屋を出ていった。
今俺がしている格好は単純な、白のタンクトップに、下は黒が基調の、白のラインの入った長いジャージである。白黒のゴシック調が好きなので、自然とそうなってしまったのだが。
「あ、やっと龍、でてきたね。よかったら、スピードしようよ。……絶対勝つんだから……」
「琉羽、負けたからって龍に勝負かけるのはおかしいだろ。……まあ、確かに弱そうだがな。」
この会話を聞くに、琉羽は魁斗にスピードで負け、悔しいから、弱そうな俺に声をかけた、と。そう解釈すればいいよな。
「はぁ……」
「何ため息ついてるんだよ。」
いつの間にかため息をついていたみたいだ。まぁ、それも仕方ないことだ。俺は、全国ネットワークスピード勝負、優勝者であるから。確かに、ネットとリアルでは違うが、考えることは一緒である。
「後悔しても知らないからな。」
俺は琉羽に向かってそういった。
「うん。あ、魁斗、見といてね、審判役だよ。」
「あぁ。……くくっ、琉羽、今度こそ勝てるといいな。」
「ば、馬鹿にしないでよね。まだ3回負けただけだし、僕だってやればできるから。」
ふん、ってそっぽむく琉羽と、できるのか、と嘲笑する魁斗。さて、俺と試合した後はなんて顔をするだろうか。
魁斗は笑いをこらえながら各カードを配る。
場所はリビング。机は、湿気を帯びていない。大丈夫だ。俺の本気を見せてやろう。
……53秒後、スピードという名の試合は終わった。
それと同時に後ろからお風呂場の扉が終わった。
「琉羽、魁斗、お前らどんな顔してるか自覚しているのか?」
おかしいものを見たかのように苦笑する悠だが、二人は全く動かない。俺はその場のトランプを片付けた。最後の一枚を箱にしまったところで、二人は動き出した。
「僕、もうスピードってゲーム、しない。」
「そんなゲームあったか?」
「あれ?そういえば、どんなゲームだったっけ?」
二人は、わざとなのかわざとじゃないのか知らないがぼけている。
「ボケてないで、バンドスペースで何か一曲やろうって話じゃなかったのか。」
あぁっ!と琉羽が声を張り上げる。そして立ち上がる。
「そうだったね、忘れてた!!龍、楽器持って、さっきの部屋にきて!」
琉羽がそういうのに俺は少し笑った。なんか、すごく可笑しい。
そんな俺を見て、三人がほほ笑む。当たり前な気がするのに、それすら不自然に思えた。
俺らは、各自の部屋に行って楽器をとってくるとすぐさま、あの、神秘の部屋に向かった。
「おい、龍。お前何が弾けるんだ?」
「基本、楽譜を一回見たら……」
「えぇ!一回見るだけでできるの!?すごいね、龍。そうだ、俺らが初めて作った曲やらない?」
「じゃあ、俺が楽譜をとってくる。」
悠は即座に楽器を置き、楽譜をとりに行った。その待ち時間、俺らはチューニングをする。
悠はすぐに帰ってきた。楽譜を受け取ると、すぐに初見に入る。
「わかった、始めて構わない。」
ドラムのソロから始まる、少し変わった曲だ。そして次に入るのは俺のベース。ぼんぼんと地下に響く。曲調は好きだが、何かが引っかかる。何だろうか。
曲が終盤にきて、やっとなぜかわかった。しかし、考えすぎていたせいで、俺の右手は止まっていた。
曲自体もストップする。
「龍、やっぱり一回ではきつかったか?」
「いや、違う。すまない。さっきのサビの一小節前から始めよう。」
今気づいたことはあとで言おう。そう決めた。
最後の響きが完全にこの空間から消えるまで、誰も口を開かなかった。そして、終わってからも。みんな何を話せばいいのかわからなくなっているのだ。
俺が口を開こうとすると、悠と琉羽、そして魁斗の三人が一斉に声を出す。龍!と。
「なんだ。ひとりずつにしろ。」
「じゃ、俺からな!お前、ほんとにすげぇやつだな!龍が仲間になるのが、ほんと光栄だぜ。」
わざわざ、隣にきて、肩を組む。嬉しくないわけではないが、さすがに照れる。
「ほんと、僕もそう言おうと思ってた!龍って、すごい人だったんだね!」
スピードの件も含めていっているようだ。ほんの少しだが、苦笑いが見える。
最後は、悠か。そう思って悠の方を見たが、何やら考え事をしているようだ。しかし、決意をしたかのように、すぐに顔を上げた。
「これを作ったのは、俺と、元ベースのやつだ。何か不具合があったみたいだが、教えてはくれないか?」
「不具合?もしかして、龍、僕らの曲に何か不満があったの?」
少ししょげた口調で言う琉羽。
「遠慮なく言うが、いいか?」
「あぁ。」
すぐさま返事をする悠。それを聞いて、俺は再び口を開いた。
「このサビの歌詞、発音が難しいだろ。悠の喉が無理している。メロディーをここだけ下げて、この音は上げる。すると、『すべての物事に』に入りやすくなるはずだ。1フレーズ、歌ってみるならばこうだろうな。『全身全霊に尽くすすべての物事に、新しい芽が咲き誇るとき~』これなら歌いやすいだろ?だから、それに並行して、ギターとベースの音も少しいじる。これでどうだ。」
一息に言ったと思ったら、次は歌いだし、そしてまた説明しだす俺に、唖然とする三人。「急に失礼なことを言って悪かった。だが、これ以上歌うと、声、出なくなるぞ。」
そして、次の沈着の中、声を出したのは悠だった。
「謝るな、龍。逆に感謝したい。」
「ったく、あいつは、リーダーの喉のことも考えずにメロディーを書きやがって。悠の歌詞がダメになっていたということだろ?」
「そう、なるね。そっかぁ、悠も歌いにくかったなら、言えばよかったのに。」
リーダーである悠を思いやるみんな。ほんとに仲間思いなのだと思い知らされた。
「あっ!」
急に、あっ、と言い出す琉羽に、俺ら3人は驚く。あまりに急であったからだ。
「な、なんだよ、琉羽。脅かすな。」
「ごめんごめん。えっとさ、龍、任せてばっかりなんだけど、曲書くの、龍がすればいいと思う。作詞は今まで通り、悠でさ。」
急に何を言い出すかと思えば、作曲の話だった。琉羽は続ける。
「別にね、僕でも魁斗でも書けるっちゃかけるんだけど……気を使って書くってテクニックは使えないんだよねー……」
苦笑して琉羽はそういうが、俺にはそういう問題ではない気がする。
「先に作ればいいじゃないか。俺が編曲すればいいだけで。」
「ま、まぁ、そうなんだけどさ……」
言葉が続かない琉羽に代わって、魁斗が声を出す。
「琉羽が言いたいのはこうだろ?今の説明には、すごく筋が通ってたし、説得力があった。それと何より、俺らは、お前の曲が歌いたい。ダメか?」
そういうことか。なるほどな。仕方ない。料理の件に引き続くが、引き受けよう。
俺は、また、了解した。






