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リサと現実

 早まってはいけない。

 チャーミンがパフェを食べ終わるのを待って、私は喫茶店を出た。


「次はどこへ行くのだ、リサ!」

「家に帰る」

「もう帰るのか!? まだこんなに明るいぞ!?」


 黙れ。遊びに来たんじゃない。

 暑いとイライラしちゃうね!

 そのままスーパーに向かった。

 自動ドアを入ると、一気に涼しくなる。


「なんだここは!? あっ、果物の山がある!」


 チャーミンがはしゃぐのは予想通りなので略、今晩からの食料を買っておかなければならない。

 私はカートを押し、適当な野菜をカゴに入れていった。その他、食パン、牛乳。卵は安い日に買う。馬鹿が煩いので、カットメロンも買わされた。バナナはいいのか?バナーナ国王子。


「リサ! これはなんだ!?」


 チャーミンが売り場に張り付いて騒ぐ。


「騒ぐな。それ魚」

「魚!? 尾びれがないぞ!」

「切り身だからね」


 無いのは尾びれだけじゃない。なにもない。

 昨日は肉を食べたから、今日は魚。サバは割と好物だ。

 それで私は今回、一体何パック切り身を買わなきゃいけないんだろう?

 いつもなら、自分の夕飯分と翌日の朝かお弁当に回す感じで二切れ一パックを買う。

 今は自分とチャーミンの二人前で二切れ。


「…………」

「……どうしたリサ、明日の希望が何もないというような顔をしているぞ」

「その通りすぎて」

「えぇっ!?」


 改めて現状が意味不明すぎて絶望してきた。

 わけわからん。とにかく家帰ろ。

 気も虚ろに会計を済まし、荷物は全てチャーミンに持たせた。


「重い……! リサ、僕はフランソワより重たいものは持ったことがないのだ……!」

「筋トレできてよかったね」


 ちなみにフランソワもチャーミンに持たせている。

 普段の買い物にまでぬいぐるみ持って出歩くとか、さすがに痛い。



 ・・・


 帰宅後、チャーミンにバニラバーをしまわせた。冷蔵庫は長く開けるなと付け加える。

 素麺をゆでて食べさせた後、私はフランソワと密会することにした。

 チャーミンの前では、このぬいぐるみは会話したがらない。


「リサ、フランソワとどこへ行くのだ!?」

「私の部屋。ぬいぐるみを紹介してくる」

「それは良い考えだ! 行ってらっしゃい!」


 ちょろすぎる。

 階段を上がりながらフランソワに聞いてみる。


「あんたの国では、もしかしてぬいぐるみ全員に意志があるの」

(ない)

「だよな」


 ぬいぐるみに新参のぬいぐるみを紹介する常識はない。

 チャーミンが特別に変なだけらしい。驚かない。


 ドアを閉めて扇風機を回しベッドに腰を下ろす。

 フランソワは棚の空いた所に座った。微笑みぬいぐるみ集団の中で、無表情の赤いウサギはかなりまともに見える。


「チャーミンに居座られたら困るの」


 単刀直入に言ってみる。


「あいつとあんたは、本当に帰れないの?」

「…………」

「フランソワも、お城の物置きのピンクのドアからこっちに来たの?」


 ふるふる


 フランソワが首を振り、私は固唾を呑んだ。


(フランソワは、魔法で縛られている)


 何。


「詳しく」

(チャーミング王子が生まれた時、お縫い子がフランソワを作った。フランソワの体はチャーミング王子の産着でできている。中には王子の睫毛が一本入ってる。お城の魔法使いが魔法をかけた。フランソワは考えたり動いたりできるようになった。でもチャーミング王子の言うことを聞かないとだんだん魔法が解けていく)


 フランソワは身の上話には饒舌だった。

 フランソワの命の源である魔法の力は、チャーミンの手助けをすることが存続条件になっているらしい。

 魔法。

 魔法かー。


(フランソワはいつもの椅子に座っていた。チャーミング王子がお部屋に帰ってこなかった。フランソワがずっと座っていたら、チャーミング王子がフランソワを呼んだ。魔法の通路が開いてフランソワはこの下の部屋にやってきた)

「ふーん」


 よくわからん。

 フランソワが意図せずこっちに来てしまったことはわかった。


「その魔法の通路で帰れないの」

(チャーミング王子がフランソワを呼んだら、フランソワはチャーミング王子のちかくに現れる。フランソワ以外を呼んだら誰も現れない。チャーミング王子じゃない人がフランソワを呼んでも誰も現れない)

「誰かチャーミンを呼んだらチャーミンが近くに現れる人はいないの」

(いない)

「いろし」


 どのみち私には全くありがたくない情報だった。

 「魔法の通路」は限定的なもののようだ。

 どうしよう困る。


「帰り方一緒に考えて」


 赤いぬいぐるみはコクリと頷いた。


(条件がある)

「何」

(フランソワは、王子の話に相槌打つのがとても面倒。話ができること言わないで)

「いいよ」


 気持ちわかる。言わない。そのつもりだったし。

 知ったらチャーミンは24時間体勢で話しかけるだろう。

 交換条件を呑んで、密会はお開きになった。



 ・・・



 住所不定無職。

 迷子。引き取り手なし。

 困る。

 うちを住所とされても困る。


 翌日は日曜日。

 かつてこんなに憂鬱な気分で迎える日曜があっただろうか以下略。

 昨日のようにチャーミンに無難な格好をさせて家から連れ出す。


「『のっぴきならない生活状況で今すぐ働ける職場を探しています。お願いしますなんでもやります雇ってください』はい繰り返す」

「いっぴきのこらず生活少々で今すぐはらたける宿場を探しています! お願いしますなんでもあります悟ってください!」

「よし、行け!」


 何もよくなかったが、チャーミンを店舗のドアへ押してやる。

 私はあそこで待つと言って、対面の蔦だらけの喫茶店に向かった。

 しばらく後、コンビニ、アイス屋、古着屋の順で回ったチャーミンが喫茶店に戻ってきた。


「どうでした」

「今回はいいですと言われたぞ! 僕は良かったのか!?」


 チャーミンがハキハキ答える。

 goodじゃなくてno thank youだね。


「りれきしょというものがないと無理だと言われた!」

「履歴書」


 まあ、無謀だとは思っていた。

 書くにしても。その前にこいつ日本語書けるのかな?


 しかしー全滅かー絶望ー。

 唯一、サーファーみたいな古着屋のオッサンだけがなぜか同行してきていた。


「……えっ。家の人って、もしかしてキミ? 学生じゃん!」


 オッサンはチャーミンのツレが私と知り落胆したようだ。


「私とこいつは赤の他人です」

「惜しいんだよなぁ……絶対、彼イケてる格好させたらウチの看板になると思うんだ。でも話聞いても何が何だかサッパリわからないし……」


 古着屋のオッサンは、チャーミンの希少な取り柄である見てくれを随分買ってくれているらしい。

 それを補って有り余る問題点が全てぶち壊したらしい。

 オッサンはチェーン店の雇われ店長だから、雇いたいけど一存では難しいらしい。


「これは馬鹿だけど悪人じゃないです(多分)。わけあって我が家に居候してますが親戚でもなんでもない他人です。市役所に相談したんですが取り合ってもらえませんでした。出て行って自分で生活してもらわないと困るので、アルバイト先を探すようアドバイスしました。雇ってやってください」

「ハァーサッパリ事情がわからない! でも彼ファンが付くと思うんだよなー、惜しいなー! ねぇキミ今の話本当なの? 本当にこの彼の保護者とか知らないの? 日本語ペラペラだし、日本国籍だよね?」


 知らない。

 喫茶店のマスターが、私がおかわりで頼んだアイスレモンティーを持ってきた。

 テーブルにまず紙のコースターを置き、その上に少しくびれた脚付きのグラスが置かれる。

 袋に入った黒いストローと、ガムシロップの入った銀のピッチャーが並べられる。

 そして、マスターはボソッとチャーミンに言った。


「彼。うちで働かない?」



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