リサと炎天下の街
週末だ。
かつて、これほど絶望的な気分で土曜の朝を迎えたことがあっただろうか、いやない。
「見てみろフランソワ、パンがこんがりと焼けていくぞ! まるで魔法のようだ!」
チャーミンはオーブントースターの前で騒がしい。
昨日も見たしもうよくない?
フランソワは総スルーで座ってるよ?
なんで赤の他人に朝飯出してるんだろう私。
・・・
「出かけます」
「わかった! 行ってらっしゃい!」
「あんたも行くの」
「行っていいのか!?」
出かける準備をして頷くとチャーミンが目を丸くする。
学校に行くときは帰れって言って出てきたから驚いたっぽい。
ケンタロちゃんの散歩の時は記憶ない。
ついて来てたっちゃーついて来てたっけ?
「よし、行くぞ!! 僕も学校という所へ行ってみたいと思っていたのだ!」
「学校には行かない」
「エーッ!? ではどこに行くのだ!? 犬の散歩か!?」
「違う」
説明するのが面倒くさい。
今後のことを考えると何もかもめんどい。
でも今日はこいつを連れて出かけないといけない。
「あんたもっとマシな服ないの」
「これは僕の普段着だぞ! 着心地もよくおしゃれだ!」
「超暑そうだけどね」
お洒落かどうかはノーコメント、私はこの格好の人間が街を歩いていたら確実に避ける。横を歩くなんて以ての外。
「とりあえずジャケットは無し。これ貸してあげるから着替えて」
お父さんのTシャツを適当に渡す。
「いいのか!? なんだか、袖が短くて薄くて下着のようだぞ!?」
「つべこべ言わない」
「そうか……フランソワ、手伝ってくれ!」
(やだよぉ……めんどいよぉ……)
わかるぅ。
「……リサ! 着替えたぞ!」
「お似合いですよ」
チャーミンは満面の笑みで脱衣所から戻ってきた。
ポンコツなのに自信の塊だ。
筆書きで「我が釣り人生に悔いなし!」って書いてあるけどフリルシャツよりはいいよね。
・・・
チャーミンを引き連れて街に出る。
フランソワはチャーミンに持たせた。
自立歩行や浮遊をされては困る。
「……申し訳ございませんが、どなたか保護者の方と一緒に、もう一度お越しくださいね」
スタッフ制服っぽいポロシャツを着た受付のおばちゃんが苦笑いと共に言い渡す。
この暑い中、相談窓口的な所へ出向いたというのに収穫はなかった。
マイナスだ。
汗をかいた分むしろマイナスだ。
この金髪が突然我が家に現れて超困ってますーとか相談した所で困惑されるのは当然である。
恥を忍んで助けを求めたのにこの仕打ち。
世間の荒波は容赦がない。
「リサ、保護者とはなんだ? 僕かリサかフランソワではダメなのか?」
市役所を出ながら諸悪の根源、チャーミンが王子スマイルで尋ねてくる。
ダメにきまってるし、誰が誰の保護者だし。
「私の保護者は私の両親。今外国にいるから帰ってこれない」
「なるほど! では僕の保護者はパパ上とママ上ということだな!」
「そういうこと」
「なぜ保護者が必要なのだ!?」
「子供じゃ話になんないからでしょ」
「でも僕は王子だ!」
「こっちじゃ、あんたのこともあんたの国もあんたの両親のことも誰も知らないから意味ないよ」
「誰も……?」
自動ドアを出る。
グレーの舗装の反射日光が目を焼く。
家帰るのもダルいわー。
「…………」
ん?
いきなり静かだなチャーミン。
バテたの?
チャーミンは、むっちゃどんよりとため息を吐き出した。
「僕もリサも、保護者が違う国にいるのだな……」
「落ち込まないでよ面倒くさい」
「さみしくなってきた……」
「めんどいなフランソワいるじゃん」
「うん」
馬鹿の取り柄は、無駄に馬鹿明るい点だ。
しょんぼりするな、見よこの炎天下。
太陽のぎらつき方ヤバい。
暗くなる要素がない。
なのに俯いて黙りこむ馬鹿王子。
めんどい。
「チャーミン」
「……なんだ?」
「アイスおごってあげる」
「アイスとはなんだ……?」
「あんたの好きなバニラバーの親戚だよ」
・・・
近所のだいぶレトロなこの喫茶店はいつもガラガラで常連客しか来ない。
外壁はほぼアイビーでうめつくされ、窓にもかなり侵食してきて店内は暗いが、店主は面倒くさがって放置している。
私が入る店はここくらいだ。
「美味しい!!」
チャーミンは窓際の席で、アイスと生クリームたっぷりのチョコバナナパフェを泣きながら貪った。
よかったよかった。
店主が自分で撮影したらしい、手作り感丸出しなメニュー写真を見せたら、案の定これに決まった。
幼児はアイスをでかければでかいほど良いと感じるらしい。
「あんたはなんかいるの」
(コーヒー)
「意外に渋い」
ロックでパンキッシュなぬいぐるみは、前に置かれたコーヒーの湯気を浴びていた。よくわからん。問題なさそうだから放置。
私はメロンクリームソーダを頼んだ。
およそ食べ物とは思えない毒々しい緑。
白いバニラアイス。染色された紅いチェリー。
チャーミンが物欲しそうな目で見てくる。
「今度な」
「……それはどんな味がするのだ?」
「今度な」
「この、このパフェと少しだけ交換しないか……!?」
「今度な」
私は2.0の視力を活かして窓の外を見ていた。
アイビーの隙間から、街はかげろうで白昼夢のように揺れている。
「リサ、何を見ているのだ?」
「あんたって何歳」
「18歳だ!」
「マジか」
年上。
あんまりアレだから、見た目だけ老けた小学生説を捨てきれていなかった。
「あんた服屋と雑貨屋とアイス屋どれがいい?」
「アイス屋!」
「だよな」
向かいの通りの向こうには、古着屋とコンビニとアイスクリーム専門店が軒を連ねている。
私はその入口に貼られている、「アルバイト募集」の張り紙を注視していた。