リサと恋人の噂
次の日学校に行ったら、私は彼氏持ちになっていた。
なにそれ初耳。
「ハーフっぽいイケメンと歩いてたらしいじゃん。一緒に喫茶店入ったの見たって噂が!」
「えっ……ウチはお母さんから『スーパーで買い物してた』って聞いたけど。金髪っていうから、最初はまさか遂に憧がって思ったのー、でも遥菜が違うっていうからさぁ」
遥菜と奈月が席の前に来て勝手に盛り上がる。
遥菜は茶髪で少しギャル風の、高校からの友達。
奈月はのんびり話す、小学校からずっと付き合いがある子。
「で、実のところどうなの? いつ知り合ったの?」
「迷子。やむを得ず案内したりしたけど赤の他人」
「えー! なにそれつまらん!」
つまらんと言われても。
「なんだぁ。リサの彼氏じゃないのかー……」
「迷子ってその辺で迷ってたってこと? よく案内したねーこのめんどくさがりのリサが。連絡先交換した? 運命の相手かもよ!」
野次馬ほど面白いことはない。遥菜の目が言っている。
実態は夜に泣き出しぬいぐるみを喜んで借りて行く年上男だよ。運命でたまるか。
「はよー」
憧が教室に入ってきた。
「おお、憧……って、うおーマジだったのか!」
「金髪やめたの!?」
入り口近くで声をかけられている。
憧の髪の毛は黒に戻っていた。
「そうか……お前、遂に諦めたのか……」
「まあ元気だせよ。次があるさ」
「ちげーから!」
何か柾たちにからかわれて怒っている。
・・・
「有坂先輩」
昼休みにパンを買いに行く途中、一年生の女子に呼び止められた。
何?
小柄で割とはっきりした顔の、目立ちそうな子だ。
一年女子はキッと私を睨んで言った。
「先輩ってカレシいたんですね。最近できたんですか?」
「違うけど」
えー。またその話?
「知ってます! 雛倉先輩とは別の人ですよね。私、ちゃんとこの目で見たんです! 土曜も日曜も、一緒にカフェに行ってたの見ましたから! カレシがいるなら、文句言わないですよね?」
「だから違うけど」
「私、雛倉先輩に告白しますから」
一年女子はそう言ってスタスタ去っていった。
いや、だから違うんだけど。
私がチャーミンと腕でも組んで歩いてたなら噂もわかる。でもそうじゃない。めんどくさ。
ジャムサンドとチキンサラダを買って教室に戻った。
・・・
学校が終わり、家に帰る。
今朝私は、エアコンを切ること、戸締まりすることをフランソワと、一応チャーミンにも言い聞かせた。合鍵はフランソワに渡した。ぬいぐるみの方が断然信用度が高い。
鍵は閉まっていた。
リビングのエアコンもちゃんと切れていた。暑い。つけよ。
着替えてバニラバーを取り出し、ソファに座る。
「…………」
久しぶりに静かだ。これだよ。これが正常。
でもなんとなく落ち着かない。
今チャーミンは喫茶店にいるはず。奇跡が起こって帰ったんじゃなければ。本当はそれがいいけど、あんまり期待すると後でがっかりするから期待はしすぎない。
バイトの初日って多分説明みたいなのがメインだよね。
数字も読めないけど、初日でクビになってないかな?
まだ帰って来てないなら、大丈夫ってこと?
わからない。
ちょっと見に行くべきか。
・・・
二階まで壁一面蔦だらけの喫茶店の側へ来た。
辛うじて蔦を逃れている看板には「アイビー」。まんま。
こっそり窓を窺う。蔦のせいであんまり見えない。中から黄色い照明光が漏れているのだけがわかる。
チラッと赤いチェックと水玉の模様が見えた。
フランソワがいるならチャーミンもいるだろう。
クビになって叩き出され、その辺を徘徊しているわけではなさそうだ。
よかった! 帰ろ!
ケンタロちゃんの散歩にいかなきゃ!
・・・
「……まあ俺も? そうやって、たまにはコクられたりするけど? ま、付き合うとかってメンドクセーじゃん? 何となくOKする奴とか結構いるけどよー……俺はなんつーか、その……まじで好きな女じゃねーと、い、意味ねーっていうか」
ケンタロちゃん♡
「……ってことだから、その辺はリサは気にしなくていいっつーか? こうやって夕方散歩行くのとかも、今まで通りで問題ねーから。な、リサ。……リサ。聞いてる?」
「何?」
ケンタロちゃんの散歩中、憧が話しかけてきた。
「いや話かけてきたっつーか、俺さっきからかなり長いこと話してるじゃん」
「ごめん、なんだっけ」
どうもケンタロちゃんのしっぽがフリフリしているのを見ていると、記憶が占拠される。
「だから……俺コクられたけど……リサは、今後もフツーにケンタロの散歩来たいだろ?」
「うん」
「だよな? だよな?」
頷いた私に、憧が倍の回数頷く。
で、何の話だっけ。
憧がコクられた?
「コクられたって告白されたってこと? 一年女子?」
「……おー、それ。なんでお前知ってんの?」
「おめでとう、遂に彼女が」
「だから断ったってゆってんじゃん! リサ本気でいつも話聞いてない!」
すまん。
「そっかー断ったんだー好みじゃなかったらしょうがないよね」
「いや、理由まだ言ってねーし」
「年上じゃないと付き合えないかー」
「いやゆってねーし! 違うから聞けよ!」
「何」
「ほら……だから、俺に下手に彼女とかできたら? その……ケンタロの散歩行けねーだろ」
「なんで? 憧飼い主じゃん」
「いやだから俺じゃなくて! リサが、付いてこれねーだろ! どうせギャーギャー言われんだよ、外野に! 彼女いんのにべ、別の女と毎日散歩行くとか」
なるほど!
我が身を振り返って意味がわかった。
ぽっと出の赤の他人と2日出歩いてただけで、変に勘ぐられる世の中だ。あの一年女子なら気が強そうだし、文句言われたり面倒くさいことになりやすそう。
確かにそれは勘弁。絶対めんどい。
でもケンタロちゃんとの時間を手放すなんて。
「……憧が散歩を諦めて彼女と遊んで私が単独でケンタロちゃんの散歩に」
「ちょ、ちょストーップ!」
憧に若干涙目で止められる。ダメか。
「だ、ダメに決まってんだろ!」
「飼い主じゃないしね」
「い、いや……それはまあ、そのうち飼い主になれるかもしんないからゴニョゴニョ」
「は?」
「ほら、今は明るいけど冬んなったら暗くなんだろ! したら女一人じゃ危ないっつって、うちのカーチャンだって散歩行かせてくんねーぞ!」
「なるほど」
ゴニョゴニョよくわからん所もあったけど納得した。
恵美おばさんはそう言いそう。
憧は私のケンタロちゃん愛♡を理解し気を遣ってくれたっぽい。
告白断ったのは、普通に知らない相手だったからだと思うけど。
「ありがとう」
「えっ……や、べ、別に」
普通にお礼を言ったら憧が照れる。
憧はこういうところがある。
散歩コースは半ばに差し掛かっていた。もう折り返して憧の家に帰ることを考えたら、ふとこの前恵美おばさんに言われていたことを思い出した。
「そうだ憧」
「何?」
「私勉強できる憧が好き」
「えっ!?」
髪の毛黒く戻してもこれまで通り勉強に励みたまえ。
私に限らず、みんな憧の成績が落ちたら心配する。憧はヤンキーガリ勉としてクラス学年で愛されているのだ。金髪じゃなくなったから、これからはただのガリ勉になるのかもしれない。




