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リサと労働の義務

 チャーミンは喫茶店の店員をすることに決まった。

 古着屋のオッサンが歯噛みして悔しがっている。


「俺が雇われ店主じゃなけりゃ!」


 喫茶店のマスターがフフンと笑いオッサンを煽る。大人げない。


「じゃあ、明日から来てください」

「よろしくお願いします」


 よくわかっていないチャーミンに代わって、私がお辞儀する。


「明日も来ていいのか!? このパフェ屋に!?」


 さっきアイス屋にフラれたばかりのチャーミンは嬉しそうだ。

 明日は遊びに来るんじゃないぞ。それにカフェ屋だから。



 ・・・



 やり切った感で帰宅した。

 いやー今日も日中出かけるには暑すぎたなー。

 ダイニングでエアコンのリモコンを握り、私の命令で水出し麦茶を作らされているチャーミンを見る。

 一々教えないと、チャーミンは麦茶用のプラスチック容器の蓋も、麦茶のパックの開け方もわからない。

 こんなのを知った店とはいえ社会に放り出して良いものだろうか、いいかめんどいし。

 マスターは一応、チャーミンのポンコツ具合をわかっていて雇うと言ったはずだし。


「リサ! お昼ご飯は何だ!?」


 暑くてヘバッていたくせに、部屋が涼しくなるとチャーミンはすぐ復活した。

 当たり前のように昼食をたかられ、嫌々冷やし中華を作ってダイニングで食べる。

 フランソワはコップに注いだ炭酸水の気泡を浴びている。なんとなく出したけど気に入ったっぽい。


「リサ、リサ、午後はどこに行くのだ?」


 麺なのに酸っぱいと騒ぎながらチャーミンがせっつく。

 なんで私、一日中お前と遊んでやらなきゃいけない。


「どこにも行かない。家の掃除する」

「掃除!? そんなことをして面白いのか!?」


 チャーミンて、どんだけ義務のない生活をしてきたんだろ?

 家の掃除は、私の言わば副業だ。収入源だ。

 私は自分で決めた約束は遂行する。

 毎週日曜日は全ての部屋と廊下を綺麗にするのだ。

 めんどくさいけど、やる。


 食器を片付けてお母さんのエプロンをした。

 階段の下の物置から掃除機を出して二階に上がる。

 絞った大量の雑巾も、バケツに入れて持っていく。


 両親の部屋と自分の部屋、廊下を掃除する。

 チャーミンがまとわりついて邪魔すぎたので、廊下の突き当りの窓を拭けと雑巾を渡す。

 階段を掃除しながら下り、一階の掃除を済ます。

 リビング以外は暑い。

 チャーミンが下りてこないので、まさか暑くてぶっ倒れたのかと階段を上がると、お父さんの変なTシャツを着て窓に張り付いている金髪の後頭部が見えた。

 私に気づくと、チャーミンは首だけ振り返って手招きした。


「リサ。ここに来て、そうっと覗いてみろ。めずらしい鳥がいるぞ」


 内緒話をするように、声を潜めて言う。こいつ小さい声も出せたのか。

 お天気王子は、電線に並んだツバメを見ていたようだ。

 いいけど窓拭きは?

 赤いウサギのぬいぐるみがリビングからブーンと飛んできて、チャーミンの頭にぽんと座った。下僕の割には躊躇がない。



 ・・・



 汗だくになって掃除を終え、少し早いけどシャワーを浴びた。

 今日はもう外出もしないし、このまま寝るから丁度いい。


 夕飯は、昨日作った鯖の味噌煮の残り。

 味噌煮は小学校の家庭科で習った。私は作りたてより、翌日の方が味が染みている気がして好きだ。

 ところで二日連続で同じメニューだけど、文句を言ったら叩き出してやるね。


 チャーミンは学習能力の低さが幸いしたのか、文句どころか喜んで食べた。

 幼児なだけあって、基本的に甘い食べ物が好きっぽい。


「リサ、今日は町民の家の犬の散歩に行かなくていいのか?」


 チャーミンが唐突に言った。昨日も行かなかったんだけど思い出したの?


「週末は行かない」

「そうなのか! 週末とはなんだ!?」

「今日と昨日」


 卓上カレンダーがそこにあったので、辛うじて面倒臭さに打ち勝ち説明してやる。

 これは日を月を数えるもの。

 色の付いてるところが休みの日。

 黒いところは平日。

 チャーミンは漢字もカタカナもひらがなも数字も読めなかった。

 それ以上の説明が億劫な私は祈るしかない。

 喫茶店、初日でクビになりませんように!


「なぜ週末は散歩に行かないのだ?」

「ケンタロちゃんは憧の家の子だから」

「週末以外はいいのか?」

「憧が散歩に行くからね」


 週末は憧のお父さんが散歩に連れて行く。

 おじさんは仕事が忙しくて、平日は帰りが遅い。週末のケンタロちゃんの散歩を楽しみにしているし、今はどうだか知らないけど、前は憧も一緒に散歩に行っていた。

 家族水入らずを私は邪魔しない。


「なるほど。リサは、意外と隣人に気を遣って暮らしていたのだな!」

「意外とはなんだ」


 私は良識のある高校生だ。

 チャーミンは私の爪の垢を煎じて常備薬にしなさい。

 その時、スマホが鳴った。ネット電話だ。


「もしもし」

『もしもし。リサ』

「うん」


 お母さんからだ。


『何してた?』

「夕ご飯」

『あ。ごめんね食べてたの』

「もう食べた」


 箸を置いて、口の中をそれとなく空にする。

 お母さんは、こちらの様子を聞いたり今日あったことを話したりし始めた。


 普段も両親からは頻繁に連絡が来る。やり取りはテキストが多い。

 でも、日曜には必ず電話が入る。

 電話の向こうから、お父さんの声も聞こえる。

 応対しているとチャーミンが首を傾げる。


「一体誰と話しているのだ?」


 慌てて、黙れとジェスチャーする。


『今の、何の声?』

「テレビ」


 チャーミンのような怪しい難民を居候させているなんて知ったら、お父さんもお母さんも仕事を放り出して帰ってくる。

 せっかく念願叶って海外まで飛んでったのに、半端に帰ってきたら意味が無い。


 私は食べかけの食器を放置してダイニングを出た。

 チャーミンの声が届かないところへ。

 薄暗い廊下は、いつも少し落ち着く。

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