前哨戦という名の消化試合
焔の目の前に現れた謎の男、その名は white tear。焔は自身のプライドと誇りをかけてwhite tearにバトルを申し込むのだったが…
「初めまして、crystal light君。僕が君のスコアを塗り替えた張本人 white tearさ」
white tearと名乗る男は眼鏡を右手中指で少し上に持ち上げながら不敵な表情で焔に話しかけてきた。
「君の事は知ってるよ、crystallight。君とは1度こうやって話をしてみたかったんだ…そう、このゲームにおいての過去の王者さんにトップスコアを全て大幅に書き換えられた気持ちを是非聞かせてくれ」
嫌味なヤツ、というのが焔の第一印象だった。出会ってそうそうに煽る奴なんてネットの対戦の世界だけだと思っていたし、ましては縄張りを荒らされたかのような不快感が焔には芽生えていた。
「まあ、なんだ。すっげームカつく。スコア云々じゃなくアンタにな」
焔の中にはマナーなんて概念はとっくに無かった。普通に焔は初対面の人間にここまで大平な態度をとるほど常識が欠如している訳では無い。むしろその反対で何処と無く普段は自分を隠し、偽りながら話をしていたからだ。
仲良くなった間柄とてそれは例外ではなく焔はあまり感情を表に出さない性格だった。
そう、white tear以外には。
「ふっふっ、まあ僕たちはお互いに格ゲーを好んでいる。それは間違いないだろ?」
焔は黙って頷く
「ならここは言葉よりも必要なものがあるだろ?そう、強さだ!君が熱中しているこのマジカル☆ファイトで決着をつけようじゃないか。ほら、対面は空いているんだ、もう戦うしかない」
「へっ、負けた時の言い訳でも考えておくんだな」
そう言い放つと焔は対面に腰をかけ100円を投入する。相手側はもうプレイをしている為ここは乱入という選択肢を選ぶ。
焔は基本このマジカル☆ファイトで強キャラと呼ばれるキャラクターは選択しない。普段は弱キャラの【蒼の雷 御影】や普通ランクの【ふわふわ女子高生 みちる】を好んで使う。
マジカル☆ファイトだけでなくどのゲームにおいてもゲーム内のランクが存在する
下からDランク、Cランク、Bランク、Aランク、A+そして1番上位に当たるのがSランクだ。
ランキングは適当に付けられたものではなく、それに適った理由が存在する。例えば動きが極端に速い、どんなキャラが相手に出てきてもある程度対処が出来る、火力がおかしい、お手軽コンボだけでも火力が十分でる。などの理由が挙げられる。
焔は迷わずにSランクと呼ばれる【銀狼の隼 龍神丸】にカーソルを合わせる。
このキャラクターチョイスは絶対に負けられない戦いの際に持ち出している。つまりこの試合は焔の中では絶対に負けられない部類の戦いになっていた。
斯くしてwhite tearVS crystal lightの戦いの幕が切って落とされたのだ
キャラクターセレクト画面でキャラクターを選び終わると次はtype選択が始まる。マニュアル、typeA、typeBの三つが存在しそれぞれ異なった役割が存在する。
基本的に格ゲーは操作レバーとボタン押しで成り立っている。
レバーは傾ける方向で動きが変わったり攻撃パターンが変わるのでこのレバー入れが上手くできないとコンボをミスしたりタイミングを取りこぼしたりと大きく勝敗に左右する。
ボタンはA、B、C、Dから成り立っていて弱攻撃、強攻撃、特殊攻撃、extで成り立っている。このボタンの組み合わせで相手を投げ飛ばしたり格闘をカウンターしたりとギミックが色々と深まる。
要するにこの9種のレバー入れ、4個のボタンの使い分け、コンボに補正、それに繋げ方、壁コンなどを上手く使えば後は読み合いが勝敗を分ける事になる。例えばジャンケンでいえばこちらがグーを出すと相手は考えパーを出すとしよう。しかし相手がパーを出すと考えてこちらがチョキを出せば勝てる、つまり相手の思考の裏を読むことをこの世界では読み合いと呼ぶ。
画面に【蒼炎のティアラ】と【銀狼の隼 龍神丸】が映し出される。挑戦者は焔なので必然的に2Pとなるので右側の画面に配置される。
れでぃー ふぁいと!
焔は龍神丸のトップクラスの素早さを活かし一気にティアラとの間合いを詰める。
焔の認識では蒼炎のティアラは遠距離が主体で戦うキャラクター。近場だとクロスエッジと呼ばれる双剣をもっさりしたモーションで振り回すしか択がなく、また攻撃の発生、判定とも大したことがない。なので近接で一気にゴリ押しをすれば圧勝することが出来る、と考えていた。
飛連翔で近づき入力難コマンドの必殺技、断罪烈断で高火力のダメージを与えながら一回寝かせてそのままタコ殴りにするという戦法。
だが、攻撃は当たらない。 ↑↓↑↓B+D相手の背後に回り込みつつそのまま各種派生で攻撃に繋がる強行動のアクションをおこした。しかし相手の体力ゲージは削れずいるのに自身の体力ゲージは確実に消耗されていった。 それもその筈、1Pに直前でガードをされ攻撃が弾き返されているからだ。
「おいおい、その程度か?んじゃあ終わらせっか」
対面からゾクッとするような気配を感じた。何か来る!ととっさにバックステップをし冷静に動きを探る。するとその手には実際には存在しない武器が握られていた。いや、持っている武器を合体させたと言った方がこの場合はせいかもしれない。何故ならクロスエッジが両刃に付いた薙刀に変換されていたからだ。
「な、こんなことって……」
薙刀に換装された蒼炎のティアラはもはやBランク上位ではなくただの勝率を貪り食うバケモノと化していた。焔の体力ゲージはみるみるうちに無くなり、そして敗北を喫した。
二本先取制だが焔に戦意はなくただ呆然としていた。
「これがこのゲームを極めた者が知ってるやり込みの証。裏コード。まあお前らみたいな家庭版でワイワイやってた奴らには分かんねえだろうな」
white tearと呼ばれる男は筐体の前で呆然となっている焔に近付き一息に言い放った
「これが俺とお前の力の差だよ。俺は100円の重みを知っている。1機の大切さもこれでもか、という程分からされた。だから覚悟が違うんだよ、お前とは」
あばよ、と去ろうとした後ろ姿を焔は捉えた。
「俺の負けだ、アンタの名前を教えてくれ……っ」
眼鏡の男は面倒くさそうに答えた。
「俺は草壁幹也だ。プロゲーマー育成校 プレイマーで最優秀賞を采る男だ」
作り話だと思っていた、プロゲーマー育成高校なんてある筈がない。ただ現に目の前に"プレイマー"を語る人間がいる。それも自分より強いヤツ。それこそが焔の中の何かをリアルにさせるには十分すぎるものだった
「草壁…幹也……。もうアンタの事は忘れねえ。そして更に言っておくことがある。最優秀賞を取るのはこの俺だ!」
「ふっ、威勢だけはいいんだな。まあいい、お前の名前を聞いてやる」
「焔…瑞樹焔だ。忘れんじゃねえぞ、お前のライバルの名前をよ」
「勝手にライバル扱いとは、礼儀がなってないな。それに君と俺では次元が違うと言っただろうに」
はぁ、とため息をつきながらやれやれ、と少し観念したように幹也は苦笑いをした。ほんの少しの期待を織り交ぜての上の苦笑い。焔の真っ直ぐな気持ちに感化されてのことだったのかもしれない。
間もなくすると幹也は自動ドアの向こうに消えていった。筐体に残るハイスコア。全て一番に君臨する『white tear』の名前。二番目に残る『crystal light』の名前。それこそが圧倒的実力差を誇示する為の動かぬ証拠であってそこには言葉など要らなかった。
「あー、負けちまったな。でも草壁幹也か……。アイツとんでもなく強いな。なんか悔しいって気持ちより再戦したいってか他のまだ見ぬ強敵とも戦ってみたいって思えて来るあたり俺は根っからのゲーマーなんだろうな」
独り言のように呟きながら焔はゲームセンターを後にした。
暫くし家に帰ると焔は部屋にこもり送られた用紙を綺麗に並べてから階段を降り一階に降った。
居間には母親がくつろぎながらお茶を飲んでいる。まさにゆったりとした空間を破壊するかのように扉を勢いよく開く。
「母さん、俺。この学校に入りたい!」
これが焔の口から出た第一声だった