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2015年/短編まとめ

恋愛的熱中症

作者: 文崎 美生

「暑い」


ジワジワと足元のコンクリートを焼く太陽。

やっぱり帽子被ってくれば良かったな、と溜息を吐き出せば横の彼から返ってくるのは無言だった。

綺麗な肌の上を汗が滑り落ちていく。

整った顔は不機嫌そうに歪められていた。


「ねぇ、暑い」


私が再度文句を言えば、やっと視線だけでもこちらを向いた彼。

しばらく私を見てから前を向き直って、やっぱり無視。

私達付き合ってるんだよね?

あれ、私彼女だよね?

違ったっけ?あれあれ?


「ねぇねぇ」


「……」


「ねぇねぇねぇねぇ、ねぇったら!」


私が何度声をかけても無視を続ける彼に、イラッとした結果として私は、彼の腕を引いた。

露出した男の割に白い腕が私の手の平よりも冷たくて気持ちいい。


「うるさい暑いしつこい」


早口で言い終えた彼は、私の腕を振り払う。

これが結構傷つく。

確かにうるさかったけど、暑いけど、しつこかったけど。

私彼女だよ?


大体何でこのクソ暑い中、私達は外にいるんだろう。

何をするまでもなく家の近所の公園で二人きり。

本当なら私の家でダラダラ過ごすつもりだったのに、彼が来るより先にお兄ちゃんが彼女を連れてきたせいだ。

隣の部屋なのに、薄い壁なのにおっぱじめるせいで私達は外に出る羽目になったんだ。

お兄ちゃん、マジ許すまじ。


そのせいで彼だってこんなに不機嫌だ。

綺麗な顔を歪めている。

あぁ、最悪最悪。

ジリジリ肌が焼かれていくのを大人しく見守るしかなくて、日焼け止めクリームなんか塗ってないから絶対に赤くなる。

嫌だなぁ、だから夏は苦手。


どこか遠くから聞こえるような、意外と近くから聞こえるような気がする蝉の声。

ミンミンなのかジージーなのかハッキリして欲しい。

確か鳴き声によって蝉の種類は変わるんだよな。

何種類いるのかは分からないけれど。


「本当……暑い」


ずるり、とベンチの背もたれに体を預けた。

位置がずれてしまったけれどこの際どうでもいい。

ミンミンジージー鳴いている蝉が煩わしいことこの上ないのだが。

眩しい太陽は私の目まで焼こうとするらしく、目を閉じて少しでも光を遮断した。




***




「おい、おい」


ゆらゆら、体が揺れている。

それと同じくらい頭の中が揺れているような気がした。

新しく買ってきたプリンを落として、中身をぐちゃぐちゃにかき混ぜてしまったみたいな。


重たい瞼をこじ開ければそこにはイケメン。

眩しい眩しいイケメンくんが私の顔を覗き込んでいた。

……そのイケメンくんも私の彼氏なのだが。

キラキラしてふわふわの綺麗な髪に手を伸ばす。

だけれど、どうにも腕が重くて上手く頭を撫でられない。


「……ほら」


彼が私の手を下ろして、逆の手で私の口を開けた。

何だろうとぼんやりした頭で考えていると、冷たい液体が口の中に注ぎ込まれる。

ごぽっ、と音を立てて喉に流れ込まなかった液体が口の端を伝って落ちた。


何が何だか分からないけれど、体は水分を欲しているらしく必死になって注ぎ込まれる液体を、喉を鳴らしながら飲み込む。

顎を伝って胸元まで溢れたそれを、彼が指先で拭って舐めるのを見つめていると、思い切り眉を顰められる。


「こんなところで無防備に寝てるなよ。熱中症になりかけてる」


ひたり、と彼の手がおでこに当てられて気持ちいい。

前髪を掻き上げられる感覚に目を細めて、擦り寄ればくしゃりと髪を撫でられた。

彼が困ったように眉を下げながらも、眉間に深く刻まれたシワが私を責めている。


寝てたから熱中症になったのか、寝る前からその気配があったのかは分からないけれど、兎にも角にも彼には心配をかけていたらしい。

ぽたりと彼の頬を伝う汗に手を伸ばす。

手の甲で拭うようにすれば、彼は僅かに目を見開いた。


「そろそろお兄さん達いいかな」


「……んー。たぶん」


未だぼんやりする頭を働かせて答えれば、彼は私を見て空を見て少しだけ考えるような素振りを見せた。

だがそれもやっぱり少しで、直ぐに私の前に膝を付き背中を向ける。

女の私とはだいぶ違う大きな背中。


それの意味することが分からずに、座ったまま首を傾げた。

ズキン、と頭が痛む。

すると彼は首だけでこちらを振り向いて私を睨んだ。


「とっとと乗れっての」


おんぶしてくれるのか。

正直な所凄く恥ずかしい。

この年になっておんぶされるとか。

だが、このまま迷っていたらきっと彼は、無理やり私の腕を掴んで担いだりするに決まっている。

それなら大人しく背負われたほうがマシだろう。


おずおずと体を前に倒し、彼の肩に手をかける。

がっしりとした体にしっかりとした筋肉がついていて、私とは違うんだと回らない頭で思った。

私が彼の背中にのしかかると、彼は私の膝裏へ手を回して私の体を支える。

お尻じゃない辺りが紳士的だ。


ふっ、と勢いをつけた息を吐いて私を持ち上げた彼。

「背中暑い」と呟きながらも、私を落とさないようにしっかりと支えてくれる。

顔だけじゃなく中身までイケメンだ。


落とされる心配なんて必要ないけれど、私も私で体を支える必要があるために、彼の首に手を回す。

暑いだろうけれど、少しばかり我慢して欲しい。

彼の首は女の私よりも太くて喉仏が出ている。

性別の違いを感じながら、私は手の平を彼の喉に添わせた。


「……何してんだ」


私の手の動きがおかしいことに気が付いた彼が、訝しげな声を出す。

対する私はやっぱりぼんやりした声で「んーん」と答えにならない答えを返した。


するすると彼の喉を撫でる。

喉仏に指を這わせれば彼の肩が僅かに上下するのを感じて、くすりと笑みが漏れた。

可愛い、なんて言ったら怒られちゃうかな。


でも、ぐっ、と彼の首全体を包み込むようにしてみても上手く届かない。

届くけれど何て言うか、上手く力を入れて締めることが出来ないのだ。


「オイ」


「……なぁに?」


自分でも良く分からない甘ったるい、とろんとした声が出た。

すると彼は大きな溜息を吐いて「何やってんだ」と一言。

先程と同じ問だ。


何となく。

何となくだ。

本当に。


「……人としての、造りが、違うんだなぁって」


ゆっくりと手を離してぎゅっとしがみつく。

顔を起こしているのもシンドイので、静かに彼の大きな背中に頬をくっつけた。

ただの性別が違うだけでこんなに違うんだ。


空が眩しい。

ジリジリと照り付ける太陽が恨めしい。

目を閉じて代わりに口を開く。


「……好き、だよ」


そう呟いて、私はぼんやりしている思考を止めた。

ゆらゆらと揺れる彼の体が、背中が心地いい。

だから、気付かない。

彼が顔を真っ赤にしていることに。

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