5:病院
「嫌です! 絶対に嫌です!」
「ネージュ、今日だけだから、我慢して。ね?」
「絶対に嫌です!」
朝っぱらから、何を揉めているのかというと、私の病院行きの件についてです。
この国のペットは飼い始める際に病院での検査を義務づけられているのだとか。でも、正直言って何されるのか分からないし怖いです。私の世界の病院とは違うのでしょうから。
実家で飼っていた犬のポチオ(♂)の気持ちが今なら分かります。
得体の知れないところに連れて行かれて体を弄くり回されて……ああ、お尻の穴に体温計を突っ込まれた時のポチオの顔が忘れられない……。
という訳で、シエルから逃げ回っています。前世でも現世でも、逃げ足には自信のある私です。
「ネージュ……」
シエルは綺麗な銀色の尻尾をファサリと動かすと、何やらブツブツ独り言を言い始めました……と思ったら、私の体が宙に浮かび上がりました……。
そのまま、空中を漂ってシエルの元へと運ばれます。
「何……これ……浮いてる」
「魔術だよ、僕の特技」
捕獲されました。
それにしても、魔術だなんて。やはりメルヘンな世界なのですね。
降参した私はショボショボと病院へと向かっています。
抵抗したらリード歩きの刑なので、大人しく手を繋がれて歩いているのです。
「着いたよ」
思ったより小さな病院でした。レンガ作りで、木の看板がかかっています。
観念してシエルと中に入ります。
「あら、人間? ……すみません、初めての方はこちらの用紙にお名前をご記入ください」
受付の女性が、何やら紙を出してきました。飼い主の欄にシエルの、ペットの欄に私の名前を書くそうです。
シエルの名前を見て、女性は「え?」と声を上げました。知り合いなのでしょうか。それとも、シエルは有名人なのでしょうか。
しばらくすると、シエルの名前が呼ばれたので、彼と一緒に渋々診察室へ入りました。
「いらっしゃ~い」
椅子に白衣を着たキリン耳の女性が座っていました。この人が先生のようです。
「あら~、可愛い人間ちゃんね~。そこへ座って?」
椅子に座ると、聴診器のようなものを当てられたり脈を測られたり、意外と普通に診断をされました。お尻体温計は免れたようです。
「さすが、人間ちゃん。大人しくて良い子ね~」
だから私、心はアラサーなのです。病院で暴れるなんてことはしませんよ。ポチオじゃあるまいし。
「先生、奥にある拘束具は何に使うんですか?」
不意にシエルが質問した。彼の指差す方には、革製や金属製の何だかよく分からないハーネスの様なものがある。うわぁ、何アレ。
絶対に付けられたくない類いの物です。
「それは、診察中に暴れる子に使うのよ。グールとかだと、こっちも危ないからね。この人間は大人しいから助かるよ」
……微妙な気持ちになりました。
こうして、無事に診察は終わりました。
「人間を連れているからどんな大物が来たのかと思ったけど、あなたなら納得ね」
診察室を出る時に、先生がシエルに言いました。
シエルは微笑むだけで、何も返しませんでした。




