4:飼い主
「可愛い、似合っているよ」
「……複雑な気分です」
というのも、私はついお兄さんの提案にのってしまい、彼の家の子になってしまったからです。
行く場所が無くて、今後のことが不安だったからつい頷いてしまいました。そして、美味しいご飯に餌付けされました。
住む場所が見つかれば、出て行けば良いですよね。あんなに他人に飼われるのに抵抗があったのに……。情けない。
でも、悪い人じゃなさそうだし、大丈夫ですよね。宿を借りていると思えば良いですよね。……必死で自分に言い訳をしています。
異世界なので、やや開き直っている部分もあります。
あの後、お兄さんは私にお風呂を貸してくれて、どこで買ってきたのか可愛らしいピンク色の首輪を付けてくれました。
全然嬉しくない。変なプレイを想像してしまいます。
「これ、取っても良いでしょうか?」
私は首輪をグイグイ引っ張りました。何故かつなぎ目が見当たらないのです。
「だめ」
即答です。
「首輪を付けていないと、保健所につかまるよ?」
「それは嫌です!」
私は首輪を外すことをあきらめました。鏡でじっと自分を観察してみます。
やはり、銀髪の女の子の姿で、新たに首にピンク色の首輪が付きました。服はお兄さんに借りたダボダボのシャツと半ズボンを着ています。尻尾を通す為に開けられている穴がかなり気になりますが、シャツでうまく隠されています。
首輪がやはり気になって、じっと見ていたら首輪の金属部分に何か掘ってあるのに気が付きました。
「CIEL……?」
「それ、僕の名前、シエル=ラテールって書いてある」
「シエル?」
そう繰り返すと、彼は嬉しそうに笑いました。
「そういえば、君の名前は?」
「私の名前は…………あれ……」
なんと言うことでしょう! 自分の名前が思い出せません。過労死や会社の記憶はあるのに、自分の名前だけが思い出せないのです。
「名前、無いの?」
「あったはずなのですが……思い出せないんです……」
「君の名前が思い出せるまで、呼び方が分からないのは困るなあ……」
ですよね、呼びづらいですよね。
「あの……でしたら、私が自分の名前を思い出せるまで、好きに呼んで下さい」
「名前をつけていいってこと?」
「はい」
とたんに彼はウキウキした様子で、私の方を振り返りました。
「ネージュ?」
「……はい?」
「君のことはネージュって呼ぶよ。今日から君の名前はネージュ=ラテールだよ」
そう言うシエルが本当に嬉しそうだったので、私はネージュと呼ばれることにした。
「ネージュ、明日は君の洋服を買いにいこうね」
※
シエルは私をデロデロに甘やかしてくれます。ダメ人間になってしまいそうです。
「こっちも可愛いね。こっちもいいね」
現在私はシエルに連れられて、獣人用の洋服屋さんに来ています。
人間は獣人とほぼ変わらないため、彼らの服で事足りるのです。
外を歩くときは、はぐれない様に手を繋がれています。恥ずかしいと言ったら、じゃあリードにする? と聞かれたので、全力で拒否させて頂きました。
ふと、前を見ると獣人のお姉さんがリードを持って何かを連れていました。私以外にも人間がいるのでしょうか。
そっと見てみると、お姉さんは人間の様な形に見えてなんだかちょっと違う色の生き物を連れています。
「ねえ、シエル」
「ん?なぁに、ネージュ」
「あの女の人が連れているものは何ですか?」
シエルはリードの先を見ると、ああ、と納得して教えてくれました。
「ゴブリンだよ」
「……ごぶ……?」
聞いたことはあります。ファンタジー映画で目にしたこともあります。でも実物は初めてでした。
「ゴブリンは一般的なペットだよ。他にもオーガとかドワーフとかはよく見かけるよ?」
「……すごい世界ですね……」
「逆に、人間は希少種で殆ど見かけない。ものすごく高値で取引されているよ」
「……そう……なんですか」
私以外の人間仲間を捜すのは難しいということですね。
私がじっと見ていた所為でしょうか、お姉さんがこちらを振り向きました
「あら、あなた珍しい子連れているわね。人間なんて、お偉いさんが連れているのしか見たこと無いわ」
お姉さんは私をじっと見つめました。尻尾の模様を見ると、豹の獣人のようです。
「可愛いわね……」
そう言うと、お姉さんは私の髪をナデナデしてきました。やめてください、私は子供じゃありません、三十路前だったんですよ?
彼女のゴブリンが私達に興味を示したようで近寄ってきます……が、怖いです。見たことの無い生物な上に、目がギョロギョロしています。
思わずシエルの後ろに隠れました。
「ネージュ? もしかして、ゴブリン怖いの?」
コクコクと頷くと、シエルは宥める様に私を撫でました。
「怖がらせちゃってごめんなさいね。あ、そうだ。怖がらせちゃったお詫びに、良かったら今度ウチに遊びにこない? ペットサロンをやっているんだけど、無料で泥パックしてあげる!」
「ペットサロン?」
「ええ、あなたみたいな可愛い人間滅多にいないから、ぜひ触らせて欲しいの!宣伝にもなるし!」
お姉さんの手がウゴウゴしていて少し怖いです。
「いいね。彼女の髪とかも揃えてもらえるの?」
「もちろんよ。私、キアラ。この服屋の裏にお店があるからいつでも来てね」
そう言うと彼女は颯爽とお店を出て行ってしまいました。ものすごくご機嫌です。
獣人の服は購入後に尻尾用の穴を開けてくれるらしいのですが、私のような人間場合は穴をあけずに着ます。
シエルは私の服を数着買い、二人でお店を後にしました。