45:暴君魔法使い
「僕も。ずっとネージュに逢いたかった」
シエルは微笑んでくれましたが、まだ本調子ではないのでしょう。少し弱々しい笑みです。
「無理をしないで、ゆっくり休んで下さい。私はシエルの無事な顔が見れただけで満足ですから」
そう言って、シエルの寝台から離れようとしたのですが、シエルが私の腰に回した手を離してくれません。
「シエル、あまり長居は出来ないのですよ。看護師さんに見つかったら怒られてしまいます。ここはペット立ち入り禁止の場所だそうですよ?」
「……誰が決めたの」
シエルの周りの温度が下がった気がします。
扉の方向を見ると、ブランさんとノワールさんが気まずげに顔を見合わせていました。
「シエル、あんまりぴりぴりするなや。お嬢ちゃんが怖がってるぜ?」
「……なんだお前らもいたの」
「なんだとは何だ!」
「ああ、ノワールさん。病室ではお静かに」
「仕様がない奴だなあ、シエルは」
ブランさんも呆れ顔です。
「オッサン呼んでよ。ネージュが僕の部屋にいられないなんて馬鹿げた規則、撤回してやる」
「駄目ですよシエル。王様は今、体調が悪いのです。無理をさせてはいけません」
「じゃあ帰るよ」
「そ、その怪我で?」
「ネージュが入れない様な場所に居る気はないから……ああ、そうだ。ネージュの泊まっていた部屋に行こう」
「シ、シエル……」
戸惑う私に、ブランさんとノワールさんが助け舟を出してくれました。
「おい、暴君。我が儘も大概にしろよ」
「そうだぞシエル。お嬢ちゃんの部屋では治療が滞るだろうが」
「僕は今回の戦いの一番の功労者なんだけど……こんな扱いを受けるなら今後、城からの仕事は全部断ってやるからね」
大変です。シエルが仕事を放棄しようとしています。
「シエル、いくらなんでもそれは……」
コンコン、と扉がノックされました。
まずいですね。看護師さんかもしれません。
私は再び台車に入り、身を隠しました。
「シエル様、お目覚めになられたのですか?」
ああ、やはり看護師さんでしたね。隠れて正解です。
「うん。目覚めたからもう出て行くよ」
「そ、そんな無茶な! 何を言っておられるのですか?」
当然の反応ですね。まだ完全に回復していない間者を病室の外に出すわけにはいかないでしょう。
「じゃあ、ネージュを病室に入れても良い?」
「ねーじゅ? とは?」
「僕の可愛い人間。家族なんだから、一緒に居ても良いよね?」
「いいえ、困ります。ペットは……」
「何で?」
「だって、ペットですよ? 衛生面でも問題が」
「人間だって言ったよね? ゴブリンやオーガとは違うんだけど?」
看護師の女性は言葉に詰まったようです。
「シエル様、あまり人間などに情を掛けられない方が宜しいかと。獣人とは違うのですよ」
「どういう意味?」
「最近聞く噂では、シエル様は人間などに懸想しているなんてものも出回っているのです。シエル様は我が国の偉大な魔法使いですのに。貴方様の為にも、今は人間との接触は避けられた方が」
看護師が全てを言い終わらないうちに、部屋の窓ガラスが全て割れました。




