42:ショコラ3
その日、僕はいつものように城を散策していた。
「あ、ネージュ」
廊下を歩いていたら、ネージュらしき銀髪の人影が見えたので、そちらに向かって歩き出す。
昨日に引き続き、今日も会えるなんてツイている。
そんなことを考えながら廊下の角を曲がろうとしたら、反対側から走って来た別の人物に思い切り衝突された。ものすごい衝撃だ。
「きゃあっ!」
目の前で、深紅のドレスが翻る。
ぶつかったのは、どこぞの獣人の令嬢のようだった。
「痛いですわ、何なのです? ま……まあ! 人間!」
令嬢はぶつかった衝撃でひっくり返った僕をマジマジと見つめている。
「大丈夫です? 私ったら、確認もせずに走り出してしまって……立てますか?」
「平気、尻餅付いただけだから、心配しないで?」
「まあ……あなたキレイな瞳なのね?」
令嬢は何が面白いのか、僕から視線を外そうとしない。
「リラ、どうした?」
令嬢の後ろから、見覚えのある男が歩いてきた。
白い虎の獣人、アルトの弟のバリトだ。
「お父様、ここに綺麗な人間がいますの。伯父様の飼っている人間かしら」
「そうだろう……」
「ねえ、私この子が気に入ったわ」
リラと呼ばれた令嬢は、僕を指差す。
「伯父様が人間の引き取り手を捜していましたわよね。わたし、この子を引き取りたいの……こんなに綺麗な子は初めてよ」
僕は嫌な予感がした。引き取られる先くらい、自分で決めたい。
さしあたっては、ネージュと恋人同士になって彼女の家にでも居座れたらと思っていたのだが。
「人間か……、リラ、ちゃんと世話できるのか?」
「大丈夫ですわ! 飼ったことはありませんけれど、きちんと面倒を見ると約束します」
バリトとリラの間で話が進んでいく。
「アルトに聞いてみよう」
そう言うと、バリトはアルトの元へと向かってしまった。
大変だ、アルトに阻止してもらわないと。
僕は慌ててバリトの後を追おうとしたが、リラに腕を掴まれてしまった。
獣人は女でも力が強い。人間に振り払うことは不可能だった。
「少し、私とお話ししませんこと?」
「僕は用事が……」
「あなたが気に入りましたの、とても綺麗。私とは大違い」
リラはバリトと同じ虎の獣人のようだ。でも、彼女の耳と尻尾は黒い。その髪も。
「リラは自分の容姿が気に入らないの?」
「気に入らないに決まっていますわ。虎の獣人なのに、こんな黒い姿に生まれた所為で、嫁の貰い手も現れませんの」
元々いた世界では黒髪が多かった。
僕には何が悪いのかはよく分からないが、リラの中では虎なのに黒いということが、相当なコンプレックスになっているようだ。
顔とかは、人間ほどではないものの、普通に綺麗な部類だと思うんだけど。
「豹なら黒でも一般的なのですが……虎となると、まだまだ黒い者には偏見がありますの」
「ふぅん?」
「ねえ、あなたのお名前は?」
「ショコラ」
「年はいくつ?」
「ここに来て十八年くらい」
「まあ、私と同じですわね! ますます気に入りましたわ」
「僕、アルトに用があるから……」
「では、一緒に参りましょう! 私も伯父様にお願いしたい事があるのですわ」
駄目だ、離してくれそうにない。
僕はげんなりした気持ちで、アルトの元に向かった。
そして、アルトから更にげんなりさせられる回答を貰うことになる。
この世界で人間が選択できることなど知れているのだ。
所詮、ここは獣人が支配する世界なのである。




