40:ショコラ1
僕がこの世界に来たのは五歳のとき。
この城に保護されたのは十歳のとき。
元の世界の僕は、真冬のベランダに下着だけで放り出されて、寒くてお腹がすいて凍えていた。
中に入れて欲しいけれど、声を掛けたりなんかしたらまた殴られてしまう。
我慢して蹲っていたら、いつの間にか周囲が暖かくなっているのに気が付いた。
僕はベランダではなくて薄暗い石畳の道にいた。
「ようボウズ、お前野良か? 発生したてか?」
僕はこの世界に来てすぐに、とある獣人に拾われた。
彼は「CUTEペットワールド」とかいう娯楽施設の獣人だった。
その施設では、各種ペットを取り揃えていて、見学やふれ合いが出来るらしい。
驚くべき事に、この世界では人間がペットになっていたのだ。
拾われた僕に与えられたのは簡単な仕事だった。
施設のガラス張りの部屋の中で普通に生活をし、時折獣人から与えられるオヤツを食べてみせる……それだけ。
施設に人間は僕だけだったから、珍しがる獣人達がガラスの向こう側に群がっていた。
僕の他には緑色の気持ち悪い皮膚のゴブリンとか、髭もじゃのオーガとか、ハイエナみたいな顔のグールなんかが種類別にガラスの部屋に入れられていた。
人間なんかよりも、そっちのほうが余程珍しいのにな。
五年程経ったある日、施設が潰れた。「CUTEペットワールド」の経営が苦しくなって、経営者が何やら犯罪に手を染めたらしい。
難しいことは分からなかったが、自分にとって良くない状況なのは分かった。
僕や他のペット達はガラスの檻の中に取り残されていたけれど、外からは鍵がかけられているために、逃げ出すことは出来ない。
世話係も来ず、施設が潰れてからペット達は放置されている。
だから、僕は檻の中に残されている水と食べ物を慎重に消費した。
三日後くらいにはグール達が共食いを始めていた。
一週間後には僕が大事に食べていた食料が尽きて、隣の檻のゴブリン達は全員動かなくなっていた。
……またお腹がすいて、死んじゃうのかな。
過去に自宅のベランダで自分の身に起きた事を思い出して、僕は何とも言えない気分になった。
更に三日が経った。
水も殆ど無くなり、僕ももう動けない。
朦朧とする意識の中、ガチャリと扉の空いた音が聞こえた。
※
「動いた……!」
「ホントだ!」
「アルトー! 動いたよー!」
耳元で子供の大声が響いた。煩い。
「そうか」
大人の男の声も聞こえた。
目を開けた僕の側には、大きな虎の獣人と二人の人間の子供がいた。
この世界で自分以外の人間を見るのは初めてだった。
でも、目の前の人間二人は何だか年齢よりもだいぶ幼く見える。
僕は体力が戻った後、この虎の獣人に飼われることになった。




