39:アナナ3
ガタゴト揺れる馬車(ただし引いているのは普通の馬ではなく、羽が生えている白馬)に乗り、またしてもどこかへ連行される私。
もうどうにでもなれ。
「怖がらなくても大丈夫だ」
向かいの席に座っている鹿男が私に話しかけてきた。もう一人の獣耳は、馬車の外で白馬を操縦している。
「別に。今更、何も怖がっていないけど?」
私の生意気な言葉に気を悪くすることもなく、男は話を続けた。
「それは良かった。新しい家は環境も良いし、あんたもきっと気に入るさ」
馬車は大きな門をくぐり、石造りの建物の手前で停車した。
「手を……」
鹿男が、まるで西洋の騎士のように洗練された動作で私の手を取り、馬車から降ろしてくれた。
そんな扱いをされたのは初めてだ。
「これから陛下に謁見するけれど、緊張しなくて大丈夫だからな」
「へい……か?」
ヘイカって……「陛下」って意味……?
よく分からないまま、鹿男に大人しく手を引かれる。何故かこの男の手を振り払う気にはならなかった。
ここは城なのだろうか。大きな石造りの建物、重厚な家具や扉。
その中でもひと際大きな扉の前で、鹿男が立ち止まった。
陛下と呼ばれる男は虎耳で、穏やかな笑みを浮かべている大きな男だ。
醜い私をみても、その表情は曇らない。
「よく来たな……ほう、なかなか変わり種の人間だ」
この世界のルールでは、虎耳が鹿耳を食べたりはしないのだろうか。
その後、私には、きれいな部屋があてがわれ、毎日きちんとした食事をとることができるようになった。
他に人間を紹介されたが、私以外の人間達は皆美しい。
緑色獣耳野郎の言葉は、正しかったのだ。
鹿男は城の兵士だった。たまたま王のお使いで、私を迎えに来たらしい。
運がよかった。
あのままでは私に引き取り手はなく、安楽死にはならないものの、悪質な飼い主の手に渡っていたかもしれない。
「あんた、私はこれからどうなるの?」
私は鹿男に向かって質問した。
「どうもならないけど? ここで暮らしていけば良いんだよ」
生活に必要な者は全て与えられるけれど、勝手に城から出ることは許されない。
まるで着飾った家畜のようだ。こんな生活、反吐が出る。
私は度々脱走しては鹿男に連れ戻された。
そうして……献身的な彼に絆され、そのうち恋仲になった。
陛下の寿命は長くないらしい。
私を引き取る事に躊躇していた鹿男だが、やっと決心してくれたみたいだった。
彼が引き取ってくれなければ、私に引き取り手なんて現れやしないんだ。
※
「ずっと誰かに打ち明けたかったのかもしれないわ……でも良かった、この世界で私は幸せになれたから」
アナナさんは近々城から出て行くそうです。
鹿の獣人兵と一緒に住むことになったらしいのでした。
お幸せに。
お城も寂しくなりますね。王様の様態も心配です。




