37:アナナ1
「人間ってのは皆、ここの世界では美形でしょう? なのに私はこんなナリで他の人間のようにきれいじゃない。だけど鹿の獣人は私を必要としてくれた……私ね、前の世界では最悪な女だった」
アナナさんは、異聞の過去について私に話し始めました。誰かに聞いてもらいたいという風だったので、私も大人しく彼女の話に耳を傾けます。
今更逃げられそうにもありませんので……。
※
分かっている。
前世の私は最悪な女だった。
だらしない性格、腐った根性、ブサイクな容姿。年齢は三十代半ば。
ブランド物を買いあさり、ギャンブルに嵌まり、低賃金の非正規事務職だった私の貯金はあっという間に底をついた。
それでも私はお金を使う事がやめられず、カードを使ってやりくりしていたら、あっという間にブラックリストに載ってしまい……。
にもかかわらず、懲りずに友人や知人にお金を借りて回ったので、私の周りから徐々に人がいなくなっていった。
当時の彼氏にも借金の事を気付かれて、愛想をつかされた。金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったものだ。
ついには、返す当ても無いくせに消費者金融に手を出した。典型的な転落人生のパターンだ。
今思うと、当時の私は異常で、借金をしているという自覚も薄くて……大金があっさり手に入ったことで舞い上がっていた。私の生活は益々派手になり、私は更に羽目を外した。
高級なレストランで食事をし、ブランドの服を身につけ、有名な海外の化粧品に手を出し……。
消費者金融に返済するお金もなかったので、また別の消費者金融に手を出した。
当然、催促の電話が会社にも掛かってくる様になって、私は退職を余儀なくされた。他の従業員にも借金がバレて居づらくなってしまったのだ。
この時点で私の収入はゼロ……いや、マイナスになっている。
利息だけで、更に借金はふくれあがって行った。
それは、借金をしてまで買ったブランド物を全て売っても到底返せない額で……。
私はついに自己破産した。
自己破産したのに、何故か連日の取り立てが始まった。
しかし、返せる当てなど無い。私の借金は、三桁にも上るのだ。
水商売をしようか……でも三十半ばで地味でブスで頭も悪く会話下手な私に勤まる職業ではないとすぐに諦めた。
風俗に手を出そうか……でもこの期に及んでもまだ勇気が出ない。大体、ちょっとやそっと働いたくらいであの額が返せるとは到底思えなかった。
だから……私は、逃げた。
家を失った私に就ける職業など無い。住所不定無職というやつだ。
二十四時間営業の店で夜を過ごし、昼間に公園のベンチで寝た。
私にはこんなときに頼る事の出来る身内というものがいない。
しかし、こんな生活がいつまでも続くはずが無かった。
肥満気味だった私はやせ細り、連日風呂に入っていない所為で髪も服もボロボロになった。
いつ借金取りに見つかるかという恐怖もあり、私は疲弊していた。
※
ある日、目が覚めたら私は獣人の世界にいた。
「公園のベンチで寝ていたはずなのに、なんで?」
周りを見渡せば、獣耳を付けた男女が行き交っていた。
「何かの祭り?」
私は、呆然として辺りを見回した。
景色が変わっている。公園の中ではない。寝ている間に移動してしまったのだろうか。
「人間だ」
「本当だ……野良か? 迷子か?」
「首輪が無い……保健所に連絡を……」
ざわざわと、獣耳達が私の周りに集まってきた。
「一体何なのよ?」
ジロジロ見られて居心地が悪い。
「何見てるのよ! あっちへ行きな!」
町中ですれ違う人に、浮浪者だと白い目でジロジロ見られる事はあったが、それとはまた違った視線だ。
興味深げに観察されている気がする。
「見せもんじゃないんだよ、とっとと失せな!」
しかし、周りの人だかりは消えない。
「こっち! こっちだ!」
誰かが声を張り上げた。
人垣が割れて、緑色の作業着を着た男達がやってきた。
彼等は私を見て言った。
「ああ、野良だな。保護しなければ」
「人間にしては、見目が悪いな」
男達の手が伸びてきた。
「嫌! なにすんだよ、離してよ! 離せ!」
「くそっ。抵抗すんな! おい、ロープか網持って来い!」
男達のうちの一人が、ロープと金属で出来た首輪のような物を持ってきた。
一人の男が私を拘束し、もう一人の男が私の首に首輪を付ける。
ガチャリと嫌な音がして、私の首に金属の輪がはめられた。
「手こずらせやがって」
私は強引に荷馬車に乗せられ、知らない建物の中へと連行された。




