35:引き取り先
「そろそろ、戻っても大丈夫ですかね?」
「アナナなら、多分移動したんじゃないかなー? 城に戻る?」
そうですね……鹿の獣人兵の男性が、長時間アナナさんのお尻の下敷きになっていないことを祈りつつ、私は城へ戻ることにしました。
ベンチから立ち上がろうとする私に、ショコラが手を差し伸べてくれます。
前回も上着を貸してくれたり、部屋まで送ってくれたり、彼はとても紳士的な人です。
「あ……ありがとうございます……」
私は、彼の手を取り、立ち上がりました。
城の入り口まで来ると、ショコラの言った通り、アナナさん達は移動した後のようでした。
あのあと二人は仲直りできたのでしょうか、非常に気になります。
恐る恐る、城内に入りましたが城の中にも二人の姿はありません。
「僕も、新しい飼い主を見つけた方がいいのかなー」
廊下を歩いていたら、不意にショコラがポツリと言いました。
「ショコラ……?」
「まあ、見つからなければそれはそれで気にしないけどね。どうせ王弟のバリトが飼い主に変わるだけだから……」
王弟様はバリトさんという人みたいですね。
「王弟様は、人間好きですか?」
「好きでも嫌いでもないと思うよ、たまにすれ違うけど人間には無関心……アルトに何かあった時は人間を引き取ってくれると言っているみたいだけど……八人は多過ぎるって」
「そうですか……」
王様ってば八人も引き取るから……。
「ネージュ……」
「はい?」
「もう少し、一緒にいてくれないかな」
そう言うショコラが、なんだか放っておけなく感じました。迷子の子供のように頼りない目をしているのです。
「分かりました……ここで立ち話するより、私の部屋へ来ませんか?」
私は、またしてもショコラを部屋に案内してしまいました。
ソファに案内すると、ショコラは何故か私の向かい側ではなく隣に腰掛けました。
「僕には家族がいないから、アルトがいなくなってしまったら不安で……。それはアナナも一緒の気持ちだと思うんだけどね……ミエルやソルが羨ましいよ」
そうでした。ミエル一家と、ソルとロシェの夫婦は家族ですが、アナナさんとショコラには、まだ家族がいません。アナナさんは鹿の獣人さんがいますが、ショコラは一人です。
これから先のことを不安に思うのも無理はありません。その気持ちはよく分かります。
「そうですね、私もシエルが泊まりがけの仕事に出かけただけで不安になります」
シエルに何かあったらと思うと、それだけで怖いのです。
それを聞いたショコラは、僅かに顔を顰めました。
何故かよく分かりませんが、彼の機嫌が悪くなってしまったようです。
「ねえ、飼い主とデキてるって噂、本当なの?」
「シエルと? 誰が?」
シエルはそっち方面には興味がなさそうですが……。家に女性が来た事はありませんし。
「……君に決まっているじゃない?」
綺麗な顔を歪めながら、ショコラがじーっとこちらを見てきます。
「私ですか……まさか」
「……そっか、そうだよね。獣人と人間だし、いくら何でも無理があるよね?」
「ええ……」
彼の意見を肯定しながらも、私はどういう訳か心がモヤモヤしました。
私とシエルはペットと飼い主の関係、それ以上でもそれ以下でもありません。
それなのに、自分が心ショックを受けている様に感じるのはおかしい。きっと気の所為なのです。




