34:シエル2
ネージュを飼ううちに、僕は益々人間の魅力に取り憑かれた。
いや、人間というよりもネージュ自身が魅力的過ぎるのだ。
好きなものはお菓子と本、嫌いなものはリード、ゴブリンと病院とサロンも苦手。
何かと僕の手伝いをしたがる健気な性格をしていて、年齢にそぐわず頭がいい。
彼女曰く僕と同じくらいの年齢だというのだが、どう見ても十代の半ばにしか見えない。
野良人間は、見た目以上に成熟しているものが多いと聞くから、彼女もそうなのだろう。本当に不思議な生き物だ。
サラサラの髪を梳かしてあげると、ネージュは気持ち良さそうに目を細める。本当に可愛らしい。
でも可愛らしすぎるのも問題だ。
ネージュは、行く先々で見合いを打診されたり、ブリーダーに目をつけられたりするからだ。
丁度、適齢期の雌だということで声がかかるのだが、僕はそんな事は望んでいなかった。
人間を増やしたり、種を保存したり、そんなご大層なことはどうでもいい。彼女に強要する事ではない。
僕は、ネージュがただ側にいてくれるだけで充分なのだ。
なのに、オッサンは彼女を自分の城の人間と番にしたがるので、とても迷惑している。
仕事にかこつけて、ちゃっかりネージュを城の人間と会わせたりね。
うちの可愛いネージュと番になろうだなんて……僕が許す訳ないのにね。
幸いネージュはそういうことに興味が無い性格をしていて、見合いにも消極的だったので良かった。
いきなり番になりたいだなんて言われても、許せそうになかったから。
この気持ちは、飼い主として当然のものだよね。
困った事に、ネージュにその気が無くても、周りが彼女を放っておいてはくれないようだった。
一番許し難かったのは、僕の出張中にペットホテルのオーナーが彼女に手を出した事。
未遂で済んで良かったが、僕は、そんな場所に彼女を預けた自分の愚かさが許せなかった。大失態だ。
用心の為にと預けたのに、本末転倒だった。
僕の可愛いネージュに手を出すなんて……僕も手を出した事が無いのに……本当に許し難い。彼女を保護したオッサンからの連絡を受けて、当然僕は怒り狂った。
仕事の間中、彼女が心配で帰りたくてたまらなかった。怖い目に遭って、真夜中に城まで逃げて、傷ついているに違いないから。
任務が終わると同時に僕は急いで城に向かった。
「ネージュ!!」
ネージュが保護されている部屋へと向かうと、オッサンに用意されたのであろう可愛らしいドレスを着て、ちょこんとベッドに腰掛けている彼女がいた。
僕の中の色んな感情がない交ぜになって、気が付いたら僕はネージュを強く抱きしめていた。
「ごめんね、ネージュ! 僕があんな所に預けたばっかりに……怖かっただろう?」
「大丈夫ですよ? お城に保護してもらいましたから」
「でも、ネージュが辛い思いをしたのには変わりないよ!」
ネージュはあっけらかんと笑っていたけれど、笑い事じゃないからね? 獣人に襲われただなんて、冗談で済ませられる話じゃないから!
僕は彼女を抱き上げると、さっさと家に帰る事にした。
「降ろして下さい! この格好は恥ずかしいです!」
「ダメ……ネージュと離れすぎた所為で、癒しが足りないの」
飼い主の心配を知らずに、ネージュが僕から離れようとするので、腕に力を入れて彼女を固定する。
ダメだよ? 離さない。
しばらくすると、彼女は抵抗するのを諦めたようだ。
三日間の間に、ネージュは城の人間達とも仲良くなったみたいで、別れの挨拶を交わしている。
お見合い騒動もあったけれど、特に心配する必要もなかったようだなと一息ついた所で、一人の人間の視線を感じた。
ネージュと同い年くらいのチョコレート色の毛色の雄の人間だった。他の人間達と違わず、綺麗な外見をしている。
何だか、ものすごく挑戦的な目で僕を見てくるんだけど?
――嫌な予感がした。
「ネージュ。また会おうね」
先程までの表情が嘘の様に、ネージュに向かって笑顔を振りまく雄の人間。
「はい、またお会いしましょう! ……王様、この度は本当にありがとうございました」
ネージュは、奴の変化に全く気が付いていない様だった。
※
あの後、最後まで見せつける様にネージュを横抱きにして帰ったが、気分は晴れない。
「はぁ、こうしてネージュとずっと一緒にいられればいいのにね」
僕はいつも以上にネージュを構い倒した。
この気持ちは何だろう、あの雄の人間がネージュに向ける目がとても気になった。
城にいる間に見合いを勧められるようなことは無かったみたいだけど……城にいる間に仲良くなった人間の見合いについて行ったり、ネージュの行動範囲が広がった。
それが、良くなかったのかな?
「どうして、そんなことを言うんだい? セゾンのお見合いを見て、気が変わったの?」
「そうではないのです! ……お見合いではなく、普通に人間を引き取ると言う方向でですね…… いえ、駄目だと分かっていますし、言ってみただけです……」
ある日、可愛いネージュが城の人間を引き取りたいと言ってきた。それも見合い相手の人間を。
ショックだった。
そんな事を聞いて、冷静でいられる訳が無い。
「ネージュがそんなに、ふしだらな子だったなんて……」
「ふ、ふしだら?」
だってそうでしょう? 男を連れ込みたいだなんて。
城の人間の雄の、あの目を見たら、ただの友達だなんて信じられないよ。
「僕だけじゃ不満なの?」
「違っ……」
「やっぱり……一人で外になんて出すんじゃなかった」
「大げさな、私は子供じゃないんですよ? シエルと同じくらいには大人なのです!」
だから、好きにさせろって? 冗談じゃない。
「なお悪いよ!」
大人だからこそ、余計に心配なんだ……色々な意味で。
二度と、そんな気を起こさせない様にしないと。
僕は、ネージュの単独での外出を禁止し、出かける際にリードを付けさせる事にした。
彼女はリードを付けられる事が何よりも嫌いみたいだから、仕置きのつもりだ。
「シエルの馬鹿! リードで人間を繋ぐなんて変態です! 最低!」
どうとでも言えばいい。
それにしても、何故ペットにリードを付ける事が変態につながるのだろうか。ネージュの言うことは、時々よく分からない。
いつも通り、食材の買い出しに出掛ける。もちろん、ネージュも一緒に。
彼女はリードを付けられて、石畳の上をとても嫌そうに歩いている。公開羞恥プレイだとか訳の分からない事を喚きながら。
リードを外そうとさっきから頑張っているみたいだけど……残念、そのリードも細工済みだよ?
魔法を使えないネージュが、自力でリードを外す事は不可能だ。
「……こんなもの付けなくても、私は逃げたりしませんよ?」
「ネージュ……」
違う、そうじゃない。彼女が僕から逃げるとは、もう思っていない。
僕はネージュを抱きしめた。ふんわりした小さな体からは、とてもいい匂いがする。
ネージュが大切だ、手放したくない、他の雄の目に触れさせたくない。
でも、それを彼女に上手く説明をする事が出来ない。
自分の気持ちに整理がつかないまま、僕は誤摩化した。
「ごめんね、ネージュがいなくなってしまうんじゃないかと思ったら、不安で……」
「私はシエルの側にいますよ。追い出されない限りは……」
「なら、安心させて? ネージュが僕のものなんだって」
抱きしめた腕の力を強めた。
「シエル? 私はシエルのペットですよ? 他所の子になるつもりはありません」
うん、ネージュは僕だけのペットだよね。浮気なんてしないよね。
そこまで考えて、僕はハタと気が付いた。
――気が付いてしまった。
果たして、この気持ちは、ペットに抱く類いのものなのだろうか。




