31:兵士
「じゃあ、行って来るね。ネージュ」
「はい、気をつけて……行ってらっしゃい」
「……行きたくないなぁ」
「…………」
前回の使者さんからの依頼のより、シエルはまた一週間程国境沿いへ仕事に行くことになりました。
私は、またしても城でお留守番です。
今は、城の城門前でシエルをお見送りしています。
「ネージュも、気をつけるんだよ?」
「……はい」
素直に返事すると、シエルは満足したように微笑みました。
数百人の兵士達と数十人の魔法使い達が、同じく城門前に集まっています。
「大丈夫だよ、すぐに戻って来るからね」
魔法使いの一人が杖を地面に突き立てると、彼を中心に大きな魔法陣が現れました。
魔法陣が、兵士達や魔法使い達を取り囲みます。
「あれで転移するんだよ、前回向こうへ行った時に、すぐに移転できるように細工したんだ」
「すごい……」
シエルはものすごく名残惜しそうに私から離れると、魔法陣の中へ移動しました。
すると、魔法陣が光りだし、一瞬にして兵士や魔法使い達の姿が消えました。勿論シエルも。
全員国境沿いへと移動したようです。
「シエル……」
今度は一週間も離ればなれなのです。
三日でホームシックになりかけていた私は、不安でした。
※
城にはもう、セゾンはいません。
彼女はお見合いが上手くいって、侯爵様の家に預けられているのです。
さて、部屋へ行きますかね。
前回と同じ場所に、私の部屋が用意されていました。
私は、持ってきた荷物を置いて、城用の服に着替えました。やはり、普段着ではウロウロしにくい場所なのです。
シエルに買ってもらったオールドローズの普段着ドレスに袖を通します。
「よし」
ドレスに着替え終わり、王様や人間仲間達に挨拶を済ませると、私はまたすることが無くなってしまいました。
それにしても、王様、体調の悪さなんて微塵も感じさせない様子でした。
城の人間達は、彼の病気に気が付いているのでしょうか。
さて、今日は今まで行ったことの無いエリアに足を運んでみました。
城の東側にある、兵士達が集まるエリアです。
今は訓練中でしょうか、刀の打ち合う音が聞こえてきます。邪魔しないように、遠巻きで見学することにしました。
黒豹の獣人兵が、シロクマの獣人兵と戦っています、模擬試合のようですね。
黒豹獣人兵は浅黒い肌の精悍な顔つきの青年で、シロクマ獣人兵は色白でガッシリした体型の青年です。
二人とも、とても身が軽いです。シロクマ獣人兵が刀を振り下ろすと、地面が抉れました。人間業じゃない……。
黒豹獣人兵は、素早い動きで華麗に身をかわすと、高く飛び上がって、シロクマ中人兵の脳天めがけて剣を振り下ろします。
互角ですが、すごい戦いです。獣人は運動能力もずばぬけて高いみたいですね。
あんなの相手じゃ人間の出る幕なんてなさそうです。出たとしても、瞬殺でしょう。
結局、勝負は引き分けのまま終わったようです。
「ん?」
シロクマ獣人兵が、物陰から覗く私に気が付きました。
黒豹獣人兵も彼につられてこちらに目を向けてきます。
「見ない人間だな……」
「あー、あれじゃねぇ? 陛下の人間愛好家仲間が城に来てるとか……」
「お嬢ちゃん、どこの人間だ?」
二人が近づいてきました。不審がられているのでしょうか。
「えっと、私の飼い主はシエル=ラテールって人ですが……今国境沿いに仕事に行っていて、その間だけ城で預かってもらっているのです」
「げ……」
「シエル=ラテールだと?」
何故か、二人とも嫌そうな顔になりました。シエルの知り合いでしょうか?
「あいつ、人間なんて飼ってたのか……」
「大丈夫かお嬢ちゃん、シエルの奴に虐められたりしていないか?」
「……シエルですか? ……すごく優しいですけど…………あの、シエルのお知り合いの方ですか?」
黒豹獣人兵が、奇妙なものを見る目で私を見てきます。
「ああ、よく仕事で一緒になるんだよ……」
「おい、シエルって本当にあのシエルなんだよな……優しいってどういうことなんだ……」
「俺が知るかよ。あいつ、このお嬢ちゃんの前では猫被ってるってことか?」
「あの冷血魔法使いも、人間には甘いのか……」
「……あの〜ぅ」
私の声に、二人はハッとして振り返りました。
「いや、悪いなお嬢ちゃん。あのシエルが人間を飼っているなんて、意外でさ」
「そうそう、つい驚いてしまった」
「あいつにも、それなりの情はあったってことだ」
「そうだな、なんか安心したわ、俺」
二人の兵士は、何だかよく分かりませんが、納得した様子でした。
シロクマ獣人兵が頭を撫でてきます。黒豹獣人兵もソワソワと尻尾が動いています。
「人間って、可愛いよな〜」
「ああ、癒される……。俺も欲しいわ、高くて買えねーけど」
※
二人に案内されて、兵士達専用の食堂に来ました。お城にはいくつも食堂があるみたいです。
こちらの食堂は、兵士さんの食堂ということで、ガッツリ系のメニューが多いですね。肉、肉、肉と言った感じのメニューが並んでいます。
黒豹獣人兵はノワールさん、シロクマ獣人兵はブランさんというお名前でした。
二人は、私の分の昼食も注文してくれました。いい人達です。
「お嬢ちゃん、もっと肉食わねえと、大きくなれないぞ」
「そうか、一週間こっちにいるのか。また遊びに来いよ」
二人とも、人間好きの獣人みたいですね、とても親切です。
三人で食事をしていると、他の兵士の獣人達もワラワラと集まってきました。
「人間だ……」
「城の人間じゃないよな」
「可愛いな……触っていいか?」
そうして、私は食堂に集まった獣人兵の皆様にもみくちゃにされたのでした。
私をもみくちゃにした皆様は、癒されたと言って、緩んだ顔で午後の仕事に向かいました。
ノワールさんとブランさんにお礼を言って、兵士達のエリアを後にします。二人とも、午後の訓練に出ないといけないそうです。もう少しお話ししたかったのですが、しょうがないですね。
午後は図書館に行こうと思い、私は城へ戻ることにしました。
午前中に通って来た道を戻ります。城の兵士用の背の低い建物を通り抜けて、綺麗に手入れされている石畳の道を歩いていくと、すぐに城の入り口が見えてきました。
城の入り口付近まで来ると、知っている声が聞こえてきたので、私は立ち止まりました。
「この! 意気地なし! 臆病者!」
「……落ち着いてくれよ」
「私のこと、どうでもいいと思っているんでしょう!」
「違う! そうじゃないんだ……でも……」
修羅場です。
私が向かう方向から声が聞こえてきます。回れ右したいのですが、そこを通らないと城へ入れないのです。困ったな……。
こっそり覗いて、通れそうだったらさっさと通り過ぎてしまいましょう。
声がする方向には、真っ赤な顔をしたアナナさんが仁王立ちしていました。何かものすごく怒っています。
彼女の側には、いつぞやの鹿の獣人男性が縮こまって立っていました。
その時です、アナナさんが、なんと彼の胸ぐらを掴んだではありませんか!
これは、出て行ける雰囲気ではありません……。




