30:使者
前回の外出以降、シエルとの喧嘩状態はやや緩和されました。
散歩中、リードは相変わらず外してもらえないものの、以前のように強く浮気(?)を責められることは無くなりました。
私はリビングで例のモロッコ風クッションの上に乗ってゴロゴロし、シエルはテーブルの前に腰掛けて新聞を広げています。
新聞の一面の見出しには、『情勢悪化、国境沿いで隣国の軍事演習が再開される』という文字がかかれています。
前回シエルが派遣された場所の近くみたいですが、大丈夫なのでしょうか。戦争とか始まりませんよね?
もし、戦争が始まってしまえば、ペット達はどうなるのでしょうか。
昔の日本では戦争中にペットを殺害したという話を聞いたことがあります。警察所などに飼い犬を連れて行って……そこで撲殺。
最悪。
シエルに限ってそのようなことは無いかと思いますが。
「ネージュ、癒して~」
新聞の内容がお気に召さなかったのでしょうか、フラフラとこちらに歩いてきたシエルがクッションごと私を羽交い締めにしました。
「ぐえっ」
「もう最悪だよ~、まだ仕事が増える~。報酬ふっかけてやる~」
「お仕事ですか?」
「……たぶん……まだ泊まりがけになりそう、そのうちオッサンから招集が掛かるよ」
シエルはかなりすごい魔法使いらしいので、王様から頻繁に呼び出しがあるのです。
シエルの言った通り翌日、城からの使者らしき人物が来ました。
私はこの世界のグルメ雑誌を読みながら、シエルに話しかける使者をチラ見して観察しています。
何故か、使者さんは家に入る前から、とっても萎縮していたのです。見ていて可哀想なくらいに。
「で、期間は?」
椅子に反り返って座り、足を組んで……シエルが使者さんにあり得ないくらい高圧的な態度を取っています。こんなシエルは見たことがありません。
「は、はい……そそそれが」
使者さんが何やらビビられております。
「何かな? 僕は暇じゃないんだ、さっさと済ませて帰ってくれる?」
「あ、あの、前回と同様で国境沿いの任務の件ですが……」
「また? 泊まりがけの仕事はもうしないって言ったよね?」
「で、ですが……その……」
泊まりがけ任務が余っ程お気に召さなかったみたいですね。昨日は泊まりがけになりそうって自分で言っていたのに。
シエルから、ものすごーく機嫌が悪いオーラが出ています。
じーっと観察しすぎたのでしょうか、シエルが私の視線に気が付いたようです。
「ネージュ?」
びくり、と私が反応したのを見たシエルが焦ったように駆け寄ってきました。
「ごめんね、怖がらせちゃったね」
使者さんがいるのに、彼の存在を脳内消去して私に構うシエル……。ダメ大人。
グリグリと頭を撫でられます。
「ネージュ、悪いんだけど彼と仕事の話があるから、その間だけ寝室に移動してくれる?」
どうやら、私に会話を聞かれたくないようですね。
「寝室……わかった」
「ごめん、ネージュ。すぐに追い出すからね」
今度は使者さんがびくりと反応しました。本当に気の毒です。
「寝室に移動しますね。使者さんのお話を聞いてあげて下さい……」
使者さんがこれ以上、とばっちりを受けないように、そそくさと寝室に退散する私でした。




