28:お節介
こうなると分かっておりましたよ。
緊張のため、固くなっているセゾン。
そして相変わらず我関せずの姿勢を貫くビスキュイ……彼の首には未だに鎖がぶら下がっています。
無言の見合いが始まりました……。
だから、一緒に行くの嫌だったんですよ。
「鎖……取らないのですか?」
「ん? ……コレのこと?」
「はい……」
ビスキュイは自分の首輪からつり下げられた細い鎖を手でつまみ上げると、じいっと見つめました。
「いいさ、いつも付いてるから……あなたこそ、鎖を付けずに歩いているのか?」
なんだか慣れているみたいです。
いつも付けられているのですか、そんな鎖を……そして、それに対する疑問もないのでしょうか。
「私も、多分セゾンも鎖は付けませんよ?」
ね? と言うようにセゾンを見ます。
さあ、セゾン、今です! 会話に加わって下さい!
本来の私は、こんな御節介キャラではないのですよ。
「アルトは基本、城内で放し飼い……」
良かった、セゾンが返答してくれました!
「へえ……鎖って、他所から見れば変わっている習慣なのか……でも、うちへ来たら鎖付けられると思うけど……」
お見合いが成功したら、セゾンがこちらのお屋敷に嫁に来ると言うことでしょうか。
城でノビノビと育ってきたセゾン、ここでの生活に適応できるのかとても疑問です。
「ここに、いなきゃいけないの? ビスキュイがお城に来て」
「それは無理。そういう約束だとセレアルが言っていた……帰ってしまうのか?」
お見合いを止めてしまうのかと、ビスキュイが不安そうな顔でセゾンを見ました。
おお、彼はセゾンを気に入っているようです!セゾンは困ったように肩を竦めました。
「……帰るとは言っていない……でも、鎖は嫌だな……」
「……セレアルに鎖は止めるように言うか?」
「うん……」
会話が成り立っている!
何だかいい感じですね、意外なことにセゾンも彼が嫌ではないみたいです。
マイペースな彼女にしてはとても友好的に見えます。
これ、上手くいくんじゃないでしょうか。
「もう少し、二人だけでお話ししてみたらどうですか?」
私はセゾンに話しかけました。彼女も始めほど緊張してはいないようです。
セゾンが頷いてくれたので、私はその部屋を後にしました。
ふぃー、疲れたー。
私はメイドさんに居場所を聞いて、王様と侯爵様のいる部屋へと向かいました。
オッサン達は、昼間だと言うのに侯爵邸の食堂で酒盛りをしていたようです。
「おお! ネージュ、どうだ? セゾンの見合いは上手くいっているか?」
王様、お顔が真っ赤ですよ? 侯爵様もいい感じに出来上がっていますね。
ホスト側がそれで良いのでしょうか……?
「はい、二人とも仲良く話しています。大丈夫そうなので私は抜けてきました」
だって、あのまま部屋にいてもオジャマ虫ですし。
「そうか、あと少ししたら様子を見に行こう! やはり、純正同士はやりやすいんだな」
王様は何だか嬉しそうです、そして純正を強調するのは私への当てつけですか?
しばらくして、そろそろ行こうかという王様の言葉に、私達はセゾンとビスキュイのいる部屋へと向かいました。
侯爵様が静かに扉を開けると……。
そこには、仲良く手を繋いで眠るセゾンとビスキュイがいました。
恋仲になったとかそういう雰囲気ではなく、あどけない感じです。
……それにしても、初対面で一緒に昼寝って凄い。
「おお、上手くいったようだな」
王様が安堵の声を漏らしました。
「では、彼女はうちで預かると言うことで……」
「ああ、どうか宜しく頼む……大事にしてやってくれ……」
「分かっております……」
王様と侯爵様が勝手に話を進めていきます。
部外者なので私は黙っていますが、セゾンに不利な条件になれば反論するつもりです。
話し声が聞こえたのでしょうか……セゾンがうっすらと目を開けました。
「ん……アルト……」
「セゾン、起きたのか」
王様がニコニコして飛びついてきたセゾンの髪を撫でました。こうして見ると、親子みたいですね。
セゾンが動いた所為で、ビスキュイも目が覚めたようです。
「ビスキュイ、上手くいったのか?」
侯爵様がセゾンとの御見合い結果を確認します。
「うーん……彼女に聞いて」
そう言って、ビスキュイはセゾンを見た。それを聞いた王様がセゾンに優しく訪ねます。
「セゾン? ビスキュイのことは気に入ったか? つがいになれそうか?」
セゾンはまっすぐに王様を見つめ、ギュウッと彼に抱きつきました。
「ビスキュイ……は、好き。でも……アルトと離れたくない……」
「セゾン……私はお前の幸せを願っているよ……セゾンはビスキュイを気に入っているようだ。ここに嫁入りさせる」
有無を言わせない王様の返事にちょっとイラッとします。セゾンは本当に王様が大好きなのに……。
王様が決定を下してしまいました。
セゾンは、そのまま侯爵様の家へと預けられました。
正式な嫁入りはまだだそうですが……侯爵様が二人の仲を深めるとか何とか言っていました。
王様に言われた所為でしょう、セゾンは大人しく侯爵様の邸に残りました。
花嫁道具一式は後日送るのだとか……ってそんなことはどうでもいいのです!
「王様、セゾンは王様と離れたくないって言っていたのに……どうして無理矢理、預けてしまったのですか?」
帰りの馬車の中で、私は王様に不満をぶつけました。私には彼の行動が理不尽に思えてならないのです。
王様も私の反応は予想していたようですね……あっさり返答してくれました。
予想外の方向で。
「儂は今、体調を崩していてな……」
「あんなに浴びるように酒を飲んでいてですか?」
食堂で、何本もボトルを開けていたのを目撃しましたよ?
「……まあ聞け。儂はな……もう長くはないと思うのだ」
「……へ……?」
予想外の答えに、私は気の抜けた返事を返してしまいました。
「ああ、対外的には内緒にしているが、儂は病にかかっている……直す術がないそうなのだ。幸い、儂にも少しは時間があるから、その間に可愛い人間達の今後の身の振り方を考えてやりたいのだ」
躍起になってお見合いを勧めていた王様。
彼は城の人間達の身の置き場所を探していたのでしょうか。
「儂には子供はおらん、人間達は儂の可愛い子供のようなものだ……儂がいなくなった後も幸せに生きて欲しい」
「王様……」
「儂には弟がおるから、奴が次の王になるだろう……だが、弟は儂ほど人間好きと言う訳ではない。城にいる人間達の待遇が気になってしまう」
「弟さんは、人間達を冷遇するような人なのですか?」
「いや、そうとは言わない。今まで通りに世話をしてくれるかもしれん。だが、儂は『人間王』などと呼ばれているからな、新しい治世のために人間達を厄介払いする可能性もゼロではない」
「人間王……」
元いた世界で聞けば、何か人道的で素晴らしい王様のように聞こえますが……こちらでは、アレですよね犬公方と同義語ですよね。
いや、私達人間にとっては、この上なく良い王様なのですが。
「セレアル侯爵は、ああ見えて人間好きだ……セゾンは彼の元にいる方が良い」
王様の決意が伝わってきて、私は、もう反論することは出来ませんでした。大人しく家まで送られます。
ちなみに、ソルとロシェをせっついている件について聞いてみたところ、ただの純然たるお節介だと判明しました。
やはり、王様はそういう世話を焼くことが元々好きな人のようです。
「出来れば、シエルの所にもミエルかショコラを遣りたかったのだが……ネージュ、考えておいてくれないか」
考えるまでもなく、シエルが却下しそうではありますが、黙っておきました。
「つがい云々と関係ないのなら……シエルと相談してみます。相談しても、彼等を引き取れないという結果になるかもしれませんが……」
「ああ……無理なら仕方がない……それと」
馬車が止まりました。目的地についたようですね。
「儂の体調の話は他言無用だ」
公にはしたくないですよね、打つ手がないなら特に……。
「誰にも言いません。王様、無理しないで下さいね……お城の人間は皆、王様のことが好きみたいですから」
王様に何かあれば、皆悲しむに決まっています。
私自身に何が出来る訳でもありませんが、動かしようのない事実に気分が沈みます。
王様のお節介の訳を知ってしまった日でした。




