23:ホームシック
シエルが戻ってくるまであと少し。三日間でしたが、ずいぶんと彼と離れていた気がします。
王様は心配ないと言われていましたが、気にかかります。怪我などしていなければよいのですが。
晩御飯を食べた後、私は気を紛らわすためにこの間教えていただいた図書館に来ました。
辺りは薄暗くなっていますが、図書館の中は暖かい色の明かりがついています。
部屋には私の他には図書館担当の使用人しかおらず、とても静かです。
小説らしき本を一冊手に取り、近くの席に座りました。
パラパラとパージをめくりますが、集中できず内容が頭に入ってきません。
「シエル……」
獣人の世界に飛ばされ心細かった中で、私にとっての唯一の安心できる場所が彼の近くだったのでしょう。
たったの三日間で、ホームシックになるなんて。
いくら、人間がペット状態の訳の分からない世界だとしても、こんなことでいちいち不安を感じてしまう自分が情けなくて仕方がありません。
私は本を読むのを諦めました。どうせ、内容が頭に入ってこないのですから。
本を棚に戻し、図書館を出て、私はフラフラ廊下を歩きます。
シエルの仕事上、今回のように数日にわたるお仕事もまた出てくるでしょう。慣れなければいけませんね。
気分をスッキリさせるために、そのまま中庭に向かいました。
この間はアナナさんの逢引き現場を目撃してしまい、早々に退散しましたが……今の時間帯なら大丈夫でしょう。
夜は警備担当係の獣人くらいしかいないはずです。
やはり中庭には誰もいませんでした。中庭といってもとても広いので、とりあえず外周を回ってみることにします。
城の外に出た私の息は白く、肌寒い冷気が心地よいです。花も、木も、今は眠っているみたいに見えます。
ベンチに座って上を見上げると、星空が広がっていました。前世で住んでいた場所とは違い、星がくっきりと見えます。
自動車も工場もない、そういったことは全て魔法に頼っているらしいこの国は、空気もきれいなのでしょう。
私はしばらくの間そのまま空を眺めていました。
「寒くない?」
近くに人の気配を感じ、そちらを向くと、ショコラが立っていました。
この城の人間達は結構アクティブに動いているようで、遭遇率が高いです。毎回、誰かと会ってしまいます。
ショコラは私に近づくと、外気にさらされていた私の手を取りました。
「冷たくなってるよ」
私の手を両手で握ってそう言うと、彼は自分が羽織っていた上着を私に掛けてくれました。
「ごめんなさい! 私は大丈夫ですから、上着は着ていてください」
「僕は平気、今来たところだから……何していたの?」
ごもっともな質問です。
このクソ寒い中、中庭に出て空をボーっと眺め続けている女って……誰が見ても変ですよね。
「ちょっと考え事をしていました。シエルのこととか、元の世界のこととか……」
上着をお返ししようとしましたが、受け取ってくれないので、ありがたく使わせていただくことにしました。
「帰りたい?」
ショコラは私の隣に腰掛けました。
「……どちらにですか?」
シエルの家? それとも前世?
「元の世界……」
「……よく分からないのです」
この世界では人間はペット、自由に一人歩きすることもままなりません。
人間は獣人に飼われ、庇護されるべき生き物なのです。そのかわり、働く必要はなく、獣人に飼われている限りは食べ物にも寝る場所にも困りません。
しかし、それが前世に比べて良いか悪いかというと、私には何とも言えないのです。
元の世界の家族に未練があります、しかし仮に私が元の世界に戻ったとしても、またあの生活を繰り返すだけでしょう。
働いて、食べて、寝る。その繰り返しで余暇はなく、生きるために働いて、働くために生きる日々……それが一生続くのかと憂鬱になったこともありました。
でも、あの世界では程度の差はあれ、誰もがそうして生きているのです。
今の私は、まだこの問いに答えられそうもありません。
「ショコラは?」
私はショコラへ話を振りました。彼は五歳の時にこちらへ来たので、あまり覚えてはいないかもしれませんが。
「僕? 僕はこっちがいいよ、決まっている」
彼はヘラリと笑いました。断言できるのが少し羨ましいですね。
ペット歴が長くなれば、私もそう思えるようになるのでしょうか。
「ショコラは、どうしてこちらの世界が良いと思うのですか?」
「だって、自由でしょ?」
「……この世界が自由、なのですか?」
ショコラはこの制限つきの世界こそが自由だと言います。
それは、彼の前世がまだ子供だったからでしょうか。
「僕にとっては、とても優しい世界だよ?」
ショコラはこの話題について、それ以上話してくれませんでした。
「部屋に戻ろう……寒くなってきた……」
「あ、すみません……」
彼の上着を取ってしまっていたのでした。
私は慌ててベンチから立ち上がり、ショコラと一緒に建物の中へ向かいます。彼に部屋まで送ってもらうのは二回目ですね。
夜の廊下は相変わらず人通りが少ないです。さっきよりも辺りは更に暗くなっています。
「ネージュはこの世界が嫌い?」
帰り道で、ふとショコラが尋ねました。
「……いいえ、嫌いではないです」
「…………よかった」
そう言うと、彼は嬉しそうに微笑みました。
「ネージュも、早くこの世界に慣れるといいね」
私を気遣ってくれたのでしょうか、年下なのに彼は案外しっかりしているようです。
「はい……」
話しながら、私達はいつの間にか手を繋いでいました。




