20:夜の厨房
「あ、ネージュ! 来た来た!」
部屋の外でミエル少年がはしゃいでいます。そんな彼をショコラが宥めています。
「ミエル、声が大きいよ」
「……皆さんもこんな時間に……元気ですね……」
「だって、眠れないし、せっかくネージュが来たんだもん!」
ミエルが私の周りをくるくる回ります。そんな彼の頭をセゾンが落ち着かせるようにポンポン叩いています。
こうして見ると、「純正」同士の二人の雰囲気は似ています。まるで姉弟みたい。
私とショコラが燭台を持って、廊下を進みます。セゾンとミエルはもちろん手ぶらです。夜の城はやっぱり真っ暗で、静かで、すこし不気味です。
たまに城の警備の獣人を見かけるとホッとします。
階段を下りて、真っ暗な廊下を進むと、突き当たりに大きな扉がありました。
「新入り……ここが図書館」
セゾンが教えてくれました。
「図書館か……いいですね」
ここに居る間の良い暇つぶしになりそうです。
何故かこの世界の文字が私には読めます。言葉も通じます。
私がこちらへ転生し姿形が変わったときに、この世界の言語も理解できるようになったものと思われます。
図書館の扉を開けて中に入ります。
天井がとても高い部屋の壁一面に本が並んでいます。暗くてよく見えないですが、とても広い場所みたいです。
夜の探検がちょっと楽しくなってきました。
「次、城の食堂に行こう……新入り、こっち」
お城には従業員さん用の食堂があるそうです。
図書館の更に下のフロアに向かいます。案内する場所は、セゾンが決めてくれているようです。
※
「で、ここが厨房……お腹すいたぁ」
セゾン嬢も昼寝した所為で夕食を食べ損ねたようですね。
「厨房が使えれば、簡単なものが作れるのですが……」
私も自業自得ですが、お腹が減っています。
しかし、勝手に城の厨房を使うわけにはいかないでしょう。
「ネージュ、料理できるの?」
ミエル少年が不思議そうに私を見てきます。
「はい、簡単なものでしたら一通りは作ることが出来ます。お城の料理人みたいに凝った料理は出来ませんが」
「すごい! 料理なんてソルとフラジエとアナナしか出来ないと思ってた!」
ソルは本職でしたものね……。フラジエさんとアナナさんも見るからに料理できそうな感じです。
ロシェさんの名前が挙がらないのはどうしてでしょうか……深く突っ込まないようにしましょう……。
「新入り……何か作って……」
「いいですよ。 でもここの厨房って勝手に使ってもいいものですか?」
このメンバーの中で一番常識のありそうなショコラが答えてくれました。
「こっちの厨房なら大丈夫。さすがにアルトの所の厨房は勝手に使えないけどね」
「分かりました……」
貯蔵庫、諸々の場所を教えてもらい食料を運び出します。
有り合わせの材料でオムライスぐらいなら出来そうです。
セゾンが食料貯蔵庫の中身にやたら詳しいのが気になります。勝手にチーズに手を伸ばしています。
結局全員分の夜食を作りました。
「おいしい……」
セゾン嬢も満足してくれたようです。
「ありがとう……ネージュ」
「あ……はい、どういたしまして」
私の名前をセゾンが初めて呼んでくれました。新入り卒業……ちょっと感動です。
「うん、美味しい……」
ミエルとショコラも黙々と食べてくれています。
「あー、お前らここにいたのか……」
突然響いた声に振り返ると、食堂の入り口に、ソルの姿がありました。
「ソル、何しにきたの?」
ミエルがキョトンと首を傾げています。セゾンはオムライスに夢中です。
「お前らが全員いないから探しにきた……こんな夜中に何やってるんだ?」
「……ネージュ、案内してた……」
セゾンがモグモグしながら答えました。それだけで、ソルは察したようで、申し訳なさそうに私の方を見てきました。
「悪ぃ……」
「いえ、私も楽しかったので……あの、私の方こそすみません……」
ソルは人間達用の部屋付きのメイドさんから連絡を受けて、城の中を探しまわってくれていたようです。
こんな夜中に、申し訳ない……。そして、私以外誰一人として反省の色が見えない……。
こうして、楽しい夜の探検はお開きとなりました。
「ネージュ、楽しかったね! 俺、またネージュのご飯食べたい」
「……私も。また食堂に行こう、ネージュ……」
部屋への帰り道、右手をセゾン、左手をミエルと繋いで歩いています。
セゾン嬢は妹のようで、ミエル少年は弟のようです。
「そうですね、今度は夜中ではなくて明るい時間帯にしましょう」
セゾンとミエルにまとわりつかれている私は、後ろの二人の会話に気が付きませんでした。
私達の後ろでは、寝不足で不機嫌なソルと不機嫌なソルを面白そうに見ているショコラが歩いています。
「……ショコラ……お前、なに考えてる?」
「別に? 何も?」
笑っているショコラの表情からは、何も読み取れず、ソルは眉をひそめました。
「何も無い訳ないよな? 前回あんだけアルトに絡んでおいて」
「だって、タダでさえ少ない人間の中で、同年代の異性に出会えるなんて、奇跡だよ?」
予想通りの答えに、ソルはうんざりして肩を竦めます。
「……やっぱりな」
「心配しなくても、上手くやるよ?」
「……ネージュもいい大人だから、俺が口出しするつもりはない。ただ、アイツは俺ともロシェとも仲の良い人間だ。傷つける様なことはするなよ?」




