神降臨その二
その日の7時過ぎだ。喫茶店に集まった5人。
1人目は、丁寧に喋る淳。
2人目は、なまら男でバスケ部キャプテンの繁。
3人目は、バレー部のキャプテン太郎。
4人目は、バレー部の鷲掴みの伸二。
それと俺。
さっそく繁が身を乗り出すように口火を切るが、この男は声もデカイし良く喋る。
「おおおおお、伸二どうだったのよ? やべーーんだべ。まさかレッドカードか?」
「いや…なんも無いみたい。校長にがっつり怒られたけどな」
バレー部のキャプテン太郎が口を挟む。
「俺も一緒に頭下げたんだから、感謝すれよな」
「しゃーねーーべや。太郎がバレー部のキャプテンなんだからよ~。バスケ部で問題起きたら、俺だって頭下げるって」
確かに、このイイカッコしぃのなまら男なら、いくらでも頭を下げるかも。などと考えていると、話が逸れそうだと思ったのか、冷静な淳が軌道修正を。
「だけどさ、どうして小泉の掴んだの? 恨みでもあるの?」
「いや……間違ったのよ。人違いってやつ」
「はぁぁあああ?? 人違いって…誰のを掴みたかったのよ? 大体そんな事するか普通。小学生だってやんねぇぇだろう」
人違いって事は別の女のを掴もうとしたって事か? 伸二の顔をまじまじと見た。いくらなんでもヤバイだろ。小泉で良かったとさえ思えてきた。
「っるせーー! やっちまったんだから、しゃーないべや」
―――と下を向いてふくれる伸二に、淳が、「小泉先生にも人違いでしたって言ったの? クックックック」と、笑いを洩らしながら聞いている。
「言うしかねぇぇだろ。…そうなんだからよ~。なに笑ってんだよ」
「こいつバッカださ~。タケオと間違ったんだって……ガハハハハハハハ」
間違った相手の名前を太郎が言ったが、俺と淳と繁の三人はキョトンとしてしまった。タケオが誰なのか分からない。男のような名前だが竹緒と書くのか?
まず繁が、「おーーーーーーー、バレ―部でD組のタケオかーーーーー?!」と、分かったようだ。
「そうだって! 3年D組のタケオだ!……あの野郎、ブッ殺してやりてーーわ」
淳も分かったようで、「えーーー!? タケオってバレー部なの?」と、かなり驚いている様子。ようやっと俺も思いついた。D組に居るタケオと呼ばれている男の事を。
「はぁぁああああ? あの小太りで背も小さい…タケオの事か?」
「だから、そうだって。おまけに髪の毛もサラッサラで長げぇしよ~」
「太郎、なんであんなのバレー部に入れてんのよ。運動神経だって悪いだろ。……飛べるのか?」
「い…いや…全然飛べない……しゃーーないだろ居るんだからよ~。もち補欠だけど……辞めないんだって」
普段、人の事をあまり悪く言わない淳ですら、「あのサラサラロン毛もOKって…バレー部って何でもアリなんだ…」と、驚きを隠せない様子だ。
キャプテンの太郎が視線を下に落としながら、「いいんだって補欠だし、誰もかまってないし」と、ブツブツ言っている。
「キャプテンの太郎の責任だな。辞めさせるか、頭にバリカン入れるか」
「先生に言えって、ふざけんな、………ったくよ~」
その後も、暫くこの話題で盛り上がってしまったが、ようやっと本題に戻った。
「バレー部ってよ、男子も女子も同じユニホームで同じジャージなんだって。おまけに小泉まで着てんのよ。後ろから見たら、小泉とタケオって区別つかねぇぞ、お前らも見てみろや」
少しの間、全員が目を閉じてます。
「うん、似てるかもしれない」
「おおおおおお、今まで気づかんかったでや」
淳と繁は驚いているが、小泉先生の事もタケオの事もよく知らない俺。そんな事ってあるのか?
バレー部のキャプテン太郎が、それこそ大発見のようにはしゃいでる。
「俺もよ~、今日、伸二に言われて初めて知ったけど、マジビビった。あの後ろ姿は双子なんてもんじゃねーぞ。ドッペンなんだかだって」
「っだろーーーー!! やべーーんだってアイツらはよ~~」
具体的に想像できない俺だが、とにかく笑えた。
「ヒッヒッヒッヒ、校長室でも言ったのか? 間違った相手が、あのタケオだって。ヒャヒャヒャヒャヒャ」
「ああ。他に何て言えるのよ」
「クックックックック…あいつらどんな顔してた? ヒッヒッヒッヒ」
「いや…どんな顔って……唖然って顔…暫くなんも言えんかったみたいだし」
ギャハハハハハハハハハハ、俺も見たかったでや、ギャハハハハハハハハハ、苦しぃぃぃ助けてくれええええ、ヒーーーーーーーー、腹…腹…腹痛ぇぇぇぇ、などと4人の笑激が10分以上は続いた。
当人の伸二ですら釣られ、今更ながら涙を流して笑い転げている。…お前だよ、お前。
笑いがひと段落ついた頃に冷静な淳が―――
「でも小泉先生って結婚してるよね。女の人だしさ」
「ああ、女だ。旦那も居るらしいな」
「間違いでしたで済むの? アソコ掴まれたんでしょ」
「なんかよ~~、男子は元気なものですからとか言って、余裕ぶっこいてたわ」
「お前にアソコ掴まれたのにか? 欲求不満か?」
一緒に校長室に行った太郎が思い出したように、「そういえば、ほっぺた赤くして、嬉しそうだったかも」と。伸二は目を剥いて、「はぁぁぁああああああああ!!」と叫んでいる。
「だってよ~、笑顔だったろ小泉。校長なんかビクビクしながら小泉の方ば見てたって」
「あ~、そうだったかも…」
再び冷静な淳が鋭い突っ込みを入れてきた。
「でもさ~、アソコ掴んで、男と女の区別ってつかないかな~」
「おおおおおおお、だよな~。分からん訳ねーーべや。なまら違うべ」
「あ…ああ…なんか変だとは思ったけどよ~、タケオだったら、こんなもんかなって…」
「いや、小泉だったらガッツリ掴めるって。肉だ肉。男と間違ってもムリないって」
そんなくだらない話を続けていると、喫茶店のお姉さんが近寄ってきた。あれ? さっきまではマスターしか居なかったはず。
「ちょっと、あんた達さ~、さっきから放送禁止用語がバンバン聞こえてくるんだけど」
太郎と伸二の二人が慌てて立ち上がり、
「あ! アケミ先輩…っちわーーーっす」
すると繁までもが、「え…ええ! アケミ先輩なんで? あ…バスケ部の繁です、ご無沙汰です」と頭を下げる。
「ふ~ん、3人は知った顔ね。アタシ、バレー部のOBでアケミ。あんた達より2っつ上だったよね。旦那とこの喫茶店やってんだ。あんた達、ここに来たのって初めてだね」
「っちわーーっす。シグマです」
「こんにちわ、淳って言います。アケミさん、顔は覚えてます」
「なんか面白そうだね。アタシも混ぜてよ。他に客もいないしさ」
太郎がアケミさんにもあらましを説明すると―――
「ぇぇえええええええ!! 掴んじゃったの?! 伸二君、小泉のアソコば……ひーーーーっひっひっひ…男と間違ったってーーーーーーーーーーー!! グルジィ……おなかが……止めて~~~死んじゃうううううううう……ガッチリかい? アソコば? ギャハハハハハハハハハハハハ……息…息…息吸えないって、く、く、苦しい…ひええええええええええええ……ちびる…ちびるって、オシッコちびっちゃう、おなかいてええええええ…」
笑い狂った状態で、身を屈め、腹やら股間を押さえて店の奥へと引っ込んで行ったアケミさん。暫くの間、悲鳴のような声が店内に響き渡っていました。
「おい、大丈夫か、あの先輩」
「ああ、どうだべ……出てこないな」
「笑い過ぎたって死んだりしないだろ。ちびった奴は居るけどよ」
伸二が深刻な顔をしている。
「マズイって、ここってアケミさんの店かよ、知らんかった。バレー部ってよ~、男子も女子も卒業しても繋がりあるんだって……俺と小泉の件って、どうなんのよ?」
「心配するな、世界中に知れ渡るだけだ」
「止めてくれ~~」
「ところでよ、伸二とタケオってなによ? 握り合う仲って事か?」
「止めろ! キモイって」
「なら何なのよ? お友達か?」
「違う! あら、バレー部の2年に有紀って女子いるだろ」
繁が食いついてきた。
「おぅおぅおぅおぅ、なまら可愛い子だベ!」
「そうそうそうそう、すんげぇぇ可愛いぞな、有紀ってよ~」
バレー部のキャプテン太郎は首を捻っている。
「可愛いか? いっつも怒った顔してるだろ」
有紀? 俺にはサッパリ分からない。どうやら淳もそのようだ。だが、体育育館でインディアンが有紀がどうたらと言っていたような気がする。
繁と伸二のボルテージが上がり、「あの、めったに笑わんとこがいいんだって!」と、伸二が言えば、「おおおおおおおおお、なまら同意だべ」と、繁が返す。
太郎は趣味が違うのか、「めったに笑わんレベルか? 俺、けっこう喋る事あるけどよ、いっつも睨みつけてくるぞ、アイツだったらよ~」と、どうやら嫌っているようだ。
暫くの間、誰が可愛いか…と言うか、有紀がいかに可愛いかについての激論が続いく。こいつらの話しは、いつも本題からズレて、そこで盛り上がる。
いつの間にか、アケミさんが再び傍にいた。
「へ~~、今の2年に、そんな可愛い子いるんだ。アタシと比べてどうさ?」
誰もが、「え…」って感じでアケミさんを見ている。俺も見た。口が開いてたかもしれない。
「いやアケミ先輩は…別でしょう……もう…アレ……結婚なんかもしてるし。…な~みんな~」
太郎が先輩OBを気遣うように言ったのだろうが、もっとましな事を言えないのか。
「ちょっと太郎、それってどう言う意味さ。まるでアタシが女じゃないって言ってるように聞こえるんだけど。な~みんなって、誰に同意を求めてんのさ?」
「え…い…いや………そんな~」
「シグマ君って言ったっけ? アタシの事どうよ?」
「うっ……全然イケルかと……ヘイ」
「あ……アケミさん…お…お客さん…来ました……よ」
「ちぇっ! いらっしゃいませ~~」
ギロっとひと睨みして離れて行ったアケミさん。
「おおお…助かったでや」
「ああ、あの人、昔のまんまだな。結婚しても変わらんもんか?」
「俺も先輩から聞いた事あるわ。誰かの彼氏、盗ったとか盗られたとか…」
暫くの後、話題が再び有紀の事に。
「伸二、その有紀って2年とタケオがどう関係あるのよ?」
「え…あ~~、タケオのバカが有紀に説教たれてるように見えたんだって。実際は小泉だったんだけどよ~」
「おおおおおおおおおおお!! それってよ~、なまら分かるべや。むかっ腹立つべ。おぅおぅ。あの可愛いメグミにタケオのクソが説教してやがったらよ~、ケリぶっこんでやるべ」
「っだろ! 俺もよ~、最初は見てたんだけど終んねぇのよ。その説教。ダラダラダラダラいつまでもやってんだわ」
そこまで聞いていた太郎が――
「ちょっと待てって。タケオが有紀にバレーで説教なんかできる訳ないだろ。はるかに有紀の方が上手いって。よく考えろよな」
「太郎、3年の男子バレー部員が、2年の女子バレー部員より全然ダメって……クビにしなって」
ここで、タケオがいかに運動音痴かって話題に脱線。それと、運動部のキャプテンが部員をクビに出来るか出来ないかで、うんぬんかんぬん。
「そんでよ~、そうっと近寄って行ったのよ、タケオの後ろから。…小泉だとも知らんで。ほら…あのヒザカックンってヤツ。あれかましてタケオに恥かかしてやろうかってよ~」
「ヒザカックンだ~? それがなんで鷲掴みよ?」
「ああ、近寄ったら、有紀の顔がハッキり見えてよ〜。涙ぐんでたんだよな~」
「ぁぁぁぁああああああああああ!! そりゃ~許せねぇぇべ。おおおおおお!!」
「っだろ。俺もヒザカックンじゃ足りないと思っちまって。カンチョウに変更よ!」
「カンチョウ??? ………あの両手合わせて、人差し指立てて、相手の肛門にブスって…あれか?」
「おおお、それよ、それ。もうガッツリぶっ込んじゃろうって屈んだんだわ」
淳が冷静に口を挟んできた。「ある意味、カンチョウじゃなくて良かったよね。小泉先生の肛門に刺さりこんだら、どうなってたと思う?」と。思わず想像した俺は、「わ~い、わ~い、悪戯大成功って誤魔化すしかないだろ」と。するとあきれたように、「俺たち高校生だよね。わーーい、わーーいって…」と、突っ込んでくれました。
「っで、なんでカンチョウ止めたのよ?」
「ああ、差し込む寸前でな、ナニの鷲掴みの刑の方がいいって、急に思いついた」
◆
2~3日後に、俺は放課後の部活を見に行きました。バレー部の事が気になって。ある意味、野次馬根性だよな~。
あれが小泉女史の後ろ姿か。っで、こっちがタケオの後ろ姿。身長・後ろから見た髪型・足の長さ・ジャージを着てても分かる脂肪が付いた背中・ケツの大きさと形。やばい、似てる。……気を付けよう。
そんな俺の背中を、誰かがバーーンと叩いてきた。
「ヘーーーイ、シグ」
「あ~、ミクか、脅かすなよ。相変わらずテンション高いな」
「部活見に来るなんて〜珍しいよね〜。メグミと待ち合わせしてんの〜?」
「いや、ちょっとな。ミクもバトミントンだったか?」
「っだよ~~ん」
「ところでさ、バレー部の有紀って知ってるか?」
「あ~、今、サーブの打ち込みやってる子だよ。あの子、メッチャ目立つよね~」
あれが可愛いのか? 趣味の問題か?
「ねぇ、シグ〜、2年の女子がチラチラこっち見てるよ。あれって怖がってる感じと違う? なんかやったの?」
またかよ、うんざりだ。「ミクって、平気で俺に話し掛けるよな」と聞くと、「ほぇええ?? 全然へーーきだよ~ん」と返ってきた。こいつは極端に天然だった事を思い出した。でも頭はメチャクチャにいいんだよな。
「あ…でも言われた~。ミクって平気でシグマと喋ってるけど大丈夫って……イミフだよね~」
「俺は猛獣かよ…」
「ある意味あたってるかも~。キャハハハハ。シグってさ~ビリビリするよ。私はぜーんぜんヘッチャラだけどね~」
「ビリビリ? ふ~ん……なんで平気よ?」
「なんかさ~、シグってカワイイしょ。エッチっぽいし」
「エッチでカワイイってか……。意味も無く恐怖を感じられるよりマシか」
「今度さ~、メグミに内緒でデートしよ。また、お尻フリフリダンス見せてあげる。あ……メグミ来た。じゃ~ねーーーシグ。チュッ」
メグミの部活が終わるのを待っていた。こういうのって苦手だ。
二人での帰り道の事。
「ちょっとシグ、ミクと仲好過ぎ」
「そうかな~?」
「うん。だってさ、他の女子とは全然喋んないのにミクだけ……」
「それって、他の女子が俺の事を極端に避けてるって最近知ったわ」
「あ~、別に嫌ってる訳じゃないんだけどね。だってさ~、みんなシグマって呼ぶじゃん。親しみを込めて……だけど怖がってるね。なんかやった?」
「何ができるって…俺に」
「そう言えばね、なんかの授業の時にリカがシグの教科書を机から落としちゃったんだって。それ拾って謝ろうとしたらギロって睨まれて……ちょっとだけちびったって」
リカって誰だ?
「覚えて無いんですけど」
「トイレで泣いてたから、慰めて下着買いに行ってあげたんだよ、私」
「げ……、オシッコちびったって…ものの例えじゃないの?」
「マジマジ。ちょっとイメージチェンジした方が良くない?」
「これが俺だって。……お、そうだ。実験したい事あるから、ちょっと鞄おけよ。ちょうどジャージ着てるし」
メグミに少しだけ足を開かせ、腰に手を当てて立たせてみた。俺は後ろに回る。
「こう?」
「そうそう、動くなよ~」
「ギャッ!!」
「あれ~、けっこう掴めるな」
「イタタタタタタ…ちょっと離して! 指、変なとに入ってる!」
「ん…抜けない……力抜いて足を開きな」
「ちょっと~~、いったい何の実験?」
「掴めるかの実験」
「いっやーーー! っで、どうさ?」
「掴めた。なんで?」
「太ったの! そしたらアソコにも肉が付いたの! バカ!」
高校時代の思い出話しは、これで終わり。
小泉女史のアソコを鷲掴みした伸二君は、卒業するまで彼女ができなかった。それどころか、伸二君に後ろを取られないようにと警戒する女子が後を絶たなかった。
また、あの大事件以降、伸二君は「ゴットハンド」と呼ばれ全校生徒から畏れらることに。
更には、神が舞い降りた事件として、皆の記憶に深く刻まれることにもなった、股間鷲掴み事件。
もしかすると、伸二君に想いを寄せる可憐な乙女が居たのかもしれない。しかし、ゴットハンドと付き合う勇敢な乙女が現れるはずもない。いつ神が舞い降り、ゴットハンドが再起動するかも分からない男だからだと、男子生徒もビビってしまったからだ。
しかし、股間を掴まれた小泉女史は、部活や廊下でゴットハンドとすれ違うたび、頬を染め、悩ましい視線を送っていたのも事実であった。




