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  作者: シグマ君
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温泉での事件

「今から行く温泉ってデッカイの?」


 助手席のユイが随分とはしゃいでいる。運転している俺を見たり、後ろを振り返ったりと、たいそう忙しそうだ。


「あそこの温泉、ユイは初めてか?」


 運転している俺のシートの後ろから、ますみさんも楽しそうな声で、「あ~、そうかもね。日帰り温泉って、あんまり行かないしね」と。それと、今日はもう一人乗っていた。ユイの後ろのシートから声が聞こえてくる。


「私もなんだか楽しみ~」

「うんうん。だよね~。サキちゃんのオッパイ、モフモフしちゃおーーっと。ウッシッシッシ」

「だめ~~、ゆっちゃーん」

「サキのオッパイ大きいから、揉みごたえありそうだもんね」

「おねーちゃん、怒るからね!」


 姪っ子のユイに「オッパイオッパイ」と言われ、「ぅぅぅ…」と微妙に唸っているサキちゃん。ルームミラーには真っ赤な顔が映っていた。めっちゃ可愛い。


 今日はドライブを兼ねて温泉に行く事に。

 運転手は俺。助手席にはユイ。俺の後ろにはますみさん。ユイの後ろには、ますみさんの妹でユイの叔母で俺の初恋の人―――サキちゃんが座っている。


 サキちゃんと同じ車に乗ったのって初めてだ。笑った顔も怒った顔もとにかく可愛い。フランス人形みたいな顔でストイックな雰囲気。姐さんの妹とは思えん。

 ますみさんは165㎝くらいだろうが、それよりも背があるサキちゃん。170は無いよな。いや、あるかも。






 3時間前


 ピンポーーン、ピンポーーン、ピンポーーン。3回の立て続けのチャイム。これはユイか姐さんのどちらかだ。

 俺はベロとの散歩も終えて二度寝の真っ最中。それも、布団に入っての本格的なやつ。時計を見ると9時ちょっと前。ますみさんとユイの声が聞こえる。ベロが玄関越しで挨拶をしているようだ。


「シグーーーーーーー!何やってんのーーー!」

「シーーグーーーマーーー!開けろーーーーーーーーーーーーーー!」

「わんわんわんわんわん」


 これは起きなければならないらしい。真冬でも下着だけで寝る俺は、二度寝であってもしっかり脱いでいる。ズボンを履かなければさすがに出られない。どこだ、ぇ……朝の生理現象が。ゴワゴワのジーパンあったはず。どこだ、どこだ?


「ちょっと待っててーーーーーー!今起きたからさーー!ズボン履くからーーーー!」


 玄関前で、ますみさんとユイの笑い声が。居間からはバリバリバリバリ…と、ベロが嬉しさ余ってドックフードを食べる音も。

 あった、あった。これ履けば分からんだろ。

 俺が奥の部屋で起きたのに気づいたのか、飛ぶように走って来るベロ。ギャウギャウ言いながら履きかけのジーパンの裾を引っ張り始めた。


「やめろ、何やってんだよ。あ…バカ、パンツ下げるな」


 飛びつかれた拍子にパンツまで下げられ、上を向いたものまで出る始末。慌てて辺りを窺っちまったじゃねぇぇかよ。


「ま~~だ~~? ユイには目隠しするから別にいいよ~~」


 ベロと格闘しながら、挟まないように慎重にファスナーを上げた。ようやっと履けたぜ。げっ……見た目わかるし。

 丈の長いシャツを引っ張り出して、何食わぬ顔で玄関を開けました。


「おっそーーーー!ベロた~~ん、ナデナデ」

「なんで長袖のシャツ着てんの? 7月だよ。暑苦しい」

「いや…ちょっと…あせっちまって間違った。アハハ……」


 あの晩から10日くらい経ったけど、この姐さんは凄いわ。俺なんかどう接して良いものか悩ましかったのに、全然普段と変わらんときた。3日前には晩飯まで持て来るし、こっちがオロオロしちまったぜ。エロオーラ出してるのは変わらなかったけど。母は強しってヤツなのかね。


「ベロたん、散歩行ったの?」

「バカ、ベロの前で散歩って言葉を口にするな!」

「???」


 キョトンとしているますみさんとユイの足元をすり抜け、玄関ドワの前にお座りをするベロ。尻尾をバンバン振って。


「へ…?」

「散歩はもう行ったの! あ~あ、ユイ、お前が行ってこいよ」

「ぇぇえええ? ベロたん、散歩って言葉に反応しちゃうの?」

「あはははははは、すっごくカワイイ。ユイ行っておいで」

「知能犯のような気もするけどな」

「わーーった。ベロたん行こう!!」


 リールを付けると、僕について来いって感じでユイの方を振り返りながら走り始めた。気のせいか、いつも以上に背筋を伸ばして、足も高く上げているように見える。ベロはとにかく人間の女が好きだ。


「シグ、どうせ朝ごはんまだなんでしょ」

「お!」

「海苔の巻いたおにぎりって嫌いだったよね」


 ちょっと大きめのカゴを持っていたますみさん。中から出てきたのは焼き魚と煮つけと、ごま塩の握り飯2つ。なぜか海苔の巻いた握り飯があまり好きじゃない。海苔弁当も好みじゃない俺。


「いただきまーーーす」


 この姐さんの料理は美味い。煮つけは、しっかり出汁がしみ込んで、握り飯も不思議と美味しい。なぜなんだろう。俺の作った握り飯はあまり美味しくない。よく、空気を入れながらむすぶと聞くが、さっぱり分からない。そういえばこの姐さん、管理栄養士の資格を持っていて、そっち系の仕事だったはず。それにしても美味いな。


「今日も暑いわ~、まだ、こんな時間なのにクラクラする」


 室内の温度計を見ると30度を超えていた。


「最近、北海道もめっちゃ暑いよね。本州と変わらなくなってきた。しっかし、よく寝ていられたね。こんだけ暑い部屋で。あんまり暑いからさ、温泉でも行こうかってことになったの。シグ暇でしょ」

「ああ、予定は無いよ」

「行こ、行こ、行こ。そのつもりで、家でサキに準備させてんの」

「おお! 行こうぜ!」

「ちょっと~、サキも行くって言った途端、態度変わり過ぎ」

「そ、そんな事は…ないです…よ」

「まぁ、いいけどさ。その件は今度ゆっくりとね。シグマ君」



 俺の車は8人乗り。今となっては独身男にこの車は無駄に広い。でも4人乗っても楽々でいいわ~。

 ベロはお留守番です。車庫の奥に繋いで、鎖は車庫から出れるギリギリの長さ。奥には水もちゃんと用意して。ただ、我儘なこいつは温くなった水はあまり飲まない。


 なぜか車庫付の一軒家を賃貸し続けている俺。ペットOKの一軒家って、なかなか見つけるのが難しい。アパートやマンションであれば、すぐにでもあるのだろうが、ここの居心地が良い。ますみさんとユイの親子が近所に住んでいるのが大きい。更に、今年になってからサキちゃんも同居を始めていた。


 冬の北海道は灯油代が掛かるからオール電化の方が安く済むのだろうが、アパートやマンションは、音やら何やら近所迷惑が面倒で、いまだ一軒家でガンバッているのだ。



 とにかく今日は暑い。クーラーの効いた車に乗っているのが一番だと、ちょっと遠めの温泉に行くことに。家から2時間くらいの山奥の温泉に決定。家で準備をしていたサキちゃん拾って4人でゴーー―!

 サキちゃん、ピチピチのジーパン穿いてエロカーイイ!!


「シグ君、こんにちわ。久しぶりだよね、元気だった?」


 俺は緊張して上手く喋れない。「うん…元気…サキちゃん…」っと口ごもっていると、後ろから頭をパーーンっと姐さんに。「痛でっ…」大きな目を更にまん丸にしたサキちゃんが、「え…???」って口を押えていた。

 サングラスを掛けましょう。目線がバレないように。





 温泉は広くて気持ちがいい。時間帯が良かったのか男風呂は空いており、3人程度しか入っていない。内風呂から上がり、何気なく縁に腰を下ろしていると扉が目に入った。


―――あれって何だろう……銭湯とか温泉って、男女の仕切りに必ず扉ってあるよな。なんの目的なんだろう。清掃? 子供のため?……あれ…開いた。誰か向こう側から開けた。……露天風呂に繋がる扉なのかな。……あの人、こっち見てキョロキョロしてる。誰かを探してるのかな……え? オッパイ? …オンナ? きっと子供だろ。えええええええええ…生えてる! オッパイもでかい。子供じゃないぞ。……こっちが男風呂だって気づいたみたい。あ、閉まった。けっこう長い間どこも隠さんで突っ立ってた。急に見せられても反応しないもんだな。アハハ…


 座っていた縁から扉までの距離を歩幅で測ってみると5メートルも無い。顔は覚えていない。見て無かったのか。



 

 けっこう長く入っていたつもりだが、休憩ルームには誰の姿は見えない。女って長風呂だよな。暇だ。牛乳って売ってるかな?

 雑誌を読みながら牛乳を飲んでいると、「シグマ~待った~?」っと、ユイのやたらとデカイ声。続いてますみさんも、「気持ち良かった~。暑い日はまた格別だね」と、火照った顔で歩いて来る。その後ろにはサキちゃんが。

 この2姉妹はスッピンでもあまり変わらない。目鼻立ちが派手なせいか。


「いや、さっきあがったとこ。女風呂、混んでた?」

「う~うん。空いてた」

「ところでさ、男風呂に間違って女の人入って来て、すっげーービックリした」


 サキちゃんの顔が信じられないほど真っ赤に変わった。その横で仰け反るように笑い始めたますみさん。「ぎゃははははははははははははははははーーーーーーー」っと。唖然とする俺にユイが突っ込んくる。


「シグマ見たの? 他に見た人って居た?」

「い、いや……見たのって…俺だけ…だど…」


 思い出しました。あの女の人は非常に背が高かったのを。まさかサキちゃんだったの? そのサキちゃん、真っ赤な顔で睨んでます。俺の事を。腹が痛いと笑い続けるますみさんが途切れ途切れに、「ヒーーーッヒッヒッヒッヒ、見たのかーー! ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ…どこ見たーー? グルジィ…」などと。正直な俺は、「あ…ああ…正面から……見たかも……タオルで隠してなかったし…」と答えていた。ユイのバカが更に突っ込んできやがった。


「大事なとこも見ちゃったの!」


 ここで気の利く事でも言えばいいのに、テンパっちまった俺は慰めにもならない訳の分からん事を。


「だ…だだだだ大丈夫だサキちゃん。毛っ毛で中は見えてないから…」


 完全にサキちゃんだと特定してるし、いったいどの毛だよ。

 サキちゃんは「ケーーーーー??!!」っと叫ぶ。顔から火が出るとは、こういう状態を言うのか。笑い過ぎて立っていられなくなったのか、ますみさんが椅子に片手を付きながらも、まだ喋る。


「ひぃぃぃぃ、シグ~、そこばっかり見てたんだ……ギャハハハハハハハハハハハ。普通はオッパイ見るだろオッパイ。アヒャヒャヒャヒャ~~」


 止せばいいのに、それに答えようとする俺は、「い、いや…見た…ちゃんと見たって…オッパイも、でっかいの…」と。誰か俺を止めろ。

 さすがにサキちゃんの顔を見ていられなくなり、「ちょっ、ちょっと…タバコを…」と、ぎこちなく回れ右をして喫煙コーナーへ。すると、タタタタタタ…っと音が近づいてきて、次の瞬間に身体に衝撃が走った。


「グェッ!!……誰? グルジィ…」


 握られていた。





 帰りの車内。助手席はますみさん。ユイはその後ろ。サキちゃんはセカンドシートではなくサードシートで横になってます。

 ますみさんが俺に身体を寄せ、笑いを堪えたような小声でコソコソと話し掛けてきます。楽しそうに。その後ろに居るユイはダンボの耳。


「ひっひっひっ、しっかり握られて、おめでとうシグマ君」

「……」

「まさか、あんたあの状態で…ヒャハハハハ」

「それはムリです」

「だよね~。それだったらドMだもんね。ヒャッヒャッヒャッ」



とか言いながらも、ますみさんの視線は俺の下半身に注がれて確かめてます。



「あの痛みは女性には理解不能」

「あの子ね~、昔からテンパルとパニクルのよね」

「わかるようで、わからん」

「突飛な行動に出ちゃうの。あり得ないような行動に。ひっひっひっひ」

「何をしたかったの。いくらなんでも…サキちゃん…」

「シグにアソコがっつり見られて強烈に恥ずかしかったんだわ。そいで、イーブンにしなきゃって思ったら、勝手に身体が動いたって感じでしょ。ひーーーーーっひっひっひっひ……久々に腹が捩れるほど笑わしてもらったわ。あはははははははは」

「……それはそれは楽しそうで」

「でもさ、見られたくらいで、あそこまで恥ずかしがるかね? アタシだったら、見られた時にシグのも見に行くけどね」


 俺は想像してしまった。扉を開け放って素っ裸で立っているますみさんの姿を。そして唖然と見ている俺と目が合うやいなや、ズカズカと男風呂に侵入してきて、股間を覆っている俺のタオルを引っぺがしてガン見する。この人ならやりそうだと助手席のますみさんを横目で見ると目が合った。


「ん?シグ、なに考えてた?」

「いやいやいや…何にも」

「ふ~ん…でもさ~あの子の毛って薄いからさ~、シグ、ガッチリ見えたんでしょ。生娘の見ちゃったら高くつくよ~。ヒッヒッヒ」

「キムスメって…あんたは悪代官か。……それに23でしょ」

「い~や、あの子はまだだね。見れば分かるって」


 2時間もの間、サキちゃんはサードシートで寝たふりを続けてます。その間ますみさんは、目をギラギラさせて俺をからかってました。

 ますみさん達の家の前に車を横付けすると降りて行く3人。


「シグ、ほんじゃ~、まーーたね~」

「シグマ、バイバーーイ」


 サキちゃん、俯いたまま無言です。ひぇぇぇぇぇ…



 その夜、サキちゃんに謝ろうと俺は飯も食わんと考えていた。なんと言おうかと台詞をノートにまで書いて。すると10時過ぎに家電が鳴り―――


「……シグ君…私…分かる?」

「え……サキ…ちゃん?」

「うん……ごめんなさい」

「え…そんな……俺の方こそゴメン」


 なんと言ったらいいのか。俺はさっき書いていたノートに視線を向け、必死に頭を巡らせる。


「私……すごく…恥ずかしい……男の人に見られたの初めてで……変な事までしちゃって……お願い…誰にも言わないで」

「うん、言う訳ないよ」

「ほんと?……約束してくれる?」

「うん、約束だ」


 不思議な感覚だった。とにかくサキちゃんから電話が掛かってきたのが初めてで、嬉しかった。きっとサキちゃんは、思い切って勇気を出して掛けてきたのに、俺はワクワクドキドキしている。


「サキちゃん……ひとつ…いい?」

「ぇ…なに?」

「恥ずかしかったら、ゴメンだけど」

「うん、言って」

「サキちゃん綺麗だった。凄く」

「……」

「ご、ごめん。傷つけるつもりじゃ…」

「うん…大丈夫。なんて言ったらいいのか……分からなくて」

「小学3年生の時に、初めてサキちゃんを見た」

「え?………うん」


 俺はあがってしまっていた。俺の方から電話を掛けようかと迷っているうちに電話が掛かってきた。何を喋ったら良いのか全然わからなかったが、せっかく話ができたのに、温泉の件だけで終わらせたくなかった。


「サキちゃんは5年生だった。それが俺の初恋」

「え……ほんと…に」

「急に変な事言って、ゴメン」

「うん、いい…よ」

「ビックリしたの覚えてる。サキちゃんキラキラしてて……。俺、自分がくすんでるみたいで恥ずかしかった」

「……え……」

「サキちゃん、あの時と変わってなかった。キラキラしてた」

「そう…なの?」

「うん、だから……その~…サキちゃんを傷つけるような事は、俺、絶対にしないから」

「うん、わかった……ありがとう」



 言ってしまった。ある意味告白だよな。これって。

 バツイチ男が初恋の人に、今更、ずっと大事に思ってますって………説得力ゼロ。はぁ…

 でも、小学3年の時に初めてサキちゃん見た時の衝撃は忘れられない。ほんとにキラキラ輝いてた。偶然、高校も同じだったのに、話しかける機会すら無かった。いつか喋る事が出来ればいいな~て思っていたのを思い出してしまった。


 どんな事があろうとサキちゃんを傷つけたくないな。でも俺はサキちゃんとどうなりないのだろう。




 今日の温泉大事件のせいで、高校の時にあった、ある事件を思い出した。

 あまりの出来事に、学校中に衝撃が走ったあの事件。それを少しばかり語ろうかと思う。


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