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  作者: シグマ君
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最終章 完

 列車にブレーキが掛かったようだ。目を瞑ったままで眠りから覚めた。何処の駅だ? 車内のアナウンスはとっくにあったのだろうが、眠っていたせいで気づかなかった。

 窓の外を見れば分かるかもしれない。いや、よそう。このまま瞼を閉じていよう。そうすれば、きっとまた夢を見れる。さっきの続きを。

 楽しい夢だったような気がする。もう一度、夢の中に入りたい。


 ガッタンという衝撃で思わず瞼を開いてしまった。列車と言う乗り物はもうちょっとスムーズ止まれないものか。上手いこと眠りに入る事が出来そうだったのに。


 眩しいのが嫌でカーテンを引いていた。どこの駅に着いたのだろう。

 カーテンを開けると、窓ガラスが曇って何も見えやしない。随分と外の気温が低いんだな。ガラスを拭くと、大粒の雪がびっしりと降っていた。それこそ、ボタボタと空から落ちてくるような降り方だ。



 その駅は特急が止まるにしては随分と小さな駅。

 屋根の無いホームを俯き加減で足早に改札口へと向かう人の姿が、降り注ぐ雪の隙間から見える。10人も降りなかったようだ。頭や肩に雪を被り、足元を注意しながら歩く女の人の背中が、誰かに似ているように思えた。


 数十秒しか停車しない特急列車が、止まった時と同じようにガッタンと音を立てて動き出す。新たに乗る人は誰もいなかった。その列車は、降りる人を吐き出した途端、まるで何事も無かったかのように走り始め、妙な淋しさを覚えた。


 雪で覆われ駅名は読めなかったが、馴染みのある駅だと分かった。後1時間くらいで着く。向こうも降ってるのかな?


 走り去る外の景色は何も見えない。目に映るには、空との境界も分からないほど雪に覆われた道路や畑。それでも、降る大粒の雪だけはハッキリと見える。この時期の雪は重い。などと考えているうちに、列車の振動と暖房のせいか、再び睡魔に襲われ、何も考えずに身を任せていった。夢を見た。

 いや、それは夢ではなく、ただ思い出していたのかもしれない。眠りながら。




 警察署の中ーーー殺風景な部屋の中で、一人で椅子に腰を掛けていた。ここって、もしかしたら取調室か?

 確かに、映画やドラマで見たことのあるような造りだ。スチール製の安っぽい机を挟んで、肘掛もないパイプ椅子が向かえ合わせに2脚。それの一つに俺は座っている。

 部屋の隅にも椅子と机がぽつんとあった。後は窓があるだけだ。ここまで無愛想な部屋を実際に見たのは初めてだ。


 泣きながら怒っていたサキちゃんの声が、やがてすすり泣きに変わり、今はその声も止んでいる。突然、誰かのヒステリックな声が響く。


「ちょっと! どこ! どこにいるの! ここにいるんでしょ! 出しなさいよ! うちの徹さんに怪我させた犯人、逮捕したんでしょ! ここに連れて来なさい!」


 女の人の声だ。腕時計に目をやると、もう夜中の12時を過ぎていた。


「奥さん、あなたは?」


 そう聞いたのは、さっきこの部屋から出て行った私服刑事の声のようだ。ヒステリックな声の主は、俺に叩きのめされた二人連れのどちらかの母親らしい。声が丸聞こえだ。

 ここって取調室じゃないのか。いくらなんでも声が筒抜けすぎる。


 警官が何かを言うたびに、「まだ未成年なのよ」を繰り返す母親。その母親の言葉を借りれば、たいそう勉学に励んでいる良い子だそうだ。その良い子が友人と公園を歩いていると、二人の不良に絡まれ、止むを得ず殴り倒したところ、その連れと思われる女三人に誘われるまま、林の奥に入って行ったのだと説明している。


 いったい誰が作ったストーリーだ? 凄いね、恐れ入ったわ。


 母親は更に続ける。

 良い子の息子は、自ら服を脱ごうとする三人の女に、ふしだらな事はやめなさいとたしなめていたそうだ。そこに突然現れた、とんでもない乱暴者に殴られ蹴られ、挙句の果てには、大事な大事な生殖器まで蹴られたのだと言う母親。どうやら、俺は頭のおかしい無法者って事らしい。


 サキちゃんが反撃を始めた声がする。男の生殖器を示す隠語をバンバン使って。サキちゃん怒ったら凄ぇぇ。

 警官達が止めに入っているうちに、もう一人の母親も現れ、当然のようにそのバトルに参戦したようだ。さすがに警官達も腹が立ったのか声を荒げている。


「あなた達の息子は、女子中学生をレイプしようとした可能性があるんだと言うことを忘れてもらっては困る!!」

「レイプですって!! バカなこと言わないで!! 何を証拠にそんな出鱈目を!! 証拠があるなら見せてちょうだい!」



 そのうち、父親らしき男が現れたようだ。女房はバカでもオヤジはまともなんだろうと思いきや、同じだった。


「種無しになったらどうしてくれるんだ!! それどころか立たなくなったかもしれないんだぞ! 折れてたら大変なんだって事が分からんのか!」


 ずっとそれを繰り返す、股間オヤジだ。


 そうこうしているうちに、さっきの私服刑事が俺が居る部屋に戻って来た。


「なに笑ってんだ。可笑しいのか? お前のことなんだぞ」


 不謹慎なのだろうが、あまりのバカバカしさに、とにかく笑えた。股間オヤジが更に何かを言いかけた時、バチーーン、ガタガタガターっという音がして、急に静まり返った。


「もう一発殴ろうか? この変態ジジー!」


 サキちゃんの声だよ。完全にブチ切れてる。

 長年バレーボールをやってたおかげで、スナップの効きはきっと凄い。おまけに男と変わらないくらい背も高い。やべーー。


 いっそう騒がしくなり、誰が何を怒鳴っているのか全く聞き取れない。俺の目の前に座る刑事は、どうでもいいと言いたげな表情で、向こうに戻ろうとしない。タバコに火をつけ、俺にも「吸うか?」とすすめる。ショートホープだ。最近このタバコを吸う人をあまり見かけないな。

 一本抜き取り咥えると、ジッポの炎を近ずけてくれる。俺の好きなオイルの臭いが広がった。


 天井に向かって煙の輪っかを吐き出す刑事。


「あの子、あんたの彼女か?………そうか、美人だな。付き合って長いのか?」






 列車のアナウンスで現実に引き戻された。眠っている間に再び曇ってしまった窓を擦り、外の景色に視線を向けるが、相変わらずのボタ雪だ。大雪だな。


 また小さな駅に停まった列車。この駅では降りる人も乗る人も見えない。何かの儀式のように、誰もいないホームで開いた扉を一斉に閉めた。動き始めた列車。いつの間にか、また眠っていた。






 朝を迎えた。机に手を置き、その手に額を乗せて眠っていた。手が痺れてはいるが眠れた。やっぱり疲れていたのだろう。

 部屋には誰もいない。あの刑事が何時出て行ったのかも覚えていなかった。見ると、机の端にショートホープが三本と、何処かのスナックのマッチが無造作に置かれている。迷わず吸った。マッチを擦った時の硫黄の臭いがタバコにも移る。その臭いはあまり好きではないが、贅沢は言ってられない。あれ? 年配の男の声だ。この声には聞き覚えがある………親父だ。誰が連絡したんだ?


「丞!! 聞こえるか? 丞!!」


 親父が俺の名前を丞之介と命名したくせに、ガキの頃から省略して「丞」と呼ぶ。長くて呼び難いからだそうだ。だったら最初っから別の名前をつけてくれよ。もっとカッコいいやつ。


「丞!! きっちり、かた〜つけたんだろうな!! 嫌がる女の子に突っ込もうとするなんざ、とんでもねぇぇ野郎だ。二度と女の抱けねぇぇ身体にしてやったんだろうな!!」


 他に言いようがあるだろ。ヤクザの家じゃあるまいし。と思っていると、向こうの親とのバトルを始めやがった。サキちゃんや警官の怒鳴り声もまた聞こえ始める。どうなってんだ? サキちゃんも家に帰ってないの?


 ワーワーギャーギャー騒がしい中で分かった事がある。どうやらサキちゃんがアネキに連絡をして、そのアネキから親父に連絡が行ったって事が。バトルの最中に初対面の挨拶を交わしている親父とサキちゃん。慌ただしい人達だ。




 昼過ぎになって、俺はちょっとした会議室のような部屋に連れて行かれた。そこには、親父とサキちゃんも居て、部屋の向こう側には鼻の周りを包帯でぐるぐる巻にして、右手を吊っている男がいた。あいつだ。木にもたれて女の子の身体を弄っていた奴。

 そいつは伏し目がちにオドオドしているのだが、その周りの中年のオッさん二人とババ二人が物凄い目で俺を睨んでくる。


「訴えてやるからね!! うちの智史をこんな目に合わせて………絶対に刑務所に送り込んでやるから待ってなさい!」



 もう一人の野郎が居ない。睾丸がどうしたこうしたと刑事が言っていたから、まだ治療してるのだろう。

 サキちゃんと親父がズカズカと近寄って行く。二人して殴りつける気か? 警官に押し戻されながらも指を差して怒鳴ってる。それにしても、警察はどう言うつもりだ。被害者と加害者を同じ部屋に同席させるなんて聞いたことがない。



 俺の後ろのドアが開けられた。まだ登場人物が増えるのかと振り返ると、ますみさんに肩を抱かれたユイが立っている。



「どうして? 姐さん、なんでユイをここに連れてきた。まだ中学生なんだぞ。止せよ、これ以上ユイに辛い思いさせるな!」



 ますみさんは、包帯を巻いた男から片時も目を逸らさない。俺の方など見もしないで口を開いた。



「シグ、あんたは黙ってな。うちの家系はそんなヤワじゃないんだよ。ユイも私もサキも………なめんじゃねーーぞーーー!! テメー、うちの娘に何やったーーー!!ただで済むと思ってんのか!!」



 ますみさんのドスの効いた啖呵で部屋の空気が凍りついた。隣のユイはドアの所から入って来ようとしないが、しっかりとアイツを見据え、そして指を差す。


「あいつ……… あいつに触られた!! もう一人の奴と無理に林の奥に連れてかれて……胸とか………身体何度も何度も触られた!! 怖かった……怖くて怖くて……逃げて……シグマとサキちゃんに電話で助けてって………シグマ来てくれた。…………うちが言った! あいつらやっつけてって、うちがシグマに言った!! 佳織と友子ば助けてって。……うち……泣き寝入りなんかしない!! 被害届出す!! シグマは ………うちらのこと助けてくれた………オマエーーーー!! 卑怯だーーーー!! 絶対許さない!! あんな事したくせに…… ちくしょう……ちくしょう……チキショーーーーーー!!」


 唇を噛んで必死に泣くのを堪えている。数人の警官がユイの言葉を聞いてアイツ方にに駆け寄って行く。


「複数での婦女暴行未遂、輪姦未遂で逮捕する」


 その場で手錠を嵌められた男。俺は叫んでいた。


「待て! 待ってくれ! ユイに被害届なんて出させるな!! ますみさんダメだ! やめさせろ!! こんなくだらねぇぇヤツのためにユイを晒すな!!おい! テメー、智史って言ったか? もしユイが訴えることになったら、テメー、殺すからな!! 絶対に殺す。そのツラ忘れなぇぇからな」


「お巡りさん、智史にナニやってんの!! 離しなさい! 離せーーーー!! あいつを逮捕しなさい!! 今、智史を殺すっていったでしょ! 立派な脅迫でしょ! 逮捕しなさいよ!!」






「この列車はあと10分少々で終点に到着いたします。ご乗車の方はお忘れ物のないよう………」


 車内のアナウンスで目が覚めた。

 あれから2年が過ぎた。あの後ーーー2〜3日後に、あれほど強気だった向こうの親達は、何故だか急に低姿勢となり、ますみさんの家に、かなりまとまった金を持参して詫びに来たらしい。それこそ、ずっと地べたに額を擦り付けていたそうだ。しかし、怒りの収まらないますみさんは、金を叩きつけて追い返したと聞いた。


 更に2〜3日後、今度は弁護士が来て、こう言われたそうだ。



「黙って受け取った方が、お互いのためなんですよ。そちらのお怒りも重々承知しておりますが、冷静に考えてください。所詮と言ったら語弊があるでしょうが、レイプ未遂である以上は、強制わいせつ罪。ましてや未成年で前歴もない。保護観察処分ですよ。おわかりですよね。お嬢さんが恥ずかしい思いをしてまで訴えても、その程度なんです。それと、お嬢さんのお友達の親御さん達は、すでに示談に同意してますよ。もちろん、あの……なんて言いましたかね……私の依頼人に怪我を負わせた方。あの方を訴え出ることも致しません。この書類には、それも明記させれてますから、よく読んで考えてください。返事は明日と言うことで」


 次の日、再び現れた弁護士は、ますみさんの意向を聞く前に、示談の金額を倍に提示して、こう言ったそうだ。



「もう、これで終りにしましょう。私の依頼人も酷く反省しております。それに、ここからかなり離れた街に住んでますので、偶然会う事などないはずです。………一生、顔を合わせる事などないんです。お嬢さんのためにも、こんな事は早く終わらせて忘れるのが一番です。ですから……もう………脅迫みたいな真似は………」



 どうやら、その脅迫もどきはアネキの仕業だった。どう言うツテを使ったのか、あいつらの住所やら父親の職場も見つけ出したアネキが、その職場に笑顔で出向いたそうだ。



「裁判なんて私には興味が無いの。あなた方家族が、どこに逃げようが必ず見つけ出してあげる。まだ中学生の女の子に未遂であろうとレイプしようとして、のうのうと生きていられると思ってた? 大手を振って街を歩けると思った? あなたの親戚縁者ぜーーーんぶ、世間から後ろ指刺されながら暮らす覚悟あるの? とことんやるから、引越し先とか次の仕事、探した方がいいよ。でも、必ず見つけ出すから」







 列車から降りると、やはり大雪だった。

 改札を抜けて駅を出ると、向こうの方に傘をさした背の高い女性が、黒い犬を連れて立っているのが目に入った。

 何だか照れくさい。それでも顔がほころぶ。

 待っていられないとでも言うように、ベロが……いや、サキちゃんがベロと一緒に物凄い勢いで走ってくる。

 まず、ベロが俺にジャンピングアタックを食らわせ、次にサキちゃんのボディーアタックだ。


「グェ……」


 雪で足元が悪く、そのまま仰向けに転んでしまった俺の上にはサキちゃんが居る。

 大勢の人が重なっている俺とサキちゃんを見ながら通り過ぎてゆく。ベロが嬉しそうに吠えている横で、長い口づけを交わす。



「おかえり、丞之介。やっと卒業したね」

「ああ、ただいま」




 電気を消しても、外の雪明かりが室内をも薄っすらと照らす。

 二人でベットに入るが、なかなか寝つけそうにない。

 俺の腕枕に頭を乗せているサキちゃんが、囁くように、歌うように、話しかけてくる。


 あなたのことを教えて。

 もっと、もっと知りたいの。

 ずっと昔からの事を、私の知らないあなたも知りたいの。

 あなたは何処で生まれたの。

 子供の頃の好きな食べ物は何。

 初恋の人は誰。

 どんな女の人が好きなの。

 初めてのセックスは誰。

 何人の女の人を知ってるの。

 どんな夢を見るの。

 大人になって泣いたことはあるの。

 寂しい時は泣くの。

 悲しい時に泣くの。

 夢で泣いたことはあるの。

 今、好きな人は誰。

 その人を思ってオナニーするの

 私を好きなの。



 サキちゃんと俺の間に割り込むようにベロが飛び込んで来た。



『完』

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