最終章その2
「何があったの! 助けってどう言う事!! ゆっちゃん!!」
携帯を握り締めて声を荒げるサキちゃん。
「泣いてたんじゃ分からないでしょ!! どこなの! 一人なの! 何があった……」
「サキ落ち着け!!…………いいな。まず場所を聞き出せ。ゆっくりと、優しく」
サキちゃんの右手が慌ただしく動き、俺の手を探している。掴んであげると強く握り返してきて、大きく唾を飲み込んだのが分かった。
「俺がいる。大丈夫だ……」
頷いたサキちゃんが、電話の向こうのユイに静かに語りかけ始める。そうだ、その調子だ。何があったにせよ、今は叱るな。とにかく場所を聞き出すのが先決だ。慌てるな。
「ゆっちゃん、今、どこ? 隣にシグマもいるから、直ぐそこに行くよ。場所を教えて、どこなの?………公園?………落ち着いて、ゆっくり言って。大丈夫だから。大きく息を吸うの。そう、深呼吸して………どこの何て公園なの?………うん……うん……A病院の側の公園ね」
車を発進させるとタイヤが鳴いた。
「直ぐ行く。20分で着くって伝えろ。いや、15分だ。ユイは一人なのか?」
走りながらシートの位置と背もたれの角度を直す。隣のサキちゃんのシートベルトを見ると、しっかり締めていた。ユイの奴、何やってんだ。くそっ…
「ゆっちゃん、15分でそこに行くからね。電話切らないで、何があったのか教えて………友達がいるの?……えっ……男の人に連れてかれた?」
どう言う事だ? 連れてかれたって何の事よ? 車内のデジタル時計は20:45を表示している。
「サキちゃん、飛ばすぞ」
道路は比較的空いてはいるが真夜中ではない。そこそこの交通量はある。前を走る車がトロい。片側一車線で40キロの道路かよ。抜けん。二車線の道路に出なけりゃ無理か……
信号が黄色から赤に変わる間際の交差点に差し掛かり、前の車が停まりやがった。それを右から抜くと同時に強引に左折する。タイヤの悲鳴が糸を引く。
向こうの道路が二車線だったはず。信号は……赤か。
すぐさまハンドルを右に切りながらウィンカーを出し裏道に入った。信号が青の交差点を探そう。いちいち停まってられねぇぇ。
裏道を数十メートル走ると一時停止の標識のある交差点。左を見る。二車線の道路と交わる信号が見えた。これも赤だ。曲がらずに一時停止の交差点を超えた。
ユイとの電話が切れてしまったのか、何度もリダイヤルを繰り返しているサキちゃん。
次の交差点、頼むぞ。さっきと同じように一停止の交差点。左を見ると、向こうの信号は青だった。
アクセルを踏み込んでの左折。ケツが流れる。カウンターをあてながら更にアクセルを踏む。青信号の交差点に車体が斜めになったまま突っ込んで行く。
一応は右のウィンカーは出したが、後輪が右に流れ車体を左に向かわせようとする。ハンドルにGが加わり持って行かれそうになるが、強制的に右に切る。タイヤが悲鳴だけでなく煙をも上げていたが、なんとか二車線の道路には出た。
50キロ制限か。周りの車も多い……せいぜい90キロが限度か。サキちゃんも乗ってる。ムリは出来ない。何があっても怪我させる訳にはいかない。
サキちゃんの視線に気がついた。何かを言おうとしているようだが、それを遮って、
「サキちゃん、聞いて」
「うん」
「警察に止められたら、サキちゃん妊婦だって言うから。陣痛で医者に向かってる最中だって事にするから、お腹抱えて苦しそうに蹲って」
「うん、分かった。………ゆっちゃんからの電話切れちゃって、何度かけても電源が切れたとかのメッセージが流れてるの。充電切れたみたい。警察に連絡した方が……」
「ユイから110は?」
「したって言ってた」
「だったら、今は現場に向かうのに集中しよう」
この二車線の道路を何処まで直進で行く? 1〜2分のロスが惜しい。俺がイラついたらサキちゃんにも伝染する。出来るだけ停まりたく無い。
3本先の信号が赤に変わったのが見えた。よし、あそこまではノンストップで行くぞ。
1本目の信号、青で超えた。2本目はそろそろか。夜の10時を過ぎれば、メイン通りの青の時間は長くなる。だけど、今の時間じゃ信号はパタパタパタパタ変わっちまう。うっとしい。
2本目の信号が黄色に変わった。スピードメーターは120を示している。まだ赤になるなよ、待っててくれ。隣のサキちゃんが足を突っ張らせているのが分かった。なんとか黄色のうちに超えた。
次の信号ーーー3本目の信号が赤のままだ。遅い。アクセルから足を離すと、エンジンブレーキでスピードが落ちてゆく。まだ青にならない。どうなってんだ? ぶっ壊れてんのか?
左右の見通しの良い広い交差点だ。素早く見渡すと、歩行者も居なければ車も見えない。俺はアクセルを踏み直していた。隣のサキちゃんから、「あっ…」って声が漏れ聞こえる。
4本目の信号も赤だ。さっきと同じ事を繰り返す。もう、隣からの声は聞こえてこない。
5本目の信号から向こうが一斉に青に変わった。シートの肘掛けをガッチリ掴んでいるサキちゃん。足にも力が入ったままだ。俺が焦ってどうする? 落ち着け。無理は禁物だ。90キロペースで行こう。
サキちゃんが、ユイとの会話をかいつまんで説明してくれた。泣きじゃくっていたという。
ユイを入れて3人の女の子と、2人の男の子で肝試しをやっていたそうだ。全員が同級生。わざわざチャリンコで、あんな遠くまで行ったのか。もう季節は11月でクソ寒いと言うのに。
そこで、大人の男2人に絡まれ、男の子2人は殴られ、蹲ったところをボコボコに蹴られたらしい。
3人の女の子は腕を掴まれ、林の奥に連れて行かれたが、気の強いユイだけが、男の手を振り払って逃げたのだと。そして、林の奥に入ってゆく4人を、隠れながら付いて行ったユイから電話がきたのだと言う。
「シグ君……どうしよう………私……怖い…」
「大丈夫だ。もうすぐ着く。きっと警察より俺たちの方が早い」
クソ…頭に血が上る。腹が痛くなるほど怒りが湧く。野郎、警察より早く行って、ぶっ殺す。絶対に許さんぞ。
前を並んで走っている2台の車がトロい。
俺はアクセルを踏み込んで対向車線側にハンドル切っていた。隣のサキちゃんが息を飲んだのが分かった。前の信号が赤に変わり、そのままーーー対向車線側から右折をしてゆく。枝道に入った。
A病院に行くには、この枝道の方が早い。
枝道を暫く走り、更に右折して河川沿いの道路に出た。あとは道なりだ。信号も無い。
「この道をずっと行くとA病院だ。公園って分かる?」
「うん、病院が見えれば分かると思う……………あ、あれ……病院だよね」
「よし、思ったより早く来れた」
時計は8時59分を示していた。
「左に病院を見ながら通り過ぎて」
「次は?」
「病院を通り越して暫く真っ直ぐ行くの」
病院が近づいて来る。まだ消灯前の時間帯なのか、入院患者用と思われる部屋の全部の窓から明かりが見える。助手席のサキちゃんも、何も無い日常のその明かりに見入っている。
「あれか?! あれが公園だな。街灯が見える…………ん? 誰かいる」
公園の横に駐車スペースがあり、そこに1本だけ立っている街灯。
夜の公園の駐車場にスピードを緩めずに突っ込んで行く。歩道との段差で車が跳ねた。タイヤを軋ませ車を停めると、俺は飛び出していた。
「おい、待て!! 待てって! 逃げるな!」
シートベルトを外すのに手間取っていたサキちゃんが、遅れて飛び出して来た。
「あなた達、待ってーーー! 私、ユイの家の者なのーー! お願い! 行かないでーー!」
俺の姿を見て逃げ出した2人が、サキちゃんの声で足を止めた。互いに顔を見合わせ、逃げようかどうしようかと迷っている。背はそこそこだが、ヒョロヒョロした男の子の2人連れ。
こいつらが、ユイが言っていた殴られた同級生なんだろうか。近寄って来る俺を見て逃げ腰となってはいるが、サキちゃんを見て、なんとか踏み止まっている。俺は、一人の肩を掴むことが出来た。
「何もしねぇぇよ。だから逃げんな。走りっこされたら、勝てねぇぇ」
「………ユイの家族なんですよね」
「そうよ、私が叔母。ゆっちゃん何処行ったの?」
「あっちに連れてかれて………俺達…ヤメロって言って……止めたんだけど、殴られて……でっかい男2人で、あなたくらいの歳だったから、てっきり、また仲間が来たんじゃないかって……逃げようと……」
俺を指で差しながらそう言った男の子の声は酷く震えていた。暗くてよく見えないが、泣いているようだ。
「あなた達、携帯は?」
「あいつらに盗られた……財布も…」
中学生相手に、どこのどいつだ?
「サキちゃん、こいつらと一緒に車の中にいろ! 鍵を掛けてサキちゃんが運転席に乗って待ってろ。何かあったらクラクションを鳴らすんだぞ。速攻で戻って来るから」
「イヤ!! …………一緒に行く!!」
「ダメだ!! それは絶対にダメだ!! ここで待ってろ。いいな? 俺の言う事を利いて。こいつらの親に連絡入れて、ますみさんにもだ。いいね、サキちゃん」
じっと、上目使いに俺を見ているサキちゃんに車のキーを渡し、林の中に入って行った。
携帯でユイを呼び出してみたが、やはり「電波の届かない場所にいるか、電源が入っていない……」との女性のアナウンスが流れるだけだった。
「ユーーーーーーーー! どこだ? ユーーーーーーーーーーー!!」
ユイ、声を上げろ。どこだ? もっと奥か? 後ろを振り返ると、自分がけっこう奥まで来ているのに気がついた。もう、街灯が見えない。
この公園に隣接した林に来たのは初めてだ。そうとうに深いな。
何処に行きやがった。さっきの中坊が指で差した方向に来たはずだが、こっちで間違い無いのか? クッソー暗くて何も見えやしない。
「ユーーーーーーーーーーーーーー!! 何処だーーーーーー? ユーーーーーーーー!!」
曇っているのか、木々が邪魔をしているのか、月明かりも届かない林の中は、とにかく真っ暗で足元すらおぼつかない。とてもじゃないが走れなかった。
歩いているのだが、焦る気持ちが何度かつまづかせ、転び掛けながらも奥に向かって行った。




