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  作者: シグマ君
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最終章その1

 二杯目のコーヒーも無くなりレジに向かう。ここは、大型ショッピングモールのテナントで入っている喫茶店。二杯目以降のコーヒーが100円と極めてリーズナブルなのだ。


「すいません、おかわり、いい?」


 入れ代わり立ち代り次々と店内の顔ぶれが変わるが、さすがに、コーヒーだけを3杯も飲んでいるのは俺だけだと思う。

 レジに100円を置いて大きな楕円形のテーブルに戻る。これがカウンターの代わりなのだろう。店員さんとも近くないし、混んでる時に一人でBOXを占領して居心地が悪くなる事もないおかげで、男一人で入っても、全く周りが気にならない。しかし、コーヒーの味は今一だ。


 読書に耽っているお姉さんや、さかんに誰かに携帯メールをしている高校生。向こうの方には別のテナントの店員さんだろうか、なにやらしきりとメモに目を通している。そんな中で、俺は一人でボーーーっとしていた。もう一時間にもなる。二人連れが4組、それそれのBOXでお喋りに興じ、店内に笑い声が響いているが不思議と気にならない。ただ、ぼーっと何も考えていない時は、喧騒の中の方がいい。


「あれ……シグマ?」


 どうやら俺はウトウトしていたらしい。誰かに声を掛けられて意識が戻った。


「え? なに? ここで寝てたの? アハハハハ、可笑しい」


 見ると強烈なローライズジーンズを履いた女性が立っていた。どうしてもそこに視線が行ってしまう。


「あーー、エッチだー。でもセクシーでしょ」

「なんだ、純さんか……一人?」

「なんだは無いでしょ〜。うん、今日は一人。いつも静香とベッタリって訳じゃないからね。でもラブラブよ〜ん。ふふふ……」


 丈が短めのワインレッドの革ジャンを着ている純さん。中のセーターを革ジャンから出して、辛うじてヘソを隠してるような格好だ。やっぱり純さんは、この手のファッションが自分の雰囲気に合うのを知っているのだろう。妙にピッタリくる。でも屈んだら半ケツどころじゃないな。


「シグマ、これ、見て見て」


 辺りを素早く見渡すと、革ジャンの下から出ていたセーターの裾をペロッっと捲った純さん。


「あっ……」

「自分でも縛ってみたさ。ひっひっひ、これって癖になるかも」


 けっこう細いウェストには縄目の跡がクッキリとついていた。


「シグマ先生に教えてもらった通りに麻縄なめしたら、すっごく使い勝手いいのよね〜〜。どう? ドキドキしない?」

「だから、俺にはそんな趣味はありませんから。それより、早く腹隠しなって。そのジーパン、浅過ぎと違う? チロチロ見えてるんですけど」

「チロチロ?……あ!」


 急に真っ赤になって、シャツの裾を引っ張ってる。なんだか不思議な人だわ。「エヘヘへ」とか言いながら逃げるように走り去って行く。

 再び一人になってみると、辺りのざわめきがだんだんと遠くなっていき、夢心地で思い出していた。あの日の夜の事を。





 数日前の夜


 家に一人で戻った俺を、何時ものようにベロが出迎える。

 ーーーズルイ、ズルイ、ズルイ……

 サキちゃんの声が頭から離れない。

 ーーー丞之介のこと嫌いだなんて言ってない……


 呆然と歯を磨いている俺の顔が鏡に映る。今にも笑い出しそうで、それでいて泣きそうな顔。

 ベロの器に水を入れて、そのままベットに潜り込むと、ベロの水を飲む音に混じっていつまでも聞こえる。

 ーーー怒ったままで帰らないで……


 腕を組むようにして横向きに目を閉じていると、ベットに飛び乗って来たベロが、俺の背中にドスンと身体を寄せて横になる。眠れそうにない。背中に手を伸ばし、ベロの身体に触れる。その手を舐め上げてくるベロ。

 ーーー私をちゃんと見て……顔を上げて……


 サキちゃんとの言い合いが反芻される。サキちゃんが言った事や俺が言った事が、まざまざと蘇る。

 ああ、何であんな台詞を吐いたんだ。違う言い方が出来たはずだ。サキちゃんに上手く説明できない自分に腹が立った。

 傷つけた。言われのない理由で。

 立ち竦んで動けないサキちゃんの視線を感じながら出て来てしまった。

 ーーー怒ったままで帰らないで……


 俺は意地になっていたのか? 違う。そんな事はない。違う……違うはず……

 ーーーシグ君怒ったら、どうしていいか分からない……

 俺も同じだ。どうしたら良かったんだ?


 目を瞑ると浮かんでくる。サキちゃんの横をすり抜けた時、視界の端に映ったサキちゃんの顔が。あえて見ないようにしたのに、目の動きまでハッキリと分かった。真っ赤な目から涙が零れ落ちていた。

 苦しいよ…胸が痛い。


 なぜ帰って来てしまったのか。それは分かる。あれ以上いたら、きっと、もっと傷つけた。イラついた気持ちをサキちゃんにぶつけてしまったはずだ。


 素直になりたい。

 ちゃんと自分の気持ちを伝えたい。

 でも、聞かれたくない。言いたくない。それを口に出せば、自分が一番嫌いな奴になってしまうようで。


 まただ、もう一人の俺が喋ってる。うるさい、黙れ。もう言うな。



 言っちまえば良かったのによ。そうすりゃ、彼女だって呆れ果てて去って行ったさ。

 言いたいんだろ、「ヤメロ!」って。Kって奴に怒鳴りたかったんだろ、「俺の女にチョッカイ出すんじゃねぇぇ。ぶっ殺すぞ」って。以前のお前なら言ってるよな。

 彼女にも言えよ。「俺が来てるのに、よその男と何時までもクッチャッベッてるんじゃねぇぇ!」って。そうすりゃ〜、いつまでもウジウジしなくて済むってもんだろ。言えないのか? 言えないんなら、Kって奴に彼女を渡せよ。アイツ、狙ってるんだろ? 泣いて喜ぶぜ。どうせ言えないんだから、早いとこそうしろよ。



 寝返りを打つと、目を瞑ったベロの顔が目の前にあった。もう眠っちまったのか。



 バツイチのクセしてヤキモチなんだろーが。笑っちまうぜ。あんな可愛い子が、男も知らない箱入り娘が、お前みたいな奴と付き合ってくれてるんだぜ。それだけでも驚きだって。それを、更に縛ることなんて出来る訳ねぇよな〜。それ、自分でも分かってるから、黙って下向いちゃってんだろ。よーーーく考えろや。それってよー、お前らしく無ぇって思わんか? 「そんな僕を分かって。僕、落ち込んでんの」って奴がお前だったのか? くだらねぇぇ。いつからお前はそんなくだらん男に成り下がった?



 何度も寝返りを打っていると、目を覚ましたベロが、「フン」と鼻を鳴らしてベットから降りてゆく。チキショウ、身動きが取れない。結局俺はこうなのか。情けなくって涙も出ない。あーーー、自分が嫌いだ。



 いきなり握られて目が覚めた。眠っていたらしい。


「え??……痛てててて……」


 背中に柔らかで温かい何かが押し付けられていた。


「正直に言え!」

「痛てて……ぐぅぅぅ……ちょっとマジ痛いって」

「うるさい、黙れ! さっきのは焼き餅なのか?」

「ちっ、違う。痛たたた……マジマジ。ちょっと離して」

「嘘を付くな! なら、どうして、あんな悲しそうな目をしてた? 焼き餅を焼いてましたと正直に言え!」

「……はい………焼き餅を焼きました……」

「悲しかったのか?」

「そっ、それは………」

「だったら何?」


 馴染みとなった俺の好きな匂いが身体を包んでいる。目を閉じて包まっていよう。


「こら! 寝るな! 吐け! これでどうだ!」

「ちょっ……あっ……あひ……」



 姐さんに悪知恵を授けられたサキちゃんに、俺は抵抗出来ずにゲロさせられました。


 俺は我儘です。

 嫌なんです。貴方が誰かと親しげにしているのを見るのが辛いんです。どんな顔をしていいのか分からなくなります。そんな自分が嫌なんです。

 それでも俺だけを見ていて欲しいんです。

 俺だけに、とびっきりの笑顔で振り向いて欲しいんです。

 貴方が誰かに素敵な笑顔で話し掛けていたら、苦しくなります。

 でも、素直になれないんです。そんな自分が嫌いです。貴方を束縛しようとしている自分が嫌いなんです。

 俺は貴方にとって恥ずかしい存在かもしれないとの思いが消えないんです。そんな事は無いと言って欲しい自分がいます。そう思ってる自分が許せないんです。


「痛てててて……」

「どうして……どうしてそんな風に思うの? 前に言ってたよね。私を見たら自分がくすんで思えて恥ずかしくなったって。シグ君、離婚したこと後悔してるの?」

「そんな事はないよ」

「だったら、私が………バツイチの彼氏じゃ…… そう言うことなの?」

「痛たたた……もうちょっと優しく…………きっと周りがサキちゃんを哀れんで見る……」

「丞之介!!」

「ギャ!」


 俺の背中に身体全部を押し付けてきた。


「丞之介は私の自慢の彼氏。とっても大切な人。そして、私のヒーロー。ずっとこうしててあげる」

「あ……あひゃ……」


 背中からピッタリくっついるサキちゃん。甘い匂いが優しく俺を包んでくれて、いつの間にか眠っていた。





 肩を叩かれ目が覚めた。喫茶店で完全に眠っていたようだ。


「待った?……エヘヘへ、待ったよね。ちょとエッチな下着買っちゃった」


 ちょっと顔を赤らめたサキちゃんが、満面の笑顔で立っていた。

 二人で身体を寄せ合うように歩く。誰が何を思おうがどうでもいい。サキちゃんの左手が俺の腰に回され、俺はサキちゃんの肩を抱いている。


「ねぇ、シグ君。例のKさんね〜、急にヨソヨソしくなっちゃって、電話も全然来なくなったんだよ」

「え、ほんと?!」

「ホッとした?」

「………うん」


 サキちゃんに言い寄っていたKという男との経緯を、あの夜に俺は説明していた。と言うより、ゲロさせられた。

 今は太郎の彼女の由美ちゃんと、実は不倫の関係だった事やら、俺が彼氏のふりして出向いた事も。すると、怒ったサキちゃんに、肩に歯型が残るくらい噛みつかれた。


「サキちゃん、誰かに言っちゃった?」

「太郎君の彼女との不倫だったら、誰にも言える訳ないでしょ」

「うん」

「でもね……ふふふ。会社の人が私にしつこくするのって事は言った」

「誰に?」

「カヨさん」

「ゲ………」


 そうなんです。最近、サキちゃんは俺の実の姉とも仲良しなんです。

 アイツだよ。絶対にそうだ。アネキが何かやったんだ。間違いねぇぇ。それも、可愛い弟の為だって理由じゃない。絶対にサキちゃんの為と、自分が勝手に憤慨したからだ。アイツはそう言う女だ。きっと、直に会いに行って脅したんだと思う。「奥さんと子供にアンタの素性バラすよ。会社にもいられなくしてやるけど、それが望みかい?」ってな事くらい平気でやる。


 とにかく忘れよう。助手席でニコニコしているサキちゃん。アネキと仲良しとは困ったもんです。はい。

 車を走らせ暫くすると俺の携帯が鳴った。ズボンのポケットに突っ込んでいるから、取り出すのにモチャモチャしていると切れた。


「あれ? ユイからだ」


 今度はサキちゃんの携帯が鳴り始める。


「はい、ゆっちゃん?……え? ……なに?……どうし…………今どこ!! どこにいるの!!」


 口調から、何かが起きたのだと分かった。これは只事じゃない。俺は車を停めてサキちゃんの身体に触れる。僅かに震えていた。

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