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  作者: シグマ君
31/38

二人ぼっち その3

 頭がボ〜っとする。目が開いているような眠っているような変な感じだ。

 誰? そこに居るのは誰だっけ? 夢か?

 ベロが走り回って吠えているせいで、何かを言ったようだけど聞き取れやしない。そのうち玄関の音がして静かになった。

 ああ、意識が落ちる。


 夢をみた。僅かな時間だったのかもしれないけど、ずいぶんと色々な夢が、まるでチャンネルを変えるように次々と浮かぶ。そのどれもがおかしな夢。


 俺は追いかけられているのか? 必死に逃げているのに身体が思うように動かない。すると、目の前の道路が深い断崖絶壁に変わった。ここから落ちたらどうなるんだろう? 落ちてゆく時って気持ちいいのかな? 落ちたら死ぬんだろうな? 夢で死んだらどうなるんだろう? え……これは夢?


 部屋の天井が見える。どうやらベロの声で目が覚めたらしい。


「ちょっと待ってて……散歩……だよな。今、起きるから……」


 何時ものようにベロが飛び乗って来ない。あれ? どこにいる? 時計を見ると5時になったばかりだ。確かにまだ暗い。

 起きようとしたが身体の力が抜ける。再び意識が落ちようとしていた。俺どうしちゃったんだ?




 誰かの手がおでこに触れ、それで意識が戻る。あれ? さっきも誰かが触ったような……夢だったのかな? それともこれが夢? でも、冷たくて気持ちいい。


「体温計ってどこだろう?」


 サキちゃんの声だ。見ると、ベットの脇にベロと並んで腰を下ろして俺を見下ろしている。


「体温計、勝手に探すからね」

「今……何時?」

「もうすぐ6時だよ」

「起きなきゃ……ベロの散歩……それからバイト……」

「シグ君、今日って祝日だよ。バイト休みでしょ。それにベロちゃんのお散歩は、今、行ってきたよ。牛乳もドックフードもあげたから寝てて」

「そっか……」


 ベットからサキちゃんが立ち上がるとベロも飛び降りた。ああ、そう言えば合鍵サキちゃんに渡したんだった。それを思い出した途端、意識がスーーっと落ちる感覚をまた覚えた。




「ーーーこっち向いて。シグ君」

「……あれ? サキちゃん……今って何時?」

「シグ君……6時だけど…… さっき聞いたばかりだよ」

「……そっか……なんだか……夢と現実が……ゴッチャになってるみたい」


 柔らかい手が俺の前髪を優しくかき上げる。そして、冷たいタオルを額にのせてくれた。足元にベロが飛び乗ってきたのが分かった。


「冷凍室に保冷剤あったから、それ使ったよ」

「……ありがと」

「昨日、雨に濡れたせいだね。ちゃんとお風呂に入った?」

「いや……シャワー」

「どうして!! ……やっぱり泊まれば良かった……私のせいだ。ずぶ濡れのシグ君一人にしちゃった……」


 見ると、唇を強く噛んで怒ったような、それでいて悲しいような表情だった。


「違うって……」


 そんなつもりで言ったんじゃないし、サキちゃんのせいなんかじゃない。風呂に入ったと言えば良かった。


「体温計、家から持ってくる」


 また、玄関の音がして再び静かになった。あれ? ベロも行ったのか? 暫くすると、カシャカシャと爪で床を歩く足音が聞こえ、ピチャピチャとベロの水を飲む音も聞こえてきた。そんな聞き慣れた物音がする中で、また意識が飛んだ。



 ボフっと言う布団の音と振動で目が開く。いつの間にか横向きで寝ていた俺の顔に、ベロの背中がくっついている。近過ぎてこそばゆい。上を向くように寝返ると、首だけで振り向いたベロがペロペロしてきた。ワンコって身体をそのままに後ろを向ける。器用だ。尻尾が俺の首にパタパタ当たる。

 こいつだったら、こっちが触ろうとすると、ウ〜って唸るクセして、黙っているとわざとにベッタリくっついてくる。ほんと我儘だよな。


 玄関の音だ。何時もは垂れてるベロの耳がピクっと立ったと思ったら、ポーンとベットから飛び降りて一目散に走り去って行く。

 サキちゃんの声と嬉しそうなベロの声が近づいてくる。


「お粥作ってきた…」

「あまり食べたくないんだ」

「 苦しいの? 大丈夫かな……」

「ああ、大丈夫。寝てれば治るから」

「計って」


 持ってきた体温計を俺に渡して、ベロと一緒に居間に戻って行った。直ぐに土鍋を持っていそいそと入って来る。やはりベロも一緒だ。


 ベットの脇に置いてある机に鍋敷きを置いて土鍋を乗せている。


「あ、ベロちゃんダメ。これはシグ君のお粥なんだから、触ったらダメ!」


 土鍋を置いた机に前足を乗せて、立ち上がってクンクンやってるベロ。サキちゃんに頭を叩かれ、スゴスゴと前足を下ろしていた。

 ピピっと体温計が鳴り、サキちゃんとベロが同時に振り向いた。俺が脇の下から体温計を取るより早く、サキちゃんの手が伸びる。


「38度5分もある……病院に行かなきゃ」

「祝日なら当番病院しかやってないよ。それに、ただの風邪だから……市販の風薬、そこの引き出しに入ってるはず」

「うん……どうしよう…病院行かなくても大丈夫なのかな……38度も熱あるんだよ。引き出し? ……あ、これかな? ……あ、 あった。体温計も」

「俺は大丈夫だって。風邪うつったら困るから、サキちゃん帰って」

「よし、決めた! 掃除機掛けて洗濯もする! 清潔にしなきゃ治るものも治んない。ちょっとバフバフさせるけど我慢してね」


 俺が寝ている部屋を閉め切って、他の部屋から掃除機を掛け始めている。掃除機が嫌いなベロも、こっちの部屋に退避しているが、どうにもサキちゃんの傍に行きたいのだろう。ドアの前で鼻を鳴らしながら足踏みを始めた。変なヤツ。


 レンゲでお粥を一口食べてみた。梅干しが入ったお粥が、熱のせいなのか味がしない。それに、それ以上は食えなかった。


 ずっと掃除機の音を聞いていた。洗濯機の回る音も聞こえ始めた頃には夢の中だった。

 頬を触られ目が覚めた。


「シグ君、押し入れに敷布と布団あったから向こうに敷いたの。この毛布とシーツも洗うから移動して。こっちの部屋にも掃除機掛けたいし」


 ノロノロと布団から這い出たが力が入らない。フラフラ歩いていると、


「パジャマも下着も脱いで」

「……いいよ、面倒だし」

「ダメ!」


 いきなりパジャマのズボンを脱がさせ、パンツも下げられた。


「あ……」

「もう、何度も見ちゃったし、平気なんだもん」


 とか言ってる割りには、真っ赤な顔でチラチラ見ている。

 何時もなら、「サキちゃんスケベだ」なんて言いながら苛めちゃうとこだけど、そんな気にもならず、言われるままに万歳をして、トレーナータイプのパジャマの上も脱がされる。素っ裸って何だか頼りない。


「はい。これ新しい下着とスエットの上下。タンスにあったから持ってきたけど、これでいいんだよね?」

「うん、ありがと…」


 ベロの部屋に敷かれた布団。潜り込んだ。う〜〜さぶい…

 洗濯物を片っ端から干しまくっているようだ。布団が温まってきたと感じながら、また、意識がスーーっと落ちてゆく。この感覚って気持ちが悪い。


 夢の中で洗濯機の回る音を聞き、ああ、シーツと毛布も洗ってるんだ。と、その夢の中で俺は言っていた。



 髪の毛をかき上げられて目が覚める。


「冷蔵庫、何も入って無かった。ゴメン……私、全然気が回らなくて……ちょっと食材買ってくる。何か食べたい物ある?」

「特にない…」


 サキちゃんが出掛けた。

 時間の感覚がまるでない。今、何時だろう? ベロの部屋には時計がない。


 ベロが隣にくっついている。一緒に買い物行きたかったのに置いてきぼりにされたんだ。それは俺もだけど……。熱なんて出して寝込んだの何年ぶりだろう。覚えてないな、子供の時だったかな。

 また眠っていたようだ。台所からまな板の音が聞こえて目が覚めた。



「どう?」

「きっと大丈夫。今って何時?」

「夕方の5時だよ」


 確かにもう暗い。


「明日、バイト休まなきゃダメだよ。連絡とれる?」

「うん、でも明日はきっと良くなってると思う」

「ダメーーーーーーーー!! 絶対にダメ!! 言う事ききなさい!!」

「はい…」


 サキちゃんの気迫に押されて思わず返事しちゃったけど、こんなおっかない声出す時あるんだ。


「今電話して! 私の見てる前で!」

「はい」


 バイト先には簡単に連絡がつき、明日も休みになった。




 サキちゃんの気配で目が覚めた。あれ……また眠ってたんだ。何が現実で、何が夢なのかハッキリしない。明日のバイトが休みになったのも、どっちだったか分からない。サキちゃんに聞くと、「シグ君…大丈夫? さっき、バイト先に電話してたよ」と、心配そうに俺の顔を覗き込む。


「今、何時?」

「8時過ぎたよ」

「あ、マズイ。ベロのオシッコ忘れてた」

「うん、大丈夫。ベロちゃんって凄くお利口さん。オシッコ行きたくなったら、自分でドア開けて玄関に行くんだね。っで、どうしたの? って聞いたら、玄関のドアに前足掛けてシッポ振ってるの」

「連れてってくれたんだ」

「うん、リール付けながら玄関開けたら、ピューって行っちゃって。逃げた! ってビックリしたら、逃げないんだね、ベロちゃんって」

「サキちゃんの事スキなんだわ」

「なんだか嬉しい。2回目なんてね、私、玄関で見てたの。そうしたら、オシッコ済んだら直ぐに帰ってきた。シグ君よりずっとお利口さん。ドックフードもお水もあげたから心配しないで。……シグ君、お粥温め直すから、ちょっとでも食べて」


 レンゲで3口ほど食べた。何だか胸が悪い。そして寒い。

 また眠った。




 誰だろう? 女の人の声がする。心配そうな、少し震えた声。また夢かな?



「どうしよう……40度超えてる。苦しそう。口で息して震えてる。寒いの? シグ君しっかりして。お願い…」


 自分が震えているのに気が付いた。これもきっと夢なんだろうと、ぼんやりと考えているのだが、寒くてじっとしていられない。身体を縮め、丸まってガタガタ震えるのを止めることが出来ない。


 誰かが布団に滑るように入って来た。布団の中で俺のパジャマと下着を脱がせてゆく。そして抱きしめてくれた。

 震える身体が言うことをきかない。ただ、子供のように手足を縮こませ、布団に潜り込むように頭を下げている。



「シグ君、シグ君……私に抱きつくの。……もっと身体を寄せてシグマ。私を抱きなさい、丞之介」


 俺を本名で呼ぶ人。誰だ? アネキの声じゃ無い。サキちゃん? サキちゃんなのか?


「丞之介、足を絡めて。もっと強く抱いて。そう、身体を密着させるの」



 足の間にその人の足が深く差し込まれ、俺の足も同じようにその人に絡んでゆく。上に乗っているその人の身体を壊れるほどに強く抱く。耳元で囁く声が、ずっと聞こえていた。




「いいの…… もっと強く抱いてもいいの。丞之介………」




 洗濯機が回る音がする。

 真っ暗だ。夜? 真夜中なの?

 何で洗濯機の音がするんだろう?

 その音はずいぶんと遠く感じた。ああ、落ちる…また意識が落ちてゆく。


 身体を拭いてくれてるの?

 誰?

 サキちゃん?


「凄い汗。ちゃんと拭かなきゃ。……シグ君、歩ける? 起きて。このシーツも洗うから。ベットに連れて行くから、肩に捕まって」


 言われるままに肩を借りながら歩いて行き、そしてベットに倒れ込んだ。裸のサキちゃんが、心配そうに見下ろしている。


「シグ君、布団に入ってて。シーツ洗ってくるから」

「サキちゃんのケッケって可愛い」

「バカ!」


 洗濯機が回る音だ。もう何度も聞いた気がする。壁に目をやると掛け時計が見えて3時だったが、それが午前なのか午後なのかが分からない。あれ? ベロの部屋で寝ていたような気がしたけど、何時の間に移動したんだろう? そんな事を薄れる意識で考えていた。



 寝息の音で目が覚めた。俺は布団に潜り込んで何かに抱きついて寝ていた。

 それが女の人の裸の胸だと分かるのに暫く掛かった。


 え……これって…サキちゃんのオッパイ?


 柔らかくて温かくて大きな胸に、俺は頬を押し付けるように眠っていた。あれ……濡れてる。よだれ? 自分の口の周りを触ってみても、そんな形跡などまるで無い。鼻と目を触って、自分が泣いていたのだと分かった。

 サキちゃんのオッパイに顔を寄せながら夢を見て泣いていたのか? 夢の内容は思い出せない。目覚めたと同時に忘れてしまったが、酷く悲しかったのが何となくだが覚えている。


 まだ頭がぼんやりする。壁の時計を見ようと身体を動かすと、仰向けで寝ているサキちゃんの向こう側から黒い頭がヒョイと出た。ベロだ。俺が動いたのを敏感に察知して、「散歩かい?」って顔でこっちを見てる。

 時計の針は7時を回っていた。何時もならとっくに散歩は済んでいる時間だ。でも、もうちょっとこのままで居たい。俺は目を閉じた。すると、そんな俺の気持ちが分かったのか、ベロが騒がなかった。


 昨日からの事がーーー夢うつつで過ぎた一日が思い出された。ずっと傍に居てくれたサキちゃん。ベロの面倒をみながら部屋の掃除をしてくれたサキちゃん。買い物に行って、お粥作って、洗濯して、そして震える俺を抱きしめて温めてくれた。夢じゃ無かったんだ。疲れたんだろうな。可愛い顔で寝息をたてている。


 随分と色んな夢をみたような気がする。ずっと忘れていた子供の頃を思い出した。熱を出すと何時もそうだった。多くの脈絡の無い夢をみた。だが、どの夢も楽しいものじゃなかったように覚えている。

 あれ? さっきの夢、思い出しそうだ。脳裏に夢の断片が蘇ったのだが、まるで手のひらにすくい上げた水が零れ落ちるように、その断片はスルっと逃げた。

 気になる。俺はなんで泣いてたんだろう?


 仰向けで寝ているサキちゃんの片っぽのオッパイが布団から出ていた。そうっと毛布を掛け直し、サキちゃんの身体を抱き寄せる。「ん〜〜」っと言っているが眠りから覚めない。その瞬間に思い出した。さっきの悲しかった夢を。

 その夢を追い払うように、俺はサキちゃんに抱きつきながら足を絡めた。柔らかな毛が太股に触れる。


 あれ……サキちゃん……素っ裸?


 布団の中を覗き込むと、やっぱりそうだった。おまけに俺もだ。この人は、やることが大胆だわ。



「あ……何時の間にか私も眠っちゃってた……おはよ。シグ君、具合どう?」

「大分いい。………ずっと起きてたの?」

「うん、凄く寒がって震えてたし。震えが止まったら凄い汗で……」


 朝の5時にはベロの散歩を済ませたそうだ。俺は熟睡していたのだろう。全く気がつかなかった。


「私もね、今日、休みにしちゃった。だから、もうちょっと寝坊しようよ。あ……熱計んなきゃ」


 そう言うと、俺の体に覆い被さって体温計に手を伸ばすが、「あ!」っと言って動きが止まった。


「……丞之介……元気になってる」



 熱は、まだ37度5分ありました。

 キラキラした大きな二つの目がこっちを見てます。上を向いている俺の直ぐ横から。


 今は、二人と一匹で寝ています。

 誰かが動く度に顔を覗かせる黒い毛むくじゃらの奴と、悪戯っ子のような顔でニヤニヤしている可愛い人が真ん中に居て、俺はベットの端っこで上を向いて目を閉じてます。下半身だけが元気です。はい。


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