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  作者: シグマ君
30/38

二人ぼっち その2

「俺、鴨せいろにするけど、サキちゃんは?」

「うん……同じでいい」


 プラネタリウムからの帰り道、晩飯を食おうと蕎麦屋に寄ったのだ。

 四人掛けのテーブルで真向かいにいるサキちゃん。顔が火照ってる。

 俯き加減でチラチラこっちを見ては、目が合うと直ぐに下を向く。それじゃまるでお見合いだよ。


「隣においでよ」

「うん……いい」

「何いじけてる?」

「いじけてなんかないもん」

「ふ〜〜ん」


 店のおばちゃんがお冷を持って注文を聞きに来た。


「鴨せいろ二つ」


 にこやかに復唱したおばちゃんが戻ってゆくと、それを待ってましたとばかりにサキちゃんが隣に来た。さっきは、いいって言ってたのに。そして俺の右肩に噛み付いてます。


「痛ててて……なにやってんの?」

「グ〜〜〜」

「まだ恥ずかしがってんの?」




 2時間前


 二人だけのプラネタリウム。なぜだか心細さを感じた。

 宇宙には果てが無いらしい。文字でそう書かれても言葉で言われても理解できない。それってどう言う事なんだろう。まるで想像もつかない。

 始まりがあれば終わりがある。それが物事の摂理だと、何と無くだが理解してきた。無限というのは人に恐れを抱かせるのだと初めて知った。


 プラネタリウムに居ると不思議と宇宙に浮いてるのだと思えてくる。聴こえてくる女の人の声のせいかもしれない。目を閉じても圧倒的な空間から逃れることが出来ない。そんな錯覚に捕らわれた。

 サキちゃんも怖いのか、俺の腕を掴んできたその手は少しだけ震えている。


 自分の身体を触っていて欲しいと言う。

 傍に居る。独りぼっちじゃないと実感したかったのだろう。右手を伸ばして触れた。俺もそう思っていたから。



 サキちゃんの身体の上に置いた俺の手。

 独りじゃない。それが嬉しくて、いつまでも触れていたくて。温もりを感じながら夢の中へと入ってゆくようだ。この感覚ってなんだろう?


 二人ぼっちで漂っている。夢の中で、何時までも続いてくれと願っていた。サキちゃんの手が重ねられて夢から覚める。天体ショーが続いていた。


 触れていたのはサキちゃんの中心だ。それは温かくて柔らかで、サキちゃん自身を感じさてくれた。

声が聞こえた。その声は「私を抱きたい?」と尋ねるサキちゃんの声。

 上を向いたままーーー深い星空に目を向けながら、抱きたいと答え、そのままずっと漂っていた。二人ぼっちで。




 夢は突然に覚める。まだ帰りたくないのに、まだ戻りたくなかったのに。

 そこには俺の手を強く押さえているサキちゃんが居た。眩しい明かりに途惑いながらもじっと俺を見ていた。膝を立てて仰向けに寝ているその姿は、ひどく妖しくて、なによりも艶めかしくって、とっても綺麗だった。


 動きたくない。たけど、天体ショーは終わった。誰もいないプラネタリウムで置いてきぼりにされた二人。


 俺は、触れている手が離れてしまわないようにと、身を屈めながら立ち上がる。サキちゃんの身体の上で重なり合った二人の手があった。曲げられていた膝がゆっくりと伸ばされてゆく。唇の隙間から吐息が漏れた。夢の中に居るような目をしたサキちゃんの甘く切ない声。


 俺の首にしなやかな腕を巻き付け、抱きつくように上半身を起こし、そして囁いた。


「いいよ」






 今は、可愛い顔で蕎麦を啜っているサキちゃん。だけど、まだ火照った女の顔をして肩が触れ合う距離にいる。俺が見てることを知ってるクセに、しらんぷりして黙々と食べている。


 蕎麦屋を出て車に乗り込むと、暗い車内にホッとしたようで、だんだん何時ものサキちゃんに戻ってきた。もうちょっとさっきのサキちゃんで居て欲しかったな。恥ずかしそうなのにスッゲーHな顔で、見ている俺までドキドキしゃった。う〜〜ん、残念だぜ。


「あれ、雨……」

「うん、降ってきた」


 ぽつんぽつんと、走っていなければ分からない程度の雨粒だったのが一気に変わった。バチバチバチーと車の天井を叩く大粒の雨。撥水処理したフロントガラスなのに前が見えない。


「急に………シグ君、気をつけて」

「うん、これは酷いな。ちょっと真剣に運転しなきゃヤバイわ」


 数年前にはゲリラ豪雨って言葉をちょくちょく聞いたけど、ここ1〜2年は激しい雨とか猛烈な雨、それに記録的な降水量って……これか?! 確かに猛烈だわ。ワイパーをハイにしても追っつかないのって、なんなんだ? 北海道じゃちょっと経験ないな。お! そう言えば、経験したことのない雨って言葉もアナウンサーが使ってたな。いや…そんなこと考えてる場合じゃねぇって。


 アスファルトはタイヤの轍に削られているから、雨が降るとそこに水が溜る。だけど今日の雨は轍どころじゃない。あっと言う間に道路一面が雨水に覆われ、これでもかって言うくらいに叩きつけてくる雨が跳ね上がって見えた。酷ぇぇ…


「こりゃ〜、スピード出したらハイドロになりそうだな」

「はいどろ?」

「うん。アスファルトの上に溜まった水に車が浮いちゃう現象」

「……それってどうなるの?」

「路面にタイヤが着いてないから、アクセルもブレーキも利かない」

「ええええ!! なった事ってある?」

「1度だけね。ちょっとだけなりかけた」

「怖い……大丈夫?」

「うん。今、穿いてるタイヤは溝深いし、スピード出さないから大丈夫」


 確か、ハイドロって、80キロ以下で走ってても偶然なっちまう事あるんだよな。今はサキちゃん乗ってんだからマズイな。P帯、どっかにないか?


 豪雨をやり過ごそうと、パーキングエリアを探しながら運転していた。


「ひっ!!………ぎゃあああああああああああ!!」


 突然のサキちゃんの悲鳴に、危うく急ブレーキを踏みかけたが堪えた。踏んだらヤバかった。


「どっ、どうした!!」

「今の何! シグ君も見た?」

「見たって何?」

「……よく見えなかったけど……人だったと……思う」

「人? どっ、どこに?」

「左の道路脇に……立って…た。やだ〜〜怖い……さっきのって何? こんな雨の中だよ〜。ねぇねぇねぇ、あれって………もしかしたら…オバケ」

「ぇぇえええ?………俺は見えんかったけど…………あっ…ああああああああ!!」

「ひーーーーーーーーーっ!!」




 マネキンでした。

 交通安全の旗持ってる。

 一体じゃない。ごっさりいる。これは怖いぜ。


 きっと、走ってる車に注意を呼び掛けるために設置したんだと思う。

 使わなくなったマネキン貰って、いらなくなった服着せたりカツラ被せて、交通安全の旗も持たせたんだろうけど、誰もメンテせんから、もうボロボロのズタズタで殆どゾンビ。

 夜間にここ通ったらヤバイわ。ビックリして心臓止まっちまう。これって、ほんとに交通安全に役立ってんのかね? もの凄く疑問。驚いて事故っちゃった人、いるんじゃねぇの?


「うわ! まただよ、うようよ居る……子供のマネキンまで………ゲロゲロ」

「え〜〜〜ウソ〜〜〜コワイ〜〜涙止まんないよ〜〜」


 よっぽど怖いのか、俺にしがみついて離れようとしない。



「サキちゃん、ちょと運転が……しにくいんですけど」

「あ……ごめん……うん……でも怖いの」

「そっ、そっか。ちょとだけ力抜いて……ね。あれ………なんだ?……サキ!! 前見ろ!! あれ見えるか!」

「え………ん? ……うん居る! 車が停まってる!」


 激しい雨がまだ降り続く中、前方に薄っすらと見えるハザードランプ。いや、あれはウィンカーだ。だんだんと近づいて行くが、何をしてるのかが分からない。

 ゆっくりと、その車の脇を通り過ぎようとすると、窓を開けて誰かが手を振ってきた。


「困ってるみたい」

「ああ、助けてって感じで手ぇ振ってた」


 俺は、その車から20メートルくらい行き過ぎた所で車を停めた。そしてバックミラーで様子を窺う。


「シグ君、大丈夫かな……ちょっと怖い気がする」

「ああ、様子を見よう。少し離して停めたから、サキちゃんも目を離すんじゃないぞ。何か気付いたら言って。鍵は開けたらダメだからね」

「うん……」


 見ていると、豪雨の中、白いワンピースが近づいて来た。女の人だ。傘も持たずに走ってる来る。ちょっと怖いかも。俺の手を握るサキちゃんの手に力が入る。


 運転席の横に立ち、窓ガラスを必死に叩くずぶ濡れの女性。俺は窓を開けた。


「お願い。タイヤがパンクしたみたいで……携帯も圏外で……どうしたらいいのか。お願い……助けて」


 その女性は、元がどんな髪型だったのかも分からなければ、年齢すら想像もつかない。

 前髪が顔に貼り付き、しきりとそれをかき上げているのだが、頭のてっぺんからの放水のような雨だ。滝のように顔を流れる雨のせいで、髪の毛がへばり付いて取れない。頭を洗ったばかりの鬼太郎のようで、ちょっと怖い。


「あっ、あ〜〜、パンクか。スペアある?」

「スペアって……タイヤですよね?……分からない…普通はあるもんなんですか?」

「みてあげるから、とりあえず車に戻ってて」


 彼女の車の直ぐ前までバックした。


「ここって本当に圏外なんだ」


 こんな車通りも少ない夜道で不安なのだろう。女性の言葉にウソが無いかと携帯を確認していたサキちゃん。


「サキちゃんは絶対に降りるなよ。ここで待ってろ。鍵も開けるな。いいな」

「うん、待ってる。……怖いから直ぐに戻ってね」


 俺は自分のトランクから三角停止板を取り出し、女性の車の30m程度後ろに置いた。凄い雨が降り続いている。俺も傘なんて持ってねぇし。


「その三角のって、持ってないんですけど私。……みんな持ってるものなんでしょうか?」


 雨の激しい音が響く中で、大声で怒鳴るように聞いてくる女性。俺も負けじと怒鳴り返す。


「殆ど持ってない。だけど、こんな酷い雨の夜に車が動かんくなったら、カマ掘られる」

「かまほられる??」

「おーかーまー!!」

「??」

「ケツのアナーーー!」

「はい?」

「なんでも無い!」


 顔を近付けて怒鳴り合っているのだが、よく考えると俺は何を言ってる? 初対面の女性に対してケツのアナってなんだ?

キョトンとしている女性。雨で分かり難いけど、俺とさほど変わらない年のようにも見える。


「トランク開けて!」

「ええええ?」

「トーラーンークー!」

「開けたことないから、わからない!」


 雨が小降りにならない。彼女の白いワンピースが身体に張り付いてパンツが透けていたが、俺もずぶ濡れでそれどころじゃねぇぇ。早いとこ済ませたい。


「これ! 運転席の横にレバーあるだろ! この給油口のレバーの隣のレバー!」

「あーーーー! それがそうなんだ!」


 トランクを開けて合板をめくり上げると、スペアタイヤが出て来た。


「ああ、こんなとこにあったんだ!」


 ジャッキもちゃんと積まさってるじゃん。右の後輪のタイヤ交換かよ。手早くやらなきゃ、車来たら跳ねられちまうな。三角停止板は立てたけど、見通し悪過ぎ。


「スペアタイヤとジャッキ。そしてジャッキを動かすグリップとレンチ。車を運転するなら、それくらい覚えていた方がいい」

「はい………そうします」

「君って幾つ?」

「25です。………あっ、すみません、私、イズミって言います」

「俺はシグマ。21」

「シグマ? 呼び名ですよね?」

「本名で呼ぶ奴なんか居ないから。ところでライト持ってる? ジャッキ噛ませる場所って、印付いてるはずなんだけど、暗くてきっと見えない。ライト無かったら携帯の明かりでもいいから照らして」

「ライトは無いです」


 二人で車の下を覗き込んでジャッキを噛ませた。しゃがんでいるから、ワンピースの奥が見えちまったよ。ヤバい。パンツも透けてるよ。そこ携帯で照らしちゃマズイでしょ。


「イズミさんは後ろを見てて。車が来たら教えてくれ」


 雨は全く止まない。俺の身体も寒さで震えて来たが、なんとか10分程度で交換を終わらせた。ひぇえええ、もう寒くてたまんねぇぇよ〜。


「ほんとうに有り難うございました。今日はこんな天気で……改めてお礼に伺いたいので……連絡先を教えて欲しいんですけど」


イズミさんの声も寒さで震えていた。


「そんなのいいよ。そんなことより、俺の後ろをついて来て。ゆっくり走るからさ。スペアタイヤって劣化してる場合多いから、あんまり乗らん方がいい。すぐにスタンドに寄って、直すか買うかしなきゃだめだわ」



 ゆっくりと40分くらい走ると、比較的大きなスタンドが見つかり、22時まで営業と書いてある。セルフじゃないのに珍しいな。

 車から駆け下りてきたイズミさんが何度も頭を下げている。

 ようやっと雨も小降りになったけど、寒いわ〜。完全に冷え切っちまった。


「シグ君、見てたんでしょ!」

「見てた?」

「さっきの人、白いワンピース着てた」

「それが?」

「ずぶ濡れで下着透けてた」

「でっ!! 俺だってずぶ濡れでそれどころじゃなかったって!」

「ふんっ! シグ君、エッチでスケベだもん。知ってんだからね! 見たんでしょ!」

「見てない、見てない、マジだって、マジ」


見えてました、はい。でも言えません。






 サキちゃんの家の前に着いた時には22時を過ぎていた。


「シグ君、熱いお風呂であったまってよ。身体冷えちゃってんだから。……ちょと心配。明日の朝早くに行くから………合鍵ちょうだい!!」


 最後の台詞がちょっと怒ったような言い方。


「はい、これ。馬皮のキーホルダーにサキって掘ってあるから。いつ渡そうかって思ってたんだけど、なんだかタイミング逃しちゃっててさ〜」


「うわ〜〜素敵なキーホルダー、嬉しいーーー! でも……私の方から言わせたーーー!! ずるい……。それとーーーー! よその女の人ばエッチな目で見たらダメーーーー! わかった?」

「ヘイ、分かりやした。………サキちゃんをエッチな目で見るのわ?」

「え……い〜〜よ〜〜」


 運転席に座っている俺に、窓の外からサキちゃんがチュってしてきた。その首を捕まえて長ーーーい口付けに。


「ほんとシグ君ってズルい。…………おやすみシグ…マ、明日の朝に行くから」

「うん、お休みだ」



 家に着いて、車から降りて来た俺を見てベロが、「アレ?」って感じだ。髪の毛も衣服もべちゃべちゃに濡れているからだろう。


 風呂の湯船にお湯をはるのが億劫だ。シャワーでも温まるだろ。俺はチャッチャとシャワーを浴びると、ベロと一緒にベットに潜り込む。


「おーーー寒い、ベロ、もっとくっ付いてくれ。こう言う時は、猫の方が役に立つんだろうな」


 暑くなったら勝手に布団から出て行くベロ君。待てよ、寒いって。ちくしょう、行っちまった。丸まっていればじきに温まってくるか。

一人で縮こまって寝ていた。


 夜中に目が覚めた。時計を見ると3時。震えている自分に気が付いた。


「やば……パジャマ着ようっと。毛布も増やさなきゃ」




 ガタガタ震えながら布団の中で丸まっていた。一旦目が覚めてしまい、眠ることができないかと思ったが、いつに間にか眠っていたようだ。

誰かの手が俺の額に触れて、意識が少しだけ覚めた気がする。そして声も聞こえた。


「大変! 凄い熱………」

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