切れた
「校長の立川です」
恰幅のいい50過ぎに見えるオヤジが挨拶をして座った。
―――おいおいおい、校長はスリーピースかよ。その隣で寝起きのような田沢って担任は、よく座って居られるな。どんだけ鈍いんだ。
その寝起き男が喋り始めた。
「え~っと~…シグマさんでしたよね~。ユイ君の校則違反の事は~、知ってますよね~」
「はい、ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「申し訳ないじゃ~、困るんですよね~」
「はい?」
頭を下げていた俺は、思わず顔を上げると担任と目が合い僅かに口が曲がっているのに気が付いてしまった。よけい嫌いになった。
校長に視線を向けると、隣の担任の顔をチラチラ見ては、困ったような顔をしている。
―――何なんだ? 校長から叱責があるのかと思っていたが、違うのか。こいつが喋るの? なら、校長室に来る必要ってあるの?
担任の口調がいきなり変わった。
「桜庭! 分かってんのか! 服装の乱れは生活の乱れだ! お前がどんな生活をしているかなんて、お前を見ていれば簡単に想像がつく。中学2年生のクセに化粧して学校に来るなんて…何しに学校に来てる! 先生は担任として恥ずかしい。クラスの皆も迷惑してるんだ。お前一人のせいで全員がおかしな目で見られるんだからな。他のクラスから」
―――こりゃヤバイな。俺、我慢できるかな。完全に想定外ってヤツだ。
「その目はなんだ、その目は! 教師をなめてるのか! 大体な~、お前の目は反抗的な目なんだよ。目は口ほどに物を言うって言葉、お前知ってるか。お前の事は、前々から注意して見ていた。その目だ、その目。いつか何かをやるだろうと思ってたんだよ。案の定、商売女みたいな格好で学校に来るなんて……放っておけば、どんどんエスカレートして、いつかは援交みたいな事をやるまでになってしまうんだ!」
暫く経ったが、校長は一言も口を出さない。延々と担任が唾を飛ばしてまくし立てている。更にエキサイトしてきやがった。
―――黙って聞いてりゃ、有ること無いことベラベラベラベラと。ふざけやがって。さっき援交とかぬかしやがったな。ユイ、下を向くな! 顎を上げて見返せ!……いや~よく喋る。クッソ~、俺の娘じゃ無ぇぇし、ガッツリ言い返しちゃってもいいもんか?
「あれは誰の化粧品を使ったんだ? イヤリングも誰のだ? 自分で買ったのか? どうなんだ聞こえないぞ、ハッキリ言え! 自分で買っただと~。親の許可は貰ってるのか? 没収だ! 中学生にそんな物は必要ない。月曜日の朝に職員室まで持って来い!」
―――いや~、ま~だ喋るか。何なんだこいつ。これって生徒指導か。罵倒にしか聞こえんぞ。校長もただ座ってるだけか。あとから校長も傍に居ましたって説明するため、こいつがあえて呼んだのか。喋り方も明らかに変わったけど、どっちが素なんだ? こっちが本性なんだろうな。普段は人の良いふりして不自然な喋り方しやがって、子供相手にとことん来る奴かよ。
「桜庭! そのリボンもとれ! 制服のリボンも決まっているはずだ! それは校則違反だ! お前、分かっているくせにわざとしてきたな。とんでもない奴だな。そのリボンにしたって、ほんとに買った物なのか。万引きしたんじゃないのか! 俺の目をごまかせるとでも思ってたのか! 今すぐ取れ!」
「……はい」
―――ユイ、さっさと取って投げつけてやれ。なにノロノロしてんだ。万引き呼ばわりまでされて大人しくしてんじゃねぇぇ。なに……ユイ…泣いてんのか。あああ、もうダメだ。あの野郎、許さ無ねぇぇぞ。
「ちょっといいですか、そのリボンは俺がプレゼントした物だ。ほぉぉ、校則と違ってたのかい。それは失敗だ。俺に言えよ、万引きしたのかって。言えるものなら言ってみなよ」
「なっ……そ…それは…」
「それと、聞きたい事がある」
「何ですか?」
「いや、あんたにじゃない、校長に聞きたい」
「あんただと? 失礼だろ。私は教職員だぞ」
「そりゃ~失礼した。申し訳ない。言い直しましょう。…貴様じゃない」
「ぇ…」
「は…はい……何か? 私に聞きたい事があるのですか?」
隣のユイが息を飲んだのが分かった。視界の端っこに映っているユイ。目を真っ赤にして俺を見ているようだ。お前、鋭いから分かってんだろ。俺が頭にきちゃったのが。いいか?…いいんだな。やっちまうぞ。大人だろうが子供だろうが、あそこまで言われて黙ってる必要なんか無いからな。
ますみさんには、後で土下座だな。お!…思い出した。ますみさんが前に言ってた事。お前の成績、学年でトップクラスだって言ってたはず。なら、こったらクソ担任の力借りんくたって、実力でいい高校行けるよな。
「校長、あなたがこの学校の責任者なんですよね」
「はい……そうですが…」
「ほう、そうすると、この田沢先生に許可されているのですか?」
「え…っと言いますと?」
「先ほど田沢先生が言われた通り、服装の乱れは生活の乱れ。全く持って同感です」
「はぁ…」
「ユイには反省のため、頭を丸刈りにさせる」
隣から「げっ…」と、蛙を潰したような声が聞こえた。校長と担任もギョっとした顔で俺を見ている。
「いや…それは…」
「なにを…」
「更に言わせてもらうと、人を見かけで判断してはいけないと言うのは、所詮、きれいごとです」
「な…???」
「人は見かけで他人を判断するんですよ。絶対に。特に初対面の場合は、それしか判断材料が無いですからね」
「まぁ…そうですね」
「今日は失礼が無いように、俺もネクタイまで締めてきた。校長も素敵なスーツを着ていらっしゃる。高そうな生地だ。それが大人の最低限のマナー。違いますか?」
「は…い…」
「校長に聞きたいのは、田沢先生の身だしなみ。パジャマ姿で無精髭を生やし、寝癖だらけの髪の毛」
「いや…それは…」
担任の田沢が、ようやっと俺が言わんとしている事を理解したようで、机に手を付いて身を乗り出してきた。
「これはパジャマじゃない!」
「まさか。ヨレヨレのトレーナを外着にしている人なんて、この街にはいませんよ。寝間着でしょ」
「そ…そそそそ…それは~」
「一般の民間企業で、そんなスタイルで出勤する人間が居ると思ってる? だから、校長にお聞きしたんです。許可しているのですかって」
「そんな許可だなんて…それは田沢先生が勝手に…」
「校長! この服装のどこがいけないんですか? そんな規則なんてありませんよ」
「へ~~、規則? それ以前の問題でしょ」
「いや、ユイ君にも規則の話しをしているんです。論点をすり替えないでもらいたい!」
「いいや、あなたが言い出した話だ。服装の乱れは生活の乱れだと」
「それは…その~」
「田沢先生、あなたの服装・無精髭・寝癖。全部が乱れきってる。いったい、どんな生活をしてるの? さっき言ってたよね…ユイの生活なんか簡単に想像できるって。あなたの生活ってどうなってんの? 無精髭で寝間着姿で外出。ふ~~ん…ホームレス生活でもしてるの?」
「今は…ユイ君の指導の話しを…」
「ほう~、生徒指導。誰が? あなたが? ホームレスと見間違うような人物が、服装の規範を示すんだ。片腹痛いって言葉知ってる? PTAの一人として校長に申し上げる。この田沢先生はホームレスにしか見えない。そんな人物に生徒の指導をやらせてるのは、校長、あなたの責任でしょう」
「は…親御さんの貴重な意見として承りました」
「こ…校長!」
俺も案外しつこい所があって、これぐらいで鞘に納める気が無い。とにかく嫌いなのだ。自分の事は棚にあげて、人をこれ見よがしに批判するやからが。特に、何かの権威みたいな物を持っている奴には、とことん行っちゃう悪い癖がある。
「もう一つ、今度は田沢先生、あなたに聞きたい」
「な…なんですか!」
「俺は、この学校の関係者ではなく部外者ですよね」
「そ、それが?」
「地震とか火災が起きた場合、あなたが誘導してくださるのですか? 俺やユイ、それに子供たちを」
「勿論です」
「ほう……その便所のスリッパで」
「いや…こ…これは…その…今日だけ…これは便所のスリッパじゃ無くて…」
「避難訓練やってないの? そん時もその便所のスリッパでパタパタやってんだ」
「いえ…靴を履いて」
「今日は?」
「……」
鬱憤を口に出さなければストレスが溜まると言う人が居るが、あれは間違いだと思う。口に出せば出すほど、その言葉で更にエキサイトしてしまい、結局はスッキリなどしない。腹の底から怒りが湧いてくるものだ。ご多分に漏れず俺もやっちまった。かなり頭に血が上ったまんまで、一方的にぶった斬ってしまった。その様子は、とりあえず自主規制ということで…
隣に座っていたユイなど、目を白黒させながら固まっている。
「あの…れ…冷静に話し合いましょう。そ…そんな大きな声で…」
「う…うっかりスリッパを…履いて…」
「スリッパだけじゃ無ぇぇだろ。全部が汚らしいんだって。床屋行けよ。髭も剃るか生やすかハッキリさせろ。人と会う時は、最低でもどんな服装が必要なのか社会勉強してきな。子供の服装を指導するんなら、自ら襟を正せ。当たり前の事じゃねぇぇの。俺みたいな若造に説教されて、恥ずかしく無ぇぇのか。それとも恥って概念が、あんたには無いってか?」
「……」
「さっきも言ったけど、ユイは丸刈りにさせっから。思春期の女の子が五分刈にするんだぜ」
隣からの視線が痛い。「ゴ・ブ・ガ・リ…?」と声も聞こえてきた。
「そこまで追い込んどいて、こっちだけって法は無いわ」
「追い込むなんて…」
「そんな…」
「ふ~ん、そ~お? お二人とも巧妙だよね。俺って、こう見えても気が小さくって、五分刈にさせっから、どうか勘弁してくださいってお願いしちゃった。田沢先生の追い込みは、すっげぇぇわ」
「いや、ちょっ…ちょっと、ままままま待って」
「ハサミある? ここでやっちゃいましょうや。ユイ、お前が悪いんだからな」
そのあと1時間くらいグタグタ。そんなつもりはありませんだの、女の子の髪の毛は大切だの、かわいそうな事はしないでくださいだの、どうかユイ君を許してやってくださいだの、延々とそんな事を口にする校長と担任。はぁ…、もうどうでもいい。
ユイを見ると、うつむき加減で―――正面の二人から見えないようにウィンクしてきやがった。ギョっとしてると、今度は唇を突出してチュ~とかも。ギロっと睨んでやった。それこそ目の力で呪い殺すほどに。
ったく、お前は……俺も帰りたい。ここまでやっちまって、どう決着をつけたらいいんだよ。マジで五分刈にしたくなってきた。




