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  作者: シグマ君
27/38

元カノ

「あんた誰よ?」

「ああ?」

「そっか、シグマさんか〜。へ〜〜、見舞いに来たんだ」

「…」

「困るんだよな。迷惑なんだって!」



 二日前


 俺は静香に呼び出された。由美ちゃんも一緒だと言う。行くのが億劫だ。

 人の話を聞かない静香が、ぽんぽんぽんぽん突っ込んでくるだろうし、由美ちゃんは由美ちゃんで、ネコのように擦り寄ってきそうで。

 しかし、放っておく訳にもいかない理由もあって、タクシーで出掛けた俺は着くまでの時間、頭の中で色々と考えている。


 誰が言ったんだ? 奈緒とどうしてホテルに行った事になってんだよ。まぁ、静香にどう思われようと笑っていれば良いだけだが、バレー部のOBで作っているサークルでサキちゃんとも顔を会わせるだろうし…まいったね。でも、あの時はまだサキちゃんと付き合ってはいなかったし……どうしてチューしちゃったんだ? 酒か。いやー、男は酔ったらダメだね。今日はあんまり飲まんどこ。


 店に入ると10時を回っていた。夕飯を食べに来た客は帰ったのだろう、ずいぶんと空いている。


「悪い、ちょっとバイトが長引いちゃって…あれ? 太郎も一緒か」


 と、言いながら空いてる席ーーー由美ちゃんの隣に座ろうすると、太郎がなぜ自分がここに居るのかも言わずに、


「シグマよ、奈緒とホテルに行ったってマジか?」


 はい、こいつも取り込まれてました。


「おっ、おい…ちょっとちょっと…いきなり…お前まで…」


 あの時は酔っての成りゆきとはいえ、奈緒とキスしてしまったこともあって、極めて歯切れが悪い俺が口ごもっていると、ほら見たことかと静香が身を乗り出して来た。


「いやらしい。ドスケベ。ちょっと隙見せたらホテルに連れ込んで………ほんと幻滅。シグマのこと見損なった」

「シグマ、ほんとにヤっちゃったの〜? 前に電話で好きな人がいるって言ってたのに。奈緒って人、今はこっちに居ないんでしょ。好きな人がいるのに奈緒って人とヤったの? それとも好きな人がいるなんてウソだったの?」


 案の定、隣の由美ちゃんが擦り寄ってきたよ。確かに可愛い顔してるし悪い気はしないけど、この子と親しくなったら絶対に面倒な事になる。


「いや……ウソじゃ…」

「女なら誰でもいいんじゃないの! 高校の時だってメグミ一筋かと思ってたら、ミクのお尻は触ってるわ、恭子とは……あれだし。変態じゃん!」


 俺に喋らせてくれない。太郎も最初に口を開いた後は、喋ろうとするたびに女子二人に遮られ、口をパクつかせては、それを誤魔化すようにワインを飲んでいる。


 店のウェイトレスさんが、俺の註文をききに行っても良いものかとタイミングを見計らっているのが見え俺は片手を上げた。ハッとして直ぐに笑顔を作って近寄って来たウェイトレスさん。さすが客商売だね、動きが機敏だわ。


「お決まりですか?」

「スコッチってあ…」

「えーーーー! 誰とでも寝ちゃうの〜?」


 微笑んだ口元だけをそのままにしたウェイトレスさんの目が由美ちゃんに向けられたが、その目は笑ってない。俺も目だけを動かして由美ちゃんを見た。


「なっ、何言って……」

「それって誰にでも立つってこと〜? なら、静香の透けパン見た時も立っちゃった〜?」


 と、由美ちゃん。

 太郎が鼻からワインを噴き出した。ブォっと。

 その隣の静香が立ち上がって何かを言おうとするが、どうにも言葉にならないようだ。それは俺も同じで、思わずウェイトレスさんを見上げると目が合った。

 ウェイトレスさんが、「……えっ?……あっ! すっ、すみません…もう一度…」と、註文を聞き直すのと、「立ってない!」と、俺が声を荒げたのが同時だ。それもウェイトレスさんと視線が絡んだままでだ。俺は誰に言ってんだ?


「そ、そう…なんですか…」

「え?……うん……はい」


 ワインが気管に入った太郎が、むせ返ってやかましい。そんな中で気を取り直したウェイトレスさんが冷静な声で、


「スコッチでしたか? あいにく…」

「ふ〜ん、良かったね。静香のアソコ透けて見えてもシグマ立たなかったって」

「由美!! あんた…ちょっと…何言ってんの!」


 由美ちゃんは、いったいどれほど飲んだんだ? などと俺は呆然と考えている。太郎が死ぬほどうるさい中でウェイトレスさんが、目だけを動かして由美ちゃんを見ては俺を見て、「透けて……見えた?」と、疑問を投げ掛けてきた。誰に聞いてる? 俺か? なぜよ?


「いやいやいや……あはははは。違います。透けて見えたのは毛ェだけで……」


 引きつった笑顔のウェイトレスさんが、「そ、それは……オホホホホ……あの…とにかくスコッチは…」と言い掛けるのだが、また由美ちゃんに邪魔をされる。


「静香ね〜、ふふふ……剃ったみたいだよ〜」


 一瞬、静かになった。むせていた太郎でさえ黙り、皆の視線が立ち上がっている静香の股間に集中する。ウェイトレスさんまでもジロっと見ています。慌てて、ドスンと席に腰を下ろした静香君。顔の毛穴と言う毛穴から、今にも真っ赤な血が吹き上がるのではないかと思うほど強烈な赤面だ。まじかよ?


 ようやっと息を満足に吸えるようになった太郎が俺を見ながら、


「とっ、ところでよ〜、あれだ……」


 きっと話題を変えようとしたのだろうが、詰まった。そんな太郎をウェイトレスさんがギョっとした顔で睨んでる。この男は何を言い出すつもりだって顔だ。太郎が由美ちゃんよりも更に変な事でも口走しりそうだと思ったのだろう。


 テーブルの上にあるワインボトルに由美ちゃんが手を伸ばす。ワインをボトルで頼んだのだと初めて知った俺。

 手酌でドボドボつぎながら由美ちゃんが、


「昨日、静香と温泉行ったの〜。タオルでずっとアソコ隠してたから、すーーぐ分かっちゃった。普通、あんなに隠さないって。キャハハハ。湯船の中じゃ黒いの見えなかったし〜」


 ワインボトルが殆ど空だ。「これ……もしかしたら由美ちゃん一人で空けた?」と、俺が聞くと太郎が大きく頷き返す。


「あの……スコッチはあいにく置いておりませんので……」

「シグマが剃れって言ったから剃ったんだからね!!」

「な……なんでよ? 普通、みんな生えてんだろ……」


 っと言いながら、俺は意味もなくウェイトレスさんに顔を向けた。別に彼女に同意を求めるつもりじゃないけど、傍にいるから気になるんだよね。だけど視線が立ったままでいる彼女の股間に行っちまって、すると、「あ…」とか言って腰を引きやがった。ふざけんな。俺が何をしたって言うのよ。


「ちょっとトイレ……」


 酔うと爆弾女になるらしい由美ちゃんの声だ。立ち上がろうとしているのだが、ふらついて隣の俺にのし掛かかる。


「痛ててて……髪、髪、髪、引っ張ってる。………ウィスキー、ダブルのロック。銘柄は何でもいい、お姉さんに任せるけど、そんなに高くないやつ」

「は、はい……ウィスキーダブルのロックですね。チェイサーもお持ちします」


 テキパキ告げて逃げるように俺たちのテーブルから離れて行ったウェイトレスさん。由美ちゃんが俺の頭に手を乗せて立ち上がろうとしていた。勘弁してくれ。


「痛ててて……大丈夫かよ?」


 のし掛かっている由美ちゃんの身体を押し上げると、「あん…」と、変な声が聞こえた。今度はなんだ? 後頭部を押さえつけられて見ることが出来ないが、妙に柔らかい。


「シグマにオッパイ掴まれた〜」


 レストラン・バーで、ここまで酔う人も珍しい。舌打ちをしながら立ち上がった静香が、由美ちゃんの身体を後ろから抱えて、俺から引き離してくれた。


「どうしようもないね。なんでそんなに飲むの? 太郎、トイレに連れてって」

「え……俺? 女子トイレは入れないだろ」

「トイレの前まででいいって。私じゃ重くてムリ」

「お、おおお……分かった……でも吐いたら…」

「出て来るまでトイレの前で待っててあげて」

「ああ…そうする」


 ヨタヨタしながら太郎の肩を借りた由美ちゃんがトイレに退場して行きます。すると、静香が俺の隣にドッカリと座り込んできた。

 うわ…来たよ。

 俺は思わず由美ちゃんが飲み残したワイングラスを手に取り、グビグビと飲んでいた。


「ちょっと〜、誰にも言わないでよ」

「なにを?」

「剃ったことだって」

「はぁぁあああ? まじで剃ったの?」


 隣に座ったジーパンを履いた静香の股間に視線が走る。


「ちょっ…見ないで!」

「お待たせしました」


 ちょうどウェイトレスさんがロックのウィスキーをチェイサーと一緒に持って来てくれた。「あ…どうも」と振り向くと、さっきはセクシーなタイトなジーパンだけだったのに、今は腰の周りにエプロンを巻いている。


「え…エプロンしてきたんだ…」

「ぇ……ええ……ちょっと」


 どいつもこいつも俺をなんだと思ってる。この店にはもう来れないな。


「同じものもう一つ」

「はい?」

「直ぐに飲んじゃうから、おかわり」


 俺はダブルのウィスキーを一気に喉に流し込んだ。

 くあーー、喉が焼けるぜぃ。


 ウェイトレスさんが戻って行く。


「とにかく、絶対に誰にも言わないで!」

「ああ、了解だ。君がパイパンだって事は誰にも言いません」

「今なんて増えてんだからね……剃ってる人。そんなことより、奈緒と……したの?」

「してません」

「ほんと?」

「ほんとです。でも、誰から聞いたのよ?」

「え……あの後……クラス会の途中で奈緒が一人で帰ったじゃない。その後シグマもトイレに行ったきりで。そしたら恭子が……シグマ、奈緒とヤりに行ったんだって言ってて、メグミもあんなスケベな変態だって知らなかったって、凄く怒ってたから…」


 俺は、今度は静香のワイングラスを掴むと一気に飲み干した。


「あのさ〜、静香君さ〜、俺のことスケベだとか変態だとか言ってるけどさ、君の親友の由美ちゃんも十分エッチだし、君もかなりのスケベだと思うな。でなきゃ剃ったりしないだろ。パイパンにして何するつもり?」

「そっ、そんな事してない! やっ、やめて! 変なこと言うの」


 こいつもけっこう酔ってるのか? 何を勝手に想像して身悶えしてんだよ。


「お待たせしました」


 間が良いと言うのか、悪いと言うのか、ウェイトレスさんが声を掛けてきた。見るとエプロンをしていない。いったい何なんだ?




 太郎と由美ちゃんが戻って来ない。やっぱりゲロってるのだろう。静香がトイレの中まで行って、結局、解散しましょうってことに。俺は来たばかりだ。いったい何しに来たのか分からない。


 静香が由美ちゃんと一緒にタクシーに乗って送って行くらしい。先に由美ちゃんをタクシーに押し込んだ静香が、何かを思い出したようで俺に話しかけてきた。


「そういえばさ、メグミ入院したんだよ。シグマ知ってた?」

「いや、初めて聞いた。……病気?」

「違う。殴られてアバラ折れたみたい」

「なに……」

「メグミの彼氏って、DVらしいの」

「女殴るのか? ……あいつそんな男と付き合ってんの?」

「らしいよ」


 二人の女子を乗せたタクシーは走り出し、残った俺と太郎は別の店に。


 中学・高校とバレーをやっていた太郎は、別の町でやはり中高と女子バレーをやっていた由美ちゃんの事を以前から知っており、実は好きだったと言い始めた。マジかよ?


「由美ちゃんって可愛いぞな。彼氏いるのかな?」

「ふ〜ん、静香に聞いてみろよ」

「聞いたんだけどよ、なんだか濁すんだよな」

「じゃぁ、本人に聞けば?」

「…シグマ…お前は由美ちゃんの事どう思ってんのよ?」

「俺? 俺は好きな人がいる」

「誰よ? 俺も知ってる人?」

「ああ……サキ……先輩」

「それって初恋だろ」

「今、近所に住んでんだ」

「マジ?!」


 付き合っていると言えなかった。

 太郎もサキちゃんも、バレー部のOBのサークルで顔を合わせているはずだ。


 俺はある事を考えている。酔った頭でぼーーっと。

 バーのカウンターで隣の太郎がしきりと話し掛けていた。聞いているように頷いたり相づちを打ったりしている俺だが、太郎の言葉が頭の中には届いて来ない。


 俺はどうしたい?

 どうなりたい?

 サキちゃんに…なにをしてあげられる?


 サキちゃんとおやすみのキスを交わした後。サキちゃんと電話で長々と喋った後。俺は不安になる。その理由を知っている俺。なぜ不安になるのかが分かっている。誰にも言ってはいない。口に出せば現実となるようで。そんな事などないと思いたくて。


 隣の太郎が何かを盛んに言っているようだが、俺は、何時もの不安な思考に頭が占められていた。


「シグマ、聞いてんのか?」

「え……あ……悪い悪い、ちょっと考え事してた」

「メグミが付き合ってる奴の事だって。俺らより二つ下で、高校出たあと、ずっとブラブラしてるプー助よ。俺も何回か街で見掛けたけど、どうしようもないチンピラだな。メグミのやつ、この前まで別の男と付き合ってたけど、メグミの方からふったって聞いたな。でも次があのチンピラかよって、みんな呆れてるわ。おまけに怪我までさせられてよ〜」



 二日後、太郎に聞いた病院に俺は向かっていた。

 行ってどうする? メグミだって今更俺に来られたって困るだけだろ。だけど、男に殴られアバラを折ったと聞かされては、気の毒すぎてスルーする事が出来なかった。


 受付で号室を聞き、部屋に入って行くと四人部屋だ。どのベットもカーテンで隠され、無闇に開ける事が憚られた。入り口で立ちすくんでいると、誰かの見舞客らしき男が声を掛けてきた。


「あんた誰よ?」


 見ると、金髪で長髪の男が窓際で椅子に座ったままでこっちを見ている。やららとデカイ金縁の眼鏡ーー薄いブラウンのサングラスをかけた、年齢不詳の男だった。

 なんだこいつは? 誰の見舞客かも分からないのに、いきなり声を掛けてくるか? 頭弱いのか? カチンときちまった。


「ああ?」


 趣味の悪い眼鏡で顔が良く見えないけど、こいつ若そうだな。もしかしたら10代じゃないのか?


「あ〜、シグマさんか。へ〜、見舞いに来たんだ」


 こいつがメグミの彼氏か?

 確かに、女殴りそうな男だわ。

 俺が黙っていると、そいつが更に続けた。


「困るんだよな。迷惑なんだって!」


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